初めての依頼?
依頼者ポンを加えた五人は、採掘場の近くの町「マテリル」を訪れた。採掘に使う道具を揃
えるためだ。五人の先頭を歩く小柄なポンは、町に着いてからどこか、縮こまって目立たない
様にしているように伺える。元々恥ずかしがりやな人だからな、と思っていると、ポンの事に
気が付いた、体格のいい男性がにこやかに寄って来る。
「ポンさん!ようこそいらっしゃいました!今日は採掘ですかい?」
「は、はい・・・」
そこに、間髪を容れずに別の人物が声を掛けてくる。
「ポンちゃん!あなたの作ってくれた道具、どれも使いやすくて長持ちするし、すごく助かっ
てるわ~!」
「家もだよ。打ち直してもらったら、もう~別物みたいに使いやすくなっちゃって、すごい驚
いたよ」
「俺にも作ってくれー!」
わらわらと人が集まってきて、あっという間に囲まれてしまう。ポンに掛けられる言葉はど
れも感謝や、作って欲しいと言った依頼の言葉ばかりだ。中には、お礼としてお菓子や料理を
渡してくる者もいる。対するポンだが、必死に返答をしようと試みるも、次から次へと降って
来る言葉の前に、次第に声が小さくなっていき、仕舞いには俯いてしまった。
「ああ、すんません、ポンさん!お邪魔しちまいやしたね」
最初に話しかけてきた男が散らばるように声を掛けると、集まっていた人たちは一斉にその
場から立ち去っていった。
「ポンさん、ほんとすんませんでした!皆、ポンさんに感謝してるってえ事で、許してくんな」
「は、はい・・・」
男はその返事を聞くと、一礼して去って行った。
「ポンさん・・・すごい人気っすね・・・」
「うん・・・すっごくびっくりしたよ・・・」
驚き呆けている二人に対し、ポンは渋い顔をしている。
「苦手、なんですね」
「分かってはいます・・・あの方たちに悪気は無いと・・・。これは、私自身の問題です・・・」
「ふむ」
ドゴーン!メルリアが長くて強靭な尻尾を地面に打ち付けて鳴らす。その音に反応してずっ
と俯いていたポンが顔を上げた。
「ゆくぞ!ほれ、道具を揃えねばならぬのじゃろ?」
顔を上げたポンにメルリアが笑顔で手を差し出す。その笑顔に思わずポンもつられて笑顔に
なった。
「はい、行きましょう。ぐずぐずしていたら日が暮れてしまいますね」
道具を借りられる場所は露店になっていた。いくつもの荷車が並べられており、その中に採
掘に必要となるだろう道具も一緒に入れられている。
「あの!五人分、お借りしたいのですが・・・」
その露店の管理者は一台の台車を指差す。
「んじゃあ、この台車になるね。気を付けて行ってらっしゃいな!」
「ありがとうございます」
これだけで終わりだった。一分も経たずに五人分の道具が借りられてしまった。
「ここには鍛冶場がたくさんありますから、直ぐに採掘に行けるようになってるんです」
こうして立ち話をしている間にも、別の人たちが荷車を借りて採掘場へ向かって行く。
「言い忘れていましたが、一日に採掘できる量が決まっていますので、少し急ぎましょう」
そう言うとポンは荷車を引こうと手を掛ける。
「あ!荷車引きますよ」
バンリが名乗り出る。
「いえ、採掘を手伝って頂くわけですし・・・」
「いえいえ、身体を鍛えたいと思ってるんで、譲ってくださると・・・」
「成程、そうでしたか。では、お願いします・・・」
よし!と気合を入れ、荷車をぐっと引く。だが、力を入れた割には殆ど動かない。
「あ、あれ・・・?」
もう一度、大きく息を吸い、思い切り力を込める。ようやく少し動き出したはいいが、他の
人よりも明らかに遅く、後から来た人に抜かれて行く。
「ぐ・・・ぐぞー!」
他の人を見ると、それ程力を入れているようには見えない。この荷車、壊れているのだろう
かと不審に思い、一度止める。
「はあ、はあ、ポンさん・・・これ、壊れてるんじゃ・・・重すぎますよ・・・いくらなんでも・・・」
