ウインター
「お、二人共無事に返り討ちにしてやったようだな」
離れていた三人は再び集まっていた。
「うん。楽・・・だったよ」
「うさぎ」
二人共怪我らしい怪我もしていないのを確認すると、ヒサメは溜め息を吐いた。
「誰一人苦戦しないとはな・・・」
「そう・・・だね・・・」
「うさちゃん」
「あの・・・お姉ちゃん」
エンジュが何か言い難い事でもあるのか、もじもじしている。
「ん?何だ?怒らない。言ってみろ」
「うん。・・・あっち・・・行くの?・・・子供・・・たくさん居たよ?」
エンジュは侵入者の中に子供が居たのが気掛かりなようで、どうやらその子らと戦う事を望
んでいないようだった。
「エンジュ。心優しいお前の事だ、気が進まないのだな。分かった。後の連中は二人で片付け
る。お前はここで待っていろ」
「うさちゃんうさちゃん」
「戦うん・・・だね・・・」
「ああ。相手が誰であろうと、ガキであろうと、此処に足を踏み入れたものは『勇者』だ。相
応の覚悟を持っていることだろう」
「うさぎうさちゃんうさぎうさちゃん」
「もし・・・もってなかったら・・・?」
ヒサメは小さく溜め息を吐くと、強い口調で言い放つ。
「その身に刻み込むまでだ。覚悟無く戦場に立ち入るとどうなるかをな!」
「お姉ちゃん・・・」
「うさちゃんうさちゃんうさちゃんうさちゃん!」
「いい加減うるせえよ!わかったから!さっさと行くぞ」
「どちらへ向かわれる御積もりですか?」
「あん!?」
突如、聞きなれない声が降って来た。その方向を見上げると、そこには美しい紋様をあしら
った鮮やかな四枚の翅を携えたメイドが空中に浮かんでいた。
「やはり、御三方は既に・・・」
「ああ、倒したぜ。丁度これから」
「兎狩り」
「お前、飢え過ぎだろう・・・」
余裕の表情で会話しているのを見ると、三人は相手にならなかったと見える。
「他の方々に手を出させる訳には参りません」
「貴様一人で相手をするつもりか?」
「・・・覚悟の上です」
「ふっ・・・名は?」
「ウインターと申します」
「・・・覚えた」
しばし二人は睨み合う。
先に動いたのはウインターだった。翅を大ききはためかせると、辺り一面にキラキラと光る
粒が舞った。
「あん?りんぷんとかいうやつか?」
「嫌な・・・感じがする」
エンジュの危惧した通り、その粒は魔力で出来ており、次の行動の布石だった。
舞った粒はウインターの合図と共に一斉に弾け、もやとなり、三人の視界を奪った。
「ちっ!鬱陶しい事を・・・!お前ら、気をつけろ!何処から仕掛けてくるか分からんぞ!」
三人は背中を合わせ、予測される襲撃に備える。
しかし、ウインターにそんな気は毛頭なかった。立ち込めるもやを上空に抜けたウインター
は合図を送る。それを確認した子供三人が回収へと動き出した。
「攻めて来ないね・・・」
「面倒・・・くさい・・・!」
シツライは苛立ち、頻りにバチバチし始めている。
「・・・・・・」
ヒサメはふと考える。
ウインターなる者とはほんの少し言葉を交わした程度だったが、身の程をわきまえ、自分た
ち三人に本気で勝とうなどという無謀な行為はしない人物であると感じた。
「もしや・・・狙いは別にあるのか?」
そう疑い、更に思考を巡らせようと思った。が、
「もういい!来ないならこちらから行くまでだ!エンジュ!」
「う、うん!」
その一方、子供たちは回収し、撤退を始めていた。ラキエルがワンコを、ハワーがメルリア
を引き摺りながらシュリの元へと戻っていく。だが、バンリだけは手間取っていた。
「まさか・・・いねえと思ったら、この雪ん中か!」
目視では見つからず、魂での捜索を試みたところ、大きな雪玉の中に魂があるのを見つけた。
急いで雪を掻き分けて身体を捜す。
「くそっ!冷てえ・・・!」
雪の冷たさで手が痛む上、その雪玉の雪は硬く、遅々として掘り進まない。
と、突然強い風が吹いた。
「あ!お姉ちゃん、あれ!」
「げ!」
バンリの目に、敵である三人の姿が映った。おまけに指を差してこっちを見ている。
「ほう、成程な。それが目的か。エンジュ、シツライ。ウインターはお前たちに任せる」
ヒサメはそう言うと、バンリに向かって行く。
「ま、まずい・・・!」
まだ掘り出す事も出来ていないというのに、目を付けられてしまった。
それでも掘り出すべきか。一目散に逃げるべきか・・・。
「待ちなさい!」
「ん!」
ピシャアン!バンリの元へ向かおうとしたウインターの目の前に雷が落ちた。
「く・・・!」
「行かせない」
「ごめんなさい・・・でも、倒します!」
今度は逆に二人がウインターの前に立ちはだかる。
