七魔
「七魔」は現魔王グリムが定めたものでは無い。前魔王が己自身を護るための護衛として定
めたものであり、当時無名であったグリムが前魔王を討ち、魔王の座を奪い取った際、己の力
を示す意味も込めて「七魔」に己が持つ様々な能力をそれぞれに一つずつ与えたのである。
「七魔」ライハートに与えられた力は「魔力の即時回復」。どれだけ一度に魔力を消費しよ
うと、瞬時に全回復するという能力である。
「はああっ!」
強化を纏ったセイムの一撃も、ライハートの張る大きな魔力の込められた障壁の前に、簡単
に受け止められてしまう。
「隙を作るには、私も近接で攻める方がいいかねえ・・・螺旋捲け!『シュピラーレ・フェアシュ
テルカ!』」
「おお!?シュリちゃんもそれ出来るの!?」
「へへへ。影で練習してたんだ~。私も前衛で戦えるような力が欲しかったからさ」
「そっか・・・!じゃあ、一緒に行こう!」
「がってん!」
ライハートに対して二人係で様々な方向から攻め、何とか隙を突くなり作るなりしようと攻
め続ける。だが、
「小賢しいな・・・散れ!ふううん!」
「ううっ!」
「わわ!」
ライハートから放たれた魔力を浴び、二人は大きく弾き飛ばされた。
「むう・・・魔法ですらない、ただの魔力の解放で・・・」
「いっぱい魔力使えてずるいなあ・・・」
攻めてはいるが、ただそれだけであり、一発も攻撃を当てられていない。このまま攻め続け
てもこちらの魔力と体力が消耗していくだけでどうにもならない。シュリは考えを巡らせる。
(近付いても弾き飛ばされる・・・遠距離攻撃に切り替えると、大魔法を放つ溜めの時間を与えて
しまう事になりかねない・・・。だとすると、近接と遠距離、一人ずつが最適かな・・・。近接はも
ちろんセイムちゃんに任せるほか無いわけだけど、それだとセイムちゃんの消耗が激しくなり
過ぎちゃうねえ・・・)
「シュリちゃん、何かいい案でもない?私、頑張るよ?」
セイムはまだまだ戦えると目で訴えている。
(・・・うん、何とかするしかないねこれは・・・!)
その時だった。突然鋭い光線が二人の足元に着弾した。
「ぐうう!」
「うわあっ!」
それはライハートのブレスだった。着弾した衝撃で二人纏めて吹き飛ばされる。全く溜める
素振りは見られなかった。
「あんなにいきなりブレスを吐いてくるなんて・・・」
「恐らくだけど、殆どが魔力のブレスだと思う・・・言わばただの魔力砲、口から出す事によって
無駄な構えを取る事も無く、口を開くだけで放つ事が出来る・・・そんな感じだろうねえ・・・」
あんなものを多用されたら、かわす事も出来ないだろう。まさに脅威の攻撃方法だった。
「・・・チャンスは一回だけ、やるしかないよねえ、こうなったら・・・!セイムちゃん・・・」
「なに?」
すると、無数の魔法陣が半球状に敷き詰められ、二人は取り囲まれてしまった。ライハート
は息を大きく吸い込み、ブレスの体勢に入っていた。
「時間を食いすぎちゃったみたいだねえ・・・!」
「それじゃあ、もう一頑張り・・・しようか!」
セイムは首輪に手を掛け、外した。
「降り注げ!『ディバージェント・メガブレス!』」
ライハートが自身の目の前に張った魔法陣にブレスをぶつける。すると、二人を取り囲む魔
法陣の一つ一つからブレスが二人に向かって放たれてくる。
セイムは左手の人差し指と親指で円を作り、咥える。
『フォグ・フォックス・ディーパー!』
セイムの口から高濃度の霧が吐き出された。
「これで、ある程度は相殺できるはず・・・!」
その狙いの通り、ある程度は、相殺できたようだが、それでも軽減されたブレスの直撃は免
