親と子
「娘の身を脅かす不届き者よ!この新生給仕者リオンが成敗してやろう!」
リオンは女に対し、構えを取る。対する女も、再び低い体勢を取る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに睨み合ったまま、どちらも動かない。一触即発の緊張感が場を支配している。
そんな気がしていたのは見ている方だけだったのかもしれない。
「た、タイム!」
突然リオンは叫ぶと、無警戒に女の元に駆け寄って行く。だが何故か、女も構えを解いた。
予想外の展開に、バンリたちは何が起こっているのかと、理解が及ばない。
「ここでどうするんだっけ?」
「リオンさんがバンリさんを連れて逃げるシーンです」
二人はヒソヒソと何やら話し合いをし始める。
「そうだった!いやでもほら、仲間を見捨てて逃げるとさ・・・後があれじゃない?母親としての
威厳がうんぬんかんぬんで・・・」
「ん・・・確かに、それは気持ち良く無いですね」
「でしょ?やっぱさ、出来過ぎかもしれないけどさ、ここはカッコよくみんな助けてバンリに
『ただいま!』っていいたいじゃないさ!」
リオンの訴えに、カテドールは頷く。
「では、睨み合いの後、リオンさんのタイミングで動いて下さい。私はそれに合わせて動きま
す。その後は、適当に攻撃をして頂ければ、こちらも適当に受けて撤退いたしますので」
「おっけ!そんな流れでよろしく!」
話し合い・・・というより、作戦会議と言った方がいいだろう。話が付いた所で、リオンは先程
の定位置に戻ろうと踵を返す。と、
「成程!そういう事でしたか!了解です!」
その足元に小さな青白い何かが立っていた。おまけに喋っている。
「・・・・・・で・・・ででで・・・・・・・・・出たーーーーー!!!???」
リオンは腰を抜かし、引っ繰り返った。
「止めて来ないで呪わないで取り憑かないで~~~!!」
カテドールの脚に抱き付き、涙を浮かべながら叫んでいる。
(あれ・・・私の事ですか?)
視線から察すると、どうやらその様だ。その怖がりように幽霊としての本能か、悪戯心が働
いたガルは、姿を元の大きな人型に変化させ、リオンの目の前で両手を前に垂れ、声色を作っ
て演技した。
「う~ら~め~し~や~~~・・・悪い子は~・・・た~べ~ちゃ~う~ぞ~~~!」
「ひ・・・ぎゃ・・・・・・」
聞こえない程の小さな悲鳴を上げた後、リオンはまるで石になってしまったかの様に動かな
くなった。よく見ると、白目を剥いている。
「・・・・・・リオンさん?」
カテドールが話し掛けるが、全く反応が無い。
「ふう・・・・・・やり過ぎです」
「すみません、つい・・・えへへ」
悪びれる様子は無い。
「えっと・・・どういう・・・事なんですか?」
起き上がってきたラキエルが、ふらふらとした足取りで寄って来る。
「そうですね・・・・・・もう、作戦は失敗と言っていいでしょうし、事情をお話した方がいいでし
ょうね。あちらの方のためにもね」
遠くで壁にもたれ掛かっているバンリもまた、目を丸くしたままピクリとも動かない。どう
やら、この状況を理解出来ず、頭がフリーズしてしまっているようだ。
「・・・・・・まずは皆さんを起こさないと、ですかね」
「そうですね」
固まった親子には、手近にある水をぶっ掛け、忘れかけていた爺にも魂を戻してやった。
「さ、寒いーーー!!」
そりゃそうだ。冬の迫るこの時期の夜の外で水を浴びたのだ。
「はっ!バンリ様!ご無事ですか!爺はもう負けませぬぞ!」
今更である。
「ここは・・・死後の世界ね・・・・・・上かしら、それとも下・・・あー!行い的にはやっぱ下かなー!」
頭を抱えている。
「・・・・・・」
ザパー!カテドールはもう一杯の水をリオンにぶっ掛けた。
「うひあああ!!つ、つめたさむ!!し、死ぬ!しんじゃううう!」
「はあ・・・空間制定『初夏の間』」
カテドールが言葉を発すると、急に暖かくなる。
「あ・・・あったかい・・・」
「どうです?落ち着きましたか?」
「か、カテさん!・・・もしかして、生きてる?」
こくりと頷く。
「そ・・・そうかあ・・・」
リオンがふと周りを見渡すと、まだそれは居た。
「まだいるううううう!!」
ゴツン!
