白い世界
その異変に気が付いたのは深夜。身を突き刺すような感覚に目を覚まし、思わず口を衝いて
出てきた言葉は、
「寒い・・・」
だった。
昼間の尋常ではない暑さもあって、極めて軽装で眠っていたため、咄嗟に対応する事が出来
なかった。一先ず助けを求めるため、部屋を出てガルの居るだろう居間を目指す。
幾つもの部屋が並ぶ廊下を抜け、今に続く扉を開けると、そこは驚く事になっていた。
空中に巨大な火の玉が浮かんでいたのだ。その様に圧倒されると同時に、
「あ、あったかい・・・」
その空間が暖められている事に気が付いた。
「ラキエルちゃーん!こっちこっち!」
呼ばれて正面を見ると、既に皆が逸早く集まって暖を取っていた。
「これも魔法ですよね、すごく綺麗ですね」
巨大な球体の中で燃える炎は、キラキラゆらゆらと、見る目を楽しませてくれる。
「まあねえ」
やはりこの魔法の使い手であったシュリは、誇らしげに胸を張る。
「ちなみに、名前は『キャンドル・フロウト』って言って、火を通気性のある、だけど火を外に
は漏らさない特殊な障壁の内側に閉じ込めて、安全に暗闇を照らしたり、暖を取ったりする魔
法なんだけどねえ、この魔法の苦労した所はやっぱり、火を囲む特殊な障壁の部分でねえ・・・・・・
って、今はそれ所じゃあないって話だよねえ」
「この寒さだが、もしかしたら敵は複数居るかもしれないんだ」
激しい熱さと、凍える寒さを操る二人。それに、もしかしたら
「明日にはまた違う状況になっている可能性もあるって事ですよね」
「その通りだ。現状では相手の数は分からない」
「強いのだけは確かだけどな」
これ程の熱さと寒さを操ると言う事は、かなりの力を持っている事は確かである。それに、
数も二人より多い可能性もあるというのは、相当厳しい。
「でもねえ、結局は実際に乗り込んでみない事には真実は分からないからねえ。今回は解決で
はなく、調査を目的とした方がいいかもねえ」
「つまり、安全第一で調査に徹するという作戦ですね」
「うん、解決までには時間は掛かるけど、そうするべきだねえ」
この戦いには命の保障が無いと言われている以上、慎重にならざるを得ない。
「そう言えば、鈴の方はどうなったのじゃ?」
「ん?ああ、もう使えるようになったんだけどねえ」
「お?だけど、とは?」
シュリは何か引っかかっている事があるのか、訝しげな表情をしている。
「言うてみよ」
「実は、魔法陣の効果を決める印字の一部にどうしても解読できない文字があってねえ・・・。ま
あ、魔法自体は発動するみたいだからいいんだけど、どうしても気になっちゃってねえ・・・」
『魔法』は基本的には円形の陣の中に描く文字の順列組み合わせによって効果を定める。そ
の際、余分な文字列を加えてしまうと、逆に魔法は不安定となり、失敗の可能性を高めてしま
うため、通常行う事は無い。
「ちゃんと魔法が効果を発揮する以上、その印字には何かしらの意味がある事には違いないん
だけどねえ」
「こればっかりは、のう・・・」
この中で最も魔法に詳しいシュリが分からないのであれば、お手上げだ。
「少し気掛かりではあるけど、このまま出発しようと思うんだけど、いいかねえ?」
誰も異議を唱える者はいなかった。
早朝。
シュリは神楽鈴を顔の前で両手で握り、目を閉じる。頭の中で魔法陣の断片を繋ぎ合わせて
行くイメージを浮かべる。
『魔法陣』は頭の中で描き、現実に投影するやり方と、直接描いていくやり方がある。
普段から直接描いていくやり方をする者は、直感に優れている者が多く、複雑な魔法陣を描
くのは不得手な場合が多い。逆に頭の中で描く者は、思慮深い者が多く、単純な魔法も複雑な
魔法も使いこなせるが、描く速さで劣る場合が多いとされている。
