ガルとグル
朝。日が出て間もない、未だ皆眠っているような時間帯に、ガルは来客の気配を感じた。何
かのお届け物かもしれないと思い、直ぐに玄関に向かった。
「あ・・・ああ!本当に・・・生きて・・・!」
格子状の門の向こうに立つ給仕服を着た女性は、こちらを見るなり感動したかのような表情
で瞳を潤ませた。
「えっと・・・どちら様、ですか?」
その問い掛けを受け、その女性は涙を拭う素振りをし、格子を掴んで嬉しそうに言った。
「私です、グルですよ・・・!」
グル。そう言えば以前、ワンコに聞かれた事があった事を思い出した。
「ああ!グルさん、ですね」
「はい!そうです!」
「ワンコさんはまだお休みしておられますが、中でお待ちになられますか?」
「え?・・・あ、はい・・・」
「では、こちらからどうぞ」
ガルは巨大な門の一部分を開け、グルという女性を招き入れた。
グルはガルの記憶が無いとは聴いて知ってはいたが、やはり他人行儀に接せられるのは非常
に辛かった。
居間に通され、ソファに座って心を落ち着ける。辺りを見渡してみると、その大きさ、広さ
がよく分かる。
「どうぞ、朝食で出す予定のスープですけど」
ガルがスープの入ったマグカップを持ってきてくれた。とてもいい匂いだ。これがガルの作
ってくれたものだと思うと、胸が詰まった。グルはスープを一口含む。
「はあ~、これは素晴らしいですね・・・」
「ありがとうございます!私は朝食の準備が残ってますので、ごゆるりと御寛ぎ下さい」
ガルは屋敷の奥へと消えていった。
グルは再び辺りを調べ始めた。主に同じ給仕者としての目線で。
家具に窓に床などなど、どこも綺麗に掃除されている。だが一つ、気になることがあった。
(他の給仕者の方を見掛けませんね・・・)
この大きなお屋敷だ、給仕者は最低でも四人は必要だろう。朝食間近のこの時間帯に未だ寝
ているとは考え難い。
(まさか、一人で・・・?流石にそれでは・・・)
一人で全てをこなすのは無理とは言わないが、寝ている時間など殆ど無いだろう。グルはこ
のお屋敷の詳しい事情を聴くべく、ガルの居るだろう台所へ向かった。
そこではやはり、ガルが一人で作業をしていた。その様子は完全に手馴れている。しかも楽
しそうに鼻歌も歌っている。
「あ、グルさん、何か御用ですか?」
テキパキと作業しながら時折、こちらの様子を気にしている。
「ガル・・・さんに、一つ伺っても宜しいですか?」
「何でしょうか?」
「このお屋敷には何人くらい給仕者の方がいらっしゃるのですか?」
その問にガルは笑って答えた。
「人数ですか?えへへ、私一人ですよ?」
「・・・この大きさですけど・・・」
「はい、それでもずっと私一人で全部やってるんですよ」
「ずっと・・・ですか?」
「そうです、何十年も一人で切り盛りしてます」
「何十年・・・!?」
グルはそこで初めて気が付いた。ガルの身体が全く成長していないのだ。幾ら寿命が長く、
成長が緩やかな亜獣人族とはいえ、何十年という時間を経ても子供の姿のままというのは普通
では無い。ガルは笑顔のまま話を続ける。
「私、ここに研修に来た当日に殺されてしまったんですよね。それ以来、幽霊となってここで
ず~~~っと給仕者の仕事をしながら暮らしてるんです」
「ころ・・・された・・・?」
グルはその言葉を理解する事が出来なかった。
「詳しい話、お聞きになりたいですか?朝食が終わってからお話しますね」
ガルは再び鼻歌交じりに作業に取り掛かる。さっきの話がまるで笑い話であったかのように
何一つ変わらず。
「母様?どうかなされましたか?」
いつもと様子が違うグルをワンコが心配している。それに笑顔で大丈夫だと答えたいが、今
のグルの心にはその余裕も無かった。
未だに、「殺された」と言う言葉を理解できないでいた。
「お主等は姉妹ではないのかえ?ガルは居ないといっておったが」
「そうだよね、ふたりともすごくにてるよね!」
「ガルさんは・・・覚えていないんです。私とガルは本当は・・・!」
「お待たせしてしまいましたか?」
朝食の片付けを終えたガルが居間に戻ってきた。
「皆さん揃ってますが、そんなに私の話を聞きたいのですか?」
「うむ、随分と世話になっておるというに、よく知らぬからの。折角の機会じゃし、聴かせて
貰おうと思うての」
「わたしもききたーい!」
「そんな風に言われると、何だか恥ずかしいですね・・・えへへ」
ガルは静かに話を始める。
「私の最も古い記憶は、ベッドの上で目を覚ました時です。聞いた話ですが、列車事故に遭っ
