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黒翼のカナエル  作者: 氷花
勇者と魔王編
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19/240

メルリア、メアトリス

 海上に浮かぶ巨大な城の本丸、先日も訪れたその場所に、「竜王」と呼ばれている姉メアト

リスは居た。

「姉上!」

「メルリア・・・ここまで来るなんて、強い仲間たちがいるのね・・・」

 メアトリスは驚く様子も無く、無表情でメルリアを見つめている。

「姉上・・・姉上は、いつまでこうしておるつもりなのじゃ?」

「・・・私が、向いていないと証明されるまで・・・」

 静かに答える。

「まだそのような・・・くだらぬ事を・・・」

 メルリアが小さく呟いたそれを、メアトリスは聞き逃さなかった。

「くだらない・・・ですって?」

「そうじゃ。くだらぬ事じゃ!」

 メアトリスがメルリアの胸ぐらを掴む。

「人の気持ちも知らないで・・・!」

 メアトリスは拳を振り上げたが、思い止まり、降ろした。

「メルリア、あなたはいいわよね・・・何も期待されてなくて・・・自由で・・・」

「姉上・・・」

「私は・・・私たちの両親はどちらも、魔王に力を与えられた直属の配下である『七魔』よ。それ

は竜種の皆も知っている・・・。そして『七魔』という存在は、魔獣族にとって、魔王の次に偉い

存在なのよ。その『七魔』同士の娘ともなれば、当然そうと言うだけで目立ち、期待される」

「そう・・・じゃったのか・・・?」

 メルリアはそんな風に感じた事は無かった。日常においてすれ違う時も、至って普通に挨拶

を交わしていて、相手の態度にこれといって目に付くような事も無い。ただ何かあるとすれば、

「様」をつけて呼ばれる事だけだ。

「・・・そう・・・あなたは強いのね・・・・・・でも、私は弱かった。皆が私を見るその視線に、期待を

感じて私は頑張ったわ。勉学も、大社の仕事の手伝いも・・・!」

「・・・分かったのじゃ、姉上・・・」

「え?」

「悩む姉上に追い討ちを掛けた相手じゃ!」

「メルリア?何を言ってるの?・・・ち、ちなみに・・・それは、誰なの?」

 メルリアには心当たりがあった。それを自信満々に口にする。

「ヒイカじゃ!」

「は、はあ!?」

 メアトリスは素っ頓狂な声を上げ、メルリアの胸ぐらから手を離した。

「姉上、以前は口が悪かったじゃろ?まあ、今もたまにあるがのう。それにしてもじゃ。姉上

が言葉使いを改めるようになったのは確か、ヒイカと初めて会った日からであったと、わしは

記憶しておる!」


 メルリアが五歳でメアトリスが十一歳くらいの時だっただろうか。大社で両親の友人たちが

集まって飲み会をすると言う事で、二人は先に寝るよう言われていた。だが、両親の友人とい

う人たちには今まで会った事が無かったため、メルリアは勿論、メアトリスも好奇心に逸って

いた。

(どんな人たちが居るのだろうか)

 メアトリスは思う。

(どんなおいしいものをたべておるのじゃろうか)