シュリは頭の中で描いていくタイプなのだが、今回の魔法は既に陣の一部が描かれているた
め、直接描いていく事になる。
まず、四つの鈴に魔力を込める。これで陣の一部が出来る。次にバラバラのそれら繋ぎとめ
て行く。余分な文言を付け足さず、ただ単純に繋ぐだけ。こうして出来上がったのは、角が丸
い四角形の魔法陣。
そのまま神楽鈴を持ち上げ、一つ、振り鳴らす。
シャン・・・
すると、小さな魔法陣は鈴の音と共に広がり、正面に壁のように大きく展開した。
「これが鈴の魔法陣・・・!」
「わー!みたことないかたちー!」
空白が目立つ魔法陣だが、安定しているようなので、これで合っているのだろう。
「ふう・・・んじゃあ、行くとしますかねえ」
「いざ、出発ー!」
魔法陣を潜った先の世界。そこは「白」。何処を見渡しても真っ白の雪原だった。
「うわー・・・おほしさまのときとはんたいだね!」
あの時と違うのは、地面がはっきりしている点だ。だが、方向が分からないのは同じであり、
霧も濃いためどちらへ向かえばいいのか分からない。
「あの時は、適当に歩いた結果、何も見つからなかったよな」
「何か対策はあるのかのう?」
「それなんだけどねえ」
「引き寄せてみてはどうですか?」
シュリの言葉を遮って、ラキエルが呟いた。
「今回は戦いになるというお話ですし、相手方は好戦的な方であるかもしれません。なので、
私たちがここに居るという事を教えてあげれば、向こうから来てくれるのではないでしょうか」
「ふむ、そうだねえ。ここじゃあこそこそ隠れながら探すなんて事出来そうに無いし、いっそ
の事、大胆に真正面から対峙するのがいいだろうねえ」
「ラキエルちゃんあったまいいー!」
「そ、それ程でもありませんよ。えへへ」
ラキエルは照れくさそうに笑う。
「でじゃ、どう引き寄せるのじゃ?」
「ラキエルちゃんならどうするかねえ?」
「え、えっと・・・」
相手が好戦的でない場合、ただ音を出すのでは逃げられてしまっていつまでも見つからない
事になってしまう恐れがある。こちらを確認せざるを得ないような・・・
「こう、気持ちの悪い・・・耳障りな音とか・・・・・・でしょうか」
「つまり、不快な音を立てて、それを断たせようと思わせるって事だねえ?」
「はい、そういう事です」
シュリは考え込む。その様子を見ているラキエルは、まるで何かの試験でも受けているかの
ような気分だった。
「・・・うん!いいんじゃないかねえ。とにかくやってみようかねえ」
ラキエルはほっと胸を撫で下ろす。
「それで、どうやってその音を?」
「それは・・・ねえ・・・」
手持ちの道具か、魔法か・・・だが、手持ちにそんな音を出せる道具はなさそうなので、魔法に
頼るしか・・・
「うたじゃだめかなあ」
「『歌』?」
「うん。わたしのママね、げんきでおおきなこえでうたうんだけど、すっごくへたで、うたい
だすと『やめて!』ってまわりからすっごくとめられるの!」
「ああ、デイ先生か・・・そう言えば、音楽の授業の時だけはいつも違う先生だったな」
「そういう事情があったんですね・・・」
ハワーの母、デイ先生。いつも元気で面倒見がよく、授業も楽しくて人気がある先生だ。そ
の先生にそんな欠点があったとは。
「一回、聞いてみたくないか?」
「デイ先生の歌、聞いた事無いですもんね。怖いですけど、一回くらいなら・・・」
「みみがしぬよ?」
「え」
ハワーは真顔で呟いた。二人から好奇心が消えた。
「よし、それじゃあ歌うか!」
「元気な感じと大声だけを意識して、音程は全く考えずにひたすら楽しく、ですね!」
「うん。思い思いの歌を歌うのがいいねえ」
一行は大きく息を吸い込んだ。




