フェローリアとべリコ
おれが初めてベリコに出会ったのは、おれがまだ卵だった頃らしい。当然、その時の事なん
て覚えている訳は無いから、この辺りの事は人から聴いた話になる。
それはある日突然の事だったと言う。ベリコに直接会いたいと、依頼したいと言う者が現れ
た。それは不死鳥。その人物こそ、名も姿も知らぬおれの本当の母親。その人が自分の卵を託
したいと申し出てきたらしい。
だが、当時のベリコは自分の持つ「限界知らずの怪力」を上手く制御できていない状態だっ
たと言う。だから当然、強化獣人たちを取り纏める育みの象徴インフォルマはその人に対し、
再三に亘り考え直すように忠告したのだが、頑として聞き入れることはなかった。
当のベリコ本人は当初、全く興味を示していなかったのだが、しつこく自分の卵を押し付け
ようとしてくるものだから、流石にうっとうしくなって、その代わりどうなっても知らないと、
半ば諦めの感情で承諾したらしい。
さぞはらはらどきどきした事だろう。力を制御する訓練の一つでもしてからかと思いきや、
承諾したその日のその瞬間にもう、卵の引き渡しが行われたのだ。
それまでのベリコと言えば、物に触れれば破壊し、人に触れれば何処かへ飛んで行く。最早
歩く災い等と言われていたとかいないとか。とにかく任せられるのは大味な力仕事だけであり、
卵のような一般人でも間違って割ってしまう恐れのあるものを育てられるなど、到底思えるは
ずもなかった。第一、その託される卵が、全世界で二体目となる超絶希少な不死鳥の卵だと言
うのだから、その場に同席していた人たちは生きた心地がしなかった事だろう。
その時ばかりは、流石のベリコも笑顔が消え、緊張していたらしい。信じられない。恐る恐
る手を伸ばし、軽く触れた。もうその時点で悲鳴を上げる者が居たらしいが、ベリコは驚くほ
ど簡単且つ完璧にその卵を持ち上げ、抱きかかえて見せたと言う。まあ、悲鳴は止む事はなか
ったらしいが。
そうして卵を受け取ったベリコは、同時に与えられた家、人里離れたその場所で一人、卵を
育てる事となった。
一人とは言っても、協力者は居た。食料やらその他必要になる物資を定期的に運んできてく
れる鷹の眼運送の人だ。その人は物資を運んでくるついでにベリコの話し相手になったり様子
を観察して、心労で当時かなり疲弊していたインフォルマに報告したりしていたらしい。その
人から聴いた話だ。
ベリコは何処で何をするにも、一瞬たりとも卵を手放す事は無く、常に卵を抱いたり背負っ
たりしたまま行動していたらしい。
運送の人が問い掛けた事があるらしい。「邪魔になりそうだし、たまには卵を置いて作業し
てもいんじゃないか?」と。するとベリコはこう答えた。
「邪魔かどうかは私が決めます。そうだとは思わないのでこうしているのです」
と。それが母性によるものなのか、はたまた、ただ任務を全うしようとしているがためなの
か、判断はつかなかったらしい。
それでも大きな成長をしていたのは確かだった。それまで物に触れれば壊してしまっていた
のが、普段の家事でも一切物を壊さなくなっていたのだ。卵と言う繊細な生き物と触れ合って
いる内にいつの間にか力の制御を覚えていたのだろう。
そして、孵化の時がやってきた。
内側からコツ、コツと弱弱しい力で必死に殻を破らんとしているその姿をベリコは瞬き一つ
せず見守っていたと言う。口元でしきりに「もう少し、もう少し」と呟いていたらしい。
そして、おれは孵った。不死鳥は人型で生まれて来る。卵から孵った後も、しばらくの間、
ベリコは常に抱き、背負って生活していたらしい。その時の笑顔はいつもよりもより一層楽し
そうに見えたと言っていた。
ベリコの接し方に変化が訪れたのは恐らく、おれが物心をついた頃だろう。
言葉を理解し、返すようになったその頃から、今思えば、訓練は始まっていた。腹筋や背筋、
腕立てに持久走。ベリコの行動を見よう見真似で意味も分からずに行っていた。
お腹が減ればお腹一杯食べ、眠くなればぐっすり眠り、またへとへとになるまで動き回る。
何一つ疑問に思わなかった。回りにベリコ以外の人なんて、あの運送の人意外に居なかったし、
歳の近い人なんて最近まで会った事がなかったくらいだ。甘えればベリコは頭を撫でてくれた
し、いつも笑顔でいてくれて、それだけで幸せだったからだ。
ベリコが豹変した?本性を現したと言う方が近いのか?とにかく生活に天と地がひっくり返
るほどの大きな変化が訪れたのは、おれが七歳になるかならないかの時だった。
その日、ベリコが唐突に「出かけましょう」と言い、首を傾げている間に手を引かれ、連れ
て行かれた。
元々人里離れた場所に住んでいたのだが、連れられるままに辿り着いた所は孤島。木々の生
い茂る、特別に人払いされているらしい場所だった。何故そんな所に連れてきたのか、ここで
何をするのか、様々な疑問を投げ掛けようとしたその時、ベリコの口から実に端的な目的が告
げられた。
「ではお嬢様、殺し合いをしましょう!」
いつも通りの笑顔で、これから追いかけっこやらかくれんぼでも始めようかという言い方で。
最早何を言っているのか理解できていなかった。そしてそれを問い掛ける猶予など与えられ
なかった。
不意に伸びてきたベリコの手が首元を掴み、間髪を入れず放り投げる。そのまま直線的に宙
を飛び、木に背中から叩きつけられた。
その衝撃で上手く呼吸が出来なくなった。待って!待って!そう言いたくても声が出せず、