たそうです」
第三次象徴大戦の影響も次第に治まり、ようやく人々が平穏な生活を取り戻し始めた頃に起
こった列車事故。都市から育みの里へ向かう非常に多くの客が乗っていた列車の乗員乗客のほ
ぼ全員が死亡するという凄惨な事故から唯一、ガルは助けだされた。
それから何日経ったかは分からないが、体中に走る痛みにより、育みの里の病院の病室のベ
ッドの上で目を覚ました。
体中の痛みは、それほど強くはなかった。そのため、頑張れば身体を起こす事もできた。し
かし、周りを見渡してもここが何処だか全く分からなかった。
「目が覚めたみたいで良かった」
さっき見渡した時には居なかった所にいつの間にか居たその男性は、眠そうに目を擦りなが
らこちらに歩み寄ってきた。
「でも駄目だ。起き上がれても今は寝てないと・・・ふああ・・・」
欠伸をしながらガルを寝かせる。
「そうだ、お腹は空いてるかい?」
「あんまり」
ガルは首を振る。
「でも駄目だ。栄養をとらないと・・・用意するから食べなさい」
男は部屋を出て行った。それから直ぐにリンゴを持って戻ってきた。
「あ~ナイフ忘れた~」
男はリンゴを見つめる。
「食べなさい。皮も食べられる」
そう言ってリンゴを丸々一個渡してきた。そしてその男は椅子に座り、あっという間に眠り
始めてしまった。
仕方なくリンゴをかじる。リンゴの大きさに対してガルの口は余りにも小さい。この一個を
食べ切るのにどれだけ時間が掛かるだろうか。そもそも、健康な状態であってもリンゴ一個を
全て食べきる程の胃袋も無いと思う。食べられるだけ食べようと思い、ガルは小さな口で本当
に少しずつ食べ進めていった。
半分くらい食べ終えた所でガルはリンゴを置いた。
「半分・・・まあ、そんなものか」
いつの間にか男が直ぐ傍に座っていた。
「ひぃっ!?」
「ん?驚く暇があったら寝てなさい」
そう言って男はガルの額に手を当てる。すると、ガルは強い眠気に誘われ、そのまま眠って
しまった。
「まぶしい・・・」
朝の日差しだろうか、閉じたまぶたをも通り抜けて光が目に入ってきた。目を覚ましてガル
は驚いた。
「からだ・・・いたくない!」
眠る前には全身を襲っていた痛みが、夢の中の出来事であったかのように消えていた。ばっ
と勢い良く起き上がり、身体のあちこちを触ってみるが、痛くない。
「完治・・・だな」
やはりいつの間にか居る男。眠そうな中にも安堵の表情が垣間見える。
「なおった・・・の?なんにちくらい・・・ねてたの?」
こんなに直ぐに治るような痛みでは無かった。もしかしたら何日も眠り続けていたのではと
ガルは思った。
「半日」
「え・・・」
普通より少し長いくらいだった。
「先生!そろそろ仕事に戻って下さい!」
看護士の身なりをした女性が突然部屋に入ってくる。
「駄目だ。この子を・・・患者を見捨てる訳にはいかない・・・!付きっ切りで看病を・・・」
「そんなこと言って、寝てばっかいるじゃないですか!それに先生、さっき『完治』とか言っ
てましたよね?」
「・・・夢でも見たのではないか?」
「先生と一緒にしないで下さい!さあ、行きますよ!」
男は女性に引きずられて出て行った。
ガルの身体は本当に完治していた。一点だけを除いて。それに気が付いたのは数日経ってか
らだった。
ガルの元に給仕者の女性が世話役として配属されてきた。その女性が当然のように聞いた、
「お名前は何と言うのですか?」
と言う問に答える事が出来なかったのである。その女性は驚く事無く、それどころか優しく
名前を教えてくれた。
「貴方のお名前は、『ガル』ですよ」
「がる・・・?」
「他に、思い出せることはありますか?」
ガルは頭を巡らせる。しかし、この病室のベッドの上で目を覚ます以前の事は、全く思い出
す事が出来なかった。
「わかんない・・・」
何も思い出せず、俯いて泣き出してしまいそうになったガルを、その女性はそっと抱きしめ
てくれた。
「大丈夫ですよ。無理をする必要はありません。ゆっくりでいいですからね・・・」
その言葉通り、ガルは無理に過去を思い出そうとはしなくなって行った。と言うのも、ガル
の世話役となったその給仕者の女性と共に、ガルは給仕の仕事を一緒にやりながら教えて貰っ
ていたからだ。給仕の仕事はとても楽しく、それが人のためになり、相手を笑顔にしたり感謝
されたりするのがとても嬉しかった。そのため、いつしかガルは「給仕者」を志すようになっ
