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第7話:趣味の墓場(28歳)

 部屋の隅には、一度しか使われなかった一眼レフカメラと、タグがついたままの登山靴が転がっている。

 二十八歳。世間では「働き盛り」と呼ばれ、プライベートの充実を競い合うような年齢だ。SNSを開けば、同年代の連中が趣味に興じ、キラキラとした「特別な週末」を誇示している。

 僕も、その真似事をしてみた。

 何か一つでも、心から熱中できるものが見つかれば、この底なしの退屈に終わりが来るのではないか。そんな、ありもしない期待を抱いたからだ。

 今月の「暇つぶし」は、ソロキャンプだった。

 ネットで評判のいいテント、焚き火台、機能性の高いシュラフ。形から入るのだけは得意だった。数十万円の出費も、僕にとっては「時間を買うためのコスト」に過ぎない。

 週末、車を走らせて人里離れたキャンプ場へ向かう。

 静かな森、澄んだ空気、パチパチとはぜる焚き火の音。

 都会の喧騒を離れ、自然の中で己を見つめ直す贅沢な時間――。

「……で、次は?」

 肉を焼き、ビールを飲み、焚き火を眺める。

 その工程をすべて終えた後、猛烈な「無」が襲ってきた。

 

 火を眺めて何を感じれば正解なのだろう。

 自然の雄大さに感動すべきか? 孤独の心地よさに浸るべきか?

 僕の心には、相変わらず波一つ立たない。

 スマホを取り出し、暗い森の中で液晶の明かりを見つめる。

 結局、やっていることは部屋にいる時と同じだ。ブックマークしていた、異世界で最強の力を振るう男の物語を読み進める。

 

 ――主人公は、たった一振りの剣で軍隊をなぎ倒し、絶世の美女たちに愛を囁かれている。

 

 現実味のない文字列。

 この男は、これほどまでの力を手に入れて、退屈しないのだろうか。

 すべてを奪い尽くし、すべてを支配した先に、一体何があるというのか。

 

 もし、僕にその力があれば。

 この燃え盛る焚き火のように、何もかもを焼き尽くしてしまえば、少しはすっきりするのだろうか。

 

 けれど、そんな想像もすぐに霧散する。

 火の後始末は面倒だし、灰を捨てる場所も探さなくてはならない。

 破壊も、暴力も、愛も、すべては膨大な「エネルギー」を必要とする。

 僕には、そのエネルギーを捻出するだけの理由がどこにもなかった。

 翌朝、結露したテントを畳みながら、僕は確信した。

 この趣味も、今日で終わりだ。

 帰宅してすぐ、フリマアプリに出品作業を始める。

「一度使用したのみの美品です」

 その紹介文を打ち込みながら、自分の人生そのものが「一度も使い込まれていない新品」のようなものだと思った。

 棚には、また一つ「趣味の墓標」が増えた。

 

 二十八歳の冬。

 僕は、自分の心がどんな刺激にも反応しない、不治の病にかかっていることを再認識した。

 

 窓の外では、冷たい雨が降り始めていた。

 僕はそれを、ただぼんやりと、次の暇つぶしが見つかるまで眺め続けていた。

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