第5話:就職戦線のモブ(22歳)
駅のホームは、同じような黒いリクルートスーツに身を包んだ若者たちで溢れかえっていた。
皆、一様に不安げで、それでいて「自分は特別だ」と信じたがっているような、奇妙に浮ついた目をしている。その群れの中に混じって、僕は自分の姿が周囲に溶け込み、完全に消失しているような感覚を味わっていた。
「鈴木くん。君にとって、働くことの意義とは何かな?」
何度目かも分からない、企業の面接。
目の前に座る面接官は、僕の履歴書を眺めながら、定型文のような質問を投げてくる。僕は一秒の淀みもなく、鏡の前で何度も練習した「正解」を口にした。
「はい。私は社会という大きな仕組みの一部となり、責任を持って役割を果たすことで、自己の成長と貢献を両立させたいと考えております」
口から出た言葉は、どこかの就職サイトから拝借した借り物だ。僕の魂は、その言葉のどこにも宿っていない。
けれど、面接官は満足げに頷いた。
彼らが求めているのは、個性的で情熱溢れる逸材などではない。組織という巨大な機械に組み込まれた時、異音を立てずに回り続ける「規格通りの部品」なのだ。
僕は、その「部品」を演じるのが驚くほど上手かった。
何かに熱執していないからこそ、相手が望む色に自分を塗り替えることに抵抗がない。全力を出す必要もない。ただ、最適解をトレースすればいいだけだ。
一週間後、一通のメールが届いた。
『内定通知のお知らせ』
その文字を見た瞬間、僕の胸を去来したのは、歓喜でも達成感でもなかった。
「……あぁ、これでまた、行き先を考えなくて済む」
ただ、それだけの安堵だった。
この内定という名のチケットがあれば、大学卒業後の数年間、あるいは数十年間の「レールの行き先」が保証される。朝起きて、電車に乗り、命じられた仕事をこなし、夜に眠る。
その繰り返しの日常が、向こうからやってきてくれる。自分から何かを望んだり、切り開いたりする苦労から、またしばらく逃げることができるのだ。
僕はスマホを閉じ、夕暮れの公園のベンチで、ぼんやりと鳩が豆を突くのを眺めていた。
同級生たちは、内定が出れば飲み会を開き、肩を組み合って将来を語り合う。
僕はその輪に入ることもなく、ただ一人、コンビニで買ったぬるい茶を啜る。
僕が手に入れたのは「将来」ではない。
「死ぬまでの暇つぶしを保証してくれる場所」だ。
二十二歳の春。
僕は、自分の意志という重荷を正式に捨て去り、社会という名の巨大な歯車の一つになった。
それが、これからの僕の人生をいっそう「普通」に、そしていっそう「退屈」にしてくれることを、確信しながら。