「はい、重いですよ?車止めが付いたままですから」
「なん・・・だと・・・」
車輪を確認してみると、確かに車輪が回らないように固定されていた。
「は、は・・・早く言って下さいよー!」
「やっぱりそうだったんだ・・・さっきからしゃりんがまわってないなーっておもってたよ」
「気付いてたなら言えよ!」
「鍛えたいと仰っていたので・・・すいません・・・どうしますか・・・?」
「もちろんはずすよ!」
車止めをはずすと、さっきまでの重さが嘘のように、ガラガラと軽快な音を立てて前へ進み
始めた。正直、軽すぎる程で、確かにこれでは鍛えられそうにない。
「むう・・・」
複雑な気持ちを抱きながら採掘場へ向かう。
「これは・・・凄いのう・・・」
「大きいですね・・・」
採掘場だと言う場所は、大きな穴が開いている地形をしており、かなりの深さがある。
「皆さん、下の方まで降りましょう」
「ん?途中で採掘はせんのかの?」
下まで降りるのは中々大変そうで、途中にいくつもある段で採掘した方が早そうだ。
「駄目ですよ。他の方々が掘っている段より上で採掘してしまうと、落ちた鉱石が下の人に当
たって怪我をさせてしまいます」
言われて見ると、今採掘をしている人たちを見ると、皆が皆同じ段で採掘している。
「基本的に、上から採掘して行き、無くなったら一つ下の段へと降りて行く事になります」
「なるほど・・・」
「では、ここからはヘルメットをして下さい。尚、下へ降りる時は、坂道になっていますので、
荷車は押さえながらゆっくり降りますよ」
一段、二段と下の方へと降りて行く。その途中でまだ採掘されていない鉱石がいくつも目に
止まる。
「あの、全部採掘し終わってから、下の段に行く訳じゃ無いんですね。結構大きいのも残って
いるみたいなんすけど」
「ええ、大体取り終えたら下の段へいくことになりますし・・・」
他にも何か理由がありそうな口ぶりだが、中々その理由が聞こえてこない。
「何じゃ?もったいぶっておるのか?」
「いえ、そういう訳では・・・」
「ならば言うてみよ」
ポンは少し間を空けてから口を開く。
「はい。簡単に言えば、この辺りに住んでいる妖怪が関係しているんです・・・」
「妖怪・・・確か、自然界に影響を及ぼす力があるのでしたか・・・」
「はい。存在するだけで影響を及ぼします。・・・その妖怪は、とても強い『金気』の力を持って
いるのです。それにより、この辺り一帯では金属が自然に生まれてくるのです。しかも、とて
も早い期間で・・・」
「それじゃあ・・・」
あの鉱石は新しく生まれたという可能性があるのだろうか。もし、全て採った後に下の段に
降りていたとしたら、相当な速さで生まれている事になる。
「それ程までに強い力を持った妖怪がおるのじゃな」
「『大妖怪』クラス・・・」
「そ、それでですね、一番下の採掘が終わったら、また一番上から採掘していきます」
「そっか。こんくらい生まれるのが早かったら、順番に繰り返し採掘していけるんだな」
そうこう言っている内に、採掘する予定の段に到着した。
「それじゃあまず採掘する鉱石の見分け方ですが、先程も見分けられていたみたいなので、簡
単に言いますね。この岩肌から盛り上がってきている物を採り、出来るだけ掘り進んだりしな
いように気を付けて下さい」
岩肌から飛び出てきている物がたくさんあった。これだけあれば確かに、掘り進む必要もな
さそうだ。
「続いて、道具になりますが、この小さなピックを使います」
確かに小さい。採掘だから、もっと大きなつるはしでもえんやこらと振るうのかと思ってい
たが、このピックはまるで草刈鎌程度の大きさしかない。
「これをこうやって、鉱石の周りを崩して・・・」
ポロリ。いとも簡単にとれてしまった。
「大体はこんな感じ・・・です・・・」
