仔兎の決意
「早速だけど、報告を訊いても?」
大聖堂。平穏で暖かな陽の光の差し込むステンドグラスのある窓際でテーブルを挟み、黒い
翼を目一杯に広げて心地よさそうに日光浴させるカナエルと、未だ戦いの傷の残るグリムの二
人がお茶をしていた。
「総評すれば、不十分。大きな収穫もあったけど、それにしてもまだまだ未熟。更なる成長が
必要ね」
「そう・・・。現状ではそれで十分と言っていいでしょう。それで?その大きな収穫の内容が聴き
たいのだけれど」
「最大の収穫は『ミーニ』ね」
「歴史書、『ミーニ』」
カナエルがそう口にすると、何も無い所から一冊の本が手元に現れる。
「ええと?この仔ね。年は七つで時の兎。時の神の力を手にしたようね」
「そ。でも今は心も身体も未熟。力自体は『王』の名を冠する事ができる程度にはあるわ」
「ふむ・・・『時の王』と言ったところかしら」
「後は、ラキエルという天使ね」
「やはり、貴女の眼から見ても彼女は王の器かしら?」
「まず、持っている力が王そのものみたいな力だしね。今回の事で大天使の力を発現できるよ
うにもなったみたいだし、あの子なら放っておいてもなるんじゃない?このくらいね」
「あら?貴女の姪っ子は御眼鏡にかなわなかった?」
グリムは大きな溜め息を吐く。
「確かに今回、私を倒したのはセイムだったけど、それは未来の力があってこそ。あの子一人
の力では『王』には・・・まだなれないわね」
「ふふ・・・まだ、ね・・・」
カナエルは思わず笑う。
「な、何よ」
「なれない、と完全に言い切らない辺り、期待しているのだと思って」
「な・・・!わ、悪い!?」
「いいえ。なれるといいわね」
「・・・本人が望むなら、ね・・・。で、話は変わるけど、あの世界はこれからどうするつもり?」
「色々と決めたわよ。まず名前は『白紙界』。元々、本の中の世界だし、その都度必要に応じ
て書き換えることができるからぴったりの名前でしょう?それで全世界へ干渉する部分だけ少
し調整し、卵の殻の如く全世界を覆うように白紙界を設置する事によって、外の世界からの襲
撃から護るための壁として運用していくつもりよ」
「随分な技術を必要としそうだけど、実現できるの?」
カナエルはその問いを鼻で笑う。
「それがもうほとんど出来ているの」
グリムは特に驚きもしなかった。
「それは手の早いことで」
「でしょう?強化獣人は本当に優秀よ。あらゆる面においてのエキスパートが存在するもの」
そう言うカナエルの表情を見たグリムは察する。
「次は強化獣人から発掘するのね。ま、頑張って」
「あら?強力はしてくれないの?」
「今はそんな気分じゃないから。それじゃ」
グリムが去り、一人になったカナエルは呟く。
「防壁は出来た・・・後は神々に対抗し得る力を持つ『王』を出来るだけたくさん生み出さなけれ
ば・・・・・・」
「お姉ちゃん、お疲れ様!」
創生界にあるセイムの実家であるここはグリムの住んでいる場所ではないのだが、今日は例
の一連の件においての協力者たちとの打ち上げが行われる事になっていた。
「よお魔王様。先に始めてるぜ」
「グリムお姉ちゃん、おっかえりー!」
玄関近くではセイムがヒサメにお酌をしながら楽しそうに会話をしている。
「はい、あーん」
「あ、あーん・・・」
料理の並べられたテーブルに傍には連れてこられたのだろうか、何故かいるミーニはシツラ
イの膝の上に抱かれ、赤子のような扱いを受けている。
そして奥の方では、
「やっぱ小せえってのはかわいいよなー・・・毛並みもモフモフで触り心地いいし、獣系はこうい
うとこいいよなあー」
「そうでしょう?特にスターシャの毛並みは最高なんですよ!」
「あのあの!後で抱っこさせてもらってもいいですか!」
スターシャをペットのように可愛がって盛り上がっている。
もうすっかり平和な日常に戻っている。
グリムが適当な場所に座ると、セイムが酒の入った瓶を持って寄って来る。
「グリムお姉ちゃんもお酒飲む?お酌するよ!」
つい先日には殴り合っていたと言うのに、今は尻尾を振りながら笑顔を向けてくるセイム。
「はあ~・・・ま、戦いが終わればこんなものよね・・・頂くわ」
「はーい!」
セイムは元気に返事をすると、コップになみなみとお酒を注ぎ入れる。
「ありがと」
グリムはそれを手に取り、一気に飲み干す。
「ああー!!やっぱりいいわねー!一区切り付いた後の一杯はより染み渡る感じがするわ!」
「お、魔王様は結構いける口か?」
「いや、私はたまに少し飲む程度よ。下戸って訳では無いけど、程々が一番なのよ」