 メルリアは思い、よだれを垂らす。

 互いの目的地が一致した姉妹は、メアトリスの考えた「お酌をする」という理由を携えて、

胸を躍らせながら賑やかな声の漏れる会場の戸を開けた。

 そこに広がる光景は、子供二人にとっては眩しく見えた。大人の飲み物の代表たる「酒」を

酌み交わし、口にした事の無い料理をつまんでいる。顔を赤くした父ライハートが二人の存在

に気が付いた。

「あ~お前ら~、来ちゃったか~。寝てろって言っても無理だよな~、気になっちゃうよな~」

 やけにへらへらしている。

「あっはっはっは・・・そうかそうか!子供らしくて良い!構わん!お前たちも楽しむが良い!」

 母メサイアもいつもとは違い、やたらと笑っている。ともあれ、この場に居る事を許された

二人はそれぞれの目的を果たすべく動き始める。

 メルリアは何種類もある、どれも食べた事の無い料理に目移りしながらも、片っ端から取り

皿の上に乗せて行く。

「お、いいぞ~、食え食え!たくさん食え!」

 濃く味付けされたそれらは、メルリアにとっても好ましかったようで、次々と美味しそうに

食べ進めて行く。

 一方のメアトリスは集まった面々をぐるっと見渡す。その殆どが魔獣族であったが、その中

に一人、それまで間近で見た事が無かった、特徴的な種族の者が居た。

 背中に美しい純白の翼を持つ「天使族」だった。輝いてさえ見えるその翼の美しさに、メア

トリスはいつしか見とれていた様で、その天使族の男性に気付かれてしまった。

「天使族の翼、興味がありますか?」

「あ!?あ、いや、別に・・・」

 メアトリスは目を逸らすが・・・また直ぐに見てしまう。すると、相手と目が合ってしまい、今

度は体ごと逸らす。だが、メアトリスの中にある「もっと見ていたい」という欲望が、頭を向

かせてしまう。

「ふふふ」

「ああああーーー!もう!何なんだよ俺は!」

 二度も目が合ってしまい、恥ずかしさのあまり大声を上げながら塞ぎ込んだ。そこに優しい

声が降って来る。

「初めまして、私はヒイカ、と申します。お嬢さんのお名前を伺っても宜しいですか?」

「・・・・・・め、メア、トリス・・・・・・」

「メアトリス・・・とても綺麗な響きのお名前ですね」

 少し顔を上げかけたメアトリスだったが、突然褒められ、

「う、うううう~~~・・・・・・」

 唸り声を上げながら再び塞ぎ込んでしまった。

「どうしたメアトリス~。え?恥ずかしがってんのか?ひひひ・・・珍しい事もあるもんだなあ?」

 あまりにも珍しい光景に父親がおちょくりに来る。

「むうううん!来んなクソ親父!」

 メアトリスはそれを腕で振り払った事で、結果的に顔を上げる事になった。

「まあまあメアトリスさん、一度落ち着きましょう。フュクシンさん」

 ヒイカの傍に控えている狐種の女性が一杯のお茶を差し出してくる。メアトリスはそれを手

に取り、一気に飲み干して大きく息を吐いた。

「どうですか?」

「・・・・・・」

 無言でこくりと頷いた。

「さて、メアトリスさん。翼、触ってみますか?」

「え、いいのか!?」

「ええ。どうぞ」

 ヒイカは優しい笑顔を見せた後、背中を向けて翼を広げた。

 メアトリスの目の前には美しい純白の翼が広がっている。徐に手を伸ばす。

「これが・・・天使の翼なのか・・・!」

 初めて触れた天使族の翼は、驚くほどに柔らかい初めての感触だった。メアトリスはその気

持ちよさについつい夢中になってしまう。

もふもふもふもふもふ・・・・・・

 次第に、翼がどうなっているのかを調べるが如く、翼の骨格をなぞり始めた。

(竜の翼とは全く違うのか・・・?この翼のしなやかさ・・・力ではなく技で飛ぶといった感じか?)

もふもふもふもふ・・・さすりさすりさすり・・・ぐにぐにぐにぐに・・・・・・

 姉妹には匂いまでも嗅ごうと翼を鼻に近づける。

くんかくんか、くんかくんか・・・・・・ふう・・・

「め、メアトリスさん・・・?」

 呼びかけられてようやく我に返った。

「はっ!?」

 我に返ると、今までしていた事を思い出し、急に恥ずかしくなってしまった。そこにまたも

父親がおちょくりにやって来る。

「メアトリス~、お前にそんな趣味があったとはな~」

「うぐぐ・・・があああああ!」

 メアトリスは恥ずかしさのあまり頭を抱える。

「すんませんした!」

 謝らずにはいられなくなり、頭を下げた。

「いいんですよ。まあ、少しばかりくすぐったかったですけどね。それよりも・・・どうでした?