「かんたんそう!」
「だな!」
「はい。ここでの採掘方法は特殊で、簡単に採れます。ですが、他の採掘場では本来のやり方
でやる必要がありますので・・・」
「じゃが、ここでは今のでよいのであろう?ならば、さっさと始めようではないか!」
一行は別れて採掘を開始する。
「ポンちゃん!」
「何でしょう?」
「これ、ながいみたいだよ?」
ハワーが採掘しようとしている鉱石は、岩の奥まで続いていて、気持ちよく取り出すことは
出来なさそうだ。
「そういう場合はですね・・・」
ポンは別の二種類の道具を取り出す。
「この『楔』と『槌』を使います。まず、この楔の尖っている方を鉱石に宛がいます。今度は
この槌で楔を上から軽く打ちます」
コンコンと楔を叩くと、鉱石は見事に割れた。
「こういう鉱石は今のように割ってしまって下さい」
「はーい!いまの、なんかたのしそう!」
四人は余程楽しいのか、夢中で鉱石を掘り続けていた。そのおかげで順調に鉱石は集められ、
ポンが終わりの合図をする。
「えー?もうおわり?」
「結構楽しかったな!」
「もっとやりたいくらいじゃのう・・・」
「新しい事は楽しい・・・」
かなり好評だったようだ。皆、道具を離さず、まだやりたそうにしている。
「お気持ちは分かりますが、もう十分ですので・・・それに、これ以上は荷車を上げるのが大変に
なるので・・・」
仕方が無いといった表情で道具を置いた。そして、行き同様にバンリが引き上げる。だが、
鉱石を積んで重さを増した荷車は非常に重い。おまけに、坂をいくつも上らなければならない
のである。
「う、ぐうう~~~」
坂道での重さは車輪止めが掛かっていた時より遥かに重かった。むしろ、前に進むどころか、
気を抜くと坂を下っていってしまいそうになる。後ろではメルリアとワンコが支えてくれてい
るので何とかなっている。
やっとの思いで上まで辿り着いた頃には、バンリはもう立っている事も出来ないほどへとへ
とになっていた。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ・・・」
「お疲れ様でした、バンリさん」
「へへ・・・」
どうってことないと言いたげな表情をしている。
「これでおわりなのかな?」
「鍛冶に使うにはまだやらないといけない事があるのですが、クエストの内容で言えば、もう
達成していただいた事になりますね」
「そうなんだ」
「それでは・・・バンリさん」
ワンコが催促すると、バンリは折りたたんだ依頼書を取り出した。と、その時だった。横か
ら突然、声が割り込んでくる。
「あなたが、ポンと言う名の鍛冶師ですか?」
白衣を着たその女性が割り込んできた張本人の様だ。四人を従えている。
「あ!」
バンリは後ろの四人の内、一人の顔を見て声を上げる。
「ああ!バンリちゃん!こんなところで会うなんて奇遇だね!」
「シュリさん!」
その人はバンリが住んでいる集合住宅の一員であるシュリだった。
「だまって!」
白衣の女性に叱責され、二人は黙った。
「な、なにか・・・御用でしょうか・・・?」
「あなたは、かなり鍛冶の腕が良いと聞いてます」
「は、はあ・・・」
「これを造って欲しいんです」
女性は一枚の紙を手渡す。そこには何かの設計図が描かれていた。
「これは・・・」
「あなたなら、出来るのでは?」
その設計図を見ると、かなり細かい部品が大量に必要そうだった。恐らく、この部品を頼ま
れているのだろう。
「・・・何の・・・設計図ですか・・・?」
「これがあれば、人々の生活を便利に、豊かにする事が出来るんです!」
女性は自信に満ちた顔で熱く語る。
「生活が便利になれば、余計な労力を費やす必要も無くなり、時間に余裕が出来るんですよ!
限られた時間しか生きられない私たちにとって、それはとても大きな事だとは思いませんか?