れない。
「ほう、これは軽減されたか?ならば、まだ倒れてはいないか」
立ち込める霧の中、セイムがボロボロになりながらも、勢い良くライハートに向かって飛び
出してきた。
「今一度重なれ!『シュピラーレ・フェアシュテルカ・フェアドッペルン!』」
強化を重ね、右足で一歩、思い切り踏み切る。更に加速した状態で右の拳をライハートにぶ
つける。
「甘いな!」
だが、それでも硬いライハートの障壁を破るに至らない。
「まだ・・・終わってない!」
セイムはそのまま拳を、脚を体術の限りを駆使して攻め続ける。
届かない。それでも、セイムは真正面から打ち抜いていく。
「届け、私の拳!」
セイムは強化を一段、右の拳に集中させる。
『スパイラル・エンドオオオ!』
「む・・・ぐうう!?」
ライハートの障壁にヒビが入る。そして、セイムの右の拳に集中していた強化魔法の魔力が
大きな爆発を起こし、遂に障壁を打ち砕いた。
障壁を抜けた爆発を受け、ライハートは後方へズザザザーと追いやられる。だが、それ程ダ
メージは受けていない。
「障壁を破ってくるか・・・だが、それまでだな。俺を倒すには・・・」
「ライハート様!」
その時、背後から翼竜種の男が血相を変えて走り寄って来た。
「どうした、今は戦いの最中だぞ」
「すみません・・・ですが、メサイア様が!」
「何!?」
ライハートの顔色が変わる。メサイアの身に何かあったのだろうか。不安に駆られ、先の空
を見やるが、空を飛んでいる翼竜種の姿が無い。
「まさか!?」
落とされたのか、と思ったその時だった。
「うぐあっ!?」
突然、ライハートは背中に拳が打ち込まれた感触を得た。その拳の持ち主は翼竜種の男だっ
た。その拳はセイムのものと同じように炸裂する。
「うぐう・・・お、お前は・・・一体何を・・・」
「何を・・・って、忘れちゃった?私たち、戦ってる最中なんだけどねえ」
先程の男の声ではない。その声はシュリだった。
「へ、変身・・・だと!?」
姿形、声までも完璧になりきっていた。
セイムが霧を作り出した。それは防ぐためだけではなかった。シュリの姿を隠し、変身する
瞬間を見られないようにするためでもあったのだ。そして、セイムが猛攻を仕掛け、ライハー
トの意識をセイム一人に向けさせ、その間に変身したシュリが背後に回りこみ、セイムの猛攻
が終わった後直ぐに話し掛ける。妻であるメサイアの話をすれば油断が生まれるという算段だ
った。
変身を解いて現れたシュリを見て驚くライハート。それは致命的な隙となった。驚くライハ
ートの後方からセイムが迫っていたのだ。
セイムは手の平をライハートの背中に密着させ、その状態のまま打ち込む。
『狐拳!』
それは打撃ではなく、衝撃だった。セイムの手の平からライハートの身体の内側に、全身の
骨を振るわせる程の衝撃が奔る。
「ぐふあっ!」
ライハートの口から、身体の奥底から押し出されたかのような声が出る。セイムとシュリは、
既に追撃の構えに入っていた。
二人は全く同じ動きで右足を大きく引き、ライハートの正面と背中から挟み込むように、同
時に蹴りをぶつける。
『螺旋挟撃!』
二人は続けざまに手の平を、またも挟み込むように密着させ、打ち込む。
『狭掌・狐拳!』
「ああ・・・が・・・」
度重なる身体の内側への衝撃が、ライハートの意識を遠退かせる。
「ゆ・・・だん・・・・・・した・・・か・・・・・・」
ライハートの身体は大きく傾き、そのまま倒れた。その一部始終を見ていた竜種や、仲間の
間に驚きの声が広がる。
「ライハート様が・・・負けた・・・?」
「あの二人が・・・勝ったのか!?」
ウオオオオー!
