海の城
「ここが天使界・・・世界が変われば、これ程景色も変わってくるものとはのう・・・!」
メルリアは初めて訪れた天使界のその景色に感動していた。
天使界の風景は、他の世界とは全く違う。一歩足を踏み入れれば、そこは雲の上である。日
によっては雲が薄く、雲の遥か下に果てしなく広がる海が見える。空を飛べないものにとって
は恐ろしい光景であるが、それが好きだと言う者も多い。
「うおおーっ!う、海じゃ!あれ、あれは海なのじゃろ!?何という広さじゃ!陸地がまるで
見えぬぞー!ふおおおおお!!!」
うるさい。そして恥ずかしい。周りの目を憚らず、浮島の縁に四肢を突いて遥か下の海を見
ながらしきりに叫び続けている。尻尾もまた、その感情に呼応するかの様に、近付けばぶたれ
そうなほど狂喜乱舞している。
「め、メルリアさん!行きますよ!」
「今からあそこに行くのじゃろ?ふほほほほ・・・恐ろしいのう、楽しみじゃのう・・・!」
全く周りを気にしない振る舞いは流石と言うべきなのだろうか・・・。
と、こちらに気が付いた数人が走り寄ってくる。
「メルリア様ー!」
「来て下さったのですね!」
それはどうやら、海上の城の情報を伝えてくれた人たちの様だ。メルリアの前に方膝を突き、
まるで忠誠を誓っているかのようだ。そんな関係だったっけ?
「お主等が情報を伝えてくれたのじゃな?」
「はい!聞き込みにて、此度の城の話を得て御座います!」
「ですが、未だ誰も調査は行っていないとの事です!」
雰囲気が気に入ったのか、メルリアもまた、この者たちの主であるかの様に胸を張り、堂々
としている。
「うむ、十分じゃ。ご苦労であった。これよりわしらは、その城の調査に行って参る。お主等
はここで、その城には無闇に近づかぬよう人々に呼びかけるのじゃ!」
「はい!承知いたしました!」
「メルリア様、どうかお気をつけて!」
一礼すると、すぐさまメルリアの支持通りに呼びかけて回り始めた。
「いや~忠実だねえ」
「ほっほっほっ・・・こういうのも、たまにはよいものじゃのう!」
メルリアは気分よさそうに忠実に動く者たちを見ている。
「楽しそうな所悪いが、そろそろ向かうぞ」
「それじゃ、私の出番だねぇ」
シュリはメルリアの背中に周り込み、手を触れる。
「宿れ、従順なる翼『シンクロノウス・ウィング』」
メルリアの背中に半透明の蝶の様な羽が四枚出現した。
「お?おお?むう・・・おお!自分では端っこの方しか見えぬが、確かにそれっぽい物が背中にあ
るではないか!」
「それで飛べるよー」
そうは言うが、感覚が無いため、どうやって羽を動かして飛べと言うのだろうか。
「のう、シュリよ・・・」
「飛び方?飛びたいって思えば飛べるよ。自分で思った通りに上昇も下降も移動も出来るから、
一回飛んでみてよ」
「うむ・・・そうか・・・」
それ程便利な魔法があるものなのかとメルリアは半信半疑で言われた通りに頭に思い浮かべ
てみる。
(とりあえず、少しだけ浮いてみようぞ・・・)
ふわっ。思い浮かべた瞬間だった。これはかなり反応速度が速い魔法だ。相当な錬度である
事が伺える。
メルリアは続けて色々と思い浮かべてみる。すると、自分が思い描いた通りの軌道で飛ぶ事
ができた。
「これ程とは・・・!ふおおおおおー!」
最早、身体の一部であるかのようだった。いやむしろ、自分の翼でもこれ程完璧に飛び回る
事など出来ないだろう。これこそまさに『魔法』と言う言葉がぴったりだ。
「うわあ・・・楽しそうに飛び回ってる・・・」
「シュリ、流石は将来の『大魔導士』だな」
「ふん、まだまだ序の口序の口」
一頻り堪能して戻ってきたメルリアと供に、いよいよ海上の城の調査のため、四人は浮島か
ら飛び立った。
今日は運良く雲があまり無いため、飛び回るには易い日だ。そこかしこに海から水を汲み上
げて浮島へ運んでいる人たちが居る。すれ違い様に軽く挨拶を交わしながら飛び行くと、遥か
先に建物が見えてきた。
「あれか・・・!」
「本当に海の上に建ってるの!?」
天使界には、浮島以外に陸地は存在しない。だが、その城は確かに海の上に建っている様に
見える。その部分だけ陸になっているのだろうか?それとも、海底まで続いているのだろうか?