「次の相手はお前だ、子供」
バンリはいよいよ逃げ遅れてしまった。背後の雪玉の中に閉じ込められている事は間違いな
い。連れて逃げたくとも、こんな大きな雪玉ごと運ぶ力などない。
「・・・た、戦うのか?大人が・・・あたしは・・・ただの子供だぞ・・・」
バンリは恐怖していた。恐怖し、戦う意思すら湧かなかった。ただ言葉を並べて逃げ道を探
す事で一杯一杯だった。
「ただの子供・・・か。そうか。それならば、尚更だ!」
ヒサメの周りに大きな氷の塊が幾つも出現する。
「ただの子供が此処に・・・戦場に足を踏み入れるとどうなるか・・・その身体に刻んでやろう!」
「ま、待って!」
「氷槍!」
大きな氷の塊が槍のように鋭く伸び、バンリに襲い掛かった。
「ぐうう!!」
槍はバンリの身体を掠めるに留まった。だがそれは、外れたのではなく、明らかに故意に外
したとしか思えなかった。掠めた所から血が滲み出て来る。
「う・・・うう・・・」
バンリは助かったという安堵か、恐怖からか、思わずへたり込む。
「さあ、後悔しろ。覚悟無く此処に足を踏み入れた事を。恨め。愚かな自分を!この槍をその
戒めとして受けるがいい!」
ヒサメの身体程もある氷の塊が出現する。
「バンリ様!!」
エンジュとシツライの二人を相手に逃げ回りながらも、バンリを気に掛け続けていたウイン
ターだったが、その危機的な状況を見るや否や、一直線にバンリの方へと飛び出した。
「行かせません!」
行く手を遮るように炎の壁が立ちはだかる。
「バンリ様・・・!」
だが、ウインターは怯まなかった。迷わず炎の壁に突っ込み、そのまま突き抜けた。
「止まらないの!?」
「降り注げ、雷槍!」
シツライが雷の槍を上空へと放り投げる。
「サンダー・スコール!」
槍は弾け、無数の細かな槍となってウインターへと降り注いだ。
「うぐ・・・ああああ!!」
槍は次々にウインターに突き刺さり、その身に雷を奔らせる。電流により身体の機能を奪わ
れ、羽ばたく事が出来なくなってしまった。だが、それでも真っ直ぐに進む。落下するように
バンリの元へと突き進む。
太く、鋭い氷の槍が動けないバンリに向かって伸び、そして・・・
「う、うう・・・」
バンリは気が付くと地面に横たわっていた。そして、何かが覆いかぶさっている事に気付く。
それが何であるのかを確かめるように触れる。
「ん・・・?」
ぬるっとした。何かの液体のような感触だった。手に付着しただろうそれを確認すべく視界
に持ってくる。色は赤。非常に鮮やかで・・・身の毛が弥立った。
えもいわれぬ不安に駆られたバンリは、慌てて身体を翻す。
「・・・う・・・ウイン・・・ター・・・?」
覆いかぶさっていたのは、その赤は、ウインターだった。
「ば・・・バンリ様・・・お怪我を・・・・・・申し訳・・・ありません」
弱弱しい声だった。
「こ、こんなんただのかすり傷だ!あたしなんかよりお前・・・お前の方が・・・!」
「大丈夫・・・です。御心配には・・・及びません」
ウインターはそれを示すかのように起き上がってみせる。
「で、でも、こんなに血が出て・・・!」
「・・・私は大人ですので・・・この程度の出血なら・・・問題ありません」
立ち上がり、しっかりと二本足で立ってみせる。
「!!」
その後ろ姿を見たバンリは思わず息を呑んだ。
背中、美しい四枚の翅が抉られ、無惨にもその殆どが失われ、かろうじて残っていたそれも、
ボロボロになっていた。
「う・・・ウイン・・・」
「大した根性だな」
ヒサメだけではなく、エンジュもシツライも集い、目の前に立ちはだかる。
「どれだけ自身の身を削ろうとも、主を護る。素晴らしい・・・。素晴らしく早死にするタイプだ」
「・・・・・・」
「分かるか、ガキ。覚悟無き貴様のために、この者は命を賭す覚悟を持ち、ここにやってきた
のだ」
「あ・・・ああ・・・」
その言葉、ボロボロな背中がバンリの心を抉る。
「バンリ様」
「う・・・ウインター・・・あ、あたしは・・・」
「バンリ様!!」
怒鳴られ、我に返る。
「セイム様をお願いします」
「え?」
後ろを見ると、何時の間にか雪玉は崩れ、セイムの身体がはっきりと確認できた。
「結界」
ウインターが呟くと、バンリとウインターを隔てるように壁が構築されていく。
「な!や、やめろ!!ウインター!だめだ!もどれ!」
結界の構築が進むに連れ、その姿が見えなくなっていく。
「バンリ様。・・・・・・少しだけ・・・・・・お休みを頂きますね」
「ウインター!ウインタあああああ!!」
見えなくなる直前、一瞬だけ振り向いたその顔は・・・
笑顔だった。