大きな歓声が上がり、それは二人の勝利を示す、鐘の代わりとなった。
「ふああー・・・やったね、シュリちゃん・・・」
「次に戦ったら・・・勝てそうに無いけどねえ。でも、一先ずは・・・勝利って事で!」
パーン!大きく気持ちのいい音を響かせ、二人はハイタッチをし、固く握手を交わした。
水竜種のブレスは海中で渦を巻き、ワンコは身動きが出来なくなる。
「これでは・・・近付く事は出来ません」
だが、動けないだけで呼吸は問題ないし、身体にダメージを受けるわけでもない。倒す事が
目的ではないため、ワンコにとってはそれ程の問題にはならない。
「円を作れ!ブレスで拘束するのだ!」
そんな事は竜たちも分かっている。水竜たちがワンコを囲み、ブレスを吐いてブレス同士を
ぶつけ合う。すると、渦は球体の形になり、その内部は乱雑な水流をなし始める。
「氷竜たちよ!」
氷竜たちもまた、合図を受けて広がる。そして、一斉にブレスを吐く体勢を取る。だが、氷
竜たちの吐き出したそれはブレスではなく、無数の氷の刃だった。
氷竜たちから次々と吐き出される氷の刃は、球体を成した渦の中に入り、内部の滅茶苦茶な
水流に乗り、ワンコの身に襲い掛かった。
「これぞ氷竜と水竜の必勝陣形!『ストリーム・スフィア』だ!」
「ん!・・・くうう・・・う・・・」
どこから飛んでくるか分からない。どこからでも飛んでくる。氷の刃がワンコの身を傷つけ、
赤い血が青い海中に溶け込んでいく。
時間の問題だった。水流により身動きの取れないワンコに、これ以上なす術は無い。このま
ま氷の刃に切り刻まれるだけだ。
少なくとも、水竜と氷竜を纏めて命じている姫の側近であるポッセはそう思っていた。だが、
ワンコは突然動き出した。水流に流され、球体の中をぐるぐると回っている。
「この・・・辺り・・・!」
次の瞬間、ワンコは水流の中、球体の外周に接近する瞬間を見計らって水を蹴り、一気に球
体の外へと脱出した。
「ばかな!?あの状況から・・・まさか、あの水流を読んだと言うのか!?」
体中に傷を負いながらも、ワンコの目はそれまでと何も変わらない、いつもの目をしていた。
焦っている様子すら見られない。
(多分、これが私の、強化獣人としての力・・・『適応力』・・・)
「お前たち、もう一度だ!陣形を整えよ!」
ワンコの適応力の高さは分かった。だが、適応するにも時間が掛かる。先程の「ストリーム・
スフィア」を繰り返せば、ダメージが重なり、直に倒せるはずだ。
水竜たちは再びワンコを囲み、ブレスを吐く。球体状の渦が出来、再びワンコを閉じ込める。
氷竜が続けて氷の刃を吐き出そうとした時、既にワンコは水流に乗っていた。そして、いとも
簡単に脱出してしまった。
「・・・完全に・・・読まれている・・・!」
もう通用しない。これは、変な小細工をせずに攻める方が良いだろうと判断する。
「小細工はもういい・・・接近戦で攻め落とせ!」
水竜も氷竜も一斉にワンコに向かっていく。流石に正面から受けて立つのは不味いと判断し
たワンコは、慣れた泳ぎで海中を高速で泳ぎ、追いつかれまいとするが、それ以上に慣れ親し
み、ホームグラウンドである水と氷の竜たちから逃れる事は出来なかった。
一人に追いつかれ、対処している間に一気に囲まれてしまう。次々に飛んでくる攻撃をかわ
す事は出来ず、その一部を何とか防ぐ事しか出来ない。傷ついたからだに容赦なく打ち込まれ
る攻撃をワンコは必死で耐え続ける。
「もう・・・直ぐで・・・」
ワンコは打ち込まれる攻撃の動きや、威力に身体が慣れ始めているのを感じていた。
「喰らえ!『竜の鉤爪!』」
鋭利な爪が振り下ろされたその時、
「!?」
ワンコは寸前の所でそれをかわす。続けて尻尾を振り回してくるが、
「こんな感じで・・・」
それをも上手くいなす。背後からの接近を感じ取ったワンコは水面を蹴り、瞬時に不意打ち
をかわした。
「う、動きが・・・変わった!」
「まさか、適応したのか!?」
驚きながらも、竜たちは攻撃をしようと向かっていく。だが、
「これは・・・!どういう事だ!?」
捉えられない。追いつくことが出来なくなっていた。ワンコの動きが更に速く、鋭くなって
いたのだ。
「ブレスだ!ブレスで撃て!」
