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黒翼のカナエル  作者: 氷花
勇者と魔王編
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覚悟

 「命の保障すらできない」その言葉はその場に居た者たちの心に大きく圧し掛かった。

 これまで幾つもの厄介事に首を突っ込んできた。その中には確かに、戦いになり、参戦した

事もあった。だがその殆どは、相手に殺意が無い場合ばかりであり、頼りになる人たちも居た

ため、心の中では「何とかなるだろう」という想いがあった。それが今回、ヒイカが言うには

そうも言っていられないらしい。それがただの脅しとも思えない。

「バンリ様、迷う事はありません。今回の件には関わらない事にしましょう」

 考え込んでいるバンリに、ウインターが述べる。当然だ。ウインターはバンリを護るために

居るのだ。見す見す危険な場所へ行かせる訳にはいかないだろう。

「そもそもです、バンリ様方はまだ子供なのです。解決は大人に任せて、安全な場所で大人し

くしているべきです」

 言われて初めて気が付いた。自分はまだ子供なのだ。当たり前のように異変を解決しようと

してきたが、何も子供である自分たちがやる必要はそもそも無いのだ。

「その通り・・・だな・・・・・・」

 ウインターの言っている事は間違いなく正論だ。第一、今まで自分が首を突っ込んできた事

柄の中で、自分の力が直接解決に繋がった事が一度でもあっただろうか?その殆どが結局、自

分の力不足を思い知るような結果になってばかりだったはずだ。

「行きたい・・・・・・」

 バンリは、それでも呟いた。

「・・・・・・バンリ様、御自身が仰っている事をしっかり理解して御出でですか?」

 そう言うであろうと予想していたのだろう、「行きたい」と言ったバンリの言葉を聞いても

ウインターは冷静だった。

「あたし、強くなりたいんだ」

「ここが頑張るべき所ではないとしてもですか?」

 これは異変を解決したいからだとか、況してや誰かのためであるわけでもない。ウインター

の言うように、ここで無理を通すべきでは無い事も分かっているつもりだ。

 じゃあ何故?そう問われると・・・・・・単なる興味か、我が侭なのか、はたまた怖いもの見たさ

なのか、はっきりと答える事はできない。

 ただ一つ、言える事は

「行きたいんだ」

 ウインターは小さく溜め息を付いた。

「承知致しました。その代わり、私も同行し、必ずやバンリ様をお護り致します」

「・・・すまん」

 結果としてウインターも巻き添えにしてしまう事に、思わず言葉が漏れた。

「わたしもいくよー!」

 突然、空気をぶち壊す、明るく元気な声が走ってくる。

 ハワーである。その表情はいつもと変わらず、ちゃんと事態を理解して言っているのかすら

怪しい。

「ハワー、流石にお前はだめだろ」

「なんでー!バンリちゃんだってたいしてつよくないのに!