思うでしょう!」
生き生きしている女性に対し、ポンは俯いたままだった。そして、ポンは返事をする。
「お断りします!」
いつものポンとは違い、その返事の声は大きくはっきりしていた。
「何故!?どうしてなの!?」
「私にはこの精密な部品を寸分の狂い無く造り出す事は出来ません。それに・・・」
ポンは女性の目を強い眼差しで見る。
「例え、私に造り出す事が出来る力があったとしても、絶対にお受けする事はありません!」
「どうして・・・」
女性の顔は一転して失望の様相を呈する。
「どうして、誰も分かってくれないの?どうして・・・科学の可能性を生かそうとしないの・・・?」
「あなたは、本当に『科学者』ですか?」
その言葉に女性は目を大きく見開いた。
「何て・・・言ったの・・・」
明らかに怒っている。だが、ポンは決して目を逸らさない。
「あなたは、もはや科学者ではありません!」
「何ですって・・・!」
女性はポンの胸ぐらを掴む。
「止めるのじゃ!」
メルリアが女性の腕を胸ぐらからはずし、間に割って入る。
「邪魔しないで、部外者が!」
「部外者ではないのじゃ。ポンは依頼主じゃからの」
「依頼・・・」
女性はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「・・・『スパイラル』依頼よ、この鍛冶師を私の研究室まで連れて行きなさい!」
「あ、出番?」
女性の後ろに控えていた四人の内の一人、暇そうにしていた狐種の若い女性が前に出てくる。
「待って下さい!私が例え連れて行かれようとも、造る気はありませんよ!」
「あなたには、私の考えている事の素晴らしさをもっと話さなければいけないみたいですから」
「・・・何だか穏やかじゃない感じだな・・・」
「お!じゃあ、戦う?」
狐種の女性は拳を構え、二度三度振るってみせる。様子を見ていた四人の内の一人である天
使族の男性が戦う気マンマンの狐種の女性の肩を掴み、制止を促す。
「セイム。気を長く持て。今回は戦う依頼ではないんだ。」
「ぶー」
狐種の女性セイムは口を尖らせ不満そうに後ろに下がった。
「申し訳ない。事を荒げる様な真似はするつもりはない。ポン殿、あなたの身の安全は保障し
ます。なので一先ず、ご同行願います」
ポンは天使族の男性の眼をじっと見た後、信用できると判断したのか、応じる事にした。
「・・・分かりました・・・」
「お兄ちゃん!」
男性の後ろから天使族の女性が小声で耳打ちするように話しかけてくる。
「ちゃんと自己紹介しないと失礼でしょ!」
「あ・・・い、いや、忘れて無いぞ?これからするつもりだったし!」
「へーそうなんだー」
声に全く抑揚が無い。
「ぽ、ポン殿!申し遅れましたが、私はカイエルです。で、こっちが妹のメイエル。さっきの
狐はセイムで、そっちの猫がシュリです」
「紹介の仕方!もう・・・まあいいや。私たちは『スパイラル』というチームで、こちらの科学者
のゲラーハイトさんの依頼を受けて来たんですよ」
「・・・・・・ゲラーハイトです・・・申し遅れました・・・」
「もうご存知でしょうが、私はポン、です。それで、こちらの四人は、私の依頼を受けてくだ
さった方たちです」
「チーム『ハイラント』だよ。よろしくね!」
「よろしくー!可愛いね、うさぎちゃん!」
「えへへ・・・きつねちゃんもかわいいよ~」
どうやら、ハワーとセイムは互いに近しいものを感じたらしく、あっという間に意気投合し
て互いに頬をつっつき合っている。
「・・・とりあえず、行きましょうか」
「はい」
「待ってくれ!」
バンリが呼び止める。
「私たちも付いていく!」
「どうして?」
「まだ依頼書にサイン貰って無いし・・・」
「このままさよならするのものう・・・」
「・・・分かりました。あなたたちにも聴いて貰う事は私にとってもプラスになりそうですし、付
いてきなさい」
依頼者二人に依頼を受けたチームが二組。いつの間にか合計十人と言う大所帯になっている。
「ポンさん、採掘した鉱石はどうしますか?」
「あ」
忘れてた。
「えと、ゲラー・・・さん?一度、この鉱石を私の家まで運んでからでもいいですか・・・?」
「仕方がありませんね。ただし、こちらも手伝いますから、早急に済ませますよ」
「ありがとうございます!助かります・・・」
育みの里。バンリとハワーにとってはついこの間に来たばかりで、今は会う事が出来ない友
の事を思い出させる。だが、湧き出てくるのは悲しみの感情ではなく、むしろ次に合う時にど
