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第50話 試験

 魔王城の内部は気味が悪いほどにシーンとしていました。



 精鋭級のモンスターが待ち構えているとてっきり思っていたのだけれど、



(誰もいませんわ)



 おかしいです。



 まるで、魔物は出払っているかのようであり。



 どこかに戦争に行っているのかしら?



 まさか、ね。



 わたくしはポケットの中にくくりつけていた水筒を取り出します。



 いつか、マコトが病院にかかった時にお医者様からもらったポーションが入っていました。わたくしはその瓶の液体を頑丈な水筒に入れ替えて、持って来ていたのです。



 とても高級なもの。



 フタを開けて、半分ほど飲みました。



 傷が癒えて、折れた骨が修復していきます。体力が戻り、わたくしは元気を取り戻しました。



 もう半分は取っておきましょう。



 フタを閉めて、水筒をポケットに戻します。



 王城の通路を歩き、階段を二つ上って、また通路を歩きました。やはり、何も出て来ません。そのまま大きな鉄の扉へと進みます。



 おそらくここが、謁見の間。



 瞬間、左右の燭台の上の魔法灯に赤い光が灯りました。



 嘘!



 不気味な演出に、わたくしは体に鳥肌が立って、



 右手で、鉄の扉を押し開けます。



 ギイィィ。



 床には赤い絨毯が敷かれていました。



 シャンデリアの魔法灯の赤い光が、室内を照らしています。



 奥には段差があります。その上の禍々しい玉座に、紫色の肌の男が足を組んで座っていました。威厳のある角に鋭い牙。タキシードを着ています。そしてわたくしと同じ、青色の髪。



 玉座の隣には、ナニカが置かれています。



 黒く変色したよく分からない物体。



 ……あれは何なの?



「ようこそ、我が娘よ」



 魔王がつぶやきました。



 わたくしは剣を左手にぶらさげたまま、室内に入ります。背後で鉄の扉が閉まる音がしました。



 問いかけます。



「貴方が、魔王?」


「いかにも。我が魔王ガディウスである」


「マコトを、返してもらいに来ましたわ」


「マコト? 勇者のことか?」


「マコトはどこにいるのでしょうか?」


「ふむ。勇者なら、そこに」



 ガディウスが玉座の隣のナニカを指さしました。



 ……え?



 わたくしがよくよく目をこらすと、そのナニカは、暴力を受けてボロボロになった動物か魔物か。



 体はところどころが陥没し、血液が黒く固まっています。足はあらぬ方向へと曲がっていました。両手首には拘束されていた跡があり、今は自由になっていて、



 ……人ですの?



 いえ、



 そんなはずはありません。



 けれど、



 勇者様なの?



 ……息をしているの?



 わたくしは駆け寄ろうとして、



「マコト!」


「動くな!」



 ガディウスが右手を伸ばして待ったをかけます。



 わたくしは立ち止まり、歯をガチガチとかみ合わせました。



 愛するマコトにこんなむごい仕打ちをして、



 許しません。



 ふと、右手の方の影から男が出現し、魔王の隣へと歩きました。



「あーはっはっは。この男、中々壊れないんだよねー。ちょっとやり過ぎちゃったよ。姉さぁん、久しぶりー」



 灰色のジャケットに両手には杖、クラディアスでした。高らかに声を響かせています。その声は、暗闇に住まう幽霊のような醜い響きをまとっていました。



 魔王が顔を向けます。



「クラディアスか。リンドブルム侵攻はどうなった?」



 クラディアスは右膝を床に着き、



「はっ。陛下、リンドブルムは崩壊寸前、間もなく陥落します」


「そうか、よくやった」


「はっ。それでは陛下、俺に後継ぎを任せてもらえますか?」


「待て。その前に第一王女の試験だ。クラディアスよ。お前も見ておくと良い。娘が次期魔王にふさわしいかどうか、をな」



 わたくしは驚愕していました。



 ……リンドブルムが崩壊ですって?



 そう言えば、今の王国には勇者様も、わたくしも、エミリッタもいません。



 実力者が不在の中、魔王軍に攻めたてられれば、ラインルエットの浅知恵では心許ないです。



 だから、この魔王城にはモンスターがいなかったのね。



 本当に出払っているようです。



 わたくしは尋ねました。



「クラディアス。貴方がマコトに暴力を振るったのですか?」



 彼はこちらに体を向けて、



「そうだよぉ。姉さぁん。体にちょっとイタズラをして、どうやったら心が壊れるか試したんだ。だけどさぁ、この勇者、中々壊れないんだよぉ。さすがは勇者。心も勇者だったみたいでさぁ」


「そう、


 よく分かりましたわ」


「よく分かりましただって? 何そのムカつく言い方。っていうか早く死んでくれない? そうすれば、俺が次代の魔王になれるんだ」



 そこで魔王が組んでいる両足を組み替えました。クラディアスが黙り、また頭を垂れます。



 ガディウスが呼びました。



「ラナウス」



 ――次の瞬間。



 音も無くそこにいました。



 玉座の前に青い鎧を来た兵士が出現します。



 転移魔法でした。



 魔王軍騎士団長、ラナウス。



 その名前は有名でした。遙か昔から魔王城に仕える鉄壁の騎士。その姿を見たものは決して生きては帰れないと語り継がれています。いくつもの国を滅ぼし、そこにはラナウスの姿あり、と。そのように古文書にも記載がありました。



 魔王は試すように喉を震わせます。



「娘よ。試験だ。勇者を助けたくば、ラナウスと戦って倒してみせよ」


「試験など、知ったことではありません。マコトを返してもらいます。そしてこの場にいる全員は、死を覚悟しなさい」



 わたくしは決然と言い放ちました。



 クラディアスが眉にしわを寄せて、



 魔王が愉快そうに笑みを浮かべます。



 彼が右手を掲げました。



「ラナウス。娘をやれ」


「御意」



 青い鎧の魔物が立ち上がり、こちらを向きました。



 兜、鎧、すね当て、鉄の靴。ラナウスは全身が鉄に包まれており、その肌は覗くことはできません。鞘から大振りの剣を抜き放ち、両手にゆったりと構えました。



 彼が喋ります。



「ここから先は通さない」



 ラナウスが右に剣を薙ぎました。



「女。通りたければ、強さを示せ」



 わたくしも剣を掲げます。



 さあ。



 戦いの始まりですわ。

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