ていき、遂には給仕の専門学校に入学を果たした。
「給仕者」と言う職業は、昔も今も変わらず、最もなるのが難しい職業と言われている。三
年の勉強期間が設けられており、一年毎に座学と実技の進級試験がある。更に、三年生の卒業
試験に合格し、最低一年の研修を行い、その研修の内容が申し分なければ、晴れて「給仕者」
として認められて資格が与えられる。もし、研修内容が不合格となれば、半年間の補修を受け
た後、再び一年間の研修を行う。以下これの繰り返しとなる。
一年目。給仕者を目指す人々は希望に胸を躍らせ、目を輝かせて学校に集まってくる。給仕
者専門学校に入学するだけなら試験は無いため、「給仕服が着たいから」とか言う軽い気持ち
で入学してくる者も居る。当然そういった輩は長続きしない。春に入学し、夏の節に入る前に
そのほぼ全員が涙を流しながら逃げるように学校を去って行く。給仕者専門学校では最早、恒
例となった光景である。
例え強い想いを抱いて入学してきた者であっても、その半数程度は一年も持たない事もある。
そうやって沢山の新入生は振るい落とされて行き、一年目の末期には最初の頃の約四分の一程
度の人々しか残らない。
そんな誰もが必死で知識や技術を磨いていく中、ガルの顔から楽しみの色が失われる事は一
度も無かった。
ガルは最初から何でも出来た訳ではない。出来ずに怒られようとも、教えられれば直ぐに覚
えてしまう事が出来た。それだけではない。ガルは給仕の仕事を楽しんでやっているため、よ
り速く、より完璧にと、暇な時間があれば技術を磨く努力をしていた。
そうして磨かれた技術は周囲を驚かせ、普段から人を褒める事など無く、むしろ厳しい言葉
を容赦なく浴びせる教師たちを黙らせた。
一年生から二年生に進級する際には、目指す道を選ばなければならない。
給仕の仕事のスペシャリストである『給仕者』。これは給仕の腕前が完璧である事を求めら
れる。
給仕の仕事をこなしながら、時には主の身を護るために戦う『メイド』。こちらは給仕の仕
事の質の水準が給仕者と比べると多少低くても良く、その代わりに主を護るための最低限の戦
闘技術の習得が求められる。
特定の主の盾や矛となって主を護り、主の敵を打ち倒す『使い』。この職では非常に優れた
戦闘関連の技術が求められる。
と言っても、選ぶのは進級試験に合格してからである。この進級試験がかなりの難題なのだ。
座学のテスト。二刻弱という短い時間内に百個の問に答え、九十点以上を取らなければなら
ない。五つの選択肢から一つを選ぶ形式であるのだが、制限時間の短さ故、一つ答えに少し迷
うだけで、その後の問題に掛ける時間が無くなってしまう。
実技のテスト。教師の見ている前で技術を見せるテストであり、一問十点満点で十問ある。
これもやはり、九十点以上が求められるのだが、座学と違う点は、どれか一問でも八点以下の
点数を取ってしまうと、採点中の座学の試験結果を待たずに、その時点で不合格、留年となっ
てしまうのである。
ガルはその試験を一年生の秋の初め頃に受ける事となった。半年ほど前倒ししての試験だ。
前倒しでの試験は、百年以上続くこの学校が始まって以来、二人目という異例の出来事だった。
それ程の事であるため、当然試験を受けるのはガル一人だけだ。そうなると座学でも実技で
もガル一人に対して教師が複数人付くと言う、何とも威圧感たっぷりの状況で試験に当たらな
ければならない。恐らく、いつもよりも厳しい目で見られていた事だろう。
そんな中でもガルは萎縮する事無く、楽しみながら試験をこなし、見事に合格を果たした。
半年程繰り上げて二年生となったガルは、「給仕者」を選択した。
「給仕者」のクラスでは、一年生の時よりも更に洗練された技術と、速さが求められた。だ
が既にガルの技術は求められる域に達しており、二年生のクラスに途中から編入しても十分に
周りに付いて行く事が出来た。
そして半年後、三年生への進級試験が行われた。ガルの試験は本来ならばこの更に半年後に
行われる予定であったが、既に十分な技術を有していたため、ガルにも試験を受ける権利が与
えられた。
形式は一年生の時と同じであるが、当然内容は厳しいものとなっていた。それもガルには大
した問題では無かった。出された難題の数々を難なくやってのけて合格し、二年目にして三年
生になるという快挙を成し遂げた。
三年生。ここから一年は学校のある育みの里の中で実際に給仕者としての仕事をする事にな