翼を触ってみて」

「・・・・・・極上の羽毛だった」

「あっはっはっはっ!メア、お前布団でも作りたいのか?作ってもらうか?なあ、ヒイカ」

「そうですね・・・自然に抜ける羽を集めれば、時間は掛かるでしょうが作れるでしょうね」

「だってよ、メア!」

「べ、別に欲しいとか言ってねーし!」

「じゃあ、要らないんだな?」

「・・・そうとも言ってねえ!」

 素直に欲しいとは、恥ずかしくてとても言えなかった。

「悪いなヒイカ。こいつ口が悪くてな~」

「キッ!」

 父親を睨みつける。

「口調なんて気にしませんよ。大切なのは心ですから。その点、メアトリスさんはとても人思

いの優しい心を持っていると感じました」

 ヒイカはメアトリスの頭を撫でる。

「あ!?あ、ああ・・・!?」

 突然頭を撫でられ、メアトリスはどうしていいか分からず、言葉も出ないまま、顔を赤くし

て固まってしまった。そこに口の周りを汚したままのメルリアがやって来るなり言い放つ。

「うむ!あねうえはやさしいのじゃ!じゃから、わしはあねうえがだいすきじゃ!」

「ふふふ、そうですか、いいお姉さんなんですね」

 ヒイカは笑顔でメルリアの口を拭き取る。

「うむうむ!ときどきぶたれるが、いいおねえちゃんなのじゃ!」

「め、メルー!」

「むぐっ!?」

 メアトリスは慌ててメルリアの口を塞ぐ。

「ち、違う!それはメルが悪い事をしやがるから・・・!」

「ぶったりしても、大好きと言ってもらえる・・・メアトリスさんが優しい方だと言う事の証明で

すね」

 ヒイカは優しくて眩しい笑顔を見せる。その言葉と笑顔の前に、メアトリスは言葉を失って

しまった。胸の辺りが物凄くむず痒い。いてもたってもいられなくなったメアトリスは、その

場から逃げようと立ち上がった。

「メル、部屋に戻るぞ!」

「あねうえ、もうおやすみするのかえ?」

 メアトリスはメルリアの手を引き、戸を開けた。

「おやすみなさい、メアトリスさん、メルリアさん」

「おやすみなさいなのじゃ!」

 メルリアは元気に手を振る。

「・・・おやすみ・・・なさい」

 言い切る前に部屋を出て行った。

 その翌日からだった。メアトリスが言葉の練習を始めたのは。それからは日々、部屋でブツ

ブツとひたすらに練習を繰り返した。


「いや、確かに私が敬語の練習をするようになったのは、ヒイカ様に出会ってからだけど」

「最初は姉上が何か病気に掛かってしまったのかと心配しておったが、まさか、恋をしておっ

たとはのう。それ故に言葉使いの練習を・・・」

「こここここ恋!?」

 顔が真っ赤に染まる。

「何じゃ?違ったのかえ?」

「誰がそんな事を言ったのよ!」

「む?ヒイカに接する時の態度と、今の表情で分かるのじゃ」

 今のメアトリスは顔を真っ赤に染めている。

「これは別に・・・怒って真っ赤になってるだけよ!」

「ほう、では姉上はヒイカの事は好きではないと言うのじゃな?」

「な・・・」

 言葉に詰まる。

「姉上、答えよ!ヒイカの事を好きか、嫌いか!」

「そ、そんなのどうだって」

「言っておくが、どうでもいい、つまり『無関心』というのは最もひどい事じゃぞ?姉上はヒ

イカの事なんてそうだと言いたいのじゃな?」

「くっ・・・」

 上手く避けようとしたが、釘を刺されてしまった。答えるべきか、答えず何とか話をそらし

てしまうべきかと考えていた時だった。

「姉上」

 今までに聞いた事の無い、真剣な声がメルリアから発せられた。そのメルリアの目は真っ直

