いざ、死神界
研究開発一班。ここにやって来たのは案内役のグルにバンリを運ぶ役を買って出たワンコ、
そして心配するラキエルと鞄に入ったガル(魂状態)の五人だけだった。ガルはハイラント邸
の外では青白くなってしまうため、周りの人を驚かせないようにと、鞄の中に入れられている。
後のメルリアとカリナは、何も事情を知らないハワーが学校から帰って来た時に、事情を伝
える役目としてハイラント邸に残っている。
事の次第を一班の皆に伝えた。
「話はだいたい分かった」
「ラグラ様、何とか可能性を高める事は出来ませんか?」
ラグラは少し考える。そして直ぐに何か思いついたのか、エルビナに声を掛ける。
「エルビナ。お前、魂を見ることは出来るか?」
「見る事は可能かと。でも、どれが魂であるかの判断がつかない」
「エルビナさん、死神族ではなかったですよね?見ることが出来るんですか!?」
エルビナは左手の中指でくいっと眼鏡を持ち上げて掛け直す。
「ふっふっふっ・・・所長には黙っていましたが、この眼鏡・・・視力が低くて掛けている訳ではな
いのですよ・・・」
「そうだったんですか!?てっきり、目が悪いのかと」
エルビナはずっと眼鏡を掛けているて、外した所はグルでも見た事は無かった。そのため、
酷く目が悪いのかと思っていた。
「『目が悪い』という言葉自体に間違いはありませんが。正確には、目が良すぎて、色々と見
え過ぎてしまうので、矯正するために掛けているのです」
「な、なんだってー!?」
モリトがわざとらしく驚く。
「試しにこの眼鏡、掛けてみて下さい」
そう言ってエルビナは眼鏡を外してグルに手渡した。
「こ、これは・・・!」
グルは驚いた。
「エルビナさん、そんな眼をしてたんですか!?」
「え・・・そっちですか?」
グルは眼鏡ではなく、眼鏡を外したエルビナの目を凝視していた。
「何だか・・・物凄い力強さを感じます!かっこいいじゃないですか!」
「あ、ありがとうございます・・・!」
エルビナは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった様子で頬っぺたをかいている。
「そ、それで眼鏡を・・・」
「ラグラ様、モリトさんも見た事ありましたか!?エルビナさんの眼、かっこいいですよね!」
「あ、ああ・・・そうだな」
「所長、メガネ、メガネ!」
だが、グルの興味は完全にエルビナの眼に向いてしまっている。
「エルビナさん!今、私の事はどんな風に見えていますか?」
「グル!落ち着け!」
グルが手に持っていたエルビナの眼鏡を奪い取り、グルに掛けた。
「な、何ですかこれは!?」
何も見えない。この眼鏡に取り付けられているのは、レンズと言うよりブラインドと言って
いい程、光が入ってこない。こんな物を付けて日常生活を送るのは非常に困難である。
「よく・・・分かりました」
グルは眼鏡を返した。
「さて・・・本題に戻るが、要は、魂の見分け方を知りたい訳だな?」
「はい」
「そういう事でしたら、ガルさん」
鞄の中から青白い火の玉の様な物が飛び出し、人の形に変化した。
「でででで出たーーー!?」
モリト一人だけが驚き、尻餅をついた。
「あれ!?二人は驚かないんすか!?」
「裸眼なら、元々見えるから」
エルビナは見えるのが普通の様だ。
「・・・・・・」
ラグラは何も言わず、目を閉じている。
「おや?ラグラさん?」
「そんな事より!見分け方だ・・・」
微かに声が震えている。思わずモリトはにやける。
「ふんっ!」
ゴツン。尻餅をついて丁度いい高さにあるモリトの頭頂部に拳が落雷の如く落ちた。
「いってえええ!っすよラグラさ~ん!」
見上げたラグラの眼はナイフのように恐ろしいほど鋭く、モリトを睨んでいた。モリトは大
人しくなった。
