夜明け
鳥系の種には「すりこみ」と呼ばれる習性というものがあるらしい。それは、卵から孵って初
めて目にした相手を自分の親だと認識する、というものらしい。
上手く力の入らない右足を無理矢理地面に突き立て、何とか立ち上がった。体重が掛かると
右脚はガクガクと大きく震え、単純に立ち続けることすら困難なほどだ。その様子を目の前で、
無言で観察していた女が口を開き、
「どうする。不死鳥フェローリア。汝、大人しく喰われるのであれば、ベリコ。その女を解毒
しよう」
そう提示してきた。
その習性というものが自分にも当てはまっているのかはよく分からない。傍から見れば種族も
種も違うベリコを母親として慕うおれの姿はやはり、その習性によるものが要因だと思う人も
いるだろう。
「断る!」
その提示を即答で突っぱねると同時に左足で地面を蹴り、殴り掛かる。しかし、ひらりとか
わされてしまい、再び地面に倒れた。
「冷静に判断せよ。フェローリア」
「くっ・・・おれはれいせいだ!ベリコは毒なんかに殺されるほどやわじゃねえんだよ!だから・・・
おれがむざむざ喰われるに行く理由もねえ!!」
フェローリアは立ち上がり、大きく息を吸う。
それをブレスの予備動作であると見抜いたヒュードは後方へ跳び退きながら息を吸う。
「ヘクト・ブレス!」
「アシッド・ブレス」
ブレスがぶつかり合い、周囲に煙が立ち込める。
「く・・・あいつもブレスを・・・ん?何だこのすっぱいにおい・・・?」
「おようさま!吸ってはいけません!!」
「な!?・・・ぐうっ!!」
慌てて鼻と口を塞ぐも、少し遅かった。身体中の筋肉が軽いけいれんを起こし始め、思わず
膝を突いた。
「これから喰われる者にこれ以上の毒は使用したくは無い。諦める事を望む。フェローリア」
「だからか・・・」
どうやらこの女はおれをできるだけ傷つけず、その血肉を最大限利用しようと考えているら
しい。だから必要以上に攻めてはこないし、とどめを刺しにもこない。
(これなら・・・!)
フェローリアは一縷の希望を見出した。
おれはベリコの事を、ママやらお母さんなどと呼んでいない。もっと幼い頃には、短い間だが
呼んでいた事もあったのだが、ベリコに自分は母親ではないと幾度と無く訂正され、いつしか
名前で呼ぶようになった。まあ、それでも呼び方が変わっただけで、母親と思っていることに
変わりはないが。
「そんなに連れていきたきゃあ・・・力ずくでやってみろってんだ!うおおおお!!」
立ち上がり、向かって行く。気合のこもった声こそ出るが、その動きは極めて遅い。振るい
出したキレのない拳はあっけなくかわされ、ついでに蹴りをも入れられて吹き飛ばされた。
(くそ!気合いれりゃあもうちょっと何とかなると思ったのに、全然動けねえじゃねえか!)
元々の調子の悪さと毒の影響により、思った以上に力が出ないし、身体も動かない。と、
「うおっ!?」
立ち上がろうとした所に無数の蛇が巻き付き、身動きを封じられてしまう。
「では、言う通り力尽くで連れ!?」
「ふんっ!!」
フェローリアは身体を発火させ、絡みついた蛇を焼き切らんと試みる。
すると蛇は、大口を開けて苦しそうにもがきながら燃え尽きてしまった。
「くっ!」
「これってまさか・・・!」
燃え尽きた蛇とあの女の挙動。
「あいつ、火に弱いのか!?」
火を見た女は十分離れた位置にいるのにも関わらず、腕で顔を隠して防ぐ素振りを見せてい
いたのだ。これは火を恐れている!?今まで無表情で何を考えているのか見て取れなかった女
が、あんなにもうろたえているのだ。となれば!
「いくぞ!」
フェローリアは両手に炎を纏わせ、女に向かって行く。攻撃が目的ではない。ただあの女に
火を近づけることが目的だ。
すると女はやはり、執拗に距離を取るように動いた。
「やっぱりか!」
火が弱点となれば、こちらが火を出し続ける限り、相手はこちらを拘束して連れて行くこと
もできず、喰う事が目的のため、強い毒を使用することもできない。つまり言えば、相手は火
によって八方塞がりになる訳だ。
身体の調子こそ最悪だが、火を出し続けるだけなら難しくない。
(これで時間がかせげる!)
