狼の悪魔
気が付くと、クリークは地面に仰向けになっていた。ふと右手を見る。そこには無惨な姿に
なってしまった金棒が握られていた。鬼の力と雄雄しさの象徴たる金棒が、真っ二つに打ち砕
かれてしまっていたのだ。こんな事態、普通なら激昂して暴れだす状況だ。だが、今のクリー
クにはそのような感情は湧き上がってこなかった。
上体を起こすと、それは映る。全くの無傷で微笑を浮かべる狼の女がゆっくりとこちらに歩
いてくる。
「顕現して下さってよかったのですよ?そうして頂ければ私も、もう少し楽しむ事ができまし
たのに」
そう残念そうに笑っている。
「お、お前は・・・な、何なんだ!?」
まるで底が知れない!クリークは自身でも気付かぬ内に恐怖を感じていた。
狼女は少し首を傾げて答える。
「私ですか?名乗る程の者ではありませんよ?それよりも・・・」
女の纏う空気が変化する。と、女の右手から真っ黒い何かが伸び、顔面を掴まれる。
「ぐ・・・が、がああ・・・!」
ギチギチと握り潰されそうなほどの物凄い力で圧迫される。両手で何とか引き剥がそうとす
るも、全くビクともしない。
「クリーク様!!」
「行くぞ!みんな!!」
その危機に同志たちが再び立ち向かう。しかし、
「ふう。あなた方はもう結構です」
その女は黒を纏った左手を軽く掲げ、振り下ろす。
『レイン・ハンズ』
その瞬間、空中の至る所から空間を突き破り現れた無数の巨大な腕が同志たちの頭上に降り
注いだ。
ドドドドドドーン!!!
一瞬だった。一瞬の内に同志たち全員が突如現れた巨大な腕、その掌に潰されてしまった。
「さて、親玉さん。私は、お嬢様の人生経験のためにも、必要以上に関わるつもりは無かった
のですが・・・今、思い出しました。私はお嬢様が十三になるまでは護るように命じられているの
でした。ですので、あなた方がお嬢様の命を狙っている以上・・・」
女の足元から黒が広がって行く。
「な、何だ!?何をする気だ!?」
「安心して下さい。殺しは、しませんので。ただ・・・」
沼のように広がった黒が同志たちを含め全員をその内側に囲う。
「警告します。次にまた、お嬢様を狙いにいらしたその時は・・・・・・命を賭ける覚悟でいらして
下さいね」
笑顔でそう述べると、手をくいっと上げる。
『デビルズ・ゲート』
沼から無数の黒い腕が這い出し、全員に絡み付くと、今度は先端が三又に分かれた槍を持っ
た腕が現れ、その矛先を向ける。
「や、止めろお!!・・・・・・があっ!」
槍が迷う事無く身体を貫いた。幾度と無く、狼の女の微笑と呼応するように、槍自身がまる
で楽しんでいるかのように突き刺し続けた。
辺り一帯にこだまする叫び声。薄れ行く意識の中、一人その様を見てくすくすと笑う女の姿
だけが映っていた。
「クリーク!クリーク!!」
「う・・・く、ああ・・・魔王、か・・・ぐうう!!」
グリムがフリーミから話を聞きつけやってくると、やけに明るい洞窟内は死屍累々の様相と
なっていた。そこにいる誰もが身体の至る所から血を流し、呻き声を上げながらもがき苦しん
でいる。
「中々見ない酷さね・・・・・・。さて、大元の原因はこの際さて置いて、これは何処の誰の仕業な
のかしら?」
グリムがそう問い掛けると、最早雄雄しき鬼の見る影も無い程に衰弱しきったクリークが唇
を震わせながら、声を絞り出すように必死に訴える。
「あ・・・悪魔・・・ぐうっ!・・・・・・狼のぉ・・・悪魔だ!!・・・げほぉ!!」
そう言うと、激しく吐血した。死んではいない。虚ろな目で弱弱しく呼吸している。
「『悪魔』ですって?・・・狼の、悪魔・・・・・・」
まさか、『悪魔族』がこの世界に存在しているとでも言うのだろうか?それとも、単に悪魔
のような奴だと言いたいだけなのか・・・何れにせよ、その者の正体は暴かなくてはならない。