海中を思うが侭に泳ぎ回り、放たれるブレスを全てかわす。
「水の中・・・これは地上よりも動きやすいですね」
ワンコは水の中でならどんな動き方でも出来ると思える程まで適応していた。水の全てが己
の身体の一部のようだ。
「よもや・・・これ程までに手こずる事になるとは・・・ぐむむむむ・・・!」
ポッセはいよいよ痺れを切らした。
「お前たち、下がれ!わしがやる!」
ポッセから強大な魔力が放たれ始める。そしてポッセを中心に、輪の形をした魔力の集まり
が五つ重なり、現れた。この『魔力輪』と呼ばれるものは、『顕現』を行う時に現れる顕現後
の魔力の大きさを表す物である。その輪が多く重なっているほど大きな魔力を持つと言う事に
なる。その基準は一から二重は『低位魔獣』三から五重は『中位魔獣』六から八重は『高位魔
獣』であり、九重ともなると『魔王級』となる。
「我が、真なる姿、ここに呼び覚まさん!『顕・・・げ』」
ポッセが顕現しようとしたその瞬間、背中に大きな氷の塊が激突した。
「うぐあはあ!」
その衝撃で魔法陣は消えてしまった。
「こ、これはもしや・・・!ひ、姫様!」
そこに現れたのは、不機嫌な顔をした姫セイレインだった。
「うるさい」
どうやら、長引く戦いのせいで起こしてしまったようだ。声からはそれ程怒っているように
は感じないが、何より睡眠を邪魔されるのが嫌いな姫様のことである、これは相当機嫌が悪い。
「ひ、姫様、大丈夫でございます!直ぐに、直ぐに終わらせます故!」
ポッセは再び顕現をしようとするが、
「たった一人相手に、竜種が寄ってたかっても倒せないなんて・・・おまけに、顕現までしようだ
なんて・・・恥ずかしくないの?」
水竜たちも氷竜たちも何も言い返せない。
「むぐっ!ですが・・・援護をしに行かなくては・・・ですので、早く行くためにもここは」
「もういい」
セイレインはそう言うと、ワンコに近付いていく。
「あなた、名前は?」
「ワンコと申します」
「そう・・・ワンコ、あなたのおかげで水竜、氷竜たちの面目は丸潰れになった。だから・・・」
セイレインはワンコの顔を見つめた後、背を向ける。そして、ポッセを見る。
「これから余は、このワンコの側に付く」
「ひ、姫様!?」
ざわめきが広がる。冗談を言っているのかと耳を疑うが、セイレインの表情は真剣そのもだ。
「今更援護に行っても遅い。一人相手にこんな体たらくに陥ってしまった事は度し難い。だか
ら、余が敵に与したと言う事実を作り、これを報告する」
「で、ですが!そんな事をしたら姫様の立場が・・・」
「大丈夫。余にはそういった気まぐれを起こす事があるという事は知られてる」
姫とは呼ばれているが、それはセイレインの持つ力の強さ故に、勝手に呼ばれるようになっ
ただけだった。水竜と氷竜を纏める役は、代々優れた才能の持ち主が努める事になっている。
なので、セイレイン自身はなりたくてなった訳ではないため、姫らしく振舞うつもりなど全く
無い。セイレイン自身は自分の思うように行動しているだけなのだが、「姫」という立場上、
注目される事が多いために、気まぐれだと悪い事のように言われる様になってしまった。
「と言う訳で、余はこれから皆を倒す」
セイレインは息を吐き切る。そして、物凄い勢いで息を吸い込んでいく。その吸い込みは大
きな水流を生み、それは竜種の仲間たちの動きをも制限してしまう程だ。
「ま、まずいぞこれは・・・」
「す、すごい・・・顕現もせずに、これ程の上位ブレスを吐く事が出来るとは・・・」
「さすが姫様だ・・・!」
危機を感じているのはポッセ一人だけの様だ。他は皆、セイレインの才能に見惚れている。
「安眠を妨害するものは滅べ!『ギガブレス!』」
「やっぱりそれが理由じゃないか!」
目を開けていられない程の閃光と、鼓膜を突き破られそうになる程の、全身を揺さ振る衝撃
を辺りに撒き散らしながら、それは水竜たちも氷竜たちもあっという間に薙ぎ払った。
「ふう。すっきりした・・・!」
セイレインは清々しい表情をしている。
「ワンコ?分かってると思うけど・・・」
「はい。竜の姫様のお戯れに助けられました、と言う事で」
「物分りがよくて助かる。それじゃあ、余は帰る。今度会ったら世間話でも」
