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黒翼のカナエル  作者: 氷花
勇者と魔王編
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為に

「バンリちゃん!こっち!いそいで!」

 道程は覚えていない。ただひたすらに前に進み、呼び掛けられて初めて気が付いた。

「ハワー・・・ラキエル・・・あたしは・・・・・・」

 自分の耳にも聞こえないほどの声を必死に絞り出した。

「さあ、三人とも、撤退するよ!」

 誰も返事をしなかった。二人はバンリの様子を伺っていた。バンリはそれに気が付くと、初

めて振り返った。

 そこにはまだ結界が張られていて、追ってくる者はいなかった。

「・・・・・・」

 結界をぼーっと見ていた。すると突然腕を引かれ

「バンリさん!」

 その声と共に転移魔法陣に引き込まれ、見えなくなった。


 セイムたち三人はそのまま病院へと運び込まれた。ワンコは胸骨と肋骨の何本かが折れると

いう重症。メルリアは右腕が酷く焼け爛れ、セイムは全身に凍傷を負い、何れも意識が無い状

態だった。

「あのひとたち、あんなにつよかったんだね・・・」

「大妖怪と・・・言ってましたしね・・・」

「考えが甘すぎたねえ・・・」

 調査だの、相手を見極めるだの、そんな余裕のある相手では全く無かった。大妖怪であると

分かった時点で逃げるべきだったのだ。そうシュリは後悔し、唇を噛んだ。

「ねえ・・・これからどうするの?」

 外は相変わらず酷い寒さだ。それに、

「昨日は暑くて、今日は寒い・・・。明日にはまた別の異常が起こってるかもねえ」

 予測されるのは雷関連の天候だ。だが、例えそれが分かっていても回避する術は無い。

「今出来ること・・・考えないとねえ・・・」


 ふと気が付くと、辺りは暗くなっていた。だが、直ぐ傍にある燭台に火を点けようとは思わ

なかった。バンリにはそんな事などどうでもよかった。

 ハイラント邸に戻ってきたバンリは、導かれるままに空き部屋に通され、横になっていた。

ただ寒さに耐え得るように毛布に包まり、何をするでもなく、考えるでもなく、ただただ呆け

ていた。

 ふと、コンコンとノックする音が聞こえる。それすらもどうでもよかったバンリは返事をし

なかった。その訪問者は二度三度繰り返したが、一向に返事をしなかったため、一言断ってか

ら中に入ってきた。

「ラキエルです。バンリさん・・・入りますね」

 入ってきた足音は二つ。もう一つはハワーだろう。

「バンリさ・・・あ・・・」

「寝ていらっしゃるみたいですね」

 どうやらもう一人はガルのようだ。バンリは目を閉じ、眠った振りをしていた。

「・・・・・・ちゃんと眠れているのなら、いいですけど・・・・・・」

「どう致しますか?」

「・・・寝かせておいてあげましょう」

「では、軽いお食事とお水、置いておきますね」

 二人は睡眠の邪魔をしないようにと、足早に部屋を出て行った。

 置かれた食べ物を見て、少なからず空腹を感じていたバンリは起き上がり、手を伸ばした。

「く・・・う・・・」

 だが、自分のために用意してくれた、『自分のため』である事を思うと、思い出してしまう。

自分のために身を削り、自分のせいで・・・帰って来れなかった人の事を・・・。

 伸ばした手は力無く垂れ、届く事は無かった。

 その一方、ハイラント邸では別の問題が発生していた。

「ねえ、ミーニちゃんは?」

 病院から帰ってきたハワーのその一言から発覚した。

 この異常気象が発生してから学校は休校となり、原則として自宅待機が言い渡されている。

だと言うのに、どこを捜してもミーニの姿が無いのだ。まさか外出したのでは?と不安になり、

ガルに問い掛けた。

「・・・・・・そう言えば、ミーニさんの気配を感じませんね」

 という答えが返ってきた。

