冬の上節・三十日
およそ三十三日にも亘って続いた通称「星空異変」も、終わりを迎えるとされる日がやって
きた。
冬の上節・三十日。今日は最終日と言う事もあり、世界中の誰もがこの星空を記憶に刻み付
けんとばかりに、寒い中にかかわらず外で空を見上げていた。
それはハイラント邸でも同じだった。学校が休日であるこの日は、朝からいつもの面々が集
まっていた。
「もう見飽きたと思ってたが、いざ今日でおしまいだと思うと、不思議と飽きないもんだな」
「もっとこのままでもいーよね!」
「それはないな」
バンリは冷たく即答する。
「えー!?なんでー!?ミーニちゃんもこのままがいーよね?」
「え・・・普通がいちばん幸せだと・・・思う・・・・・・」
ミーニは少し言葉に迷う感じで、否定した。
「あれー!?」
「いやー大人だな!誰かさんと違って」
「そんなこと・・・・・・お姉ちゃんはそれでこそお姉ちゃんだから・・・」
「ミーニちゃんありがとー!!」
「いや、ほんとに。(・・・あたしより大人かもしれん・・・・・・)」
ミーニはまだ六歳のはずなのだが、物の考え方が実に大人だ。感激して抱き付いて来る姉ハ
ワーに対しても全く動じずに受け止める様は、包容力も兼ね備えているように伺える。
「皆さん、温かいスープを頂いてきましたよ」
ラキエルがスープの入ったマグカップを運んでくる。
「いいね!こりゃ温まりそうだ」
「わーい!いただきまーす!」
「あ・・・お姉ちゃん熱いから気を付けて・・・」
だがすでにハワーはカップを傾けていた。
「あっ!つーーーい!!」
「ほんと落ち着きねーな、お前・・・」
それに引き換えハワーは十歳。バンリやラキエルと同い年なのだが、落ち着きが無い。いや、
十歳はまだまだ子供なのだから、むしろハワーは普通で、周りが落ち着き過ぎているだけかも
しれない。
「ねえねえ!ラキエルちゃんはどうおもう?」
「何がですか?」
「この空だよ。ハワーはこのままがいい~とか言うんだぜ?」
「だってきれいなんだもん」
「確かに綺麗ですよね~」
「だよねー!」
ハワーは漸く仲間を見つけ、瞳をきらきらさせる。
「でも、この空が続いている事によって、生活のリズムが狂って体調を崩してしまっている人
も少なく無いんですよね・・・」
「あ・・・そういえば・・・・・・」
学校でも、体調不良を訴えて早退したり、休んでいる友達が何人も居た。
「それに、太陽の光が無いと、植物まで元気を無くしてしまいます。ハワーさんはそれでもい
いと思いますか?」
「む・・・・・・だめー!」
「ですよね!私もそう思います!」
ハワーは理解したようだ。
「おほしさまももうおわり・・・・・・あ!」
と思ったらハワーのテンションが再び上がった。
「そうだよ!まだおわりじゃないよ!」
「は?何言ってんだ?」
「だって、あとにかいあるんでしょ!?こういうのが!」
三度、世界は混乱に陥れられるという話だったのを思い出したのだ。
「あー・・・そういう事な」
「どんなかんじになるんだろ~・・・」
ハワーはどうやら楽しみにしているようだ。
「やっぱりハワーさんはハワーさんですね」
「だな」
「お姉ちゃんはこのままでいい・・・」
諦めもあるが、それ以上に純真無垢なハワーは見ていて微笑ましかった。
そんな星を楽しむ子供たちとは対称的に、シュリは屋敷の中で空を見る事無く、完成したそ
れとにらめっこしていた。
「う~ん・・・・・・」
それ(「神楽鈴」という名前だっただろうか?)は振ってみてもシャラランと心地の良い音
を響かせるだけでこれといった変化も、不思議な感じも見受けられない。やはりこれの意味は
分からない。まあ、先日言われた通り、今知らなくても何れは教えてもらえるらしいので、そ
こまで躍起になる必要は無いのだが、それでも調べずにはいられない。なぜならそれは、それ
が自分だからだ!