「えっと・・・いいですか?」
「ああ」
「魂は私のように青白い色をしていまして、基本的に雫のような形をしています」
「ふむふむ・・・では、変形する事はありますか?」
「ありません。魂に直接作用する事でもしない限りは、火の様に揺らめくくらいです」
「成程、では一度、実際に見てみます」
エルビナは再び眼鏡を外し、魂を見分けられるか試してみる。青白い火。それが魂の目印。
「・・・・・・」
全身が青白いガルを見本として、それと同じ色を探す。そして周りをぐるっと見渡し、人と
魂と思われる色の数が一致する事を確かめる。
「・・・確認できました」
「よし、次は・・・魂を分析して、魂を吸い上げる装置を造るぞ」
「あの、どういった構想なのでしょうか」
ラキエルには何を考え、何をしようとしているのかまるで分からなかった。
「ん・・・説明してなかったな。先に言っておくが、可能性を高める事は、現状では出来ない」
「え!?出来ないんですか!?」
そのためにやっているのだと思っていたグルとラキエルは驚く。
「ああ、出来ん。可能性を高めるには、死神の鎌本体や、その他の色々な情報が足りない。時
間を掛けて研究を重ねれば出来るが、急いでいるんだろ?」
「はい・・・」
グルは不安そうな表情をしている。
「だからアタシらは今、可能性を高めるのではなく、魂の融合に失敗した際に速やかに分離さ
せてやる事で、失敗した時のリスクを最小限に抑える事が出来る装置を造ろうとしている」
「・・・成程、それならば、失敗しても続けて試みる事が出来るという事ですね?」
ガルは装置の意味を理解した様だ。
「ああ、そういう事だ。本当なら、失敗する可能性の方を減らしたかったが、悪いな」
ラグラは少し悔しそうな表情をしているように見えた。頼まれた通りの物を造る事が出来な
い事を気にしているのだろう。
「そんな事・・・ありがとう御座います!ラグラ様!」
「さて、ガル・・・だったな。魂を分析したい。協力願えるか?」
「はい!勿論です!」
ラグラの指揮の下、装置の開発が始まった。
ガルの魂を分析した結果を元に、その成分だけを吸い寄せる装置を造る。勿論、空気を吸い
上げればいいわけではない。魂を吸い上げるためには、魂を吸い寄せる「何か」が必要だ。本
来ならそれに適した物を時間を掛けて研究及び開発するのだが、今は時間が無い。
造り出すのは、ガルの魂と極めて相性のいい物質だ。成分を元に相性がよいだろうという物
質を何種類か準備する。その中からガル本人に最も憑き易い物質を選んでもらい、それを板状
に加工した。ガルにその板に慣れてもらい、更に相性をよくする。
「その板が、そうなんですか?」
見た目はただの板である。それは金属ですらなく、木材であり、「装置」の名に全くと言っ
ていいほど見合わない物だった。
「ああ、見た目はあれだが、最速で対応したものを用意するには、これが最も適していると言
う事だ」
「これをどう使うんですか?」
「こうだ」
そう言うと、ラグラはベッドに寝かせられているバンリの胸の辺りに板の先の方を乗せた。
だけだった。
「え、それだけですか?」
「ああ。身体のこの辺りに魂があってな、ガルがもし、バンリ・・・だったか?との魂の融合に失
敗したら直ぐにこの棒に吸い寄せられると言う訳だ」
「そうする事で、リスクが最小限になるんですよね?」
思ったよりも原始的な道具に、どうしても疑ってしまう。
「これが今の最善だ。理解してくれ」
「はい・・・すいません。あの・・・その板、私が持ってもいいですか?」
「好きにしろ」
「では、早速試してみてもいいですか?」
「はい。どうぞ、ガルちゃん!」
ガルは魂本来の形に戻る。そして、ゆっくりとバンリの魂の真上まで移動した。そして、勢
い良くバンリの魂に突撃した。
バチィッ!
