「鈴」
数日振りにハイラント邸に帰ってくると、突然、ハワーに抱きつかれた。
「やっぱり・・・!ラキエルちゃんだー!!」
結構なスピードで飛び付いて来たので、堪えきれずにそのまま倒れてしまった。
「は、ハワーさん・・・ただいま、です」
「おかえり!ラキエルちゃん!」
ハワーは嬉しそうにラキエルの胸元に顔を擦り付ける。
「おお!ようやっと帰って来たのじゃな!遅かったではないか」
「すみません、随分と家を空けてしまいましたが、お変わりありませんでしたか?」
「む?まあ、の・・・料理だけは流石にあれでの・・・・・・つまりじゃな・・・」
何となく予想は付いた。
「後は任せて下さい」
笑顔でそう答えると、ガルは調理場へ向かって行った。
「す、すまぬな・・・」
調理場の扉を開けると、その中は何者かと争ったかの様に食材の残骸や器具があちらこちら
に散らばっていた。
「・・・・・・」
一瞬、ガルは言葉を失ったが、直ぐに楽しそうな声で
「さあ、やりますよ~!」
そう言うと、テキパキと片付けを始めた。
「ガルさん、私もお手伝いしましょうか?」
グルが申し出るが、
「いえ、私一人で十分ですので」
ガルはそれを断る。様子を見るに、それは気を使っている訳ではなく、楽しみを奪われたく
ないと言った風に見えた。
「それにグルさん、そろそろ帰って上げた方が良いのではないですか?」
「あ・・・そう言えばそうでした!」
「忘れてたんですか!?」
今頃、一班の皆はどうしているのかと想像してみる。
掃除出来ない。洗濯出来ない。料理出来ない。・・・・・・今頃倒れてるんじゃあ・・・!
物凄く不安になってきた。もう、居ても立っても居られない程に。
「ガルさんすみません!突然ですが私、今から帰る事にします!」
「はい。そうした方が良いと思います。門までですが、お見送りしますね!」
巨大な門を潜り、ガルの方へ向き直った。
「では、ガル・・・さん・・・。またいつか、遊びに来ますね!」
グルは踵を返して歩き始めた。その時、
「お待ちしておりますね・・・・・・おねえ・・・ちゃん!」
「え?」
ガルが小さく何かを呟いた気がして振り返るが、そこには既にガルの姿は無かった。
「またね、ガルちゃん!」
グルも小さく呟き、歩き出した。
今までは一人暮らしだったが、今日からは二人になる。部屋の広さは足りるだろうか?寝る
場所は、布団も用意しないといけない等、これからの事を考えている間に、部屋の前に辿り着
いていた。
「バンリ様のお部屋はここですか。狭そうですね」
「まあ、あたし一人で暮らす分には十分なんだけどな」
がちゃ。部屋の扉を開けた所で、まずい事に気が付く。
(やべえ!部屋、片付けてねえ!)
実家の給仕者であるウインターにこの事を知られれば、部屋が散らかり放題だと言う事が両
親に伝えられてしまう恐れがある。
バンリは扉を半開きの状態で止めた。そして、即席の言い訳を考える。
「あ、あのさ、ウインター」
「ああ、もし部屋が散らかっていると言うのなら、お気になさらず。自分は特に気にしません
し、お二人に告げ口をする気も御座いませんので」
「そ、そうか・・・・・・」
完全に読まれていた様だ。バンリは観念して扉を開いた。
元々物が少ないため、「足の踏み場も無い」と言った状況には無い。ただ、机の上に小物が
ごちゃごちゃと置かれていたり、部屋の隅に洗濯物が纏められていたりする程度だった。だが
やはり、整頓されて置かれている訳ではなく、乱雑に放置されていると見て取れる。
「思った程、散らかってはいませんね」
「もっと散らかってると思ってたのか・・・」
二人で寝泊りするにはやはり、少し狭いだろうか。そして、この部屋には水道もトイレも、
調理場も無い。
「何も無いですね・・・水回りが・・・」
「ああ、共同で使う場所が別にあって、そこで料理も洗濯もお手洗いもそこでするんだ」
「そういう場所なのですね、分かりました。ではまず、簡単に部屋を片付けた後、洗濯に向か
いますので、その際に場所とルールを教えて頂きたいのでバンリ様、ご同行願えますか?」
「ああ、勿論だ」
適当に部屋を片付けて食堂に向かうと、丁度お昼時と言う事もあり、この集合住宅に住んで
いる何人かが、お昼をどうするか話し合っている最中の様だった。その中にはシュリも居た。
「今日は四人だけか。どうする?この人数なら、ちょっと凝った料理でも良さそうだが」
「それはいいけど、作れるの?この中にそんなに料理得意な人って居たっけ?」
四人は顔を見合わせるが、
「ははは・・・無理か」
「じゃあ、いつもの様に、と言う事で」
それしかないな、と言った風に頷くと、各自が作業に取り掛かろうと動き出す。と、漸くバ
ンリたちの存在に気が付いた様だ。
「お!バンリじゃないか!何時帰ってきたんだ?というか、学校はちゃんと行ってたのか?」