何にせよ、実際に行って見れば分かるだろう。一行は一直線に城へ向かっていく。
「これ・・・でかくない?」
近付くに連れて、その城の大きさが露になってくる。その城は、一つの島かと見紛う程に広
かったのだ。遠目に人の存在も確認できる。一行はそのまま城に降り立ってみる事にした。
いきなり城のど真ん中に降り立つわけにはいかないので、城の端の方の扉は無いが、門の様
になっている所に着地した。降り立つと直ぐに人が現れた。それは間違い無く、竜種であった。
「メルリア様、ようこそ御出で下さいました。『竜王様』はこちらに・・・」
まるで最初からメルリアが来る事が分かっていたかの様に、メルリアだけを奥に案内しよう
としている。
「俺たちは通してくれないのか?」
「なりません」
即答で素っ気無い返事が返ってくる。やはり、最初からメルリアしか通す気は無いようだ。
「どうするの?お兄ちゃん」
「ここで無理に通ろうとして、万が一戦闘になってしまったら俺たちに勝ち目は無い。大人し
くここで待つ他ないだろうな」
この城には恐らく、多くの竜種が居るはずだ。そんな所で竜種を敵に回すのは自殺行為であ
る。飽く迄も調査が目的だ。無理を通す場ではない。
「メルリア、俺たちはここで待つ」
「うむ。行って参る」
メルリアは案内役に連れられ、城の奥へと消えていった。
「この建物・・・やっぱおかしいよねえ」
シュリが突然呟く。
「シュリちゃん、何か気付いたの?」
「気付いたって言うより・・・・・・このお城、つい二、三日前までは影も形も無かったんだよね?
だとしたらさ、こんな大きなお城をこれ程短い時間で建てられるものなのかなって」
しかも、海の上に、である。
「それにさ、これだけの物を作るには、それだけの資材が必要になるよね。でも、下には陸地
なんて無いから、資材は雲の上の浮島まで取りに行かなくちゃ行けない。一体、何往復したら
いいんだろうね・・・」
「竜種の人たちが皆で運べば、どうかな?」
「確かに、それなら往復する回数も大きく減らせるかもね。だけど、そうすると目立っちゃう
んじゃないかな?今回、私たちの所に伝えられた情報は、『見慣れない城がある』っていうだ
けで、竜種を見掛けたとかいう話は無かったよね」
確かに、今は城があるという話を聞き、それを調べるために来ている。竜種が居ると言う話
があって調べに来た訳ではない。竜種が居たというのは結果論である。
「この城は・・・一体何なんだろうねえ・・・・・・」
メルリアにとって「竜王」という言葉は、初めて耳にする言葉であった。だが、その言葉だ
けでどんなものなのかは大体分かる。だれがそれなのかは、幾人か思い当たるため、特定まで
は出来ない。
どれ程歩いただろうか、城内をしきりにキョロキョロ見回していたため、それ程長くは感じ
なかったが、距離としては結構歩いた気がする。そうして辿り着いたのは、島の様な城の中で
最も高い建物の最上階だった。最上階とは言っても、階数にすれば三階なのだが。
その中に通され、そこに待っていたのは姉メアトリスだった。
「メルリア、思っていたより早かったわね」