ぐにメアトリスを見ていた。これまた見た事の無い真剣な表情で。

「姉上は何がしたいのじゃ?こんな所に篭って・・・何を望んでおるのじゃ?」

「だから言ったでしょ。私が『竜王』に向いてない事を知らしめるために・・・」

 本来居るべき大社を放棄し、ここに篭るように『竜王として』命令することで、竜種たちの

間にメアトリスが『竜王』であっていいのかと言う疑問の声が生まれる。そうなれば、遠から

ずこの『竜王』の役から降ろされると思っての行動だった。

「では何故このような回りくどいやり方をするのじゃ!其の癖、自分を護ろうともしておる・・・」

「護る?私が・・・私を・・・?」

 何を言っているのか分からなかった。

「何故じゃ!何故、己を曝け出さぬ!何故本当の自分で戦わぬのじゃ!己を隠せと誰かに言わ

れたのかえ!誰かに期待していると直接言われたのかえ!?」

「本当の・・・私・・・」

 自分を隠せ、誰かに言われた・・・・・・そんな事など、思い返してみても一度も無かった。期待

しているなどと言われた事も無い。

「わしの知っておる姉上は・・・誰よりも口が悪くて、口よりも先に手が飛んできて、それでいて

人を惹き付ける優しさを持っておる・・・そんな自慢の、わしの大好きな姉上じゃ!」

「メル・・・リア・・・」

「本当の己をぶつけるのじゃ!姉上ーーー!」

 メアトリスは初めて気が付いた。

 いつからだっただろう、敬語で話すような、淑やかである事が普通になったのは。淑やかに

なる事で、誰かに褒められたりしたかった訳でもないし、実際に褒められたり、そっちの方が

いいと言われた事も無かった。自分自身で勝手に思い込んでいただけだったのだろうか。だと

したら、何とも間抜けな話だ。

 大社を放置して、こんな所に引き篭もったりするとか、こんな面倒で回りくどくて、ストレ

スの溜まる愚策を最善だと思い込んでいたのだ。もっと簡単な方法があったのに。ただ単に、

本当の自分を曝け出して、自分の思うようにやるだけでよかったのだ。それで駄目なら良し、

それでも受け入れられたのなら、続ける自信も生まれる。そんな楽な方法があったのだ。

「すぅ・・・・・・うおああああああ!!!」

 メアトリスは咆哮した。

「こんな簡単なことを、メル・・・お前に教えられるなんてな・・・はあ、俺も堕ちたもんだな」

「あ、姉上!」

 そのメアトリスには、以前のような強さが感じられた。

「メアトリス様!如何なされましたか!?」

 さっきの咆哮に驚いた一人が心配して入ってきた。

「何でもない・・・」

「えと・・・何かあればいつでも」

「何もねえっつってんだろ!出てけ!」

「は・・・はいぃ・・・」

 逃げるように走り去っていった。

「なあ、メル」

「なんじゃ?姉上」

「お前は・・・俺に付いて来てくれるか?」

 メアトリスは手を差し伸べる。

「勿論じゃ・・・!もちろん・・・」

 メルリアは差し出された手を取った。そして、

「お断りじゃー!」

 そのまま力一杯引っ張り、メアトリスの顔面に頭突きをお見舞いした。

「ぐがっ・・・・・・」

 メアトリスの鼻から血が静かに垂れてくる。

「わしは自由に生きるつもりじゃ。誰の指図も受けず、わし自身に従って生きるのじゃ!」

「は・・・ははは・・・メル、それでいい。お前はその調子で自由に生きろ。俺は俺で自由にやって

やるからな」

 メアトリスはにやりと笑ってみせる。

「うむ、それでこそ姉上じゃ!」