んな話をして、どんな遊びをしようかという、楽しみな気持ちばかりだ。
一方、ワンコにとっては昨日出てきたばかりだ。こんなにも早く戻ってきてしまった事に、
嬉しさと来てよかったのだろうかという気持ちで非常に複雑な心境だった。おまけに、彼女の
研究室にこれからいくのだ。同じ研究開発棟にあるため、まず間違いなく会う事になるだろう。
「ワンコ?どうしたのじゃ、置いて行くぞ?」
「・・・今行きます」
ゲラーハイトの所属する「研究開発五班」は、この棟の一番奥の部屋にあった。
「うわあ・・・ひ、ひろーい・・・!」
その部屋は非常に広く、たくさんの白衣を着た科学者たちが働いている。
「こんなにも・・・五班は人が多いのですね」
「五班は?あなた、一班しか知らないのね。二班から五班はこんな感じよ。一班だけが特別で、
少人数なのよ・・・ほんと、どうしてあの班だけ・・・」
一班の事を思い出すと頭に来るらしく、怒りの感情が顔に出てしまっている。彼女に気が付
いた科学者の一人が近寄ってくる。
「ゲラー、どうした?そんな大所帯で」
「班長、空き部屋を使わせてもらってもいいですか?」
「んー?まあ、お客さんみたいだし、構わんが・・・ちゃんともてなせるのか?お前一人で」
「班長、その話は・・・今は急いでいますので」
「んー?そうか。皆さん、何かご無礼があったらすいませんね。こいつはそういうの得意じゃ
ないんでね。でも、真面目で人一倍働き者なんで、悪く思わないでやって下さい」
「班長!」
「あーはいはいすまんすまん。ほれ、鍵だ」
「お借りします。行きますよ」
ゲラーハイトは鍵を受け取るとそそくさと研究室を出て行く。
「ゲラー!手ぶらでいいのか?」
「む」
ゲラーハイトはピタリと立ち止まったと思ったら、踵を返して戻ってくる。
「ほんと、お前は一つの事だけで頭一杯になっちまうからなあ」
「・・・・・・」
ゲラーハイトは班長とすれ違い様にキッ!と鋭い眼で睨みつける。自分の机からいくつかの
書類を選んで研究室を出た。
空き部屋は研究室とは違ってそれほど広くは無い。部屋の隅には、使われていない椅子やら
机やらが並べられている。余った空間に人数分の椅子を並べる。ゲラー一人に九人が向かい合
う形で並べられた。そして、唐突に話始める。
「皆さんは、今の生活において、不便だと感じる事はありませんか?当然あるでしょう!実際
『第三次象徴大戦』より前の時代は、今よりも遥かに高度な文明を築いていました」
「『ぶんめい』って?」
ハワーは首を傾げる
「生活水準の事です。その頃は、便利な機械が世に溢れていましたし、『お金』という概念も
存在していました」
「『おかね』って?」
ハワーはまたも首を傾げる。
「・・・『お金』とは、物を手に入れるのに必要な物で、そのお金と物を交換する事で欲しい物を
手に入れる事が出来るのです」
「どうやっててにいれるの?」
ハワーは三度首を傾げる。
「・・・・・・お金は、仕事をする事で手に入れる事が出来ます」
「おしごとしないとてにはいらないの?」
ハワーは(以下略)。
「・・・・・・・・・『働かざる者食うべからず』という事です」
「なんかいやだね、そういうの。たのしくおしごとできなさそう。それに、おかねがないとも
のがてにはいらないって、おかねのとりあいになっちゃいそうだよね」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんなのあったら、みんなけんかしちゃうよー!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ゲラーハイトは思った様に話を進められず、イラつきを見せ始めている。
「そ・れ・で!ですね、その頃にはあった機械を今、お金はともかく再び造り出すべきだと思
うのです」
「なんで?」
「あの頃とは違い、今は複数の世界が繋がって、人の数が著しく増えました。その今だからこ
そ、かつての便利な機械が多くの人の役に立つのです!」
「どんなのがあったの?」
ゲラーハイトは待ってましたと言わんばかりに持ってきた書類を手に取る。
「例えば、複数の人を乗せて猛スピードで移動できる『自動車』。これがあれば、この広い世
界の移動時間を短縮出来ます。ちなみに、地面を走る『自動車』、空を飛ぶ『飛行機』、海の
上を行く『船』など、様々な乗り物があります!」
ゲラーハイトは唯一反応を返してくれるハワーの言葉を待つ。ハワーは今度は少し考えてい