ガルの魂は弾かれ、板に張り付いた。
「駄目でした」
「そ、そう・・・それで大丈夫なんですか?」
「はい。この板のおかげで直ぐに離れられたので、全く問題ありません」
どうやら役に立ったようだ。魂の見えないグルには今一実感が無いが。
「失敗の原因を考える必要があるか・・・」
ラグラの表情が難しくなる。
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ」
一方のガルからは気楽な声が聞こえてくる。
「多分、勢い良く突っ込んだせいで、バンリさんの魂が驚いて拒否されたんだと思います。で
すから、次はゆっくりねっとり行きますね」
笑ってすらいそうな声で分析している。もしかして、わざとやっているのだろうか。
「では」
そう言うと、今度はゆっくりと近付いて行き、ちょん、と触れた所で制止した。今度は触れ
ても弾かれない。そして、少しずつバンリの魂の傷口を埋めて行く。ゆっくり、ゆっくり、ま
るで言葉を交わし、相手を労わるように・・・やがて、ひと塊の完全な魂の形になった。
「エルビナさん・・・どうなってますか?」
「見る限り、成功した様に伺えます」
だとしたら、直にバンリが目を覚ます・・・のだろうか。そもそも、魂の融合に成功した所で、
バンリが目を覚ますと言う確証など初めから無い。ラキエルは不安に苛まれる。
すると、バンリの身体が小刻みに震え始めた。そして、
「せ、せ・・・狭いんだよ!」
バンリは目をカッと見開き、飛び起きた。
「ちょっ、何だこれ・・・内側が・・・狭い、狭い!」
バンリは胸の辺りを引っ掻いて何かを掻き出そうとしている。
「バンリさん、大丈夫ですか!?」
「ラキエル!何とかしてくれよこれ!・・・・・・つーか・・・お前ラキエルじゃねーか!?」
「と、とにかく落ち着いて下さい!」
身体の奥から来る圧迫されるような感覚と、ラキエルがいる事の驚きにより、混乱状態に陥
っているバンリに、一つずつ説明していく。
「それじゃあつまり、ガルさんがあたしのために・・・」
「そういう事です。ですからバンリさん・・・バンリさんの魂を修復するためにバロンさん、つま
りは」
「修復は出来る」
「バンリさん?」
バンリの表情が険しくなる。
「ガルさんがやってくれて様にすれば、傷ついた魂の修復は出来る。そのためには・・・実家にあ
るあたしの、残り半分の魂が必要だ・・・そのためには・・・・・・行くしかない、か・・・」
「バンリさん。先に言って置きますけど、『行かない』という選択肢は無いですからね?」
「お、おう・・・わ、分かってるよ・・・」
妙な威圧感がある。これはいつまでも迷ってはいられないようだ。
「それで、その実家は何処にあるんですか?」
「・・・・・・死神界のゼントルム・・・」
「ゼントルム・・・それは確か、死神界の都市だな」
(そう言えば)
突然、声がバンリの身体の中から聞こえてくる。
「う、うわああああ!!」
(バンリさん、うるさいです)
その声はガルだった。
「う、うるさいじゃねえよ!大体、しゃべれるんすか!?」
(しゃべれますけど?)