そのメアトリスはどこかいつもと様子が違っていた。肩の上には見知らぬ紫の生き物が乗っ
ている。
「姉上・・・探したのじゃぞ。大社に来ておった皆に手伝ってもろうてな」
「なんだ・・・やればできるのね・・・」
メアトリスは小さく呟いたが、メルリアは気が付かなかった。
「姉上、どうしてこのような事になっておるのじゃ?竜種の皆もここにおるのかえ?」
「ええ、皆、ここにいるわ。・・・・・・それと、皆をここに集めたのは・・・私よ」
「ほう」
メルリアは全く驚く素振りは無い。何も知らないから仕方が無いか。
「『何故』だったわね・・・・・・」
「姉上?」
メアトリスは俯く。すると、紫の生き物が肩から降りた。
「私・・・『竜王』になったわ・・・」
「おお!凄いではないか!流石は姉上じゃの!」
メルリアは無邪気に笑う。
「そう、凄い役なのよ・・・・・・ねえ、メルリアは私に努められると思う?」
「うむ!勿論じゃ!」
メルリアは即答する。
「そう・・・あなたも、そう言うのね・・・」
次の瞬間、メアトリスの右手がメルリアの左頬を打ち抜いた。
「むぐわっ!?」
メルリアは突然の事に受身も取る事が出来ずに床に倒れ伏した。
「あ、あね・・・うえ・・・?」
メアトリスは倒れ、上体だけを起こして見上げるメルリアを鋭い目つきで見下ろしている。
「この役は、私には向かない・・・だから、大社を離れてここにいるの、居続けるの・・・」
メアトリスはメルリアの胸ぐらを掴み、持ち上げる。
「そうすれば・・・そうしていれば、私は必ず非難され、この役から降ろされる事になる・・・!」
「それが・・・目的じゃと・・・」
「だから、あなたはもう帰りなさい。大社は、あなたを慕う者たちと仕切るなり、滞らせてお
くのも自由よ。好きになさい」
「姉上!」
メルリアは胸ぐらを掴む腕を握り締めてメアトリスを睨みつける。
「本気で・・・そんな事を言っておるのか!『竜王』に向かぬなどと!わしは姉上こそ向いておる
と思っておる!」
「分かったような事を!」
メアトリスはそのままメルリアを壁に押さえつけ、思い切り顔面を殴った。その威力で壁は
崩れ、メルリアはそのまま建物の下、三階の高さから地面に落下した。
「メルリアを外へ連れて行きなさい。それと、客人には帰ってもらいなさい」
「あね・・・うえぇ・・・」
メルリアは抵抗する力も無く、そのまま連れて行かれた。
「スターシャさん、繋いでください」
紫の狐が肩の上に登ってくる。そして、微かに光を放ち始めると、声が聞こえてくる。
「メアトリス?何か用事かしら?」
紫の狐の口から魔王グリムの声が発せられる。その狐を両手で持ち、真正面から見つめなが
ら問いかける。
「グリム様・・・私は間違っているでしょうか・・・」
「間違い、ね・・・・・・それを決めるのはあなた自身よ。あなたはまだ若いわ。間違う事を恐れず、
己が思うように振舞いなさい」
「はい・・・!ありがとうございます!」
メアトリスは顔を上げた。その表情は決意に満ちていた。
メルリアたちは大社に戻り、事の顛末を伝えた。
「えっと、つまり・・・あたしらはどうしたらいいんだ?」
この件を解決するには、その『竜王』を説得すればいいのだろうか?