「だがな・・・・・・」

 メアトリスは徐にメルリアの胸ぐらを掴むと、流れるように右の拳でメルリアの顔面を打ち

抜いた。

「さっきの頭突きは痛かった。メルの分際で俺に刃向かうなど、許さん!」

「ひひひ・・・姉上、わしは受けて立つのじゃ。姉上に殴られる者の痛みを教えてやるのじゃ!」

「ほう、教えてくれるのか。それは楽しみだな」

 メアトリスは鼻で笑っている。

「喧嘩じゃ!姉上!」

「いいだろう、久々の姉妹喧嘩と洒落込もうぜ!」

 二人は両手を掴み合う。

「ほう、ぬくぬく育った割には、中々力がついてきたじゃねえか」

「ふ、ふん・・・わしもいつまでも・・・子供ではないのじゃ!」

「ああそうかい!」

 メアトリスの右膝がメルリアの鳩尾を捉えた。

「おごっ!」

 メルリアが鳩尾を押さえて苦しんでいる所、メアトリスは右手でメルリアの顔面を掴み、壁

に叩きつけ、再び鳩尾の辺りに右足を蹴り入れた。

 その蹴りの威力により、壁は崩れ、メルリアは三階の高さから外の地面に落下した。

「ゲホッゲホッ・・・ぐう・・・ふう、ふう、ふう・・・」

 メアトリスもまた、落下したメルリアを追って飛び降りてきた。

「メル、てめえが子供じゃ無くなった様に、俺ももう子供じゃねえんだ。ましてや、てめえは

今まで碌に戦いの訓練もしてねえだろ」

「くう・・・」

「てめえが使える魔法は一つも無い事も知ってる」

 その通り、メルリアには竜種ゆえに存分な魔力はあるのだが、魔法を使う事は出来なかった。

練習さえも全くしたことが無い。使える魔法があるとすれば、それは『顕現』する事のみだろ

う。それさえも今まで一度もした事はないが・・・

「さあ、歯あ食いしばりやがれ!」

 未だ立ち上がれてもいないメルリアの胸ぐらを掴んで立たせ、殴り飛ばす。その後も一方的

に殴る蹴るをメルリアは受け続けた。

「まだ・・・まだじゃ・・・がはっ・・・」

 メルリアは血を吐きながらも、立ち上がる。

「まだ立てるのか・・・」

「ふ、ふふふ・・・げふっ・・・わしが・・・わしが今まで、どれだけ姉上に殴られてきたと思っておる」

「打たれ強さだけは一級品と言うわけか・・・それにしても、今日は随分と諦めが悪いな。いつも

ならば抵抗する事も無い上に、直ぐに謝って終わるんだがな」

「今回ばかりは・・・そういう訳には行かぬ・・・」

 メルリアの眼からは強い意志が感じ取れる。

「わしの我侭を聞き入れ、共に戦い、わしをここに導いてくれた者たちがおる・・・・・・その者た

ちの想いに報いるためにも、わしはこのまま殴られるだけで終わるわけには行かぬのじゃ!」

 一人だけでここに来る事など絶対に出来なかった。共に戦ってくれると言ってくれた事が何

よりも嬉しくて、その想いに応えたいという強い思いがボロボロのメルリアに力を与えていた。

「じゃからわしは・・・この身が朽ち、性根尽き果てるまで戦わねばならぬ!」

(立派になったものだな・・・)

 メルリアが初めて何かを背負って戦おうとしている。いつまでもだらしが無いと思っていた

妹が、自分の意思で背負い、戦おうとしているのだ。メアトリスは正直嬉しく思っていた。

「ならばその想い、全力で俺にぶつけてみろ!」

「やってやるのじゃ!」

 自分に出来る事は何か。使える魔法も無い。『顕現』だって出来るかも分からない。ブレス

ならば吐ける。だが嫌だ!己の拳で殴らなければ納得が行かない!何としても拳をぶつけたい!

自分の全力を拳に乗せてぶつけたい!