 ハイラント邸の敷地内ならば、人の存在を感知する事ができるガルが、知らない、分からな

いと言うのだ。

「前に見たのはいつでしたっけ?」

「皆さんが出発される前夜には、まだ居た事は覚えています」

「そう言えば、出発する直前に集まった時には、まだ起きて来てませんでしたよね?」

「う~ん・・・うん!いなかった!」

「それじゃあ、出発してから居なくなった・・・」

「ガルちゃん!ほか!ほかになにかおぼえてなーい?」

 ガルは目を閉じ、思い返してみる。

 普段であれば、誰が何処にいるかをほぼ常に把握しているのだが、出発を見送った後からは、

どうしても皆の事が気に掛かり、その事で頭が一杯になっていた事は否めない。恐らくはその

せいだろう。現に、ハワーに聞かれるまで気配を察知する事を忘れていたほどである。

「すみません。皆さんが出発して、魔法陣が消えるまで見送ってからは心配してばかりで、殆

ど手付かずの状態でしたので・・・」

「あ・・・いえ、こちらこそ、それほどまでにご心配をお掛けしてしまい、ごめんなさい!」

 互いに頭を下げ合う。

「ミーニちゃん・・・どこいっちゃったんだろ・・・・・・」

「本当ですね・・・。ミーニさんはこういう事をしない方だと思っていたのですが・・・」

 ミーニはまだ小さいが、周りがよく見えていて、人に迷惑や心配を掛けるような行動はしな

い、しっかりした人物だと映っていたのだが。

 そんなミーニだ、何か、そうしなければならなかった理由でもあったのだろうか?それとも、

考えたくは無いが、何か、よく無い事に巻き込まれてしまったという可能性も否定できない。

 何にせよ、手掛かりも何も無い。


 翌日、真っ先に確認したのは空だ。結果は真っ黒。暗いではなく、黒。以前に起こった星空

異変とは違い、空には星の一つも見当たらなかった。何故なら空を覆っていたのは、どす黒い

「雲」だったからだ。

 初めは覆っていただけの黒雲だったが、朝食を終えた頃から徐々にその本性を現し始めた。

大地に多量の雨と雷を落とし始めたのだ。

「ひーーー!!」

 豪雨の音、そして頻りに鳴り響く雷に、ハワーは居間のど真ん中にうずくまる。取り分け耳

の良い兎族だけあり、雷の轟音がより一層強く、激しく聞こえているようだ。

 毛布に包まり、大きな饅頭のようになったその内側からは、頻りに悲鳴が染み出てきている。

 病院に様子を見に行こうと思っていたのだが、この天気の中での外出は余りにも危険だろう。

 そんな中、

「あ!・・・お迎えに行ってきますね!」

 ガルは何かを感じ、そう言い残すと、外へ出て行ってしまった。

(幽霊ってやっぱり、雨に濡れたりしないのでしょうか?)

 外に出て行って少し、幾つかの足音が、安堵の声と共に入ってきた。

「ああ~!やっと着きました!」

「こんな日に外に出るものではないですね」

 入って来たのは、ヒイカにフュクシン、そして、カリナと小さな紫の狐だった。

「カリナさん!」

「ラキエルさん、数日振りですね」

 そう言いつつ、カリナはハイラント邸がいつもよりも静かな事に気が付く。いや、雷とか雨

で十二分に煩いのだが、人の賑わしさが無いという事だ。

「皆さんは?」

「皆は・・・・・・」

 ラキエルの表情と佇まいが物語っていた。

「負けたんですね」

「・・・はい。今、セイムさん、メルリアさん、ワンコさんが入院中で、シュリさんとカイエルさ

んとメイエルさんが付き添っておられます。・・・それで・・・ウインターさんが・・・・・・」

 ラキエルが事の成り行きを説明する。

「あなたたちも付いて行ったんですね・・・。それは自分の意思で、ですか?」

「・・・そうです」

「それは自業自得ですね」

 カリナは呟いた。

「それで、バンリさんはどうしてますか?」

「部屋で・・・・・・苦しんでいると思います・・・」

 それを聞いたカリナは立ち上がり、ガルにその部屋の案内を頼み、向かって行く。

 