「はい。その時は是非」
セイレインは軽く微笑み、海底へと帰っていった。ワンコもそれを見送り、海上へと戻って
行った。
手筈通りならば、もうとっくに奇襲に現れてもいい頃合だ。だが、全く現れる気配が無い。
メサイアは焦ってこそいないが、戦いに集中しきれていない事は、相対するカリナの目からも
明白だった。
「『吸魔の鎖』・・・捕えよ・・・!」
カリナは意識散漫なメサイアの死角に魔法陣を張り、真っ黒な鎖を伸ばしてメサイアを捕え
る。だが、
「やはり・・・駄目ですか」
鎖はメサイアに触れた瞬間に消え去ってしまった。
メサイアに七魔として与えられた力は『解魔』。魔法を分解し、無効化してしまう力である。
カリナの黒い鎖も魔力で形成されているため、当然分解されてしまう。カリナもそれを知っ
た上で行った。意識していない状態であるならば通用するかもしれないと思ったのだ。だが、
その希望は絶たれてしまった。
(相手に直接作用する魔法は効かない・・・となると・・・)
カリナは鎖を伸ばし、メサイアに触れないように、二周三周と巻いて囲む。そして、
「爆ぜろ、『イクスプロージョン!』」
鎖に魔力を過剰に込め、鎖を形成する魔力を暴発させて爆発させた。
「魔法によって生み出される副産物・・・爆発の爆風ならば届くはず・・・でもこれは・・・」
正直に言って失敗である。消費する魔力の量が多すぎるのだ。すると突然、爆発によって発
生した煙の中からブレスのような閃光がカリナに向かって伸びてくる。
「くっ!」
咄嗟に鎖で受け止める。だが、閃光に触れた瞬間、鎖は消え去ってしまった。放たれた閃光
は軽減される事なくカリナを直撃する。
「ああああっ!」
カリナは吹き飛ばされ、身体を起こすのが精一杯で立ち上がることが出来ない。
「得意の魔法が使えないことがかなり辛いと見える。魔王の弟子とはこの程度だったか」
メサイアは大したダメージも受けていないように見える。
(あんな苦し紛れの攻撃では通用しないと言う事か・・・はあ・・・鎖が使えないと、私はこんなも
のなの?)
カリナにとって、鎖の魔法は絶対の自信を持つ魔法だった。
悪名高かった母とは違い、当時は無名であったその娘グリムが魔王を打ち倒し、新たな魔王
となって以来、カリナはグリムに憧れを抱いていた。珍しい緑の狐種である事意外は、何の取
り柄も無かったカリナは思い立ち、グリムに弟子入りを志願した。同じ狐種の好だしと、グリ
ムは快くそれを受け入れてくれた。
教わったのは鎖の魔法。グリムが幼少の頃より使えたという、グリムの数ある能力の中でも
最も慣れ親しみ、よく使うと言う魔法だった。魔力を鎖の形にして、鎖の魔力を魔法に変換す
る事で、その魔法の効果を持つ鎖として使う事が出来る。この魔法の真価は、鎖というはっき
りとした質量を持った物体として存在させる事で、鎖の魔力を魔法に変換し、一度効力を発揮
させても消えずに残り、使い続ける事が出来るという点だ。おまけに、鎖を体内に戻す事で、
ある程度の魔力を回収する事もできるのだ。
その魔法を覚えるのは困難だった。まず、魔力で物質を形成させ、安定させる事が非常に難
しかった。少し魔力を込めすぎれば鎖は破裂し、少なければ鎖が形を保てずに溶けてしまう。
鎖を出すだけでも相当な時間が掛かった。それを振り回すとなると、思わず力んでしまう。す
ると当然、魔力も余分に加わり破裂。かといって力を加えないと、手だけ動いて鎖は全く動か
ないという、新手の踊りの様になってしまう。大切なのは物質であっても、元は魔力であると
いう事だった。力で操るのではなく、魔法を制御する感覚で操る事が大切だったのだ。痺れを
切らしたグリムに教えてもらって、ようやくぎこちなくはあるものの、動かせるようになった。
次は鎖の魔力を魔法に変換する事。攻撃系統のような大きな変化をもたらす魔法に変換すれ
ば、もちろん鎖は形を保てなくなってしまう。なので、相手に異常をもたらすような補助系統
の魔法に変換してやるのが使い易い。カリナが得意であった補助系統の魔法は、いつもフラフ
ラ歩き回って言う事を聞かず、落ち着きの無い妹を大人しくさせるために使っていた、魔力を
