不穏
天使界「大聖堂」。無数の星たちに照らされたその姿は普段よりも美しく見える。この様相
を見たのは別に初めてという訳ではないが。
この天使界でも外でわいわい騒いでいる人はたくさん居るようで、道だけでなく、空にも飛
び交って騒いでいる輩が居る。
そんな様子を横目に大聖堂の門前まで来たのだが・・・
「もしや・・・」
門の前に、火を挟んで座っている二人の男が居るのだが、その二人の手には杯が握られてい
て、とても楽しそうにしている。
(門番ではない・・・よねえ?)
まさか門番まで浮かれてるなんて事は無いだろうそと思いつつも、一応確認のために話し掛
けて見ることにする。
「あのー・・・大聖堂の関係者だったりしますかねえ?」
こちらが話し掛けると、杯を酌み交わしていた二人が楽しそうな表情のままこちらを向いた。
「おお?もしかして、大聖堂に用かい?・・・ひひひ・・・」
「だとしたら・・・ふへ・・・へへへ・・・」
お酒に酔っているせいだろうが、非常に気持ちが悪い。身の危険を感じるほどの不気味さだ。
「確かに用はあるけどねえ・・・」
「ひひひ!じゃあ、あれだ!・・・・・・何だったっけ?」
「へへへ!わかんねー!」
あっはっはっはっはっは!
駄目だこれは。こんなの放っておいて大聖堂の中に入って行きたい所だが、大聖堂は重要施
設であるため、このまま中へ入れば、不法侵入で捕まる事は避けられないだろう。そうならな
いために何とか話を通してもらいたいのだが、頼りの門番っぽい人が目の前のこの飲んだくれ
だとすると・・・・・・今日は諦めて出直してきた方がいいかもしれない。そうすれば、ヒイカもハ
イラント邸に帰ってくるかもしれないし、そうなれば大聖堂の中に入る必要も無くなる。そう
だ、そうしよう。
そう決めて踵を返したシュリだったが、
「ああ!?そうだそうだ!」
誰に言うでもなく、男の片方が声を上げた。
「おお!思い出したか!」
「お前、シュリだな?」
シュリは驚き、再び振り返った。当然である。この二人とは一切面識は無いし、ここに来て
から名乗ってもいない、はずである。驚き、事態を理解しようと身体の動きを止めて頭をフル
稼働させる事に全ての神経を集中させていると、
「そうか、シュリか!成程、わかったぞ!」
「え、えっと・・・」
「通ってくれて構わない」
「そうだ。お前が来る事は既に聞き及んでいる。遠慮なく通るがよい!」
未だに状況が飲み込めていないシュリを他所に、二人はそそくさと左右に別れ、門を開いた。
「「さあ、お待ちである!」」
はっきり言って不気味さしか感じ得ない。別に今日知らなければならない訳ではないのだ、
ここで引き返す事が賢明なのは間違いない。
だが、シュリの中で一つの感情が沸々と湧き上がって来る。
この中には、得体の知れない誰かが自分を待っていると言う。それはつまり、自分が求めて
いる事以上の情報が得られる可能性が極めて高いと言えるのではないだろうか。
そう、好奇心である。
危機感の真逆とも言えるこの感情に苛まれ、シュリはあっさりと大聖堂へと歩を進め始めた。
大聖堂の扉を開けると、その正面の奥に目的の人物は居た。燭台の仄かな明かりがその顔を
照らしている。目的のヒイカとその使いフュクシン、そして真っ黒な翼を持つ天使にして、創
生界の代表者カナエルの三人がテーブルを囲んでいる。
「ようこそ、待ってたわ。座りなさい」
シュリはカナエルに促されるまま椅子に座る。
「門の所でも言われたのですがねえ、待っていたというのは・・・」
「ええ。勝手だけど、貴女には『こちら側』の手伝いをしてもらう事にしたわ」
「『こちら側』・・・ってまさか・・・」