「その事なんじゃが・・・わしに考える時間をくれぬか?」
メルリアが非常に真剣な面持ちをしている。こんな表情を今まで見たことは無かった。身内
の事だからだろうか?いや、それだけとは思えない。もっと、何か思うところがあるのだろう。
「ああ、そうだな。どうするかはメルリアに一任する。みんなはそれでいいか?」
だれも反対する者は居ない。
「すまぬな。なるべく早く答えを出すつもりじゃ・・・」
メルリアは自分の部屋に戻っていった。
「よし!特訓でもするか!どうせ、あたしらにやれる事は無いんだしな!」
バンリは先程の空気からもう切り替えている。
「あれ?バンリちゃん、なにかなやんでたんじゃないの?」
「いいんだよ、もう。今は無性に身体を動かしたいんだよ!」
バンリは力が有り余っているかのように足をじたばたさせている。
「そうだね!特訓、手伝うよ!」
セイムも乗り気だ。それに釣られるように、皆も明るくなる。
「じゃあ、俺たちは皆に事情を説明して回ろう」
「そうだね。勝手に何かされても困るし」
それぞれが、自分に出来る事を見つけ、動き出した。
メルリアの部屋は以前、六つ年上である姉メアトリスと共同で使っていた時期があった。そ
れはメルリアが子供の頃の話で、メルリアが大人になった時、メアトリスには新しい部屋が与
えられ、実質二人で使っていた部屋はメルリアのものとなった。その部屋にはその当時の名残
を感じさせる物がある。
二段ベッド。メルリアがどうしても上で寝たいと散々駄々を捏ね、散々危ないからと注意さ
れたにもかかわらず、駄々を押し通して勝ち取ったが、その夜に案の定、落下して大泣きして
しまった。それ以来、上で寝た事は一度も無い。
「いやじゃ!いやじゃ!わちはうえがいいのじゃー!」
四歳くらいだっただろうか、それまでは母や父と眠っていたメルリアが初めて親の傍を離れ
て眠る事になった日、メアトリスの部屋に二段ベッドが運び込まれた。
「メル!いい加減にしろ!危ないから駄目だっつってんだろ!」
「いやじゃ~・・・うえが、うえがいいんじゃ~・・・えぐっ」
仕舞いには涙を流しながら駄々を捏ねる。メアトリスは心底うっとおしそうな顔をしていた。
騒ぎを聞きつけた父親が部屋に入って来る。
「どうだ?やっぱり上手くいかんか?」
「親父、上がいいとかほざきやがって、聞く耳もたねえんだよ・・・どうにかしてくれ・・・」
「ぢぢうえ~!」
メルリアは父親を見るや否や直ぐに泣きついた。
「・・・なあ、メア」
「あん?」
「このまま無理やり下で寝るよう説得してもいいが、そうすると・・・一晩中泣き続けるかもしれ
んぞ?」
もしそうなれば、煩くて眠れなくなる恐れがある。それだけでメアトリスの方を説得するに
は十分だった。
「はあ・・・でもどうすんだ?怪我してもしらねえぞ?」
「下に柔らかい布団でも敷いておくか」
結局、落下予測地点に布団を敷き、メルリアは上に寝かせてもらえる事になった。
「よ、よいのか!?」
「ああ・・・だが、落っこちたらもう駄目だからな。下で寝てもらうぞ」
「おお・・・!」
メルリアは眼をキラキラと輝かせ、危なっかしい足取りで上の段に上がった。念願の上に到
着すると、より眼の輝きが増した。高い所から見下ろす部屋はとても新鮮で、自分が大きくな
った様な気がして無性に嬉しかった。立ち上がれば何と、今まではいくら頑張っても届く気が
しなかった天井に手が届いたのだ。夢のような気持ちだった。
「うるせえぞ!早く寝ろ!」
その嬉嬉とした感情は知らず知らずの内に口から漏れていたらしく、真下から姉の怒鳴り声
が聞こえてきた。
このままでは最悪、引き摺り下ろされると危機を感じたメルリアは大人しく横になり、しば