咳き込むばかり。そうこうしている間にもベリコは一歩、また一歩と近づいて来る。そして、
射程圏内に入るや否や、拳を放つ。這い出すように、それを間一髪回避することができたが、
さっきまでいた場所の木は無惨にもへし折られてしまっていた。
命の危機を感じざるを得なかった。様々ある疑問を投げ掛ける事を諦め、必死で逃げ回った。
幼いおれであっても感じ取れるほどの凄まじい殺気を前に、必死に逃げ惑った。
外での生活の経験の無いおれにとって、どれが食べられるものなのか判別する事はできなか
った。何日ほどか何も口に出来ず、ただ逃げ回っているだけだったが、いよいよ空腹が限界に
達し、身近にある何かの実や、おいしそうに見えた草を口に運んだ。美味しいと思えるものも
あった。クソがつくほど不味いものも多々あった。中には毒でもあったのだろう、食べた以上
に吐き出してしまうことも幾度と無くあった。いつからか、食事とは思わなくなった。腹が減
ってうっとうしいからそこらの物を適当に胃に詰め込んで治める。ただそれだけ。
身体は常に傷だらけだった。だがそんな事を気にしている余裕など全く無かった。死にたく
ない。その一心で常にベリコの気配を察知することに意識を集中し、ろくに眠る事もできなか
った。
この生活がどれくらい続いた頃だろうか?おれは初めてベリコに立ち向かおうという意思を
持った。この日々を終わらせるためには、ベリコを倒すしかなかったからだ。その頃には耐性
ができていたのか、何を食べても体調を崩す事はなくなっていたから、それがそう思う余裕を
与えたのかも知れない。
初めてベリコに向かって立った時、足が震えた。凄まじい殺気を真正面からまともに受け、
耐え切れないほどの恐怖心が身体を強張らせた。それでも一歩、前へ踏み出した。ほんの少し
ベリコとの距離が縮まっただけでさっきとは比べ物にならないほどの殺気が、恐怖心が、心臓
を鷲掴みにするかのごとく襲い掛かる。身体を動かせなくなったおれは、まともにベリコの拳
を受けて吹き飛んだ。
情けなかった。悔しかった。立ち向かうと決めたのに、一歩近付くのがやっとで、攻撃の意
志すら見せることができなかったのだ。拳一発で身体に相当なダメージを負ったおれは、思う
ように動かない身体を引きずりながらまた、逃げ回った。
身体が治ればまた立ち向かった。正面からではない。息を殺し、気配を消し、奇襲を狙った。
だが、返り討ちにされる。そもそもバレていたり、不意を突くことに成功した事もあった・・・と
思うが、やはり殺気と恐怖心により身体の動きが鈍り、届かなかった。
他に何か手は無いのか、考えに考え、悩み苦しんでいた時、不意に火が出た。どこにもそん
な要素はなかったのにもかかわらずだ。それは自分が出したものだと分かった時、おれはやっ
と、初めて自分の持つ「魔力」の存在に気が付いた。
魔力の、魔法の使い方なんて学んだ事は無い。自分の感覚で、こうすればこうなるというよ
うに手探りで学んでいった。
最初は火を灯すだけだったのが、やがて飛ばせるようになり、纏えるようになり、色々と操
る事もできるようになっていった。
魔法を使えるようになったおれは、再び正面から立ち向かった。前進すると見せかけ、ベリ
コが拳を構えた瞬間に後ろへ飛び退き、火を飛ばした。ベリコは一瞬、驚いたような表情を見
せ、火が直撃する。ベリコの身体と同程度の大きさの火の玉。直撃と同時に飛び火し、周囲の
木が燃え始める。
ベリコは無傷だった。パンパンと自身に点いた火を掃い消と、不意に片手で一本の木を根っ
こから引き抜き、薙いだ。凄まじい風が起こり、周囲に燃え広がらんとしていた火を消し去っ
てしまった。そして一言、
「いいですね!」
そう聞こえた瞬間、目の前に木が飛んできていた。
それからも幾度と無く立ち向かった。作戦を立てたり、新しい魔法を開発したり。結局、最
後までベリコに傷一つ負わせることはできなかった。
そう、最後が、この生活が終わる時がやってきたのだ。
およそ三年が経っていた。始まりも唐突なら、終わりも唐突だった。
その日もいつものようにベリコに立ち向かい、傷一つ与えられず、退却しようとした。だが、
その日のベリコは容赦なかった。これまで全く使ってこなかったベリコの持つ能力を使ってき
たのだ。
逃げようと踏み出した足を何者かに掴まれ、すっころんだ。それは真っ黒な手。人の物とは
思えない手にがっちりと足を掴まれていた。何とか抜け出そうとするも、その手は何本も這い
出てきて身体を掴み、更に拘束してくる。
ベリコが目の前まで来てしまった。いよいよ殺される。ベリコの手が顔を掴む。ここまでだ。
「グレイブ・ハンド」
そのまま地面に叩きつけられた。
と思った。だが、なんともない。何も感じなくなるものなのかとも思った。でも、ベリコに
掛けられた言葉でそうではないと分かった。
「お嬢様、お疲れ様でした。帰りましょう」
分かったと言ったが、言われた時はぽかんとしていた。分かったのはその後だ。家に帰った
ら料理を食べさせてくれる、次の日には学校に行く事が決まっているなど伝えられ、ようやく
終わったのだと分かった。
「お前・・・結構壮絶な人生送ってんだな・・・」
「あの子なりの愛・・・なのかしらね?」
「ねえ、フェローリアちゃんは、そのベリコさんのこと・・・今、どう思ってるの?」
フェローリアは考える事無く、笑顔で即答する。
「大好きなおれの母親!だな!」




