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第2話:進路希望の模範解答(18歳)

 三者面談。進路指導室の空気は、ヒーターの熱気と受験生の焦燥が混じり合い、ひどく息苦しかった。

「――それで、鈴木くん。君の第一志望はこの私立大学の経済学部でいいんだね?」

 担任の教師が、眼鏡の縁を押し上げながら僕の出した進路希望調査票に目を落とす。横に座っている母は、心底申し訳なさそうな、あるいは居心地が悪そうな顔で小さく頷いた。

「はい。偏差値的にも妥当ですし、家からも通いやすいので」

 僕はあらかじめ用意していた「最も反論されにくい答え」を口にする。

 教師は満足げに頷くこともなく、かといって不満を漏らすわけでもなく、ただ事務的にペンを動かした。

「成績は……驚くほど平均的だな。どの科目も、ちょうど真ん中。これなら確かに、この大学なら合格圏内だろう。だが、君自身はどうなんだ? 何か大学で学びたいことや、将来なりたい職業はないのか?」

 また、その質問だ。

 十代の若者に「将来」という漠然とした未来を背負わせ、何らかの「野心」を期待するこの空間が、僕は昔から苦手だった。

「……やりたいこと、ですか」

 脳裏に浮かぶのは、真っ白なキャンバスだ。そこには線一本、点一つ描かれていない。

 世界には、夢を叶えるために必死に机にかじりつく奴もいれば、やりたいことが見つからずに苦しむ奴もいる。だが、僕はそのどちらでもない。

 ただ、やりたいことが「ない」のだ。

 苦しむほどの熱量すら、僕の心には宿っていない。

「資格でも取れれば、就職に有利かと思いまして」

 ネットの掲示板で見たような、もっともらしい理由を付け加える。

 教師は「ふむ」と短く鼻を鳴らした。

「安定を求めるのは悪いことじゃない。だが、鈴木くん。君にはもう少し……こう、欲というものがないのか? どこでもいい、誰でもいいという態度は、一見賢く見えるが、後で虚しくなるぞ」

 虚しい。

 その言葉の響きに、僕は内側で小さく自嘲した。

 もうすでに、十二分に虚しい。だが、その虚しさを埋めるための「欲」という燃料が、僕という個体には最初から備わっていないのだ。

 面談は十分ほどで終わった。

 指導室を出て、夕闇に包まれ始めた廊下を母と歩く。

「誠。本当にあそこで良かったの? もっと上の大学を目指してもいいのよ? お父さんも、あなたの好きなようにしなさいって言ってたし」

「……あそこでいいよ。別に、どこに行っても変わらないし」

 母はそれ以上何も言わなかった。僕のこの「事なかれ主義」が、反抗期すら迎えない扱いやすさから来ていることを、彼女は薄々気づいているのかもしれない。

 校門を出る間際、グラウンドから大きな歓声が上がった。

 引退を控えた運動部の連中が、最後のアピールとばかりに泥にまみれて声を張り上げている。

 彼らの瞳には、きっと鮮やかな未来が見えているのだろう。勝利か、敗北か、それともその先にある達成感か。

 僕はそれを、まるで古いモノクロ映画を眺めるような気分で見ていた。

 

 大学に行けば、また四年間、人生の決断を先延ばしにできる。

 就職すれば、また数十年間、レールの上を歩き続けるだけで済む。

 そうやって、一歩ずつ死に向かって「時間を消化していく」こと。

 それが、鈴木誠という男に許された唯一の生存戦略だった。

「お腹空いたわね。今夜は誠の好きなハンバーグにしましょうか」

「うん。……何でもいいよ」

 母の提案に、僕はいつもの模範解答を返した。

 

 空には一番星が光っていたが、僕の行く先を照らしているようには到底思えなかった。

 十八歳の冬。僕は自分の意志で選んだはずの未来に、一ミリの期待も抱かぬまま、ただ冷たい夜風を吸い込んだ。

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