「けど?って・・・それが普通みたいに言われても・・・」
「ば、バンリさん・・・?だ、大丈夫ですか?さっきから独り言が酷いですけど・・・」
物凄い心配そうな目で見られている。
「は?・・・もしかして、聞こえてない?」
「何がですか?」
「ガルさんがしゃべってる声」
皆、首を振る。
「ガルの声が聞こえるんすよ」
「そうなんですか!?ガルちゃんは大丈夫そうですか!?」
「は、はい。元気そうですよ・・・?」
「ふう・・・それならよかったです」
グルは胸を撫で下ろした。
「それで、出発はどうする?今直ぐ行くのか?」
「あ、ああ~・・・明日にしてもらえません?色々とほら、心の準備とかあるんで・・・」
「バンリさん!まさか逃げたりは・・・」
「し、しねえし!」
「じゃあ、今日の所はここに泊まって行って下さいね」
一晩、一班の研究室に泊めてもらう事となった。
ガルと意識を共有しているこの状態では、全く落ち着かない。こんな状態で心の準備など出
来る訳も無い。
(あのう、バンリさん、先程訊きそびれてしまった事なんですが)
「そういえば・・・何だったんすか?」
(実家は死神界にあると言ってましたが、バンリさんは以前、死神界には行った事が無いと仰
ってませんでしたか?私はそう記憶しているのですが)
そんな事・・・言った事があるような・・・無いような・・・。でも、そう発言する理由があるのは確
かだ。
「あ~・・・それはですね・・・・・・」
(言い難い事でしたら、無理に話さなくてもいいですよ)
「そうっすね・・・いずれ話します」
その夜、身体の事もそうだが、実家の事も相俟って殆ど眠る事が出来なかった。
翌日の朝、胸に不安だけを抱え、いよいよ実家へ出発する事となった。ラキエル、ワンコ、
グルが同行する。
『死神界』天使界とは対となる世界であり、海の広がる天使界に対し、この死神界に海は存
在しない。そんな果てしなく続く陸地には、全世界一大きな市があり、各世界から様々な物、
日用品から珍しい物までこの市に集まってくる。そんな事もあり、この世界には家々が所狭し
と立ち並び、これまた全世界一の人口を誇る。
そんな死神界の都市「ゼントルム」には、この世界のトップである「統領」が住む天界城が
ある。立ち並ぶ家は大きな屋敷など、立派な建物が多い。
「わあ・・・!大きな建物がズラリと・・・!」
「様式も違いますね。レンガ造りでしょうか」
他の世界では殆ど見られない、レンガ造りの家ばかりだ。何色もの少しずつ色の違うレンガ
が見事に積み重ねられ、芸術とも言える見事な家を形成していた。また、地面も石畳で、こち
らも所々に違う色の石が使われており、見ているだけでも楽しい。そこを大勢の人々が行き交
っている。
「他の世界とは全然違う・・・!」
三人に加え、バンリもまた、感動したようにその景観に目を奪われていた。
「バンリさん、懐かしいですか?」
「え?あ、いや、そういうわけじゃ・・・」
「この辺りにバンリさんの実家があるんですよね?何処なんですか?」
三人が目を輝かせて期待を向けてくる。
「・・・・・・」
だが、バンリは何も答えない。いや、バンリには答える事が出来なかった。
「バンリさん?どうしたんですか?」
どうも様子がおかしい。何か言いたい事でもあるかの様に、口をパクパク動かしてはいるが、
言葉は発せられてこない。
「・・・・・・あのさ・・・・・・実はその・・・家の場所、分からないんだ・・・・・・」
「ええーー!?」
「まあ確かに・・・覚え難そうな町並みではありますが・・・」
道が入り組んでおり、迷ってしまいそうなのは確かだ。
「そうじゃなくて・・・・・・あたし、ずっと・・・・・・家に閉じ込められてたから・・・・・・自分の家を外
から見た事無くて、だから・・・分かんないんだよ・・・」
「バンリさん・・・」
「そんな訳だが、そこらへんを歩いてれば何か思い出すかもしれないし、観光がてら色々回っ
てみようぜ」
明るくそう言うとバンリは街中へと足を踏み出して行くその後ろを、三人は戸惑いながらも
付いていく。
どれだけ歩いただろうか。当てもなくあちこちを歩き回ったが、バンリは未だに全くそれら
しい建物を見つける事が出来ていなかった。
「ここまで分からんものとは・・・」
実家の窓の外からならば町並みは見た事があった。その記憶を頼りに、歩き回っていればい
つかはどの辺りにあるのか予測はつくかもと思っていたが、全く以って手掛かり一つ掴めない。
「ここはやはり、『バロンさんの家を捜している』と聞き込みをするべきかと」
「確かに、これだけの人が居れば、知っている人も少なくないですよね」
だが、バンリの顔は曇ったままだ。
「頼む。悪いけど、あたしは少し疲れたみたいだから休ませてくれ」
そう言うと、バンリはベンチに座り、俯いてしまった。
「・・・とりあえず、私たちだけで聞いて回ってみましょう」
三人はバンリの座っているベンチから離れ過ぎない様に気を付けながら、行き交う人たちに
尋ねて回る。
(バンリさん、平気ですか?)