そういう事を知りたくて来た訳ではなかったのだがこれは・・・・・・随分と厄介な事になりそう
な、嫌な予感がする・・・
「ご察しの通りよ。今までとこれから起こる事に関与しているのよ。私も、そこのヒイカもね」
「う・・・」
まさかの敵陣真っ只中である。
「まあ、そんな身構えなくても大丈夫よ。取って食べたりしないから」
「シュリさん、まあ気軽に話を聞いて下さい」
ヒイカはこんな重要そうな話をしようと言うのに、いつもと変わらないため、イマイチ緊張
感が抜ける。
「でもあれだよねえ・・・話を聞いちゃったらもう戻れなくなりますよねえ?」
「・・・・・・では、話を始めるわね」
「ちょっとねえ!?話聞いてますかねえ!?」
「まあ、何とかなりますよ」
とヒイカは楽観的にニコニコしている。何とかなるとは・・・どちらに掛けられた言葉なのだろ
うか・・・。
「もう話しても?」
カナエルは一刻も早くと言った様子で話を切り出そうとしてくる。いつもなら話を聞いてく
れるヒイカも、今はどうやら『あちら側』の一員であるようで、助けは期待できない。となる
と最後の頼みはフュクシンだけなのだが、主がこの様子なので、当然頼りにならない。
逃げるべきなのだろうか。だが・・・・・・
「どうぞ」
やはり好奇心が危機感を上回った。自分が求めているもの以上の事を知ることが出来る、と
いう何とも魅力的な機会を逃す事は出来ない。後の事は・・・・・・後でいい。
「それじゃあ・・・」
カナエルはそう言うと、鈴を『二つ』取り出してシュリの目の前に置いた。
「この鈴は・・・!」
「そう。本来ならば、世界を混乱に陥れる者に持たせて、解決された時に渡す物なのだけれど、
少し計画を早める事になったのよ。だから」
「計画・・・ねえ・・・」
訊けば教えてもらえるのだろうか。いや、流石にそんな核心に関わる事までは無理だろう。
「ちなみにですねえ、その原因は・・・?」
「簡単に言えば、人員不足・・・人材不足の方が正しいかしら?それと後は、思った程の成果が上
げられていない事ね」
「世界を混乱させると言いつつ、今はこんな状況になってしまってますしね」
それは分かる。
「それで、さっさと真打ちに回そうという事になってね」
「その前に、その鈴を全部渡しておかないといけないんですよね」
「この鈴に何か意味があるんですかねえ?」
鈴からはこれといった不思議さを感じない。どう見てもただの鈴にしか見えない。
「ふふふ・・・・・・」
カナエルが突然、不気味に笑い出す。
「ここから先は・・・・・・どう?聞きたいかしら?」
ゴクリ。この鈴にそれ程の力があるというのだろうか。聞いてしまえば本当に戻れなくなる
気がしてくる。危機感が身体全体を覆う。だが、その一点にはまだ知識欲の炎が確かにメラメ
ラと燃えている。
「まあ、いずれ分かる事よ。楽しみにしてなさい」
自分で答えを出す前に御されてしまった。
「その鈴の使い方ですが、時が来たら私に訊きに来て下さい」
「そうそう、貴女の抱いていた疑問も、その鈴で全部とは言わないけれど分かるでしょう」
シュリは半ば押し付けられるような形で二つの鈴を受け取り、大聖堂を出た。
得られた情報を整理すると、創生界の代表者たるカナエルとヒイカは『あちら側』である事
と、この二つの鈴、つまりは「神楽鈴」と呼ばれる物が大きな意味を持っているという事だ。
その意味は何れ分かるらしいからいいが、それよりも気になるのは、カナエルの言っていた
「真打ち」という言葉である。「世界を混乱させる真打ち」とは果たして・・・・・・どれ程の事態
を巻き起こすのだろうか。幾ら考えようが分かる訳も無い。




