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第4話:単位と麻雀(21歳)

 友人のアパートは、安物の洗剤と、いつのものか分からないカップ麺の匂いが混じり合い、ひどく澱んでいた。

「あー、クソっ、また振り込んだ! 誠、お前強すぎだろ」

 雀卓を囲む三人の友人が騒ぎ立てる中、僕は無機質に牌を整理した。

 強いわけじゃない。ただ、勝とうという欲がないから、引き際を間違えないだけだ。勝っても高揚せず、負けても悔しくない。ただ、牌を混ぜるジャラジャラという音だけが、脳内の空白をほどよく埋めてくれる。

「ちょっと休憩。誠、次お前の親だからな」

 友人の一人が席を立ち、タバコを吸いにベランダへ出た。手持ち無沙汰になった僕は、スマホを取り出し、ブックマークしていたWeb小説のサイトを開く。

 ランキングの上位にあるのは、決まって「異世界転生」や「最強無双」といった類のものだ。

 ――バグで全ステータスがMAXになり、最強の力を手に入れた主人公が、美女を侍らせ、敵を蹂躙して王になる。

 スクロールする指が止まる。

 もし、自分にそんな力が手に入ったら。

 

 想像してみるが、数秒で飽きた。

 ステータスがMAXだろうが、王になろうが、結局は「やるべきこと」が増えるだけじゃないか。国を治め、敵と戦い、女たちの機嫌を取る。そんなものは、満員電車に揺られて上司にペコペコする日常と同じくらい、面倒で退屈な作業にしか思えなかった。

「……最強ね。勝手にやってればいいのに」

 画面の中で熱く語られる「野望」や「復讐」といった言葉が、ひどく幼く、そして遠い世界の出来事に見える。

 僕には、世界をひっくり返す熱意もなければ、誰かを支配したいという欲求もない。ただ、この静かな退屈を、明日まで繋ぎ止めたいだけだ。

「何読んでんだ? ……あー、またその手のやつか。お前、意外とそういうの好きなのな」

 戻ってきた友人が僕のスマホを覗き見して、ニヤニヤと笑う。

「いや、ただの暇つぶし。中身なんて何でもいいんだ」

 そう。何でもいい。

 この小説も、目の前の麻雀も、大学の単位も。

 僕にとっては、死ぬまでの長い長い余白を塗りつぶすための、安っぽいインクに過ぎない。

「よし、再開だ。今度こそ誠の首を取ってやるからな!」

 友人が威勢よく牌をかき混ぜる。

 僕はスマホをポケットにしまい、再び無表情で牌を手に取った。

 夜が深まっていく。

 窓の外では、街の灯りが明滅している。

 あの灯りの下で、誰かが恋をし、誰かが絶望し、誰かが夢を語っているのだろう。

 

 けれど、この四畳半の部屋で、牌を弾く音に身を委ねている僕だけが、世界の色彩から切り離されているような気がした。

 

 二十一歳の夜。

 最強の王になる夢を見るよりも、目の前の牌の感触に意識を溶かしていく方が、今の僕にはずっと相応しかった。

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