らくじぃ~っと天井の木目を眺めていた。そしていつしか、眠りについていた。
突然、身体が宙に浮いているかの様な感覚を覚える。と、次の瞬間、身体全身に衝撃が奔る。
突如として訪れた、全身に深く染み込む様な痛みに得も知れぬ恐怖を感じ、メルリアは泣き出
してしまった。
「はあ~・・・やっぱりじゃねえか・・・」
下に居たはずの姉が斜め上から顔を出し、メルリアを抱きかかえた。
「何処だ?何処が痛い?」
「う、うう・・・ぜんぶ・・・」
「そうか」
メアトリスは溜め息を付きながらも、メルリアの頭を、背中を優しく撫で続けてくれた。
しばらくしてメルリアはようやく泣き止み、落ち着いた。
「さあ、そろそろ寝ないとな」
メアトリスは当たり前のようにメルリアを下のベッドへ降ろそうとする。
「い、いやじゃ!」
「お前・・・オレ、言ったよな?落っこちたらもう駄目だって」
それでもメルリアはぐずりにぐずった。埒が明かないと悟ったメアトリスはメルリアを上に
降ろした。そして、
「はあ・・・狭いが、これで落ちないな。メル、今晩だけだからな」
メアトリス自身も上に横になった。メルリアを守る様に。
「あねうえぇ・・・・・・だいしゅきじゃあ・・・」
「はいはい」
その日、姉にくっついて眠ったその日の事は幸せな思い出として鮮明に覚えている。
補修痕の残る壁や床。姉妹喧嘩をする度にメルリアが殴り飛ばされて、その度に壁や床を突
き抜けるため、いたる所にその戦の痕が残っている。
喧嘩の火種はいつもメルリアだった。何かと我侭を言い、姉を困らせ、度が過ぎると殴り飛
ばされる、そんな日々だった。
例えば、メルリアが姉の使っている物を自分も使いたいと駄々を捏ねた事があった。その中
の一つ、鉛筆の時は
「あねうえ~・・・それ、わちにもつかわせてたもれ~」
「だめだ。自分のやつがあんだろ。それ使えばいいじゃねえか」
「いやじゃ!あねうえのがいいのじゃ~」
同じ種類の物ではなく、姉が使っている物その物が使いたかったのだ。姉が勉強のために毎
日使っていたそれを、メルリアは使いたかった。それを使って、自分の思うままに何でも描き
たかったのだ。
姉は複数の鉛筆を持っていたが、いつも我侭なメルリアの我侭を躾のため、これ以上許さな
い方がいいと思ったのだろう、メルリアに貸そうとはしなかった。
勿論、そんな心など知る由もないメルリアは、たまたま姉が部屋に居ない時に鉛筆の事を思
い出し、手に取った。念願の「姉の鉛筆」を手に入れたメルリアは、手近にあった紙、あろう
事か、姉が勉強に使っているノートという紙の束に描き始めてしまった。
当然、部屋に戻ってきた姉は怒号を飛ばした。
「メルーーー!」
鉛筆を振るう腕を掴み、被害状況を確認する。判決「有罪」。刑罰「右ストレート」。およ
そ二、三秒にわたる裁判だった。姉の拳が執行猶予なしでメルリアの頬を打ち抜いた。
殴り飛ばされたメルリアの頭が壁を貫いた。幸い、壁の向こうには落ちず、頭だけ外に出て
いる状態で静止した。そして当然、その不穏な音は親の耳に届き、飛ぶように部屋に走り込ん
で来る。
「メアトリス!またか!」
飛んできた父親はメルリアを抱きかかえる。そして、冷静に問いかける。
「今度はどうした?」
「・・・・・・」
メアトリスは何も言わず、無惨に落書きされたノートを見せた。
「メア、起こる気持ちは分かるが・・・な?」
メアトリスはやはり何も言わず、黙々と落書きを消し始める。その表情は、怒っているとい
うより、反省している様に見えた。
メルリアはその姿を見て、流石に悪い事をしたと思った。だから、
「あ、あねうえ・・・ごめんなさい・・・・・・」
自分に出来る精一杯の謝罪をしようと思い、その日の自分の分のおやつを差し出した。