一方、ヒュードは迷っていた。
フェローリアの推測通り、ヒュードは火を苦手としていた。そして大人しくさせようにも、
これ以上毒を使用すれば食べられなくなってしまう。ならば毒を使用せず倒すとなれば、血を
流させる事になり、得られる血の量が減り、あの洞窟内に居た者たち全員に行き渡らなくなる
恐れもある。血の一滴たりとも無駄にはできない。
睨みあいながら思考をめぐらせ、ヒュードは遂に結論を出す。
「・・・抗」
小さくそう呟くと、ゆっくりフェローリアの方へ向かって行く。
「へっ!くるならきてみろよ!火の弱えんだろ!?」
フェローリアは更に火力を増して見せる。だが、ヒュードの歩みは止まらない。そして徐に
前方に手をかざすと、現れた魔法陣から何匹もの蛇が飛び出し、炎を突き抜けてフェローリア
に巻き付いた。
「なに!?」
フェローリアは慌てて更に火力を上げる。しかし、蛇は全くものともしない。
「うそだろ!?火が弱点じゃなかったのかよお!?」
「その通り。弱点だ。フェローリア。だが、今の余には効かない」
「ど、どういうことだ!?」
『七魔』ヒュードには致命的な弱点があった。それが「火」である。扱える者の多いそれを
弱点に抱えてしまっているヒュードは、七魔となる際に魔王グリムから「耐性を得る力」を授
かっていたのだ。耐性を得る条件としては、その攻撃を一度は受ける必要があるのだが、それ
はフェローリアがベリコを助ける入る際に放った火の玉によって既に満たされていた。今まで
それをしようしなかったのは、ただ単に子供相手に七魔の力まで使う気はなかったというだけ
だった。
そんな事など知りもしないフェローリアは火が弱点であると言う事に慢心してしまったのだ。
「では行こう。フェローリア」
ヒュードが手を伸ばす。
「なあ、あんた。名前は何て言うんだ?」
フェローリアの突然の問い掛けに、ヒュードは何かの意図があるのかと考えたが、問題は無
いと判断し、答える。
「ヒュード、だ。フェローリア」
「ヒュード、か・・・あんたも『不死』になりたいのか?」
「そんなものに興味は無い」
「じゃあ、仲間のためってことか?」
そう問われると、ヒュードは俯き、考え始めてしまった。
「仲間じゃねえのか?」
「分からない。同じ主を持つという意味では当てはまるかも知れないが・・・」
「そうか。・・・だが、おれとベリコは種族も種も違うが、仲間・・・というか、家族だ」
「家族・・・・・・」
「おれがまだ卵だったときからずっとそばにいてくれて、育ててくれて、何度も殺されそうに
もなったが、それでも大事な家族で、母親なんだ・・・!」
フェローリアはふと空を見上げる。それに釣られる様にヒュードもまた見上げる。すると、
いつの間にか空が白み始めていた。
ベリコには感謝している。突然、孤島に連れて行かれて、いきなり殺されそうになったときは
世界がひっくり返ったように感じ、幾度と無く絶望したことだが、してもしきれないほどに感
謝している。だって、生きるために必要な、世を生き抜いていくために必要な術を叩き込んで
くれたから。だから・・・・・・だから、今日は・・・・・・
「だから今日と言う日は、ベリコのそばにいたかったんだ」
その呟く声にヒュードが顔を向けたその時だった。
「!?こ、これは・・・!?」
突然、フェローリアの身体が燃え始めたのだ。
「まだ抵抗する気か。フェローリア。だが、今の余には火は効かない」
声が聞こえていないのか、フェローリアは依然として火を・・・ある一方向を見ていた。その方
向からは強い光が照り付けてきていた。太陽だ。
「まさか、太陽の光で・・・?何が起こっている!?フェローリア!」
フェローリアは答えず、遂には全身が見えなくなるほどまでに炎上し始めてしまった。
ヒュードは思わず距離を取る。
「まさか、死ぬつもりか。喰われるくらいならと・・・フェローリア」
「ちげえよ」
その火の塊から声が聞こえて来る。その声は全く苦しそうではなかった。平常で、落ち着い
ていた。
「なあ、ベリコ!聞こえてるか!!」
「はい!お嬢様・・・!」
「見ててくれ!おれを!おれの・・・あるべき姿を!!」
その声と同時に炎は更に大きくなる。
やがて収縮し始めると、炎は形を成し始めた。翼を携えた、人の形を。
「こ・・・これは・・・!?」
「お嬢様・・・お早う御座います!!」
太陽のような橙の翼に美しい七色七本の尾羽。その姿はまさしく、遠い過去に失われたはず
の、不死鳥の姿、そのものだった。
「おはよう!ベリコ!」
眩い笑顔が姿を現した。