「帰ってきたのは今日だし、学校は・・・まあ、いろいろあって休んでた」
「それよりもさ、そっちの人はバンリちゃんのお知り合い?」
バンリの後ろに控える給仕服を着た女性に注目が集まる。ウインターは一礼をした。
「えっと、実家で働いてた給仕者の人だったんだけど、今日からあたしの部屋で一緒に暮らす
事になったんだよ」
四人は再び互いの顔を見合す。そして、こちらを向くと
「おめでとう!まだ若いのに手が早いなあ」
「いや~驚いたよ~。バンリちゃんはあの天使の子かと思ってたのになあ。でも、おめでと!」
何故か次々と祝福の言葉が掛けられる。
「はあ?何の話だ?」
「駆け落ちだろ?」
「そこからの同棲でしょ?」
「そしてからの結婚フィニッシュとか羨まし過ぎるだろ・・・」
「ちげーよ!!何考えてんだお前ら!!」
あろう事か、そんな関係だと思われていたとは・・・。確かに、同性結婚はよくあるが、まだ十
歳前後の子供がそんな事をする訳ないだろうに。
「えー?じゃあ、何?」
「ただのメイドだよ。・・・・・・あたし・・・直属の・・・な・・・」
「何だと!?バンリ、お前・・・まさか、お偉いさんだったのか!?」
まあ、そんな反応をされるだろうと思った。
「偉いわけじゃない!ただ、家の親が過保護なだけだよ」
「でも、メイドさんが居る家なら、やっぱり良い所のお嬢様なんじゃないの?」
「む、それは・・・知らないけど・・・というか、良い所ってのがよく分からん!」
「偉い」は分かるが、「良い所」というのはよく分からない。大きな家に住んでいれば良い
所なのだろうか?でも、大きい家だと落ち着かないと言う人もいるだろうし、小さい家がいい
とか、そもそも建物自体が要らないと言う人もいる訳だし・・・よく分からない。
「ウインターは何か知ってるか?」
「自分ですか?そうですね・・・・・・『良い所』と言うのは一般的に、何の苦労も無く生活出来る
場所の事を言い、例えば、自身の身の回りの事である掃除、洗濯、料理等のような家事を自分
でやらなくても、当たり前のようにそれらをやってくれる人物が居る。と言うのがそれに該当
すると自分は思います。故に、バンリ様の御実家には、長年仕えて御出での爺様がいらっしゃ
るので、『良い所』の言葉には該当するかと判断します」
「そ、そうなのか・・・・・・」
確かに、初めてここへ来た時は何もかも自分でやらなくてはならなくて、いろいろと大変だ
った。そう思い返してみると、何もしなくてもよかった実家での生活が如何に恵まれていたの
かが分かる。
「申し遅れました。自分は今日付けでバンリ様直属のメイドとして、ここで御一緒させて戴く
事となりました、ウインターと申します」
改めて自己紹介を交わした所で、ウインターが申し出る。
「先程の昼食のお話ですが、これから宜しくお願いしますと言う意味合いも込めて、自分が調
理に当たらせて戴いても宜しいでしょうか?」
「え!やってくれるの!?」
「はい。バンリ様のご実家でも、台所を任されておりましたので」
「そうか!それなら是非に頼む!!」
「かしこまりました。では、早速当たらせて戴きます」
全員の同意を受け、ウインターは迷いの無い華麗な手付きで料理を始めた。
「すげえ・・・あれがメイドさんか・・・・・・美しいな・・・・・・」
ウインターが動く度に、給仕服のロングスカートがヒラヒラ、クルクルと美しく舞っている。
その様に見惚れている間に、料理はあっという間に完成した。
「こ、これは・・・・・・!」
それは、初めて見る料理だった。とても食欲をそそるいい香りだ。
「これは、外の世界の料理で、名前は『ビーフシチュー』と言う煮込み料理です」
「煮込み料理?にしては、随分出来るのが早かった気がするが・・・でも、美味そうだな・・・!」
ごくりと溢れてくる唾液を飲み込む。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
その言葉を合図に、五人は手を合わせ、スプーンで一掬い、口にした。
「ああ・・・何だこれ・・・・・・美味え・・・」
「美味いってもんじゃあ・・・美味過ぎるだろ・・・」
「美味しいし、温まるし・・・・・・これが幸せというものだね・・・・・・」
五人はあっという間にたいらげてしまった。
「ウインターさん!何か、何かお礼をさせてくれ!」
相当感動したらしく、後片付けをしている所に集まってくる。
「・・・では。自分はここに来たばかりで、ここでのルールが分かりませんので、教えて頂け無い
でしょうか?」
「そんな事で良ければ!いろいろと案内させてもらいますよ!」
「やるに決まってんだろ・・・!」
バンリとシュリを除く三人(男ばっかり)は、張り切り、鼻息を荒くしている。
「男共は本当に・・・ねえ?バンリちゃん」
「単純だな」
女二人はその様を冷ややかに見ていた。