吸収する魔法だった。いざその魔法に変換してみると、元々白っぽい色をしていたものが、見
る見るどす黒く染まっていってしまった。失敗したのかと思ったが、グリムは成功だと言って
くれたが、同時に
「何これおぞましい・・・カリナ、この色、あなたの腹の中の色では無いわよね?」
と言われ、酷く落ち込んだ。
それからも鎖の扱い方に磨きを掛け、自分にとっての最高の魔法となったのである。
その鎖が通用しない事は、カリナにとってはとても重く、辛いものとなった。鎖が無ければ
何も出来ないという事を思い知らされたのだ。
「終わりだな」
メサイアがブレスの体勢に入る。恐らく、あのブレスも魔法を無効化してしまうだろう。カ
リナには防ぐ手立ても、かわそうという気持ちすらも無かった。だが、
『スパイシー・バレット!』
大気を吸い込んでいるメサイアの目の前で、赤い弾丸が破裂し、これまた赤い粉が飛散した。
「んむううう!?ゲホッゲホッ!」
メサイアはそれを吸い込むと、あまりの辛さに咽てしまい、ブレスを吐く事が出来なかった。
「カリナさん!大丈夫ですか!?」
メイエルにカイエル、バンリとハワーも駆けつけて来た。
「皆さん・・・どうして・・・」
「邪魔してすまん。だが、勝負はついたみたいだったからな」
カリナの負け。それは周りの人にも分かる程だった。相手に一矢たりとも報い得なかった。
「魔王グリムの弟子」そう名乗った上で、この有様・・・カリナの心はズタズタだった。
心身共に力尽き、カリナは起こしていた上体を力無く寝かせる。と、後頭部に何かが当り、
目の前にハワーの顔が逆さまに現れた。
「おつかれさま。まけちゃったね」
人の気持ちも知らないのか、笑顔で平然と言葉を掛けて来る。
「情け無い限りです・・・」
「そうかなあ?」
その言葉に、閉じかけた目を開き、ハワーを見る。
「はじめてたたかったあいてだったんでしょ?」
「・・・はい」
「だったら!まけてもしょうがないよー!あいしょうもわるかったし・・・こんかいは、おべんき
ょうってことで!つぎ、がんばろーよ!」
ハワーは満面の笑みを浮かべている。眩しい。太陽の光のせいだろうか、それとも・・・
「ということで・・・」
ハワーはカリナの身体を支え、起き上がらせる。
「ここからはチームせんだよ!」
「カリナさん、一矢報いてやりましょう!」
バンリは鎌を取り出し、構える。
「必要な事があったら言って下さい!頑張っていやらしい弾を創りますから!」
メイエルはいつでも弾丸を生み出せるよ!と張り切っている。
「俺とメイエルは前衛では戦えないからな、カリナ、お前がいないと前衛が子供だけになって
しまう。頼むぞ?その代わり、援護はしっかりさせてもらうからな」
カイエルはメイエルと共に後ろへ下がっていく。
魔力はまだまだある。受けた攻撃もブレス一発だけ。私は何をしているのだろう。相手に倒
された訳ではなく、自分の心に負けて、子供に慰められて・・・情け無い事この上ない。だが、心
に、身体に力が湧いてくる。まだ、やりきっていない!
カリナは立ち上がる。
「さっきのブレス・・・私の鎖を撃ち抜いたあのブレス・・・」
あの時、メサイアの周りには、鎖を爆発させた事によって煙が充満していた。そこから突如、
ブレスが飛んできた。息を大きく吸い込まず放ったブレスは、体内の器官を使わない、その殆
どが魔力のブレスだったはずだ。なのにもかかわらず、鎖は分解されてしまった。ブレスの魔
力は分解されず、鎖は分解された・・・。メサイアの魔力だけは分解されないのか、それとも・・・
分解されるのは『魔法』であって、ただの『魔力』ならばされないのか。
「試す価値は大いにある・・・!」
「これはまず、厄介な者から倒すべきだな」
メサイアは最も厄介である、多種多様の弾を撃ってくる天使族二人に的を絞る。
「行かせない!『御魂狩り!』」
バンリがメサイアに切り掛かる。だが、身体に弾かれてしまった。
「まじかよ!?」
「そんな鎌で、私の魂を抜けると思ったか!」
立ち塞がろうとするバンリを軽く払い除け、二人に襲い掛かる。
『レイジング・クロウ!』
メサイアが右手を下から斜めに大きく振り上げる。その爪の軌道が刃となり、二人に向かっ
て飛んで行く。だが、
「何!?」