 昨晩は結局、一睡も出来なかった。眠ろうと目を閉じても、思い出してしまい、どうしても

眠る事ができなかった。

 外は暗いままだったため、バンリは今が朝なのか夜なのかも分かっていなかった。

 コンコン。再びノックの音が聞こえる。またガルかラキエルだろう。バンリはやはり目を閉

じた。

 だが、今度の訪問者は一言も声を掛ける事無く部屋に入ってきた。その事に違和感を感じた

バンリは、それが何者なのか気になり、薄目を開けた。

「!!」

 その瞬間、目が合った。予想外なほど近くに顔があった。バンリは悲鳴こそ上げはしなかっ

たが、飛び起きた。

「おはよう」

「・・・か・・・リナさん・・・」

「ウインターさんが死んだらしいですね」

 いきなりだった。カリナは現実を突きつけるように言葉を投げつけた。

「し・・・死ん・・・」

 バンリは明らかに動揺していた。それでもカリナは続ける。

「まさか、それすらも理解できていないわけですか」

「か、カリナさん!もう少し落ち着いて話を」

 だが、カリナは聞く耳を持たない。

「分からないのなら、何度でも言います。ウインターさんは死にました」

「や・・・やめろぉ・・・」

「ウインターさんは死んだんです!誰のせいでですか!言ってみなさい!」

「やめて・・・・・・やめてくれぇ・・・!」

 バンリは耳を塞ぎ、悲痛の表情を浮かべる。

「カリナさん!」

「ラキエルさん、あなたなら分かるでしょう。現実から逃げてばかりでは駄目だと言う事が。

邪魔しないでもらえますか?」

「いえ、私がやります」

 カリナはその言葉に驚く。

「そう・・・ですか。ならば、任せます」

「はい」

 ラキエルは怯えるバンリの目の前に座り込み、耳を塞いでいる手を優しく剥がした。

「バンリさん・・・・・・ごめんなさい!」

 ラキエルは静かに頭を下げ、謝った。

「ウインターさんの事・・・・・・私にも責任があります。ウインターさんは自分の身すら満足に護

れない私たちのために、あの場所に行く事を決めていました」

 ウインターは初め、行くことを止めようとしていた。だが、それを押し切って行く事を決め

たため、ウインターは恐らくその時に命を賭ける覚悟を決めたのだろう。

「私たちが行くと言わなければ、忠告をよく聞いて、従っていれば・・・・・・ウインターさんも行

く事は無かったでしょうし、セイムさんたちも、もっと違う戦い方ができて、違った結果にな

っていたかもしれません・・・」

「・・・・・・」

「これは・・・私たち三人の責任です!ですからバンリさん、一人で背負わないで下さい・・・」

 ラキエルは優しくバンリを抱き締める。

「以前、私が犯した罪から逃げていた時、それを寄り添う事で私の心を救い、受け止める勇気

をくださった、その借りを・・・少しでも返す機会を頂けませんか・・・バンリさん!」

 あの時、どれだけ救われたか。どれだけの勇気を貰ったか。その恩はとても返しきれるもの

ではない。

「ラキ・・・エル・・・」

「一緒に背負いましょう!ハワーさんにも話して、三人で背負いましょう!」

 力無く垂れていたバンリの両腕が、ラキエルの背中を掴む。

「あたし・・・・・・強くなりてぇ・・・!心も・・・身体も・・・技も磨いて・・・・・・ウインターがいてくれた

からこんなに強くなれたんだって・・・・・・胸を張れる・・・そんな人になりてぇ・・・なりてえんだ!」

 声は震えていた。 泣いているのか、決意に打ち震えているのか。

 ラキエルは後者であると思う事にした。

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