その夜も結局、ウインターが料理の腕を振るった。ウインターも大人数の分の食事を一度に
作った事は殆ど無く、戸惑いも見せていたが、そこは数々の過酷な試練を乗り越えてきた給仕
者だけあり、完璧に人数分の食事を用意して見せた。結果、集合住宅の住人たちにこれからの
食生活に対する希望をもたらす事となった。
部屋に戻ったウインターは、流石に疲れた様子だった。
「何だか悪かったな。始めて来た場所で、いきなりこんなに働いてもらっちゃって」
「あ、いえ・・・お気遣い感謝致します。確かに疲れはしましたが、慣れない状況であったためで
すので・・・明日からはこの様な醜態を晒さずに出来ますので」
「醜態って・・・」
疲れを見せる事がそれ程までに良くない事なのだろうか?給仕者の世界がどれ程厳しい世界
なのか測りかねる。
「ともかく、今日はゆっくり休んでくれ・・・って、そうだった・・・・・・」
言ってから思い出した。この狭い部屋で二人寝るのだ。到底ゆっくり休めるとは思えない。
とりあえず、出来る事といったら・・・
「何か・・・マッサージとか、しようか?」
したことないけど。
「いえ、大丈夫です。給仕者はどのような場所や状況でも、身体をしっかりと休められるよう
に訓練されていますので」
「ええ・・・」
本当に、日々どんな訓練をしているのだろうか?バンリは自分には絶対耐えられないだろう
なと思いつつ、母親がよく耐えられたものだと改めて感心した。
「あ、そう言えば・・・ウインターの荷物だけど、どこに置いてあるんだ?」
部屋は狭く、たんすはあるが押入れは無い。なのに、部屋に物が増えた感じがしない。
「これですよ?」
ウインターが指を差した窓際を見ると、そこには小さな植木鉢があった。淡くて美しい水色
の花が一輪だけ咲いていた。
「これ・・・と?」
「いえ、だけ、です」
「これ・・・だけ?これだけ!?」
「はい。これだけです」
幾らなんでも少な過ぎる。言い方からすると、どうやら着替えの類も持って来ていない様だ
った。
「着替えは?実家では私服着てたけど・・・」
「あれですか。あれはただの魔力の塊ですよ」
「は?」
全く分からない。
「魔獣族はですね、ただ単に人型になるだけでは、所謂『裸』の状態になってしまいます。な
ので、『ちゃんとした衣服』を身に着けるまでは、魔力を衣服の形に固めて身に纏うのです」
「えっと・・・・・・それじゃあつまり・・・!」
大変な事に気が付いてしまった。
「実家では魔力を纏ってただけで、服を着てなかったって事か!?」
「そうなりますね」
そう考えると、実家では何て格好で働いてたんだ!と言う事になる。これは知らない方が良
かったかもしれない。
「あー・・・じゃあその給仕服が?」
「はい。これが『ちゃんとした衣服』です」
だから持ってこなかったのか。と言う事は、その給仕服を洗う時は当然、例の『私服』もど
きを纏うのだろう。知ってしまった以上、それを見てみぬ振りは出来ない。
「なあ、頼むから、せめてもう一着くらい『ちゃんとした衣服』を用意してくれ・・・」
「命令ですか?」
「これは命令させてくれ」
「分かりました。今度、調達に行って参ります」
物分りがいいのは助かるが、やはりまだ、ウインターの事は性格も含めて知らない分からな
い事だらけである。
机を部屋の隅に移動させ、布団を二枚並べて敷く。これだけでもう床の面積の七、八割が埋
まってしまう。なので計らずとも、枕を並べる様な形になった。
「こうして見ると・・・部屋の狭さがよく分かるな・・・」
「バンリ様はどうしてこの部屋を御選びになられたのですか?」
「ああ、それは、共同の施設があるからだよ」
バンリが初めてこの町にやってきた、つまりは初めて実家を出て行ったのが八歳の時だった。
当然、家事などした事が無いため、出来るはずが無い。そのため、一人暮らしをするに当たり、
自分の部屋に調理場などがあってはならなかったのだ。自分の部屋にそれらがあれば、当然そ
れらはバンリ自身が掃除したりしなければならない。だが、この場所の様に、共同で使う様な
所であれば、大人たちがやってくれるため、自分でやらなくても済むようになると踏んだのだ。
勿論、何時までも任せきる事はするつもりは無い。だがせめて、見たり、手伝ったりしながら
覚える時間は欲しかった。そう言う考えに合致したのが、この場所だったのだ。
「成程。子供ながらにそこまで考えていらしたとは、バンリ様は利口でいらっしゃるのですね」
「え!?いやあ、別に・・・利口とかそんな・・・」
利口とか、初めて言われた。ちょっと嬉しい。
「そう言えばバンリ様、明日は学校ですか?」
「え?ああ、そうだな」
「では、早くお休みにならなくてはですね」
「そうだな。お互いに早く休んだ方が良さそうだしな」
バンリがランプの火を消そうとしたその時だった。
ドンドンドンドン!