 メルリアは右手を見つめ、力強く拳を握り、額に当てる。

「わしに宿る魔力よ、初めて願う・・・・・・わしに力を貸してくれぬか・・・皆の想いに応える力を、

わしに与えたもう!」

 メルリアの右肩に五重の魔力の輪が現れる。

「あれは・・・『魔力輪』・・・『顕現』する気か?」

 だがおかしい。『顕現』するならば、魔力の大きさを示す『魔力輪』は胴体部分を囲む様に

現れるはず。

「行くぞ、姉上!」

 メルリアはメアトリスに向かって真っ直ぐに駆け出す。そして、右腕に自分の持てる全てを

集中させ、振りぬいた。

「うぬあああああああ!!!」

 その瞬間、メルリアの右腕が、巨大な竜の腕に変化した。

「ぬぐう!?・・・ぐ、があああああ!」

 両腕で防ぐも、受け止めきれず、メアトリスは吹き飛んだ。先程まで居た本丸と言える建物

に激突し、壁一枚を突き破った。

「な、なんじゃこりゃあああ!?」

 メルリアは自分の右腕を見て驚き叫ぶ。右腕だけが異様にでかい。普通に動かす事は出来る

し、違和感のようなものも感じない。だがでかい。それだけが不安を駆り立てる。

「く・・・顕現は顕現でも、一部分だけを顕現させるたあ・・・聞いた事ねえぞ・・・・・・だがいい、そ

れなら俺もやってやるぜ!」

 メアトリスは口の前に魔法陣を展開させ、凄い勢いで大気を吸い込み始めた。空気に混じり、

周囲に転がっている瓦礫をも吸い込んで行く。大きい瓦礫であっても、魔法陣を通ると見えな

い程の大きさになって問題なく吸い込んで行く。

「あ、姉上のブレス・・・この腕で止めて見せようぞ!」

 メルリアは巨大化した腕を前方に構え、受け止めるべく手を大きく開いた。

 メアトリスの吸い込みが止み、口から直接ではなく、魔法陣からブレスを放った。

『ユナイテッド・メガブレス!』

 メルリアが真っ直ぐに伸びてくるブレスを真っ向から受け止めた瞬間、そのブレスが普通の

ものではないと分かった。そのブレスは物質だった。さっき空気と同時に吸い込んだ瓦礫の質

を、このブレスは持っている様に感じる。まるで、巨大な柱が自分に向かって物凄い勢いで伸

びてきている感覚だった。

 そのブレスは受け止めても散らず、全ての力を受け止める手の平に伝え続けて来る。メルリ

アは踏ん張るものの、ずるずると後ろに押されていく。

「くぅ・・・重い・・・・・・」

 受け止める腕は何とか耐えられているが、足は顕現していないため、押されるのを堪える事

ができない。その足が壁まで到達した時、耐える体制は一瞬で崩れた。

 メルリアはブレスと壁との間に挟まれる形となった。背後の壁が崩れたおかげで、ブレスの

範囲外に逃れる事ができた。

「うう・・・く・・・流石は・・・姉上じゃのう・・・」

 メルリアの右腕は元に戻っていた。

「どうだ?まだやるか?」

「まだ・・・動ける・・・のじゃ・・・!」

 メルリアは何とかといった様子で立ち上がる。最早身体は限界と言っていい。それでも、身

体が動く限りは自ら諦めるような真似はしたくない。

「ならば、もう一発食らわせてやる!」

 メアトリスは再び息を大きく吸い込み始める。

「わしだって・・・すぅ・・・ぐっ!がはっげほっげほっ!」

 メルリアもブレスで対抗しようと息を吸い込むが、耐え難い程の痛みが走り、吸い込む事が

出来なかった。

『ユナイテッド・メガブレス!』

「く・・・まだじゃ!」

 メルリアの背中か服を突き破り、翼が飛び出した。思い切り地面を蹴り、寸前の所でブレス

を回避してそのまま上空へ舞い上がった。

「魔力を・・・込める!」

 メルリアは先程のように魔力を、今度は尻尾に集中させる。尻尾に魔力輪が浮かぶ。

「ゆくぞ、姉上ー!」

 メルリアはメアトリス目掛けて勢い良く降下して行く。そして、二度三度、四度五度と空中

で前転し、振り下ろす直前、尻尾を顕現させた。

「何!?」

 顕現した尻尾は、メアトリスの視界からメルリアの姿を余裕で隠してしまう程太く、視界に

納まらないほど長かった。

「くそっ!障壁を張るしか・・・!」

 メアトリスは一瞬で避ける事は出来ないと判断し、障壁を用いて全力で受け止める体制を取

ったというより、取らざるを得なかった。

 だが、顕現した巨大で強靭な尻尾の前に、間に合わせ程度の障壁では防げるはずも無かった。

障壁は一瞬で砕け、メアトリスを押し潰しても余りある威力は、地面を広範囲にわたって砕き、

城の建物を次々と倒壊させた。

 地面に降り立ったメルリアは、力無く地面にへたり込む。尻尾が直撃した地点の周辺には砂

埃が立ち込め、メアトリスの姿を確認する事は出来ない。

「全く・・・うぐっ・・・はあ、はあ・・・大したもんだぜ・・・」

 メアトリスが砂埃の中から、ふら付きながら出てきた。

「へへ・・・どうじゃ・・・姉上・・・」

「超痛えよ・・・」

「殴られる者の痛み・・・分かったかのう?」

「分からされるつもりは無かったんだがな・・・」

 メアトリスはメルリアに手を差し伸べる。その表情は優しく、メルリアを認めたかのようだ。

メルリアがその手を取ろうとした瞬間だった。


ぶおおおおおおおおおおお!!!