るのだが、この一年間の一日一日が卒業できるかどうかの試験そのものになる。仕事内容は勿
論、人と接する態度、日常的な立ち居振る舞い、自身の健康管理もまた重要となる。特に、健
康管理の部分は重く判断され、一度風邪を引くなど、満足な仕事が出来なくなるだけで、その
時点でその年は卒業が出来ず、留年する事となってしまう。常に己が健康であり、いつでも最
大限の仕事が出来る状態である事が何よりも重要視されているためだ。
周りと比べても若い、と言うより幼いガルの話は周囲にも伝わり、ちょっとした有名人にな
っていた。そんなガルが配属されたのは、以前にお世話になっていた病院だった。そこで病院
食の調理や、看護士たちの補助に病院内の清掃など、足りない手を補う役割として雇われる事
となった。
そこで以前に看てくれていた先生と再会する事となった。
「お~!新しい人員が来るとは聞いていたが、君だったか~」
「先生、ご無沙汰しておりました!」
一年ぶりに会った先生は相変わらず眠そうに目を細めていた。
「随分と優秀であると聞いて、どんな人が来るかと思ったら」
「これから一年間、宜しくお願い致します!」
「まあまあ、気負わずに自分のペースで頑張りなさい」
ガルの仕事振りは噂に違わぬ優秀っぷりであった。それ程目立つと言う事は無かったが、病
院内で働く者たちの間ではかなり頼りにされていた。
一年と言う時間は、何の問題も無くあっという間に過ぎて行き、もうそろそろ卒業後の研修
先を何処にするかを考えなければならない時期に差しかかっていた。研修先は育みの里以外の
場所で無ければならない。研修生という立場なので、行く場所は必ず資格を持った給仕者が居
る所になる。そこで正規の給仕者の監視を受けながら仕事をする訳である。
行きたい場所があるならば、希望する事も出来るが、ガルは育みの里の外の事は全く分から
なかったため、当然、希望先など無かった。どうしようもないため、教師に適当な場所を決め
てもらうしか無かった。そこで、一つの場所が挙げられた。
ハイラント邸。大きなお屋敷で、そこには既に何人もの研修生が住み込みで働いている。毎
年何人も研修生を受け入れてくれる、給仕者学校内でも有名な研修先の一つだった。ガルも断
る理由など無かったため、その場で承諾した。その先で殺害される事など知る由もなく。
その日、空は黒っぽい雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。ガルは雨に降られる前
に急ぎ、ハイラント邸を目指し、何とか降り出す前に門前に辿り着く事が出来た。
「ここで合ってますよね・・・」
手渡された地図を確認する。大きな門に大きなお屋敷は、この町にはここしか無い。間違い
無くここだろう。ふと、門の一部が開いている事に気が付く。予め開けておいてくれていたの
だろうか。門の一部だけが開くようになっているなど、初めてでは分からないだろうしと思い、
疑いもしなかった。
その門を潜り、敷地内へ踏み込み、お屋敷を目指して歩いていく。庭の草木は丁寧に手入れ
され、こんな天気でなければもっと感動できただろうにと、少し残念に思った。
玄関。やはりここも少し開いている。だが、流石にノックをしないわけにはいかない。
コンコンコンコン
返答は無い。少し迷ったが、恐る恐る中に入ってみる事にした。
中に入ってみても、人の気配を感じなかった。何人もの給仕者や研修生が働いていると聞い
ていたのだが、これ程までに静かなのは流石におかしいのではないかと、ここで初めて疑いを
持った。
荷物を置いて周りを見渡してみる。何気なく触れたテーブルには、薄っすらと埃が付着して
いた。玄関を開けて直ぐの所にあるこの場所のテーブルに埃が付いているのはありえないと言
っていい。何日か、掃除がされていないようだった。
(もしかして・・・今、ここには誰も居ないのでしょうか?)
もしかしたら、何処かに旅行か何かしているのではと思った。その時、
「何故ここにいる!?」
その声はガルに言ったのではなく、呟いた様な感じだった。その男は、慌てた素振りで歩み
寄って来る。その身なりから、恐らくこのお屋敷の主人なのだろう。
「お前は誰だ!ここに居た給仕者は皆逃がしたはず・・・」
「えと、私はガルと申します。今日からここでお世話になる事になっておりまして・・・」
「くっ、そうだった・・・俺とした事が・・・!」
その男は焦り、顔色を悪くしている。
「とにかく、ここから早く逃げ・・・」
パーーーン!