「・・・半分だ」
「あねうえ?」
「オレは今お腹が空いてない。だから、半分でいい」
そう言うと、大雑把に二つに分け、当然の様に大きい方をメルリアに差し出した。
「あ、あねう」
真意を問いかける前に、姉は小さい方をあっという間に口に放り込み、さっさと机に向かい、
黙々と勉強を始めた。
メルリアは姉メアトリスを嫌う事は一度も無かった。
怒ると怖いし、何度も殴られて痛い思いもしている。大体の原因が自分にあるのもそうだが、
それ以上に姉は温かかった。それに、真っ直ぐなかっこよさが、覇気があった。
間違いなく、メルリアにとって姉メアトリスは、全世界一の自慢姉だった。
それは今も変わらない。だが、今の姉にはかつての覇気がなかった。迷い、恐れている様に
見えた。だから、メルリアは決めた。
翌日、チームだけではなく、自分を慕ってくれる者たちに集まってもらった。そして、自分
の想いを打ち明ける。
「皆よ、これからわしは、我侭を言う。すまぬが、聞いてたもれ!」
聴衆は少しざわついたが、直ぐに静かになった。
「わしは近く・・・・・・我が姉メアトリスに・・・喧嘩を売りに行く!」
今度は大きくざわめく。
「恐らく、皆はもう今の竜種の状況を知っておる事じゃろう。わしも竜種じゃが、喧嘩を売り
に行く以上、わし一人では姉上のもとに辿り着く事も出来ぬかも知れぬ」
メルリアは膝を折り、床に跪く。
「じゃから、頼む!皆の力を貸してたもれ!・・・これは、わし個人の喧嘩じゃし、相手は竜種。
怪我もするじゃろうし、わしから皆に返せるものも今は思いつかぬ・・・・・・じゃが!わしはどう
しても姉上を・・・姉上に伝えたい事があるのじゃ!わしの大切な姉上を・・・取り戻したいのじゃ!
頼む!わしと共に戦ってたもれ!」
メルリアはそのまま頭を垂れ、床に付けた。
静まり返ったその場。その中、ぽつりと言葉が聞こえる。
「確か、海の上だったよな?まずは、足場をどうするか考えないとな」
その言葉に続き、次々とそこらじゅうから言葉が聞こえてくる。
「凍らせるのが一般的じゃない?」
「でも、それだと滑って戦いにくいんじゃ・・・」
「シュリちゃんならどうにか出来ない?」
「いや~ムリムリ。そんな広い範囲をなんて私の魔力じゃあ、全然足りないよ~」
「魔力さえあれば、出来はするんだな?」
聞こえてくる言葉はどれも、前向きな言葉ばかりだった。メルリアは驚き、頭を上げる
「み、皆よ・・・よいのか・・・!?」
聴衆は静まり返り、皆、メルリアの方を見る。強い眼差しで見る者、笑顔を向けるもの、皆
が心強い表情をしている。
「当然です!貴方様の想いを聴き、共に戦う事を渋る者など、ここにはおりません!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
皆が大きな歓声を上げる。メルリアは目から溢れ出しそうになる熱い気持ちを拭い、立ち上
がる。
「すまぬ!恩に着る!」
力強く立ち上がったメルリアを見て、再び大きな歓声が上がる。そんな中、頭を傾けながら
考えていたハワーがぽつりと呟く。
「リンナさんにおねがいできないかなあ?」
その言葉に歓声は止み、静まり返る。そして、ざわざわし始めた。
「り、リンナってまさか・・・あの・・・?」
「へ、『平和の象徴』のリンナ様!?」
「そ、そんな・・・私たちにとって雲の上の存在たるあの御方が・・・!」
「う、うそ・・・もしかして・・・リンナ様と一緒に戦えたりとか・・・!?」
「そ、そんなもんお前・・・・・・最高じゃねーか!」
「リンナ様が居たら、魔力百倍だぜーーー!」
希望に満ち溢れる声が辺りに次々と響き渡る。
「ハワー、期待させた罪は重いぞ?」
