表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

第5話:就職戦線のモブ(22歳)

 駅のホームは、同じような黒いリクルートスーツに身を包んだ若者たちで溢れかえっていた。

 皆、一様に不安げで、それでいて「自分は特別だ」と信じたがっているような、奇妙に浮ついた目をしている。その群れの中に混じって、僕は自分の姿が周囲に溶け込み、完全に消失しているような感覚を味わっていた。

「鈴木くん。君にとって、働くことの意義とは何かな?」

 何度目かも分からない、企業の面接。

 目の前に座る面接官は、僕の履歴書を眺めながら、定型文のような質問を投げてくる。僕は一秒の淀みもなく、鏡の前で何度も練習した「正解」を口にした。

「はい。私は社会という大きな仕組みの一部となり、責任を持って役割を果たすことで、自己の成長と貢献を両立させたいと考えております」

 口から出た言葉は、どこかの就職サイトから拝借した借り物だ。僕の魂は、その言葉のどこにも宿っていない。

 けれど、面接官は満足げに頷いた。

 彼らが求めているのは、個性的で情熱溢れる逸材などではない。組織という巨大な機械に組み込まれた時、異音を立てずに回り続ける「規格通りの部品」なのだ。

 僕は、その「部品」を演じるのが驚くほど上手かった。

 何かに熱執していないからこそ、相手が望む色に自分を塗り替えることに抵抗がない。全力を出す必要もない。ただ、最適解をトレースすればいいだけだ。

 一週間後、一通のメールが届いた。

『内定通知のお知らせ』

 その文字を見た瞬間、僕の胸を去来したのは、歓喜でも達成感でもなかった。

「……あぁ、これでまた、行き先を考えなくて済む」

 ただ、それだけの安堵だった。

 この内定という名のチケットがあれば、大学卒業後の数年間、あるいは数十年間の「レールの行き先」が保証される。朝起きて、電車に乗り、命じられた仕事をこなし、夜に眠る。

 その繰り返しの日常が、向こうからやってきてくれる。自分から何かを望んだり、切り開いたりする苦労から、またしばらく逃げることができるのだ。

 僕はスマホを閉じ、夕暮れの公園のベンチで、ぼんやりと鳩が豆を突くのを眺めていた。

 

 同級生たちは、内定が出れば飲み会を開き、肩を組み合って将来を語り合う。

 僕はその輪に入ることもなく、ただ一人、コンビニで買ったぬるい茶を啜る。

 

 僕が手に入れたのは「将来」ではない。

 「死ぬまでの暇つぶしを保証してくれる場所」だ。

 

 二十二歳の春。

 僕は、自分の意志という重荷を正式に捨て去り、社会という名の巨大な歯車の一つになった。

 それが、これからの僕の人生をいっそう「普通」に、そしていっそう「退屈」にしてくれることを、確信しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