伝説の大天使
「ええー!?」
早朝の大聖堂に給仕者見習いマールの驚嘆の声がこだまする。
「朝から五月蝿いわよ」
「だ、だってですねえ・・・カナエル様が今になってそんな事を仰るからですよ~」
カナエルが言うには今日、とても偉い人がいらっしゃるらしい。この五世界エヴァー・ラス
トの頂点にいるカナエル様よりも偉いと言う。それをついさっき聞かされたのだ。
「言わなかったかしら?」
「聞いて無いですよ!」
「そう、それは悪かったわね」
椅子に座り、いつものように本を捲りながらの片手間謝罪。これは絶対悪いと思っていない!
「って!あわわわわ・・・今はそんな事よりもお迎えする準備をしないと~!」
お茶とかお茶菓子とか掃除とか、来るまでにやらなければいけない事は幾らでも思い付く。
「しなくていいわよ」
「流石にそういう訳には!」
「だって、もう来てるもの」
「え・・・ええ!?」
突然背後に気配を感じ、驚き振り向くと、その直ぐ目の前に三人の天使が立っていた。
「カナエル、久方振りですね」
いつの間にか立ち上がっていたカナエルは静かに一礼する。
中でもこの女性からは、今までに感じた事の無い凄まじい貫禄を放っている。圧倒されたマ
ールは思わず後ずさり、カナエルの後ろに逃げ隠れてしまった。
「して、進行状況は?」
そんなマールの事など気にも留めず、その女性はカナエルに問い掛けた。
「まだ作戦の途中ですが、一名、足る力を持つ者は居ます」
「ほう!言い切るか!誰だ?何族だ?どんな能力だ?」
「うるさい」
騒ぎ立てるその中の唯一の男に対しては、カナエルは軽く突っぱねた。この男性は偉い人で
はなにのだろうか。
「詳しく聴かせて頂きましょう」
「お茶を御用意致します」
二人からは一歩引いた位置に控えていた、幼さを感じさせる顔立ちの彼女は、まるで給仕者
のような振る舞いをしている。
「あ、ああ!お茶ならば私が!」
仕事を盗られてしまうのではという危機感を感じたマールは行く手を遮り、申し出る。
「いえ。ミカエル様にも好みがありますので。台所をお借りします」
表情を全く変化させず、そのまま回り込んで行ってしまった。が、マールはそれどころでは
なくなっていた。
今、彼女が口にした名前。聞き間違いでなければ・・・
「ミ・・・ミカ・・・!?」
『ミカエル』その名は死神族であるマールであっても軽々しく口に出来ない名前だった。
かつて、天使界と死神界が一つの世界であった頃、その頂点に立ち、天使や死神たちを操っ
ていた「神」と呼ばれる者を打ち倒し、その呪縛から解き放った。その後、その力を以って世
界を天使界と死神界の二つに叩き割ったと言われる、伝説の大天使。それがミカエルである。
その大き過ぎる名前の前に、マールは固まってしまう。
「おいお前、どうした?大丈夫か?聞こえてっか?」
男が声を掛けるが、反応は無い。
「おいミカエル、お前が変な空気出してるせいで固まっちまってんぞ」
「ラファエル、変な空気とは何ですか。臭いみたいではないですか」
「顔が怖えってこったよ!ただでさえお前の名前はでけえんだ、そんな顔してっと誰も近寄れ
ねえっての」
「む・・・・・・」
ミカエルはぺたぺたと自分の顔を触り、神妙な顔をしている。
「分かんねえのか?鏡見るか?持ってきてやろうか?」
「・・・必要ありません」
そう言い、ミカエルは笑って見せた。
「グウ!」
それを見たマールは悲鳴のような何かを上げ、卒倒した。
「お前は悪魔か!」
「天使です」
「ミカエル・・・お前、一回鏡見て改めた方がいいぞ・・・。子供が見たら確実に心に傷を負う事に
なるぞ」
大人でも既にトラウマになっていそうなのも居るが。
カナエルがその能力によって創り出した、その人物の歴史書に目を通す。
この本にはその名の通り、その人物の過去・現在・未来に起こった、或いは起こる出来事が
記されている。カナエルは名前と顔さえ一致して覚えていれば、自由に創り出す事が出来るの
である。
「いいではないですか。既に自身の能力の危険性を身を以って体験しているとは」
「全くだな。こらあ貴重な人材だぞ」
「十一歳、能力は『命令』・・・まさに『王』の名を冠するに相応しい能力ですね」
目を通していたのはラキエルの歴史書だった。
「彼女の居場所は分かりますか?」
「ハイラント邸です。そこでヒイカが見守ってくれています」
「何だと!?」
それを聞いたラファエルが突然立ち上がった。
「行くぞ!今直ぐ行くぞ!一人でも行くからなあ!」
ラファエルは興奮している。
「落ち着きなさい」
「無理だ!!」
そう一蹴すると、外へ駆け出していってしまった。
「全く、仕様が無いですね。ゼルエル、行きますよ」
二人もその後を追って出て行った。
「何だか忙しい方々ですね・・・」
「確かに、もう少しゆっくりしていてもいいと思うのだけど・・・そうしていられるだけの力がま
だこの世界には確立されていないから・・・」
「力・・・それが『王』ですか・・・」
「『王』を生み出すのは早いに越した事は無いものね」
カナエルはラキエルの歴史書を見つめ、擦っている。
「ラキエル様がそうなんですよね・・・」
「ええ。正しくはその一人、だけど」