突然鳴り響いた銃声と共に、ガルの身体は力を失った。床に倒れこむ中、銃を構えている男
が居るのが見えた。二人・・・三人だろうか。
「が・・・ガル!」
薄れ行く意識の中、男の顔が視界に入ってくる。
「すまん・・・俺のせいでこんな・・・俺の・・・せいで・・・!う、うう・・・」
抱きしめられている感覚はあった。だが、最早声を出して答える事も、身体を動かす事も出
来なかった。
その後、何発もの銃声を聞き、やがて真っ暗になった。
意識を取り戻したガルの前には二人、護るように覆いかぶさる血塗れの男と、下で眠るよう
にして血に染まっている自分が居た。
二人共死んでいるのは直ぐに分かった。だが、不思議と心は落ち着いていた。
ガルは死体を片付けようと手を触れようとする。その時は全く不思議に思わなかったが、当
たり前のように触れる事が出来、持ち上げようと思ったものからは重さを感じずに持ち運ぶ事
が出来た。そうして男を埋葬し、自分の死体は綺麗にして空き部屋に運んで安置した。
それから、ガルは本来の目的である給仕の仕事をこなした。床に付着した血を跡形も無く綺
麗に片付け、沢山ある部屋を掃除をし続けた。時間を忘れ、ただひたすらに掃除を繰り返した。
それが何日続いたのか分からない。そんなある日、初めてのお客さんがやってきた。その顔
には薄っすらと見覚えがあった。銃を持っていた男たちだった。ガルは当たり前のように来客
を迎える。
「いらっしゃいませ。当屋敷の主人に御用ですか?」
「え・・・ええ!?」
「お、お前は・・・確か・・・」
男たちは何故か青白い顔をしている。ガルにはその理由が分からなかった。
「主人は今、土の中にいらっしゃいます。土の中までご案内致しましょうか?」
「ひ・・・ひいいいいいい!」
ガルは普通に応対したつもりだったのだが、男たちは悲鳴を上げながら我先にと逃げて行っ
てしまった。
そして、ガルは再び掃除を始めた。
「その後、三十数年前くらいにヒイカさんがやってくるまで、ずっと一人でした」
「何故、その男たちは殺そうと?」
「後から聞いた話では、『お金』という昔にあった概念のせいだそうですよ」
当時、第三次象徴大戦が終わり、酷く破壊された世界は、大きな転換期を迎えていた。育み
の象徴インフォルマによる『世界退化宣言』により、次から次へと、それまでは在るのが当た
り前であった物を無くして行った。その一つが『お金』と言う概念だった。
当時、『お金』と言う概念が無くなる事に反対する者は多かった。その殆どが富裕層であり、
お金で貧民を雇い、反対派に引き入れる事なども行われていた。
ハイラント邸の当主であったハイラントも有名な富豪であった。世界のトップである平和の
象徴の御膝元である町で、一番の富豪であったハイラントの影響力は非常に大きかった。
そのハイラントが『お金』と言う概念を手放す事に賛成の意を示したのである。それにより、
他の富裕層たちの中からも、次々に賛成派に寝返る者たちが出てくる事になった。
それに腹を立てた大富豪は、ハイラントを殺害するべく、無力化される寸前のお金を大金叩
いて殺しを依頼したのだった。
「『お金』とは・・・ほんに馬鹿げた概念じゃのう。わしはそんな物に触れた事も無いがの」
「『お金』は、人を平等では無くし、人の自由を奪い、殺し合いを促す負の概念ですよね」
「なんでそんなものつくったんだろ?」
今まで俯いて静かに話を聞いているだけだったグルが、顔を上げた。
「ガル、さん・・・今、幸せですか?」
ガルは笑顔ではっきりと答えた。
「はい!とっても!」
それを見たグルは安堵した様な表情を浮かべ、自分の話を切り出した。
「実は、私も・・・一度死んでるんですよ」
「母・・・様・・・?本当なのですか!?」
「はい。私には両親と、とても可愛い妹が居たんです。でも、皆死んでしまって・・・悲しみに耐
えられなくなった私は・・・自殺したんです」
グルはガルの顔をじっと見ながら話し続ける。
「そしたら、私がお世話させて頂いているラグラ様が、私を強化獣人として蘇らせて下さった
んです・・・給仕者が、主人に何も言わず勝手に死ぬとは何事か!って、怒られちゃいました」
それを笑って話すグルに、ガルは質問した。
「グル、さん・・・今、幸せですか?」
グルは笑顔ではっきり答えた。
「はい!すっごく!」