「頭が固いのかねえ・・・・・・」
そんな風にカッコよく言っては見ても、分からないものは分からない。ふと横を見やると、
そこにはこちらの様子を無表情で見つめるカリナとウインターの二人がいる。
この状況を簡単に説明すると、カリナにはこの鈴について知っていそうなので、訊こうと思
って居てもらっていて、ウインターにはその前に色々と考えを巡らせたいと思い、その知恵を
借りるべくここに居てもらっている。だが、更にその前に自分一人で考えてみたいとわがまま
を言った結果がこの状況である。自分で言うのもなんだが、迷惑な話である。
「ウインターさん、でしたね。以前に薬草を採ってきて下さったようで、その節はありがとう
ございました。おかげでかなり体調が改善しました」
「いえ、ついででしたので、大した時間も労力も掛かっておりませんので、お気になさらず」
頭を悩ませているシュリを視界に映しながらも、暇なので世間話を始めた二人。お互いに存
在は人伝に知ってはいたが、実は今日が初対面だ。
「バンリさんのメイドさん・・・でしたっけ」
「はい。最近なったばかりですが」
「カリナさんから見て、バンリ様はどのように映っておりますか?」
「・・・何か心配事でもあるのですか?」
しばし間が空く。その間も耳に鈴の音や唸る声に加え、今度は何かの掛け声のような物まで
入ってくる。その姿は視界には映ってはいるが、今は会話の方に神経が集中しているため、そ
の様子は頭では理解していない。
「そうですね・・・・・・バンリ様の振る舞いが女の子っぽく無い気がしまして・・・」
バンリの喋り方や立ち居振る舞いは、どちらかと言うと男の子っぽい。顔立ちで女の子だと
分かるだろうが、知らない人に男だと言っても信じられてしまいそうだという不安は否めない
でいた。
「う~んと・・・ウインターさんは、バンリさんに女の子っぽくなってもらいたいのですか?」
そう問われ、ウインターは女の子っぽい所作をするバンリの姿を想像してみる。
「違いますね」
反射的に声が出た。
「以前に私がバンリ様のご実家に勤めていた頃に、バンリ様のお父様から、バンリ様は玉の様
に可愛い女の子だと伺っていましたので、恐らく私が勝手に水準を作ってしまっていた様です。
忘れて下さい」
「バンリさんはあれで十分可愛いと思いますよ」
「そうですね。時折見せる女の子っぽい所がとても可愛いです」
「ふふっ、ギャップというやつですね」
「ええ、まんまとやられてますね」
二人から笑い声が漏れ出した頃、シュリはついに床に倒れ込んだ。
「もういい~~~疲れた~~~」
そこに二人が顔を覗き込む。
「満足しましたか?」
「へへへ~おまたせだねえ~」
シュリは気合を入れ直して勢いよく起き上がる。
「よし!それじゃあウインターさんに知恵をお借りして・・・と言いたい所だけどねえ、随分と待
たせちゃってるからねえ、カリナさん、もう訊いちゃうかねえ」
「何でしょう?」
「この道具の使い方、知ってるかねえ?」
「・・・残念ながら、私は聞き及んでおりません」
「そっかあ・・・」
「ですが、それにどういう意味があるのかは分かります」
「本当かねえ!」
「ですが、まだお話しする訳にはいきません」
「だよねえー」
そのやり取りを見ていたウインターは疑問を口にする。
「カリナさんは・・・この空の事情をご存知なのですか?」
「あ、そうか。言ってなかったもんねえ」
「ウインターさん、私はこの空を生み出している張本人と繋がりがあります。とても、とても
深い繋がりが・・・」
「・・・そうですか」
ウインターの表情は大して変わらなかった。それは理解できなかった訳ではなく、ただ単に
それに対しての問題点が思い浮かばなかったからだった。
「案外驚いてないですね」
「すいません、問題に感じなかったもので」
「・・・シュリさんの時もそうでしたけど、私ってそんなに脅威に見えないですか?」
シュリとウインターは互いに顔を見合わせる。その後改めてカリナを見つめる。
「うん、やっぱりないねえ」
「すみません、カリナさんの事はまだよく知らないので」
「そう・・・ですか・・・・・・」
脅威として見られない事は、企む側の者としては隠す上ではいいかもしれないが、正直、弱
いと言われているようで複雑である。
「さて、私はそろそろガル様のお手伝いに行って参ります」
「あ、そうなのかねえ?」
「はい。ガル様からは色々と学ばせて頂けそうなので、今後のためにも」
「勉強熱心な方なんですね」
ウインターは一礼するとその場から立ち去って行った。
「ねえ、カリナさん」
立ち去る姿を見送った状態のまま、顔を見せず問い掛ける。
「はい?」
「この空を作ってる・・・確かスターシャさんだったよねえ」
「はい、そうですが・・・」
「その人はその後どうするのかねえ?」
「どうと言うと・・・」
「カリナさんもそうだけど、また新しく指令を受けて動いたりするのかねえ?」
表情が見えない。どういう心境でその質問をされているのか分からない。
「・・・・・・少なくとも・・・・・・私にはもう、あちら側からの指令は来ないと思います・・・・・・。私は
こちら側に関わり過ぎ、知られ過ぎましたから・・・」
この状況ではもう、満足に役に立て無いだろう事は自分でも理解できていた。
「カリナさん」
「はい」
「もしよかったら・・・・・・私たちの仲間になってくれないかねえ。本当の仲間に・・・」
「シュリさん・・・・・・」
「そのスターシャっていう人も一緒にさ」
「それは・・・・・・現状では返答できかねます・・・・・・」
「うん」
少し俯いたかと思うと、シュリは突然振り返った。
「早い話、私は友達になりたいのさねえ!カリナさんとも、スターシャさんとも!」
その表情は笑顔だった。満面の笑みと言っていいほどの眩しさだった。
「スターシャさんには特に訊いてみたい事が山ほどあるからねえ・・・・・・へへへ・・・もしその時が
来たら・・・・・・へへへへへへ」
「あ、あの・・・スターシャは人見知りなので、お手柔らかに・・・・・・」
「あ、そうだったかねえ?じゃあ逃げられないように、最悪、結界でも張って・・・」
シュリは誰に言うでもなくぶつぶつと言い出した。その表情はいつもの顔だった。
「友達・・・・・・」
カリナもまた、無意識に呟いた。