る様で、う~んと唸っている。そして、少し考えて答えが出たのか、口を開く。
「のりものってたのしそうでいいね!」
「そうです!それらはただの移動手段というだけでなく、そういった楽しさの面でも活用する
事が出来るのです!」
「でも、いらないや」
ゲラーハイトは言葉に詰まる。
「ど、どうしてです?」
「おそとはじぶんのあしであるきたいし、すっごくはやいんでしょ?そんなのがいっぱいはし
ってたら、あぶないよー」
「そ、その辺りは規則を作って・・・」
「きそく?なんだかむずかしそうだね。わたしだったらやるきでないなー」
確かに、この世界に住む人々はあの頃と比べてもとても自由で、のびのびと生活している。
今になって新しい規則とか言って、受け入れてもらえるとは考え難い。生活に必須であるなら
まだしも、現時点で普通に生活出来ている以上、必須だと言う事は出来ない。
「で、ではこっちの・・・持ち運びが出来る電話はどうでしょう?これがあれば、いつでもどこで
も話したい時に話す事が出来るようになりますよ。おまけに、この機器は使い方が今ある電話
とほぼ変わりません。これならば、新たに覚える事も最小限で済みますよ」
ハワーは目を閉じて考えている。ゲラーハイトはいつの間にか、たった子供一人に対し、ど
んな答えが返ってくるのかどきどきしてしまっている。
「それってひつようなの?」
「た、例えばですね、突然大切な用事が出来てしまった時とか、相手が今どこに居るのか分か
らない時とか、相手の声を聞きたくなった時とか、直接その相手に掛ける事が出来るので、い
ろいろ活躍する場面がありますよ!」
「ふ~ん・・・でもさあ、でんわ、かしてもらえるよね。たのめばひともさがしてもらえるし」
電話はどの住宅にもあり、頼めば貸してもらう事が出来、断るような人などほぼいない。人
探しにしても、人を探す事を生業としている機関があり、電話をして頼めば基本的には可及的
速やかに見つけて連絡してもらえるのだ。
「それにさ、そのでんわって、もちあるかなきゃいけないんでしょ?」
「・・・そうですね」
「だったらさ、おとしちゃったりとか、こわしちゃったりとかしちゃいそうだよね」
「・・・・・・そうですね・・・」
「わたしにとってはだけどさ、どっちかっていったら、じゃまかな」
「・・・・・・・・・」
ゲラーハイトは何も言わず次の書類を持ち、自信なさそうに説明する。
「これは、個人で持つ事が出来る精密機械で、離れた人物とも情報を共有し合える物です・・・。
これによって、知りたい情報を素早く手に入れたりする事が可能になります・・・」
ハワーは考える事無く、率直な感想を述べる。
「それ・・・ぜったいあぶないよね・・・」
「ですよね・・・では、次を・・・」
ゲラーハイトは最早反論すらしない。遂には、次の書類を見ただけで肩を落としている。そ
れでも、説明しようとした時、扉を開けて一人の人物が割り込んでくる。
「もうそのくらいにしておけ、ゲラー」
「・・・!ラグラ・・・さん・・・」
入ってきたのは一班のラグラだった。
「もういい・・・ゲラーハイト、今日付けでお前の科学者資格を無期限停止とする・・・」
「な、何故ですか!?」
「・・・・・・」
「答えて下さい!どうして・・・どうしてあなたは私の言う事をあれもこれもどれも!否定するん
ですか!嫌いなら嫌いだって言って下さい!」
ゲラーハイトは勢いよく立ち上がり、溜め込んでいたものを爆発させる。
「あなたはいつだってそうです!どこをどう直せばいいとか、そういう事を一切教えてくれま
せん!あなたが偉い方だという事は知ってます!あなたが優秀な科学者だという事も分かって
ます!でも!私はあなたとは違う!あなたとは違って、私の頭は良くないんです!言ってくれ
なきゃ分かんないんですよ!」
「・・・ゲラー、とりあえず落ち着け」
「・・・・・・」
感極まり、涙さえ流しながらも、ゲラーハイトは大人しく座った。
「アタシはな、お前に、自分自身の力で気付いて欲しかった。だが、そこまで悩ませてしまっ
ていたとは・・・正直、気が付かなかった。すまない」
「!?」
ゲラーは驚きを隠せなかった。ラグラが頭を下げたのだ。今まで一度だって、こんな姿を見
た事も、頭を下げたと聞いた事もなかった。全てを見透かしている様な雰囲気を纏い、完全無
欠の科学者と言われているラグラが、頭を下げたのだ。
確かに、謝って欲しいと思っていたはずだったが、謝罪するラグラの姿を見て、反射的に言