扉をノックする音が狭い部屋に響き渡る。
「こんな夜中に・・・って、少し前にこんな事があった様な・・・・・・」
その時の事を思い出し、少し寒気がした。
ドンドンドンドン!
間を置いて、再びノックをしてくる。
「出て来ますね」
ウインターがランプを持ち、玄関に向かう。
「き、気をつけろよ・・・」
その言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、ウインターは玄関に着くと、警戒する事無く
すんなりと扉を開いた。
「夜分に失礼します」
そこに立っていたのは、あの夜と同じ女、死神カテドールだった。
「げえっ!またお前か!」
「安心してください。今日はこれだけ渡して、直ぐに帰るつもりですから」
そう言って取り出したのは、『一つの鈴』だった。
「これは?何か特別な意味でも?何かの魔力が込められている様ですが」
「お察しの通り、それは特別な物です。大事なものですので、無くさないようにして下さい」
これもだ。今の言葉も以前に聞いた事があるような気がする。
「あ、そうだ!前に貰った何かがあったな!なんだったっけか・・・」
「よくお気づきになられましたね。恐らく、あなたが思い浮かべている物に関係しています」
「そ、そうなんすか」
別に気が付いた訳ではない。ただ単に同じ様な台詞だったから思い出しただけで、関係ある
とまでは思っていなかった。
「で、どう関係してんすか?」
「後三つ、集めてください。この鈴の意味は、全てを集め終えた時に分かると思います」
何かを隠している事は間違いない。だが、今それを訊き出すのは無理だろう。
「それは、誰が持っているんすか?」
その質問をした時、基本無表情なカテドールの顔が僅かに動き、眉間にしわを寄せて悩んで
いる様だった。
少し考えた後、カテドールはとんでもない事を口にした。
「今後、後三回ほどこの世界に混乱が巻き起こります」
「は?」
「鈴は、その混乱を起こしている張本人が持っています。なので、犯人を見つけ、解決して下
さい。そうすれば、鈴は手に入ります」
「すまん、上手く理解できん」
あまりに突拍子のない事を言うので、頭の中に言葉が入ってこない。
「それは、バンリ様がやらなくてはならない事なのですか?」
理解出来ないバンリに対し、ウインターは理解出来たらしく、質問を投げ掛ける。
「それが望ましい、とだけ言っておきます」
カテドールは鈴を渡すと、さっさと帰って行く。
「では、お休みなさい」
そして、最後に小声で呟く。
「死なない様にお気を付けて・・・」
その言葉はバンリたちの耳には届かなかった。
また一つの節目を迎えたのを見届けた紫の狐は、暗い夜道を駆け、やがていつもの場所に帰
り着いた。
「そう・・・やっと終わったのね」
銀の狐はほっとした表情を浮かべながらも、どこか苛立っている様に見えた。
「自由とは言ったけどまさかこれ程、生温い事をされるとは・・・・・・。力はあっても野心は無い
からだろうけど・・・」
紫の狐はブツクサと文句を誰に言うでもなく漏らしている銀の狐を真っ直ぐに見つめ続けて
いる。銀の狐は一頻り文句を垂れ終えると、紫の狐へと顔を向けた。
「次はあなたよ、スターシャ」
紫の狐に一つの鈴が差し出された。だが、紫の狐はそれが予想外の出来事だったらしく、小
首を傾げて受け取ろうとしない。
「これを受け取ったら、カナエルの所に行きなさい。もう『あれ』が完成しているはずだから」
紫の狐はまだ受け取らない。
「はあ・・・。『昼』を奪いなさい」
それを聴いた紫の狐は、直ぐにその鈴を口に咥えて走り去って行った。
「全く・・・自分で考えて行動出来ないなんて、まだまだ未熟なのね・・・」
銀の狐は再び、一人でブツクサいい始めた。




