襲撃者
予見していた通り、四日目以降ともなると、かつて無い程の高熱を発し始め、六日目となっ
た今、意識すら遠くなり始めて来ていた。ほんの少しだけのつもりで目を閉じるだけで、陽の
高さが大きく変化していく。そうしてあっという間に夜になっていた。
「お嬢様、何かお召し上がりになりますか?」
そう言えば、ここの所は寝ているばかりで何も口にしていなかったか。だけどもお腹は空い
ている感じは無いし、食べられる気もしない。
「いや、いい・・・・・・それよりも・・・」
「何でしょう?」
「戦う話はどうなった?」
「ああ、そのお話でしたら、明日の昼過ぎ、ということになりましたよ」
「あしたの・・・ひる・・・・・・」
それならば・・・。
「ベリコ・・・本気で力、使うつもりなのか?」
「はい」
「・・・・・・そうか」
フェローリアはどんどん悪化していっている自分の身体などよりも、ベリコの身体の方を心
配に思っていた。それは負けることを心配しているのではない。ベリコが内に抱えているもの
を心配しているのだ。だが、ベリコに今更戦うのを止めろと言っても利かないだろう。もう、
ベリコの事が心配過ぎて自分の身体の事など忘れてしまいそうなほどだった。
「お嬢様・・・お水を、汲んできますね」
「ベリコ・・・・・・」
巨大な水瓶を頭上に抱え、近場にある泉へと向かう。ベリコ自身も自分の身体の限界には当
然だが気が付いていた。自分が慢性的に抱えている「それ」は、戦う度にその存在を大きくし、
眠れば飲み込まれてしまう事など容易に推測できてしまうほどまでになっていた。
そして「それ」は今、扉を開こうとしている。次に力を使うなどすれば、扉を開く事になる
かもしれない。もしそうなれば、自分はどうなってしまうのか不安に思う一方で、戦う事に対
し、大きな高揚感が込み上げてきていた。
どんな相手で、どんな攻撃をしてくるのか、痛いのか、血は見られるのか・・・その臭いは・・・
楽しみ、たのしみ、タノシミ・・・・・・
ベリコはふと立ち止まった。何かいる。こちらを殺気のこもった眼で見ている。ベリコは水
瓶を降ろし、隠れる気など無い気配に集中する。すると、向こうから問い掛けてきた。
「問う。汝、クリークを知っているか?」
「クリーク?・・・・・・ああ、確か、あの鬼の方の事でしたでしょうか?」
「そうだ。問う。あれは、汝の仕業か?」
『あれ』、具体的な事は何も言っていないのだが、心当たりのあるベリコは素直に答える。
「はい。まだ苦しんで御出ででしたか?」
「・・・理解した」
そう声が聞こえた瞬間、這い出てきた何かがベリコを襲った。細長いそれはベリコの左腕を
咬み付くように捉えていたが、その牙は皮膚を貫くには至っていない。
「これは・・・」
蛇だ。顎を目一杯に開いて咬み付いている。ベリコがそれを引っぺがそうと蛇を掴んだその
時、牙から液体が噴き出した。嗅いだ事の無い酸っぱいような刺激臭を放ちながらそれは、液
体の掛かった部分を溶かし始めた。しかし、衣服を溶かし皮膚に到達してもやはり、害するに
は至らない。
蛇は液体を噴き出し終えると、勝手に腕から離れて役目を終えたようにすっかり力無く垂れ
ている。
ベリコはそれを捨て、辺りを見渡す。だが一向に二撃目が飛んでくる様子は無い。
(諦めてしまわれたのでしょうか・・・)
そう、少し残念に思っていると、突然異変が起こった。起こったのはベリコの身体。突然身
体に異常を感じ、膝を突いた。
「が・・・あ・・・!」
それが毒の影響である事は直ぐに察しがついた。そこへ一人の人物が姿を現す。細い身体に
細長い鞭のような尻尾、ゆらゆらと怪しく揺れ続けている触角のようなものを持つ女だった。
「毒は効くようだな。強化獣人ベリコ」
「く・・・う・・・!」
毒の影響か、ベリコは喋る事すら困難になっていた。どうして?牙は皮膚を貫いていなかっ
たし、酸による影響もなかったはずだ。他に可能性があるとすればそれは・・・
「に・・・おい!」
「そうだ。ベリコ。呼吸をしている以上、毒を与える事は容易」
あの蛇は攻撃のためではなかった。ベリコの最も近しい場所で毒を散布するためだったのだ。
自身の防御能力を過信していたために攻撃を避けようとも防ごうともしなかったことがこの様
に陥った原因。今更鼻と口を押さえようとも、毒はもう十分なほど体内に入り、回ってしまっ
ている。
(私としたことが、油断してしまいましたね・・・)
対する女に油断する様子は無く、一定の距離を保ち、毒によって苦しむ様子を静かに観察し
ている。
この状況を打破するためには最早・・・力を使う他無い。これ以上毒が回る前に・・・
その時だった。突如、複数の火の玉が飛来し、女の周辺に着弾した。
「!?」
女の姿が砂煙に取り込まれ、見えなくなる。
「ベリコ!!はぁ・・・はぁ・・・大丈夫か!?」
それはフェローリアだった。今にも倒れそうにフラフラとしながらも駆けつけて来たのだ。
「およう・・・さあ・・・」
上手く喋る事ができなくなっているベリコに驚きの表情を浮かべながらも、フェローリアは
ベリコを背中に担ぎ、歩き始めた。だが、直ぐに転んでしまう。
「くそっ!」
フェローリアも上手く身体に力を入れられない状態。それでも立ち上がり、一歩、また一歩
と前へ進む。しかし
「ぐあああっ!!」
フェローリアの右脚に激痛が奔る。倒れ込み、右脚を見ると、そこには蛇の様なものが噛み
付いていた。急いで引き剥がそうとそれを掴んだ瞬間、
「な!?」
何かが右脚の中に流れ込んでいくのを感じた。それでも何とか引き抜き、再び歩き出そうと
するが、右脚に力が入らず倒れてしまう。だったら今度はと、ベリコを担ぎ直し、這いつくば
って進んで行く。
「おようさあ・・・ああいあ・・・いからえ・・・!」
「だめだ!力は使うな!!」
「えすあ・・・」
「おれが・・・何とかしてみせる!だから・・・!!」
と、影が掛かる。恐る恐る見上げるとそこには、あの細身の女が立っていた。