葉が出た。
「や・・・やめてください・・・」
ラグラはゆっくりと頭を上げる。
「ゲラー、理由を聞きたかったと言ったな」
「・・・はい」
「お前は『第三次象徴大戦』の事を知った上で、過去の技術を掘り起こそうとしている」
「・・・そうです」
「ゲラー、お前は、高度な文明を持った世界が本当に平和で幸せな世界だと思うか?」
「それは・・・」
高度な文明がある世界。人々は日常的に便利な道具を使い、生活するに不自由の無い生活を
送る事が出来る。不自由の無い生活、それがそのまま人々の幸せに繋がると、少なくともゲラ
ーハイトは今までそう思い、再び蘇らせるべきだと信じてやってきた。
「誰にでも扱う事が出来る便利な機械。当然、正しく使えば幸せも感じる事が出来るだろう。
だが、必ずそれを悪用しようとする者が現れる。『お金』という概念があったその頃は特にだ。
『お金』などという、今では腹の足しにもならないゴミのために、人同士が欺き合い、殺し合
っていた。便利な機械を巧みに利用してな。そして、『お金』という概念に縛られた世界では、
『お金』が無いと食べる事も出来なければ、便利な機械も手に入れる事が出来ない。機械を奪
おうと略奪や殺人も日常茶飯事だ」
「・・・ですが、『お金』の概念が無くなった今の世界ならば、その頃のような事にはならないの
ではないでしょうか・・・」
「確かにな・・・だが、便利な機械の本当に恐ろしい点は、人を虜にしてしまう事だ。一度便利で
ある事に慣れてしまえば、それを手放す事が難しくなってしまう。本来、機械とは人の手で出
来ない事を代わりにやってもらうための物だ。だがいつしか、人の手で出来る事でも、より早
くて簡単に済ませたいという『怠惰』の心を満たすために次から次へと効率のよくて使い易い
便利な機械が造られる様になっていった・・・。するとどうなるか、分かるか?」
便利な機械が世の人々の生活のいたる所に直結し、人が大して動かなくてもいろいろな事が
一人で出来てしまうようになる。それはつまり・・・
「人と人との繋がりが希薄になる、ですか・・・?」
「ああ、そうだ。一人で何でも出来るわけだから、他人と関わらずともよくなる。そんな世が
何十年、何百年と続けば、直ぐ隣に住む者でさえ他人扱いになってしまう事だって少なくない。
そうなれば、助け合う事ですら珍しい事になってしまう。ゲラー、お前は今の世界と、機械に
よって便利になり、人々の繋がりが薄れた世界のどっちが良いと思う?」
今の世界は、人々の繋がりが強く、初めて知り合った相手とも気兼ねなく話すこともできる
し、皆が日常的に助け合いながら生活している。便利な機械を手にしたならば、ラグラの言う
通り、人同士の繋がりが薄れてしまうのだろうか。今の世界の人々の繋がりの強さを見ると、
そう簡単に薄れることはなさそうにも思える。だがその一方で、そこまでして本当に便利な機
械を世に蘇らせる必要があるのだろうかと、迷っている自分もいる。
「・・・分かりません・・・」
その言葉を聞いたラグラは、ゲラーハイトの直ぐ目の前に移動してくる。怒られると思った。
ラグラは便利な機械に反対しているのに、自分は話を聴いても素直に受け入れず、まだ諦めて
いない素振りを見せたのだ。覚悟し、俯いて眼を閉じた。だが、ラグラは怒らなかった。
「そうだな、分からんよな」
「え・・・?」
ラグラはぽんと優しくゲラーハイトの肩に手を触れる。
「どっちの方がいいかなんてのは、やってみなければ分からん。反対だと言うアタシの意見も、
所詮は個人の考えの一つに過ぎん」
「では、私はどうすれば・・・」
「見て来い」
「見る・・・ですか?」
「ああ。自分の眼で世界を思う存分見て来い。その上で、お前の意見をもう一度アタシに聞か
せろ。その話の内容によっては・・・アタシもお前に協力するなんて可能性もあるかもな」
「ら、ラグラさん!」
協力する、なんて言葉はラグラからは今まで聞いた事が無かった。いつも自分に対して厳し
くて、嫌われているのだと勝手に思い込んでいた。だが、そうではなかった。
「ラグラさん・・・私、決めました!」
「なんだ?言ってみろ」
「私は・・・世界中を見て回って、過去の物ではない、今、この世界に必要な機械を自分で発明し
て、それでラグラさんを説得して見せます!」
ラグラは大きく笑った。
「はっはっはっ!そうか・・・よく言った!楽しみにしてるからな、ゲラーハイト」
「はい!」
ゲラーハイトの顔は希望に満ち溢れていた。