「うん?」
ハワーに危機感は無い。
「早いとこ説得に行かないと!・・・でも、今は何処にいらっしゃるのか・・・」
全く検討もつかない。だが、今日のハワーは冷静だった。
「インフォルマさんのとこできいてみればいいとおもうよ?おともだちだし」
「そうか!シュリ!大急ぎだ!」
「え?私?」
シュリは少し腑に落ちない気もしたが、まあいいやと直ぐにハワーを連れて向かって行った。
「何だか騒がしくしてると思ったら、そんな事になってたのね」
『育みの象徴』インフォルマはハワーの言葉を簡単に信じた。
「いいわよ。リンナ様に話をしてみるわね」
「どこにいるんですか?」
「知らない」
即答。何処にいるかなど問題ではないかのようだ。
「サラード、お願い」
「はい、ただいま」
強化獣人サラード。彼は人に直接音を届ける事が出来る。どれだけ離れていようとも、鮮明
に思い浮かべる事が出来る人物であれば問題ないのである。
「ちわーっす!リンナ様!」
「きゃあああああ!?」
ちなみに、相手から帰ってくる音はサラードにしか聞こえない。
「煩いです、リンナ様」
「う、う、煩いって!・・・はあ、はあ・・・いきなり直接脳内に大声で話しかけてくるの止めてっ
て言いましたよね!?」
「すんませーん、急ぎの用だったもんでー」
全く悪びれていない。傍から見ていると、腹を抱えて机をバンバン叩いているだけである。
「い・・・急ぎの用、ですか?」
「そうなんすよ。えっと、覚えてます?ハワーって言う名前の兎種の子供なんですけど」
「・・・ええ、兎種は珍しいですからね、覚えてますよ」
その後はどうやら悪ふざけをする事無く話をしてくれたようだ。
「よし、終わり!ハワーちゃん、とりあえずだけど、リンナ様がこっちに来てくれるみたいだ
からまっててね」
「はい!ありがとうおじちゃん!」
「ははは・・・おじちゃんかー、元気だなー最近の子供はー・・・はあ・・・」
サラードは笑顔のまま溜め息を付いた。
リンナは直ぐに到着し、事の発端であるメルリアから直接話を聴きたいというので、大社に
戻る事となった。
リンナを連れて大社に戻ると、かつて無いほどの大歓声が巻き起こった。ひたすら歓声を上
げ続ける者、跪いて頭を垂れる者、涙する者さえ居た。そんな大混乱の中、リンナは驚く様子
も無く、堂々と皆の前を時折手を振って歓声に答えながら歩き、メルリアの元に立ち止まった。
「初めまして、リンナと申します。お話を聴かせてもらえますか?」
メルリアはリンナの存在感に少々驚いた様子だったが、直ぐに想いを伝えた。
リンナは真っ直ぐメルリアの眼を見つめながら真剣な面持ちで最後まで聴いていた。メルリ
アも、信用できる心強い者であると悟ったのか、眼を反らす事無く想いを伝え切った。
リンナは一度目を閉じ、そして強く開いた。
「分かりました。貴方のその喧嘩、成し遂げられる様、私も尽力しましょう!」
その答えに真っ先に声を上げたのは周りの皆だった。
「うおおおおー!」
雄叫びを上げる者。
「よもや・・・現実となるとは・・・!」
動悸がするのか、心臓の辺りを押さえている者。
「リンナ様ーーー!」
憧れの相手に手を振る者。
「兎ちゃーん、ありがとーーー!」
「ちゃんだと!?様を付けんか馬鹿者が!兎様ーーー!」
「ハワー様ーーー!」
いつしか、言い出しっぺであるハワーまでも英雄のような扱いになってきている。その歓声
にハワーも答える。
「みんなー!いっしょにがんばろーねーーー!」
「「「おおおおおーーー!!!」」」
もはや狂喜であり、狂気さえ感じるこの場に、メルリアは圧倒されそうになる。だが、心底
心強い仲間たちだ。
決戦は明日。己の全てをぶつけると、メルリアは自分自身に誓った。