「あだ!」
カテドールが鎌の鞘でリオンの脳天を殴った。
「彼女は悪い霊ではありません。バンリさんのお友達です」
「え?・・・そ、それじゃあ・・・・・・バンリも死んじゃってるって事ーーー!?」
チッと舌打ちすると、カテドールは鎌を大きく振り被る。
「・・・・・・殴ります。本気で」
「待って!分かってる、分かってるから!ちゃんと理解してるから待って!」
心底うっとうしそうな顔をして振り被っているカテドールを必死で宥める。
漸く場が落ち着きを取り戻した。
「本当に・・・お袋・・・なんだな・・・?」
「そっか・・・バンリはまだ小さかったから、顔もちゃんと覚えて無いんだね・・・」
少し寂しそうな表情を浮かべる。
「どうして・・・家を出て行ったんだ?おかげでこっちは長い事閉じ込められてたんだからな?」
「・・・バンリは覚えてない?」
「あ?」
そう言われても、バンリには全く理由に覚えが無かった。
「そっかあ・・・リオンにとっては、一世一代の大挑戦をする切っ掛けになったんだけどなあ」
リオンは少しばかり落ち込んでいる様だ。そこに、爺が話しに加わってくる。
「お嬢様。ぬいぐるみは覚えておいでですかな?」
「あ、ああ・・・へ、部屋にあるしな・・・何となく、何となくだけどな!」
この数日、ラキエルたちとぬいぐるみで遊び、割とノリノリだった事は口が裂けても言えな
い、知られたくない。横目でラキエルとガルを見ると、こちらを見て笑っている。言うなよ。
と目線で訴えておく。
「では、その中にぬいぐるみ用の服があるのもご存知ですな?」
「あ、ああ・・・」
あの給仕服の事だろう。
「それなんだよね。切っ掛けになったの」
「えっ?」
「バンリは小さい頃からぬいぐるみが好きで好きで、毎日の様に朝から晩までぬいぐるみで遊
んでたんだよね」
「ちょ」
いきなりバンリの精神を削るような言葉が飛び出してきた。ラキエルたちが居るこの状況で
その話は・・・!
「そうだったんですか!?バンリさんって、やっぱり好きだったんですね!」
「道理でノリがいいと思いました!」
案の定、二人はその話に食いついた。
「へえ。今でも遊んでんだ?」
「いや、違うぞ!あれはこいつらが一緒に遊べってうるさくて、そのままじゃあ眠れないから
仕方なく、ノリが良いように見せ掛けてただけだからな!」
これは苦しい。
「そうだったんですかーそれは演技がお上手ですねー」
絶対信じてない口振りだ。
「まあいいや。そんでね、何種類か服があったと思うんだけど」
「え?一着しかありませんでしたよ?」
ラキエルはバンリの部屋をあちこち探したが、あの一着しか見つけられていなかった。
「あれ?リオンの記憶だと、もっといっぱいあったと思ったんだけど・・・爺やは知らない?」
「ええ、知っておりますよ。バンリお嬢様は数ある洋服の中でも、あの給仕服でしかお遊びに
ならなかったので、別の場所に保管して御座います」
「わーーー!!」
また二人が喜びそうな事が暴露されてしまう。大声を上げて遮ろうとするが、手遅れだった。
「バンリさん・・・・・・えへへ・・・」
ガルが物凄く嬉しそうな表情でこちらを見つめている。ラキエルは納得した様子で、うんう
んと頷いている。
「そうだったんだ。でまあ、それが理由になるんだよ」
「どういうことだよ!はっきり言えよ!」
恥を掻き、バンリは情緒不安定になった。
「だから、バンリがそんなに給仕服が好きなら、リオンが本物の給仕者になって、給仕服を着
たら、すっごく喜んでくれるんじゃないかと思ったんだよー」
「えっと?つまりは・・・・・・あたしを・・・喜ばせるために・・・?」
「そ。それで一世一代の大挑戦に出たんだ!」
母親が家を出て行ったのは父親のせいか何かだと思っていた。だが違った。実際は自分のせ