「ぐうっ!」

 それを言われると苦しい。

「だ、大体分かってるのか?命の保障は無いんだぞ!」

「ん?わかってるよ?」

 何を今更。とでも言いたそうに首を傾げている。

「本当かよ・・・」

 今一信用できない。

「お姉ちゃん本当に行くの?」

 後ろからいつの間にかそこに居た妹のミーニが心配そうにハワーの服を引っ張っている。

「うん、いくよ!」

「そう・・・なんだ・・・・・・」

 ミーニはそれだけ言うと、そのまま去って行った。

「ハワー、やっぱり止めた方がいいんじゃないか?ミーニも心配してたぞ」

「だけどもうきめちゃったもん!」

「きめちゃったもん!じゃなくてだなあ・・・」

「ハワー様、どうしてそこまで頑なに行こうとするのですか?」

「ん?だって、まってるほうがこわいんだもん」

「あ?どういうことだ?」

「みんないくのに、わたしひとりだけまってるなんて、しんぱいでこわいんだもん」

「成程、そういう事でしたか」

 皆の事を心配しながら待つのが嫌で、そうするくらいなら一緒に行きたいという事らしい。

「ん~・・・それでもなあ・・・」

 かと言って、それなら仕方ないといえるはずもない。何せ命の保障すらないのだから。幾ら

心配で心苦しいからと言って、危険な所に連れて行くのはどうかと思う。

 そんな考えを巡らせていると、

「分かりました。ハワー様、バンリ様と同じく、向こうに行ったら私の傍から離れないように

して下さい」

「ウインター!」

「ありがとう、ウインターちゃん!」

「ちゃん・・・」

 ハワーは満面の笑みでお礼を言うと、軽やかな足取りで去って行った。

「ウインター・・・お前なあ」

「何とかします」

 そう言うウインターに対しても一抹の不安を感じざるを得なかった。


「メイエル、どうする?今度の戦いはどうやら本物らしいが」

「・・・・・・うん」

 メイエルの表情からは容易に不安の色を読み取る事ができた。

 自分たちが所属しているチーム・スパイラル。今まで多くの依頼をこなして来た。そしてそ

の中には戦いもあったのだが、大体が試合形式であり、命の奪い合いなど以ての外だったため、

ある種の安心があり、自分自身すら護る事に自信が無い自分たちも気軽に戦いに参加する事が

できていたのだが・・・

「お兄ちゃんはどうするのがいいと思う?」

「俺は素直に、戦いに行かないべきだと思う」

「・・・・・・だよね」

「ああ。俺たちははっきり言って弱い。セイムやシュリの様に自分の身すら護る事が難しい程

にな。例え、今までのようにサポート役として同行したとして、今回は試合形式ではないんだ、

無防備な俺たちが真っ先に狙われる事にでもなれば、前衛のセイムたちは頼まなくても俺たち

の盾になるだろう。そうなってしまえばもう・・・」

「勝ち目も無いし、セイムちゃんたちの身も危うい・・・」

 足手纏いになる事は安易に予測が付く。

「チームだからと言って、必ずや同行しなければいけないわけでもないだろう。本当ならこん

な事は言いたくなかったんだがな・・・」

 正直言って心苦しい。今までずっと一緒にチームで行動してきておいて、こんな重大な出来

事の時に限って同行しないなどと、申し訳なさ過ぎて胃がキリキリ痛む。

「いいんだよ、それで」

「セイムちゃん、シュリちゃん・・・」

 セイムも、シュリも優しく微笑んでいる。

「『本物の戦い』に行く訳だからねえ、どうするかは自分の心に従うべきだと思うねえ」

「ごめんね・・・」

 申し訳無さそうに頭を垂れるメイエルの頭を、セイムが優しく撫でる。

「応援、しててね!」

「・・・うん!」


 各々が悩み、答えを出していく中、ラキエルだけが別の事で一人頭を悩ませていた。ヒイカ

の事だ。彼は世界を混乱に陥れる事を企んでいる者たちの間者であるという。正直に言うと、

彼が敵だとか味方だとか言う事は問題では無い。ラキエルが悩んでいたのは・・・・・・

「ん、どうかしましたか?ラキエルさん」

 いつの間にか足はヒイカの元へと向かっていたらしい。話し掛けられて漸く気が付いた。

「え、あの・・・」

 咄嗟に言葉が出てこない。

「まあまあ、そんな所で俯いていないで座って下さい。フュクシンさん、何か飲み物を貰って

きてもらえますか?」

「はい、ただいま」

 フュクシンは足早にその場を離れ、ラキエルはヒイカと対面する位置に俯いたまま座った。

「ラキエルさんはもう、どうするか決めましたか?」

「いえ・・・・・・」

「そうですか」

 ふと顔を上げると、ヒイカと目が合った。ヒイカはじっとこちらを見つめていた。ラキエル

は思わず目を逸らしてしまう。その先で今度は戻ってきたフュクシンと目が合う。

 何とも言えない感情に苛まれ、再び俯いた。

「どうぞ、ラキエル様」

 俯いた視界の端に、涼やかなガラスのコップに入ったお茶が入ってくる。暑さも相俟って何

とも美味しそうに映ったそれを直ぐに手に取り、口元へ運ぶ。そうすると当然、顔を上げる事

になるため、自然と視界にヒイカの顔が入ってくる。

「ん!」

 思わず唸り、咽そうになるのを何とか堪え、コップを置く。

「ラキエルさん」

「・・・はい」

「何か、訊きたい事があるのでしょう?遠慮せず話してみてください。でも、全てにちゃんと

答えられる訳ではありませんがね」

 ラキエルの態度など、気にも止めず、いつもと変わらない優しい表情をこちらに向ける。そ

の様子を見ていると、どんな質問でも快く答えてくれる気がしてくる。

「ヒイカさんはどうして、そちら側のお手伝いをしようと思ったのですか?」

 違う

「この役を誰かに任せるより、自分でやりたいと思ったからです」

「そう思うほどの目的があるのですね」

 そう言う事を訊きたかったんじゃない。もっと、別の、知りたい事が

「はい。それはまだ言えませんが。それは何れ分かるでしょう」

 どうしても訊かなければならない事があるのに!

「そうじゃないんです!私が訊きたいのは!」

「落ち着いて、話してみて下さい」

 急に声を荒げてしまったが、ヒイカは戸惑う様子もなく、こちらの本心を優しく引き出そう

としてくれている。

 ラキエルは深呼吸をして心を落ち着かせ、声に出す。

「何時からですか・・・?どこまでが・・・目的のため・・・だったんですか・・・」

 はっきりと言うつもりだった。今まで自分にしてくれた事、掛けてくれた言葉、それは全て

目的を果たすためのモノだったのかと。はっきりと訊くつもりだった。だが、途端に怖くなり、

声に出す事ができなくなってしまった。

 だが、ヒイカの表情が少し変わった。こちらの質問の真意を理解したのだろうか。

「・・・・・・私は、目的のために嘘を吐いたり、心にも無いことを言ったりはしません」

 今まで接してきて思い描いているヒイカの人となりから言うならば、ヒイカの言っている言

葉は信用できる。だが、それすらも目的のために言っているのではと、疑ってしまう。それが

とても心苦しい。信用したいのだが・・・

「・・・・・・」

 ヒイカも、ラキエルも、それ以上言葉を発する事はなかった。

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