十四皿目
「いらっしゃいませ」
扉の鈴が、からんと鳴る。
セラが視線を向ける。
そこに立っていたのは――
小さな男の子だった。
ふわふわの白金の髪。
澄んだコバルトブルーの瞳。
けれど後頭部だけ、
ぴょこんと寝癖が跳ねている。
小さなリュックを背負った姿は、
どこか危なっかしい。
巡が目を瞬く。
「……子供?」
男の子はむっと頬を膨らませた。
「こどもじゃない!」
「いえ、子供です」
セラが静かに訂正する。
「うっ……」
男の子が言葉に詰まる。
アリスがぱっと駆け寄った。
「どうしたの〜?」
男の子は胸を張る。
「ぼく、おうちでてきた!」
「家出!?」
「そう!」
誇らしげに頷く。
「ママ、いもうとばっかりかわいがるんだもん!」
巡が眉をひそめた。
「……妹?」
「ちっちゃいからって、ずっとだっこしてる!」
「そりゃ赤ちゃんだからだろ」
「ぼくのこと、ぜんぜんみてない!」
必死な声。
けれど、その瞳は少しだけ潤んでいた。
セラが静かに席へ案内する。
男の子は椅子によじ登るように座った。
その瞬間。
ぐぅぅ……。
店の中に、小さなお腹の音が響く。
沈黙。
アリスが吹き出した。
「お腹すいてたんだ〜!」
「ち、ちが……!」
違わない。
巡は小さく息を吐く。
「……何か食わせれば」
しばらくして。
セラが皿を運んでくる。
「こちらを」
男の子の目が、一気に丸くなった。
「わぁ……!」
旗付きのオムライス。
小さな旗が、
ちょこんと立っている。
アリスが嬉しそうに笑う。
「特製お子さまプレートでーす!」
「おこさまじゃないもん!」
そう言いながらも、
男の子は目を輝かせていた。
そっと旗に触れる。
じっと見つめる。
「……これ」
小さな声。
巡たちが視線を向ける。
「ママもね」
旗を見つめたまま続ける。
「おうちで、ごはんのとき」
「ぼくのだけ、いつも旗つけてくれる」
「かわいいやつ」
「きらきらの」
巡の手が、少し止まる。
男の子は旗を見つめたまま、
ぽつりと聞いた。
「……ぼくのことも」
「たいじってことかな」
静寂。
アリスが何か言おうとする。
でも、その前に。
「当たり前だろ」
巡が先に答えていた。
男の子が顔を上げる。
巡は少しだけ視線を逸らす。
「嫌いな相手に、
そんな面倒なことしない」
ぶっきらぼうな声。
けれど、
どこかやわらかかった。
男の子は、しばらく黙っていた。
やがて。
「……そっか」
小さく笑う。
それから夢中でオムライスを食べ始めた。
口の端にケチャップをつけながら。
アリスが楽しそうに笑う。
「ついてるよ〜!」
「どこ!?」
「そこそこ!」
店の空気が、
少しだけ賑やかになる。
奥では、マスターが静かに紅茶を淹れていた。
湯気がゆっくりと立ち上る。
その横顔は、
どこか穏やかだった。
やがて。
食べ終えた男の子が、
小さく息を吐く。
「……ママ、しんぱいしてるかな」
巡は短く答えた。
「多分、泣いてる」
男の子の目が丸くなる。
「帰った方がいい」
巡はそれだけ言う。
男の子は少しだけ考えて。
やがて、小さく頷いた。
「……うん」
帰る頃には。
最初より少しだけ、
足取りが軽くなっていた。
扉が開く。
夜風が、ふわりと吹き込む。
「ばいばい!」
男の子が元気よく手を振る。
アリスも大きく振り返した。
「またねー!」
「もう家出しないでください」
セラが静かに言う。
「うっ……」
鈴の音。
扉が閉まる。
白い壁に絡む緑のツタが、
夜風に揺れていた。
窓から漏れる灯りは、
帰っていく小さな背中を、
やさしく照らしていた。
最後までお召し上がりいただき、ありがとうございました。
またのお越しを、心よりお待ちしております。
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