カリナとスターシャ
気を抜くと、上も下も分からなくなってしまう程に同じ景色が広がる真っ暗な空間に、スタ
ーシャはたった一人で何をするでもなく漂っていた。
話し相手も居ない。他にする事も無い。したい事も無い。ただ、言われた通りにこの空間を
作り、維持し、ただひたすらに待ち続けるだけである。
(スターシャ・・・スターシャ・・・!)
耳にではなく、脳内に直接呼びかけてくる声に反応し、スターシャは横たわっていた身体を
起こす。
(スターシャ・・・返事をして!・・・スターシャ!)
この声は間違いない。カリナだ。だが、スターシャは返事をしない。再び身体を丸めて横に
なる。
「どうして返事をしてくれないの・・・スターシャ・・・・・・」
カリナは呆然と変わり映えしない空間を見渡す。何処に居るのか全く分からない。それでも、
カリナはスターシャを捜して当てもなく歩き出す。
スターシャとは同じ、魔王グリムの弟子仲間だ。
出会ったのは、カリナがグリムの弟子となって直ぐの事だった。その頃から姿形は今と全く
変わっておらず、小さくて、緑も珍しいが、それよりも更に珍しい紫の色の毛並みをしていた。
今までに見たことの無い毛並みの色で、何処から来たのか、スターシャ本人にも一切分から
ないらしく、未だに謎のままだ。
「初めまして!私はカリナって言います!宜しくね!」
明るく、笑顔で話し掛けるが、返事はない。だが、こちらを見てはいるので、無視されてい
る訳ではないようだ。
「ああ、この子殆ど喋らないけど、ちゃんと話は聴いてるから気にしないでいいからね。ちな
みに、この子はスターシャって言うから」
「へえ・・・殆どって事は、喋る事も出来はするんですね」
「相当、仲良くなればね」
スターシャなる紫の仔狐は、グリムの肩に乗っかったまま尻尾をゆらゆらとさせながら、じ
っとこちらの様子を伺っている様だ。
スターシャの表情は全く変わらない。まあ、常に獣の姿をしているため当然と言えば当然な
のだが、それにしても、動きにもこれといった変化が見られず、感情の起伏が全くと言ってい
い程読み取れなかった。
それでも、話をちゃんと聴いてはいるという事らしいので、カリナは事あるごとに話し掛け
続けた。
「おはよう!」「ご飯おいしいね!」「今日の訓練は疲れたねー」
「スターシャちゃんは物覚えがいいね」「その魔法はもう少し使う魔力を抑えても問題なく発
動できると思うよ」
日常の物から、特訓内容に関する事まで、様々な事を一方的に話し掛け続けた。グリムの言
っていた通り、スターシャは話を聴いていた。こちらが指摘した事も真摯に受け止め、行動に
反映させていたのだ。相変わらず返事をする事は無かったが、それでもこちらの指摘でスター
シャが行動を改める様子が、ある種、返事の代わりとなっていた。
そんな厳しくも幸せを感じる日々にも、大きな変化が訪れる時がやってきた。複数の世界が
同盟を結び、一つとなるという事に対する話し合いに、冥界の代表としてグリムが行かなけれ
ばならなくなったのである。
「どうやら、しばらく帰ってこられなくなるみたいだから、カリナ、スターシャ、仲良くしな
さいよ」
「そうなんですか・・・・・・あの、修行の方はどうしましょう・・・」
不安を浮かべるカリナに対し、スターシャは全く動じていないかの様にいつも通りのペース
で尻尾をゆらゆらさせている。
「それは自分たちで互いに意見を出し合って決めなさい。出来るわね・・・スターシャ」
スターシャは返事をしなかったが一瞬だけ、尻尾の動きが止まった。
「それじゃ、何時になるか分からないけど、またね」
そう言ってグリムはあっさりとした様子で去って行ってしまった。
二人残され、話し合えとは言われてもと、頭を悩ませている時だった。
かりなしゃん・・・・・・
聞いた事の無い、幼い声が聞こえてきた。
「誰ですか!?」
辺りを見渡しても誰も居ない。これは、耳にではなく、脳内に直接話しかけられている様だ
った。
「もしかして・・・!?」
スターシャの方を見ると、スターシャはこちらをじっと見つめていた。そして、目が合うと、
再びあの声が脳内に届く。
(かりなしゃん・・・はじめまして・・・すたーしゃでしゅ・・・・・・)
「スターシャ・・・?スターシャちゃんなの!?」
(はい・・・・・・)
「私と・・・お話してくれるの・・・?」
(・・・・・・いままで・・・ごめんなしゃい・・・・・・もう、できましゅでしゅ)
スターシャはそう言うと、カリナの身体を駆け上がり、肩の上に乗っかった。
「スターシャちゃん・・・!」
カリナは感動で胸が一杯になった。
いつの間にかカリナの頬を伝っていた雫を、スターシャが優しく舐め取る。
(カリナしゃん、これからはたくさん、たくさんおはなししましょうでしゅ)
「はい・・・はい!これから宜しくお願いしますね、スターシャちゃん!」
あれからどれくらい歩いただろうか。一向にこの空間の果ては見られず、辺りに浮かぶ光球
が発する魔力のせいもあり、スターシャの位置を魔力で探る事もままならない。
「スターシャ・・・・・・」
それでも、カリナは諦める事無く、ただただ、ひたすらに歩き続ける。
すると、次第に身体が熱くなってきて、呼吸も荒くなってくる。
「これは・・・まずいです・・・ね・・・・・・」
身体の調子がどんどんと悪くなっていく。これは間違いなく、風邪がぶり返してきてしまっ
ている様だった。冬に入ったこの時期に、完治していないのにも関わらず、これだけ寒空の下
を?むしろ寒空を歩き回っているのだ、当然だろう。
それでも歩き続けていたカリナだったが、ついに、立っている事すら出来なくなり、仕舞い
には身体を横たえてしまう。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・・これは・・・帰らないと・・・まず・・・」
だが、熱のせいで転移の魔法陣を展開する事も出来ない。
「く・・・・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・・」
まぶたが重い・・・意識が遠退いて行く・・・
「スター・・・しゃ・・・・・・」
カリナは動かなくなった。
カリナが姿を消したという話は、ガルによって翌日には知らされていたが、数日経ってもカ
リナは帰って来なかった。
「どうするんだ?カリナが居なければ、その空間に行く事も出来ぬのだろう?」
大社の門番長の部屋にチーム、ハイラントとスパイラルの面々に、今回の件を一挙に解決す
る切り札、メサイアを加えた、総勢十一名が集まっていた。
「カリナさんの風邪って、まだ完治してなかったはずですよね?」
「その状態で何日も外を出歩いているのか?それってまずいんじゃないのか?」
「またかぜひいちゃうよー!」
皆がカリナの身体を案ずる中、シュリだけは違った。
(私があんな事を言ったから逃げた?・・・なんて事はないよねえ・・・?)
もしそうだとしたら、不味い事をしてしまった。カリナの事を知りたいという好奇心ばかり
で、その後どうなるかまで予測していなかった。
(これはやってしまったかねえ・・・・・・)
シュリは髪を掻き毟る。
「どうしよっかー?お空に行くにも、カリナちゃんが居ないと行けないし、まずはカリナちゃ
んを捜す方がいいのかな?」
「はあ・・・何だか、どんどん遠回りさせられてる気がするな・・・」
「そうだよね。何だか、誰かにイタズラされてるみたい・・・」
「ともかく、カリナを捜す他無いようだな」
当面の目的はカリナの捜索と言う事になった。