いだったというのだ。リオンの言う、給仕服が好きだったという話も、バンリはもうその記憶
は忘れてしまっている。バンリは一体、どう反応を返せばよいのか分からなかった。
「えっと・・・ご家族の方はその事をご存知だったんですか?」
バンリに代わり、ラキエルが気になった事を質問する。さっきの口振りからすると、爺はこ
の事を知っている様だった。
「うん。バンリ以外には話したし」
「え!?勝手に出て行ったんじゃ・・・」
「しないしない、そんな事。ちゃんと行き先と目的くらい言うって」
「親父も・・・知ってた・・・?」
「はい。バロン様も勿論、リオン様の目的も居場所もご存知で御座いましたよ。頻繁にお手紙
を交わしておられましたし」
どうやら、知らなかったのはバンリ一人だけだったらしい。
「何で・・・あたしだけ知らないんだ・・・」
「だって・・・・・・ねえ?」
リオンはカテドールに目配せする。
「そうですね。そういう事です」
まあ、何となくは予測は付く。
「サプライズ・・・か?」
「ザッツ・ライ!バンリ、ママだよ、おいで!」
リオンが両手を広げてバンリを迎える。だが、もうそんな年でも無いし、ラキエルたちも居
るこの状況だ。
「行かねえよ!」
全力で拒否する。
「バンリさんって、ママ、パパって呼んでたんですか?」
「そうよ~。とっても可愛かったんだから。ま、今でも可愛いけどねー!」
何時までも寄って来ないバンリに、リオンの方から向かい、抱き締め様とするが、
「やめろお!」
やはり拒否する。その様がリオンの心をくすぐり、
「げへへ・・・よいではないかー!」
更に執拗に迫り始める。
何としても抱き締めようとするリオンに対し、恥ずかしい上、何としてもそんな光景をラキ
エルたちに見られる訳にはいかないと、必死に抵抗するバンリ。そんな微笑ましい攻防は月明
かりの下でしばらく続いた。
「うわー!何にも変わってなーい!」
何年振りかに帰ってきた実家を目の当たりにしたリオンが懐かしそうに声を上げる。大きく
深呼吸をし、勢いよく扉を開けた。
「ただいまーーー!!」
家の全ての部屋に響き渡る程元気のいい声と共に中へと入って行く。
突然のその声を聞いて現れたのは、
「何事で御座いましょう!?」
この家で働く給仕者だった。驚いた様子で、彼女の武器なのだろう、手には長い金属の棒が
握られている。それを見たリオンもまた驚く。
「誰!?」
私服の知らない女が家の中から飛び出してきたのだ。
「そちらこそ誰です!名を名乗りなさい!」
金属の棒を構え、臨戦態勢に入る。そこに爺が慌てて割ってはいる。
「ウインター!お止めなさい!その方がリオン様であらせられますぞ!」
「リオン様!?」
「そしてリオン様、こちらは新しくこの家で給仕をして頂いている、ウインターという名の者
で御座います」
「そ、そう・・・なんだ・・・・・・って!給仕者居るじゃん!」
自身が給仕者となって驚かせようと思っていたのに、その家にはいつの間にか、既に給仕者
が雇われていた。これでは驚きも何も無い。いや、「自分が給仕者になる事」がバンリを驚か
せる要因になる訳だから、これでも別にいいのだろうか?でもでも、新鮮味に欠けてしまう気
がするし・・・・・・何だかよく分からなくなってきた。
「安心してくだされ、リオン様!そう思いまして、彼女には給仕服を着ずに仕事に当たって頂
いております故」
「そうなの!?何か・・・今度は悪い気がしてきた・・・。ごめんね?」
給仕者になったのに、給仕服が着られない事の辛さはリオンには分かった。
「いえ、どんな命令でも自身に出来得る事なれば応える。それが給仕者としての自分ですので。
それに、専門学校での事を思えばこの程度、なんて事はありません」
「ウインター・・・!そうだよね!学校きつかったよね!何が一番辛かった?」