内側に居るガルが心配そうに話しかけてきた。
「正直、ショックだよ・・・。あたしはずっと帰りたくないと思ってた。でも、いざ帰ろうとした
らその場所すら検討もつかなくて帰れないとか・・・とんだ笑いものじゃねえか・・・」
(バンリさん・・・・・・慰めにはならないかもしれませんが、ハイラント邸は、私は、いつでもバ
ンリさんを受け入れます。ですから、ハイラント邸の場所は覚えておいて下さいね)
「・・・ありがと・・・ガルさん」
少しだけ、気持ちが楽になった気がした。
聞き込みを始めて直ぐ、一人の給仕者の髭を蓄えた高齢の男性が向こうから話しかけてきた。
「貴方がた、バロンという名を口にしておられませんでしたか?」
「あ、はい。バロンという方の家を捜しております」
「ほう。何故でございましょう?」
「バンリさんという方が御家に用があるとの事」
男性は驚いたような表情を見せる。
「場所が分からぬと仰いますので、こうして捜している次第です」
「して、その方は今、どちらに?」
「あちらです」
グルは後ろのベンチを示す。バンリは未だに俯いたまま座っている。
「もしや・・・!」
男性はバンリに近付いて行く。
「申し訳ありませぬが、御顔を拝見させて頂けぬでしょうか?」
顔を上げたバンリを見て、その男性は驚きの声を上げた。
「やはり・・・!バンリお嬢様!」
「うげ!じ、爺・・・!」
「え、えと・・・・・・お嬢様に・・・爺・・・?バンリ、さん?」
聞き間違いだろうか。それとも、本名が「オジョウサマ」と「ジイ」である可能性も・・・。
「『うげ!』とは何事ですか!久しぶりにお会い出来たといいますのに!」
「うるせえよ!会っていきなり説教すんな!」
「な、なな・・・!何ですかその言葉遣いは!いつからそんな不良になってしまわれたのですか!」
「言葉遣いだけで判断すんな!老いぼれめ!」
あーだこーだと周りの目も憚らずに大声で言い合いを続ける二人。見兼ねたラキエルが仲裁
に入って行く。
「落ち着いて下さいお二人供!周りの方たちに見られてますよ!」
二人はようやく周りに目を向ける。大勢の人々が稀有な表情でこちらを見てひそひそ話をし
ていた。二人は互いの顔を見合い、やっと争う事を止めた。
「申し訳ありません・・・とんだ醜態を晒してしまいました・・・」
男性は酷く落ち込んでいる一方、バンリはそうでもないようだ。
「爺・・・・・・実家に・・・父さんに用があるんだ・・・家に連れてってくれ」
「お嬢様・・・かしこまりました。理由につきましては、今は訊きませぬ。どうぞ、お三方も御出
で下さいまし」
爺の案内で、バンリは初めて自分の家を知る事が出来た。
ハイラント邸と比べれば小さい。周りの家と比べてもこれといった特徴の無い地味な家だが、
その家を見た瞬間、バンリの胸に懐かしさが込み上げて来た。外観を初めて見た上、帰りたく
ないとまで思っていた家に、まさかこんな気持ちになるとは思っていなかった。
「ささ、中へどうぞ」
実家の玄関の扉を前にして、胸の鼓動が激しくなっているのが分かる。この緊張はどういっ
た感情に因るものなのか、バンリは分からなかった。そして、心の準備をする間も無く、その
扉は開かれた。