「なんだあ、堅実派かよ・・・『魔王』って感じじゃねーなー」
ヒサメは悪態を付きつつまた一杯飲み干す。その姿をセイムがじっと見つめている。
「セイム、あなたも飲みたい?」
「え!?だ、駄目だよ!お酒って適正年齢っていうのがあるんでしょ?私はまだなってないか
ら無理だよ・・・」
セイムの耳が明らかに残念そうに垂れる。
「あん?そうだったのかお前。今幾つなんだ?」
「・・・十五」
「十五だあ!?んな歳だったら妖怪ならとっくに酒飲んでる歳だぞ!」
ちなみに十三で大人扱いとなり、十八でお酒を飲む事が許される。
「え!そうなの!?」
耳がピンと立つ。希望を感じているようだが、ここははっきり言っておかなくてはならない。
「止めておきなさい。それは妖怪の話。妖怪と私たちじゃあそもそもの身体の創りが違うんだ
から」
再び耳が垂れる。
「ライム、あなたもこっちに来て一緒に飲まない?」
「う~ん・・・私はあまり得意じゃないんだけどなぁ・・・ちょっとだけだよ?」
「あれ?ママってお酒飲めたの!?」
「ほんのちょっとだけだけどね」
「あら、そうだった?」
「そうだよ~。元々私たち家族ってあまりお酒飲まないし」
ライムは注がれたお酒をちびちびと啜るように口に含むと、口の中で回して味わって飲み込
む。と、そこへ
「グリムしゃまあ!たしゅけてくだしゃいい!!」
スターシャがグリムの胸元に飛び込んでくる。思わず抱えて状況を確認すると、スターシャ
は毛並みがくしゃくしゃになってしまっている。
「もっと・・・もっとモフモフさせろぉ!!
「スターシャは私に触れられるのが一番好きなんです!!」
「もっと!抱っこだけじゃなくてもっと色々お世話したいですう!!」
眼が血走る三人。そりゃ逃げる。
「はぁ~・・・セイム」
「なぁに?」
グリムは徐にセイムの頭に手を置くと、一言、呟く。
「強制変化」
「え?」
次の瞬間、セイムの身体は動物形態になってしまっていた。
「選手交代!」
グリムはそう宣言し、セイムを飢える三人の下へ放り投げる。
「ほう・・・一遍モフモフさせてみろ」
「スターシャとの毛並みの違いを説明してあげましょう!」
「このくらいの大きさの方が洗い甲斐がありそうかも・・・!」
三人は手をわきわきさせながらセイムに襲い掛かる。
「な、なんでえええええええ!!??」
その断末魔、及びその後の惨事などからは目を背け、打ち上げは夜更けまで続いた。
その日は結局、誰一人帰る事無く騒ぎ疲れて雑魚寝していた。
そんな中、グリムは一人家の外で玄関横の壁にもたれ掛かり夜風に当たっていた。特に何か
を考えたかった訳でもなく、ただ月を眺めていた。
ふと、玄関の扉が開く。身体よりも先に特徴的な長い耳が見えた。
「ミーニ、あなたはあなたで大変だったわね」
「えへへ・・・まあ・・・」
ミーニは流石に疲れた様子で、身体中が痛いのか、頻りに身体を動かしている。無理も無い。
結局、昼間から今までずっとシツライに抱えられて過ごしていた訳だし。ミーニは少し身体を
動かした後、グリムの隣に座る。
改めて見ると本当に小さい。だが、この仔が強大な時の力を手にした事は事実である。
「・・・身体は何とも無い?」
何の変哲もない質問。
「・・・はい。わかい・・・できたかどうかは分からないですけど・・・」
だったのだが、ミーニは今の身体の痛さの事ではなく、グリムが真に気にしていたことを答
えた。
グリムはそんなミーニの頭を撫でる。
「もっと子供でいいのよ。何かあれば、私たち大人が何とかしてあげるから」
「・・・でも、子供だからってりゆうで、この力のせきにんから目をそむけたくないです・・・これ
はそれほどの力ですから・・・」
グリムは一つ、自分の思い違いに気が付いた。
「・・・未熟なのは身体だけだったようね」
小声で呟いたのに反応し、ミーニの耳がピクリと揺れる。
「何でもないわ」
「あの、グリムさん。私・・・決めたことがあるんです」
ミーニは立ち上がり、懐中時計を手にし、月にかざす。
「私・・・時の力をふういんしようとおもいます!」
「!」
「ふういんするって言っても、本当にふういんすることはできないから、自分でつかわないよ
うにするってだけですけど・・・この力は本当にきけんなんです・・・かるがるしくつかっちゃいけ
ない力なんです!」
ミーニは振り向き、宣言する。
「私・・・強くなります!時の力にたよらなくてもいいように、強くなります!!」
月を背に立つミーニの眼は、未だ七歳とは思えないほどの強い決意に溢れていた。