「やはり、自身の体調管理ですかね。特に、睡眠が上手く出来ない時期は本当に倒れるのでは
ないかと思いました」
「分かる!最初の時期だよねー!あの頃は本当に辛かったなー・・・同期には何人も去って行く人
が居たし・・・」
「自分も去って行ってしまえば楽になれる・・・なんて言う悪魔の囁きが聞こえるんですよね」
「そうそう!心を強く持ってないと負けちゃうよね!」
どうやら二人は同じ給仕者として、同じ苦しみを知る仲間として意気投合したようだ。学校
での思い出話に花を咲かせ始めた。
「リオン!帰って・・・来たんだな・・・!」
玄関先でわいわい騒いでいる所に、漸くバロンが駆け付けて来る。
「あ!バロン!お久しゅう~!」
感動するバロンに対し、非常に軽い反応を返した。
「永かった・・・・・・この日をどれだけ待ち望んだ事か・・・・・・」
「いや~、ごめんね?随分と時間が掛かっちゃって・・・・・・でも、ただいま」
「ああ・・・ああ!お帰り、リオン!」
二人は強く抱き合った。大勢のいる前だったが、バロンは構わず涙を零れさせた。
「親父・・・・・・」
夜も遅く、普段ならば寝る時間なのだが、今日は昼間以上の賑わいとなっていた。
「でもさあ、バロン。幾らなんでも不器用過ぎ!」
「うう・・・すまん・・・」
「リオンが帰ってくるまで閉じ込めておこうだなんて、流石にそれは無いよ~!ねえ、バンリ」
「全くだ、クソ親父!」
バロンはリオンの立てたサプライズの計画を知り、いつリオンが帰ってきてもいいようにと、
バンリを家に居させようとして閉じ込めていたのだった。だが、それが反ってバンリに外への
興味を持たせる事になってしまい、挙句の果てに、せめて魂だけでも家に置いておかねばと、
魂の切り離しを条件に提示したのだ。
「ちゃんと頻繁に手紙出してたでしょ~?帰る日が決まった時も勿論ちゃんと手紙出すし、そ
れからバンリを呼び戻せばよかったのに」
「親父、どんだけ不器用なんだよ・・・・・・」
「す、すまん・・・・・・あの時は本当に・・・正直に話すわけにもいかなくて、どうしたらいいか分か
らなくて・・・すまん・・・」
何年か振りに妻が帰って来て久しぶりに家族三人が揃ったと言うのに、さっきから「すまん」
しか言っていない、情け無い家主に爺が助け船を出す。
「まあまあ御二人共、バロン様は真面目な方なのです。この様な事態になってしまった事に、
長年頭を悩ませ、苦しみ続けてきたのです。どうか、ご容赦下さいますよう、お願い致します」
「爺や・・・まあ、確かにねー・・・元々はリオンが思いつきで言い出しちゃった事が原因だしね・・・
リオンの方こそごめんなさい」
「いいんだ、もう・・・・・・」
「親父」
バンリは何か言いたい事がある様で、それが恥ずかしい事なのか、もじもじしている。
「・・・・・・あたしもさ・・・親父の事、ちゃんと理解してなくて・・・理解してやれなくて・・・その・・・
ごめんなさい!」
「バンリ・・・!う、うう・・・」
再び、父親は涙を流し始めてしまう。
「「泣き過ぎ!!」」
二人同時に怒鳴られ、またも「すまん」を繰り返した。だが、その三人の表情は決して緊迫
している訳ではなく、笑顔が混じり、とても、温かかった。
そう、ラキエルの目にも映った。
「お父さんと、お母さん・・・か・・・・・・」
「さあ!今日は何が何でも一緒に寝るよ、バンリ!」
そう言ってバンリの部屋から出て行こうとしない。
「い、いいよ!一人で寝るよ!」
バンリは恥ずかしそうに拒否する。だが、その発言通り、リオンは諦めない。
「じゃあいいよ?一人で寝ても。寝静まった頃を見計らって、布団の中に潜り込むから」
「怖いからやめろ!」
「大丈夫、手は出さないから!ちょっと我が子の寝顔を観察したり、匂いを嗅いだりするだけ
だから!」
「気色悪いわ!」
「後でちゃんとレポート書いて提出するから~」
