第52話 王位継承
「見事だ」
魔王が静かに立ち上がりました。
禍々しい黒い角、翼、そして尻尾が生えています。
髪の色は、わたくしと同じ青色。
わたくしは立ち止まり、その黒いタキシードを睨みつけました。
血の匂いのする謁見の間。
室内には静寂が広がっていました。
わたくしはつぶやきます。
「魔王。マコトを返しなさい」
「王女ノクティアよ。お前を次期魔王に任命する」
「お待ちください!」
玉座の隣にいたクラディアスが跪き、頭を床にこすりつけました。
「陛下。次期魔王は、俺を選んでいただきますよう、何卒、何卒お願い申し上げます」
「クラディアスよ。もう決定したのだ。お前の意見は通らない」
「そこをどうか! 何卒、何卒!」
「くどい」
魔王がこちらへと進みます。
距離を空けて立ち止まりました。
「娘よ。
貴様こそが魔王にふさわしい」
わたくしはゆっくりと顎を振ります。
「わたくしは魔王になどなりません」
「お前が望む望まぬに関わらず、これはもう決定事項なのだ。
さあ、行くぞ。
王位継承を始める!」
ガディウスが両手の拳を握りました。
その身体から魔力がほとばしります。
足下には青い魔法陣。
魔力は勢いを増し、謁見の間が圧迫されるようでした。
室内が揺れています。
わたくしの体に熱いものが流れ込んできました。
「陛下あっ!」
クラディアスが悲鳴のような声を上げています。
わたくしの体に、巨大な魔力が流れ込んでいました。
このままでは、魔王になってしまう。
心臓が締め付けられました。
血が逆流するような不快感。
視界が青く染まっていきます。
飲み込まれそうでした。
魔王が宣言します。
「これは血だ」
わたくしは顔を歪めて歯をガチガチと噛み合わせます。
「拒めぬ」
その時、脳裏に浮かんだのは、
マコトの笑顔。
ラスティンの頼もしいお顔。
エミリッタの可愛いエクボ。
わたくしは両手の折れた剣をゆったりと構えます。
「違います」
剣を振り上げて、
下へと振り切りました。
「わたくしは、選びます!」
魔力の流れが断ち切れて、
わたくしに流れ込んでくる熱い奔流が止まりました。
ガディウスがひどく弱ったように顔をしかめます。
「ノクティアよ、その能力」
「魔王、その力、斬らせていただきました!」
「く、くそ。これではまずい!」
魔王の焦ったような声。
わたくしに流れ込む魔力が止まったとはいえ、ガディウスから溢れる王位継承は止まりません。
魔力は風向きを変えて、クラディアスに流れ込んでいきました。
「や、やあっったああぁぁぁああ!」
第二王子が喜びに声を上げています。
青い魔力が彼を包み、やがてその体がめきめきと膨らんでいきました。
伸びる黒い角、翼、尻尾。
四肢は膨張し、グレーのジャケットが内側から破けています。
「……しまった」
黒のタキシードが苦々しくこぼします。
魔王であったガディウスの体しぼんで行くようでした。
やがて王位継承が終わり、室内を静寂が支配します。
クラディアスは逞しくなった四肢を揺らして、立ち上がりました。
まるで怪物のようだわ。
前魔王ガディウスに彼は右手を掲げます。
「父上。王位継承をどうもありがとう。君はもう要らないよ」
「なん、だと」
「ひゃーっはっはっはっは! こりゃあ傑作な展開だ。すごく力が溢れるよ。ガディウス君ありがとう、君はもう要らないよ。この城に要らない、要らなーいっ」
「……そうか
それが貴様の選択か」
「うん。だから死んじゃって」
クラディアスが呪文を唱えもせずに行使します。
「ブラックホール」
ガディウスの目の前に闇が生まれて、その中に吸い込まれて行きます。
最後、彼が天井を見上げました。
「……そうだ。
我は、死にたかった。
やっと死ねる」
ガディウスが闇に飲まれて消えました。
クラディアスが肩を揺らして笑っています。
「う、うひひひひっ、何だこの力、すっげーじゃん」
こちらに彼が向き直りました。
心の底から嬉しそうな笑みを浮かべて宣言します。
「姉さぁん、君も要らないよ
この世界に、ね」
どうやら、戦いはまだ終わっていなかったようです。
わたくしは唇を噛みしめて、
――止めて見せますわ。