 身体の芯から揺さ振るような、大きくて重い音が辺り一帯に響き渡る。

「ぬあああ!身体が・・・傷に響くのじゃ~~~!」

「ぐうう・・・暴れ過ぎたか・・・!」

 城が大きく揺れ始める。そして、驚く事に城の建物や柱、地面までもが、材質からは考えら

れない程グニャグニャと波打ち、仕舞いには溶け始めてしまった。

「の、飲まれるのじゃ!?」

 メルリアの身体が溶けて波打つ地面に次第に沈み込んでいく。

「ヴァッシュ!堪えろ!」

む~~~~~~~り~~~~~~~

「無理じゃねえよ、くそっ!根性無しめ!」

 メアトリスは沈みかけたメルリアを引っ張り出し、そのまま翼を出して飛び上がった。

 眼下に広がっていたはずの城は、最早その面影も無くなり、黒い巨大な塊になってしまった。

「姉上!あれは何なのじゃ!?」

「『鯨』だ。七魔の一人、鯨種のヴァッシュ。そいつが城に変化してたんだ」

「『鯨』?むう・・・聞いた事があるようなないような・・・分からぬ!」

「まあ、伝説上の生き物だしな。無理も無い」

 『鯨種』はその数、その棲みか共に全く分かっていない、伝説の生き物とされている種だ。

それには理由が二つある。

 一つは、鯨種が持つ潜在能力『完全変化』である。ありとあらゆるものに姿を変える事が出

来る上、そのものの材質や性質をも忠実に再現する事が出来、大きささえも思いのままだと言

われている。その能力により、他の種族や種に変化してしまう事も出来てしまうため、鯨種を

見破るのは実質不可能と言える。

 もう一つの理由は、そもそも『鯨種』の本来の姿が分かっていない点にある。『完全変化』

の能力を持っている以上、どの姿が本来の姿であるのかが本人以外には分かりようも無いのだ。

 七魔の一人にして『鯨種』のヴァッシュは、昔から竜種たちとは友人関係にあり、今回のよ

うな大事の際には決まって手伝ってくる、心優しい男である。

 メアトリスはその黒い塊の上に降り立つ。

「ヴァッシュ、暴れて悪かったな。それと、手伝ってくれてありがとな!助かった!」

りゅう~~~おう~~~さま~~~。げんきが~~~もどって~~~よかった~~~~~。

 表情は全く見えないが、音のような声の抑揚で安堵しているのが伝わってくる。

「今度、上手いものをたらふくご馳走してやるよ。またな!」

たのしみに~~~してる~~~~~!

 巨大な塊は静かに海底に沈んでいった。

「姉上・・・」

「何だ?メル」

「凄いのじゃ!伝説の生き物と友達とは!流石は姉上なのじゃ!」

「当然だ!それよりもこの戦いの終わりを皆に伝えないとな!」

 メアトリスは戦場のど真ん中に降り立ち、宣言する。

「この場にいる皆の者よ聞け!俺の妹メルリアが、俺の根性を叩きなおしてくれたのだ!その

おかげで俺からは迷いが消えた!よって、ここに宣言する!」

 辺りが静まり返る。誰もが皆、戦いの手を止め、メアトリスとメルリアを見ている。

「壮大な姉妹喧嘩は終わった!これより大社に帰還し、宴を開く!種も種族も関係ない!騒ぎ

たい奴は集まり来るがいい!!!」

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 皆が歓声を上げると共に、先程まで戦っていた相手と握手を交わし、種も種族も関係なく、

怪我人に手を貸し、治療を始めた。

 だが、多くの人々は気が付いていなかった。

「あ・・・もうそろそろ・・・切れそう・・・」

 リンナの結界維持に限界が来ている事に。


 その後、大半の人々が海に浸かり、翼竜や水竜や氷竜たちによる大救出作戦が行われる事に

なった。その事もあってか、後に行われた宴では種も種族も入り乱れてのどんちゃん騒ぎは、

まる一日続いた。

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