「トラウマになるわ!」
全く引く気の無い母親とその発言に、バンリは根負けせざるを得なかった。
「はあ、分かったよ・・・一緒に・・・寝るから・・・だから、変な事はすんなよな」
「おっけ!理性が働いている間は大丈夫だから安心してね!」
「出来るか!」
怒鳴ってばかりいるバンリだった。でも、その内心はこれまでとは全く違っていた。
今まで、この家の、父親母親の事は考えたくないと思う程だった。帰りたくない。会いたく
ない。とにかく、外に居たい。そう思い続けてきた。真実を知らず、知ろうともしないままに、
そう思い続けてきたのだ。勝手に判断して、一方的に嫌って。
だが、母親がいなくなった理由も明らかになり、父親がどうして閉じ込めようとしていたの
かも知り、今まで抱えていた重くて暗い憑き物が綺麗さっぱり祓われたのだ。
その心は今までに感じた事が無い程、嬉しくて楽しい気持ちで満たされていた。
ラキエルは一人、夜空を見つめていた。傍から見ればそう見えるだろうが、当の本人の目に
夜空は映っていなかった。
目の前で見ていた。親子の再会、和解を。その幸せそうな姿は、ラキエルも祝福していたが、
間違いなく、心を抉っていた。
かと言って、憎いと思う気持ちは無い。羨ましく思う気持ちは・・・・・・正直、ある。そうなっ
てしまえば当然、思い出してしまう、人が居る。瞬間がある。そして、光景がある。今まで、
何度その絵を見返してきたのだろうか。脳に刻み込まれたそれは、どうやっても消す事は出来
ない。消してはいけない。
いつもの事だ。いつもの様に、「悪夢」として浮き上がってきたそれを、もう二度と、絶対
にそんな事態は招かないという強い「決意」で塗り潰し、立ち上がる力に描き変える。この先
も何十、何百、何千と繰り返し行うだろう行為だ。
「よし・・・さあ、私も寝ないとですね」
毎度の如く、その絵を「いつもの自分」と名付けて、今日も生きる。
翌朝の朝食は、給仕者免許を取ったばかりの母リオンがその腕を実際に振るう事となった。
「お袋の料理の腕って、どうだったっけ?」
「・・・・・・少なくとも『料理』には分類出来ないモノだったな・・・だがまあ、な・・・」
一瞬、不安が頭を過ぎるが、給仕者の免許を取って帰ってきたのだからと、直ぐにその不安
は取り除いた。
「調理器具に関しましても、ウインターが付いております故、問題ないかと」
「うむ、そうだな・・・ここは期待して待つとしよう」
とは言いつつも、飽く迄も多少の、ほんの僅かばかりの不安を抱えたまま、その時を待った。
しばらくして、食堂の扉が開かれ、台車で料理が運ばれてくる。蓋をされてるため、現時点
ではその出来映えを知る事は出来ない。だが、匂いだけは分かる。
「大丈夫そうだな・・・」
それぞれの目の前に、蓋をされたままの料理が並べられた。
「お待たせしました!どうぞ、召し上がれ!」
バロンはバンリと互いの顔を見合い、こくりと頷くと、意を決して蓋を開けた。
「む?これは・・・!?」
目に飛び込んできたのは、何の変哲も無い、普通のサンドウィッチだった。見た所、間に挟
まれている具材にも、おかしな所は見られない。それは、バロンにとっては度肝を抜かれる程
の驚きだった。
「り、料理だ!!ウインター!お前のだな!?」
「ちょっとバロン!?」
「いいえバロン様、信じられないかも知れませんが、自分は何もしておりません。これらは全
て、リオン様の手に依るものです」
「まさか・・・これが現実だと言うのか・・・!?」
「幾らなんでもそこまで!?」
戦慄さえしているかの様な表情をしているバロン。
「いや、その・・・すまん・・・以前のものがあれだったから、つい、な・・・」
「そりゃあ分かるけどさあ~」
「なあ、もう食べてもいいか?」
「あ、うん。バンリ、どうぞ」