二人はありえない速さでそれを回避してしまった。思い当たるは一人。
「兎か!」
ハワーを睨むが、それよりも天使が銃を構えているのが目に入る。
『クラスター・ブリット!』
放たれた弾丸は無数に飛び散りながらメサイアに向かっていく。メサイアはそれを障壁で受
け止める。だけでは無かった。障壁を張りながら息を大きく吸い込んでいる。
「まずい!ブレスが来るぞ!」
「私が受けます!」
カリナが皆の前に立ちはだかる。
『カンバージド・メガブレス!』
こちら全員を飲み込む大きさの閃光が向かってくる。
「今度こそ・・・私の鎖で!」
カリナが鎖を生み出す。だがそれは、これまでとは違い、白い色をしていた。
『白鎖の重ね盾!』
盾の形に編みこんだ白い鎖を何枚か重ね、メサイアのブレスを受け止める。受け止める事が
できた。
「何だと!?あの鎖は魔法ではないのか!?」
純粋な魔力だけで形成された鎖は、分解される事なく、ブレスと競り合っている。そして、
白い鎖にもう直ぐで大穴が開くといった所で、ブレスは消え去った。
「防がれるとは・・・だが!」
メサイアは徐に背中を向ける。その瞬間、カイエルが自分たちの犯した失敗に気が付く。
「まずいぞ・・・リンナさんが!」
リンナへ続く道ががら空きになっていたのだ。メサイアは右足に思い切り体重を乗せ、地面
を踏み抜こうとした。その時だった。
「な!?」
メサイアはそのまま前方に顔面からぶっ倒れた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。
だが直ぐに原因に気が付いた。足だ。右足が海の中から何者かにがっちりと掴まれていたのだ。
顔も見えない相手に、気色悪さを感じて引き剥がそうとした瞬間、メサイアはその手に引っ張
られ、海の中に引きずり込まれてしまった。
海中に入る事で、ようやくその手の持ち主の顔を見ることが出来た。
「ごぼぼ・・・ばぼ!?(獣種・・・だと!?)」
それは水棲の種では無かった。おまけに、
「すいません。何を言っているのか分かりません」
水の中で普通にしゃべっている。
「あががぼがっ!」
メサイアはその事に驚き、大分空気を吐き出してしまった。息苦しさに危機を覚えたメサイ
アは必死で抵抗し、何とか振り払って海上に上がった。
「げほっげほっげほっ・・・う、はあ・・・はあ・・・」
息を整えるメサイアは全くの無防備だった。
「ぐう!?」
突然、白い鎖で体中を拘束されてしまった。四方に張られた魔法陣から白い鎖が伸びている
のが確認できた。あの魔法陣さえ分解すれば、この鎖も消えそうだったが、身動きが取れない。
口も塞がれていてブレスも吐けない。何とか振りほどこうと身体を、頭を揺さ振った時、空に
一つの影があることに気が付いた。カリナだった。その右手にはかなり大きな、白い錨を持っ
ている。
「これで・・・一矢報いる!」
そして、カリナはメサイア目掛けて落下し始める。
「沈め!『メテオリック・アンカーーー!』」
ズドゴーーーン!と重い音が上がる。錨はメサイアを直撃した。だが、その寸前に何とか障
壁を張ることが出来たため、軽減されていた。
それでもダメージは大きく、メサイアはふら付きながらも立ち上がった。
「く・・・う、うう・・・これは・・・顕現、せねば・・・」
メサイアが魔力を身体に集中させようとした。だが遅かった。
鎌がメサイアの胴体にめり込んでいた。大きなダメージを受け、意識が朦朧としている今の
メサイアの魂には、バンリの鎌を弾く程の強靭さは無かった。
『御魂狩りぃぃぃ!』
振りぬいた鎌の先には、青白く燃えるものが確かに捉えられていた。
メサイアは意識が薄れ、ゆっくりと倒れた。
「七魔の魂・・・獲ったどーーー!」
バンリはメサイアの魂を高らかに掲げた。
それにより、周りにメサイアの敗北が示される事となった。
「お、おい・・・生きてる・・・のか?」
カイエルは冷や汗を流しながらずぶ濡れのワンコに恐る恐る確認する。
「はい。中々過ごしやすい場所でした。ゆっくりお散歩でもしてみたいですね」
「はあ」
カイエルにはワンコの言葉を上手く理解する事が出来なかった。とりあえず、無事であるな
らそれで良しとして納得する事にした。




