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第53話 ただいま

 愛しい人の声が聞こえた。



 ノクティアが声を響かせて彼の名前を呼んでいる。



「マコト!」



 激しい物音がした。



 彼女は何かと戦っているようだった。



 けたたましい足音が鳴っている。



「マコト! いま、助けてあげますからね!」



 彼はぼんやりとする意識で、心の中で手を伸ばした。



(ノクティア)



 助けに来てくれたんだね。



 すごく、嬉しいよ。



 涙が出るよ。



 嬉しい。



 ずっと、



 待っていたんだ。



 暴力を振るわれても、



 痛くても、



 骨が折れても、



 我慢して。



 瞬間、炸裂音がした。



「キャアァァアアアアッ!」



 彼女の悲鳴。



 そして、壁に激突するような音。



 戦っている敵に、ノクティアは暴力を振るわれたようである。



 ……。



 誰だ。



 ノクティアをいじめるのは、誰だ。



 可愛い存在。



(僕だけのノクティア)



 傷つけるのは許さないぞ。



 許さない。



 許さない!



 彼は一縷(いちる)の希望を抱いて唱えた。



 それは、メルメイユでマコトがずっと研究していた魔法術式。



 世界で誰も成すことの出来ていない、秘術である。



 一文一文、かみしめる様につぶやく。



「原初の灯り。


 それはたき火の炎。


 温もりは人々を癒やす夜の恵みとなりて、


 傷ついた貴方を治療し(たま)え。


 骨は癒着し。傷は塞がる。


 我が魔力は希望の火とならんことを、


 低頭低頭(ていとうていとう)、頭を伏してお頼み申す。


 ヒール」



 瞬間、マコトの身体が赤い光に包まれる。



 傷ついた身体が、起死回生の温もりで溢れた。



「な、何だ!?」


「勇者様!」



 男の少し高い声と、ノクティアの驚きの声が響いた。



 マコトは上半身を起こす。



 辺りを見回した。



 どうしてか見た目が魔王のように膨張したクラディアスがいる。



 その対面の壁際には、愛するノクティアが血だらけの格好で尻餅をついていた。



 状況はいまいち分からない。



 だけど、これだけは分かる。



 ノクティアはマコトを助けに来てくれていた。



 そして今、クラディアスと戦っている。



 マコトはまだふらつく意識を推して立ち上がった。



 そしてつぶやいた。



「許さないぞ」


「な、何を許さないって?」



 クラディアスの声が怯えて震えている。



 マコトの怒気が、空間をビリビリと圧迫させていた。



「ノクティアを傷つける者は、誰であろうと許さない!」



 彼は叫んだ。



 すでに暴走している魔力が、彼の身体をぐるぐると渦巻く。



 マコトは唱えた。



 高位魔法の長い呪文を読み上げる。



 しかしそれよりも早く、



「へ、へへ、遅いよ勇者! 底なし沼!」



 クラディアスが詠唱もせずにまた唱えた。



 マコトの地面に黒い渦が広がる。



 しかし黒い渦はちらちらとした赤い魔力へと代わり、マコトの身体に吸い込まれて行った。



「なっ、何だ!?」



 次期魔王となった男が驚愕の声を上げる。



 魔力はより大きな魔力に吸い寄せられるという性質を持つ。



 あまりにも大きな魔力を放っているマコトのそばで、クラディアスの魔法は形を成せなかったのだ。それどころか吸収されている。



 マコトが両手を掲げて、最後の一文を唱える。



「火の鳥、静かに降臨すべし、


 炎神(えんじん)



 勇者から放たれた火の奔流(ほんりゅう)



 それは鳥の形をかたどり、クラディアスへと真っ直ぐに飛んだ。



「ぶ、ブラックホール!」



 若き魔王は杖を掲げて、目の前に黒い球体を出現させる。防御するつもりだったのだろう。しかし、ブラックホールは火の鳥を飲み込み切れなかった。



「ああぁぁあああああああっ!」



 クラディアスの絶叫。



 魔王の身体が、地獄のような炎に焼かれる。



 謁見の間の壁に大穴が空き、石造りの床が焦げて灰になった。



 その光景を、ノクティアはただ見ていることしかできなかった。



 両手のひらを握り合わせて、祈るように勇者を見つめている。



 その目には涙が浮かんでいた。



 マコトは一歩、また一歩、ふらつく足取りで魔王に近づいて行く。



 クラディアスは、まだ死んでいなかった。



 両足と左手は焼け落ちてしまっていた。他の皮膚もまだ炎に焼かれている最中である。まだ動く右手を掲げて、狂気の叫びを上げた。



「お、終わりだ! お前ら、全員終わりだ! 地獄に落ちろお! ビックバン!」



 大爆発、



 それは突如として出現した結界に防がれていた。



 マコトとノクティアは驚きの声を上げる。



「えっ!?」


「ラスティン様!?」



 そこには駆けつけた彼らの上司がいた。



 持ち味の結界魔法を行使している。



 ピンク色の結界を張りながら、冷や汗を垂らしていた。



 ビックバンの爆発は、結界の外を激しく破壊している。



 ラスティンが叫んだ。



「マコト君! 今だ! やれ!」


「はいっ!」



 彼の意図を汲み、マコトは力強く頷いて唱えた。



「――死、


 死とはなんぞ。


 そなたは地獄の炎なり。


 我が敵を打ち倒す執念の輝きとなりて、


 愚者に死の恐怖をもたらし(たま)え。


 (うやま)(うやま)い申す。


 烈火」



 勇者が両手を構える。



 瞬間、大火が結界の奥の空間を飲み込んだ。



 城が削り取られて灰燼と化す。



 ラスティンはこちら側に被害が出ないように、必死で結界を張った。



 やがて爆発と炎は無くなり、クラディアスの存在は跡形も無く消えた。



 絵本のような破壊力。



 辺りに静寂が落ちた。



 崖となった城の前で、三人は集まった。



 ラスティンが冷や汗を浮かべてつぶやく。



「終わったか?」


「終わったようです」



 マコトが唇の端に笑みをたたえる。



「勇者様」



 ノクティアが彼に近づき、両手を差し出した。



「ノクティア!」



 二人は両手を取り合い、握り合わせて見つめ合う。



 どちらとも頬がほんのりと染まっていた。



 その目には涙が浮かんでいる。



 ノクティアは満面の笑みで告げた。



「マコト、ただいま」


「おかえり」



 マコトはもう想いを堪えきれなかった。両腕で血まみれの彼女の身体を抱きしめる。



 ノクティアはその背中に両手をそっと回した。



 ラスティンは頬をかいて、二人に背中を向ける。



 やがて、白い鳥に乗ったエミリッタが空から降りてきて、三人のそばに寄り添った。



「今の、すごい爆発でした! 本当に死ぬかと思いました!」



 どこか間の抜けた声でつぶやいたのだった。



 そして。



 こうして魔王との戦いは終わったのだった。



 不思議なことに、魔王を倒した後の世界には、魔物が消失していた。



 これから、四人はメルメイユの町まで帰宅することになる。



 エミリッタの召喚できる鳥には一人しか乗れず、再び荷馬車での旅であった。



 けれど、もう心配は要らないだろう。



 ノクティアとマコトを脅かす魔王という存在は、いなくなったのだから。



 これからも二人は、お互いを選び続ける。

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