待ってましたと言わんばかりに、バンリは一つ手に取ると、一思いにかぶり付いた。
「ん!・・・・・・これ、この味付け・・・好きなやつだ!」
「ふ・・・バンリの好きな物はちゃんと覚えてるからね!どう?美味しい?」
「うん!美味しい!」
バンリは満面の笑みで答えた。バロンもまた、目を閉じ、味わって食べている。
「美味いな・・・・・・」
「ああ、よかった・・・やっと食べて貰える料理が作れて・・・」
リオンは胸を撫で下ろす。
「これからは、リオンが料理を作るからね!楽しみにしててね!」
その言葉を聞いたバンリの手が止まった。
「どうかしたの?バンリ」
「その、さ・・・あたし今、亜獣人界の学校に通ってて、そっちに一人暮らししてるんだ・・・だか
らその、さ・・・・・・」
折角、母親が帰ってきて、父親との蟠りもなくなり、また家族三人が揃ったと言うのに、戻
らなくてはならない事に、バンリは負い目を感じていた。
「知ってるよ」
「え?」
「カテさんからもう聴いてたし。バンリがどうしたいかで決めていいからね。遠慮とか、気を
使ってとか、そんなのは誰のためにもならないから、ね?」
バンリは少しの間俯いた後、直ぐに顔を上げ、一度ラキエルの方を見た。そして、
「あたし、友達ともっと、一緒に居たい!いっぱい遊んだり、勉強したり、やりたい事がいっ
ぱいあるんだ・・・・・・だから・・・!あたし、向こうに戻る!」
一瞬、リオンが寂しそうな顔をしたように見えたが、直ぐに笑顔になり、バンリの頭を撫で
て言う。
「そっか!バンリ、友達と仲良くね!」
「うん!」
二人は笑顔で見詰め合う。
「でも、たまには帰ってきてね?リオンもバロンも寂しいから、ね?」
「ああ、勿論!・・・多分・・・」
「どっちなの!?」
「そ、それよりも、親父はいいのか?許してくれるのか?」
「ん?何を言っている?お前を引き止める理由など・・・もう思いつかんわ。『寂しい』という理
由でこの家に居てくれるのであれば、幾らでも言うがな」
「親父・・・そんな理由じゃあ、あたしは閉じ込めておけないぞ?」
「だろうな・・・正直、お前の事が心配で心配で・・・・・・ん・・・」
バロンは何かを思いついたようで、頭の中で何かを整理しているかの様に、一点を見つめな
がら時折、頷いている。そして、顔を上げて、バンリではなく、ウインターの方を向いた。
「ウインター!お前に使命を与える!」
「は、はい!」
突然の宣言に、ウインターは姿勢を正す。
「ウインター、お前は只今を以って、バンリ専属のメイドに任命する!バンリと共に行き、そ
の世話と、身辺警護に従事せよ!」
「復唱します!バンリ様のお世話と身辺警護の任、承りました!」
「お、おい!親父!」
「バンリ、せめてこれだけは許してくれ・・・」
「むう・・・」
心配する気持ちは、バンリにもよく分かった。今回の件で、バンリは魂を斬られてしまって
いるのだ。今後、こんな事が無いとも言い切れない。
一人暮らしではなくなるが、まあ、一人に拘り続ける理由も特に無いし、身の回りのお世話
をしてくれるのは正直にありがたかった。
「わかった。ウインター、さん?」
「ウインターで結構です、バンリ様」
ウインターはバンリの前で片膝を突いて頭を下げる。忠誠を誓われているようで、バンリに
は重く感じた。
「じゃあ、ウインター。これからよろしくな!」
「はい!この身、朽ち果ててもお護り致します!」
「お、重いよ!」
「そうですか?では、死なない程度にお護り致しますね」
「お、おう・・・そうしてくれ・・・」
案外、物分りがいいようだ。
ほんの数日間だけだったが、我が家での日々はとても充実して楽しかったと・・・・・・帰ってき
てよかったと思えるものだった。
「次に帰る時が楽しみだな・・・」
我が家を後にするバンリの口から、自然と言葉が零れた。




