第54話 選ばれなかった国
リンドブルムに、静寂が落ちた。
町に押し寄せていた魔王軍が、突如として消失したのである。
町民や兵士たちの誰もが思った。
――体何が?
町の南門の外では、静刃と呼ばれる兵士が帰路についていた。
怪訝な面持ちで辺りを見回し、首をひねる。
誰とも無くつぶやいた。
「まるで奇跡だ」
心が晴れやである反面、起こった出来事に納得がいかない。
彼は夜通しを戦っていた。
リンドブルムが陥落寸前であっても、
それでも彼は逃げなかった。
この町と共に、自らもが滅ぶ決意を固めていたのだ。
そして、先ほど魔物は消え去った。
静刃は空に向かって叫ぶ。
「一体何があったんだ!?」
その声は喜びの声でもあり、謎に対する困惑の叫びでもあった。
◆◆◆
数日後。
リンドブルムの王城。謁見の間では、手錠をかけられた貴族の過激派と、ラインルエットが整列させられていた。その表情や態度は恐怖に怯えている。
玉座には、病床から回復した王、ルディナスが腰掛けている。赤いマントを背に、威厳のある面構えだ。
左右の机の椅子には重臣、老臣たちが椅子に座っていた。第二王子アーティンの姿もある。これから行われる断罪を彼らは今か今かと待ち望んでいた。
ルディナスが声高に告げる。
「まず」
ぎょろりと動く瞳。
貴族過激派の筆頭の数人が慄くように喉を震わせた。
「この度の魔王軍との戦い。聞けば、公爵家の令嬢ノクティア・クアトゥーハと、勇者ニノセ・マコト、エミリッタ・ティスティル、ラスティン・アイフラットが魔王を倒したことにより、リンドブルムは救われたとのことだ。この場にその四人がいないことを、賞賛できないことを私は大変残念に思う」
「エミリッタは、俺の婚約者です!」
第一王子ラインルエットはすかさす声を上げた。まるで、婚約者の誉れは自分の名誉と同じであると言うかのように。
しかしルディナスは肘掛けを拳で叩いた。
「ラインルエット、お前が国外追放した公爵令嬢のおかげで、国が救われたのだぞ? これが恥と言って、他に何と心得る?」
「……そ、それは」
ラインルエットは眉を八の字にして顔を俯かせる。
ルディナスは罪状を述べた。
「第二王子アーティンが情報を掴んでくれたところによると。そこにいる貴族、リットン公爵、ミスリード子爵、フィリット子爵、エルワール男爵は過激な思想を持っており、英雄ノクティアを殺害しようとしたとの事。まことに遺憾である」
貴族たちが悲痛の声を上げる。
「「そ、それはっ!」」
「黙れ貴族共! 王が喋っている最中だぞ!」
アーティンが叫んだ。その怒りは室内に緊張を与え、静寂をもたらした。
王は厳かに告げる。
「よって、いま言った貴族たちの爵位は剥奪、国外追放の刑に処す」
「「……そんな」」
貴族たちはつぶやいた後、押し黙った。世界の英雄となったノクティアを殺そうとした罪が、彼らの神経を圧迫している。
王は右手の指で顎髭をなぞり、第一王子を睨みつけた。
「次にラインルエットよ。選択を誤ったお前の罪は重い。リンドブルムを出て、これからは地方都市の領主をせよ!」
「ち、父上。あんまりです」
ラインルエットの顔が泣きそうに歪む。地方都市で貴族のまねごとするなど、王子である彼にとっては屈辱に他ならなかった。
「あんまりなものか」
ルディナスは静かに告げた。静粛に言葉を紡ぐ。
「ラインルエット、お前はもう我が子ではない。お前への王位継承は未来永劫無い。田舎の領主として、静かな余生を送ることだな」
ラインルエットはしゃがみ込んだ。手錠のかけられた両手を顔に当てて泣き出す始末である。しかし彼に同情を示す者はこの場にはいなかった。
そんな兄をアーティンは静かに見つめていた。
(当然のことだな)
今回の騒動は、国全体が恥じをかいたようなものである。そしてその選択したのは他でもないラインルエットなのだ。
もう会うことも無いだろう。
エミリッタ様も、兄からは離れるだろうな。
アーティンはため息を殺して、天井を見上げた。
彼は今も遠くにいるノクティアに思いを馳せる。
以前会ったことはあった。しかし話した事は少ない。
――貴方には、この国へと戻って来て欲しいのだが。
(無いだろうな)
心の中で嘆息する。
何はともあれ、リンドブルムには平和が戻った。
今、魔王軍に破壊された建造物の修理が、各地で行われている。
だが、英雄はこの国には帰らなかった。




