第49話 友よ
もう体力が尽きかけていました。
倒しても倒しても、数が減ったように見えない魔王軍の群れ。
それでもわたくしは剣を振り、ラスティンを防衛します。
彼が唱えました。
「地震に海が荒くれて、猛威となりて押し寄せよ。
津波」
地が揺れます。
大波が起こり、モンスターたちが一気に流されて行きました。
その勢いは凄まじく、五十人ほどの魔物が地面に倒れて動かなくなります。
わたくしは巻き添えにならないように、ラスティンのそばに避難しました。
彼はぜいぜいと肩で息をしています。
「ラスティン様、体力は大丈夫ですか?」
「何の、これしき」
「お守りします。少しお休みになって」
「そうはいかない」
ラスティンの体はもう汗まみれです。
わたくしも同じでした。血まみれの泥だらけです。
ゾンビ騎士がまた近づいてきました。
わたくしは走り、剣でその喉をはね飛ばします。
スパンッ。
ふと、空中を泳いでロザリーが近づいて来ました。
「人間の分際で、中々やるじゃないか。さすがは魔王様の血を引いているってところかしら? だけど、もうそろそろ終わりみたいね」
状況は劣勢でした。
「あら、まだまだピンピンしていましてよ?」
「強がりもここまで来ると喝采ものだね。だけど、次のはどうかしら?」
魔王軍の向こうから、大きなゴーレムが歩いてきていました。
角ばった茶色い肌。象のように太い手足。人型の巨大魔獣。しまった、あれはこの小さい剣では斬れません。
ロザリーが高笑いします。
「あはははっ、死んじゃいなさい。魔王様の娘」
「くっ!」
わたくしは唇を噛みました。
ラスティンの方を向くと、彼も顔を引きつらせています。
――わたくしが。
わたくしがやらなければ。
ゴーレムに向かって走り出します。
(上手に首を貫ければ!)
ゴーレムはその巨体に似合わぬ身のこなしで腕を振り上げ、わたくしを薙ぎ飛ばしました。
「ああぁぁああああっ!」
どこかの骨が折れるような鈍い音。
体がはね飛ばされて、地面を転がります。
ごろごろと回転して、止まりました。剣を地面について立ち上がります。すぐ目の前ではゴーレムが両手を握り合わせてわたくしに振り下ろそうとしていました。
「このっ!」
泣きそうになりながら、両手の剣で受け止めます。
ズドンッ。
「ああぁああああ!」
悲鳴を上げながら、ゴーレムの両腕を止めました。両足のついている地面がくぼむほどの衝撃です。
ラスティンが唱えます。
「水怒り、猛威とならん。
水弾」
彼の杖から水の刃が飛びました。
青い魔法弾がゴーレムの胸に突き刺さりますが、傷がついただけです。ゴーレムは痛くもかゆくも無いという風に、また両手を浮かせて、振り下ろそうとします。
(ラスティン様!)
――もっと高位の魔法を撃ってくださいまし!
わたくしは彼をちらりと振り向きました。
だけど、ラスティンはひどく疲れたように肩で息をしていて。
もう、体力の限界なんだわ。
わたくしはまた泣きそうになりながら、ゴーレムに向かって走り出します。
握り合わせた両手が振り下ろされて。
わたくしは横に飛んで回避しました。
だけど地面が爆発するような衝撃があり。
横に吹き飛ばされます。
「キャアァァァアアッ」
地面をまた転がるわたくし。
その頭上に、ゴーレムの両腕が振り下ろされます。
わたくしは立ち上がれなくて、
もう立ち上がる力が残っていなくて、
死んだ?
(……マコト)
「ノクティア君、避けたまえ!」
後ろでラスティンが叫んでいます。
空中ではサキュバスがおかしそうに笑っていました。
「あーっはっはっは。ゴーレム、殺してしまいなさい!」
わたくしは。
わたくしは、もうダメでした。
……ごめんね。
ごめんね、マコト。
わたくしは、貴方を助けられませんでした。
メルメイユでの彼との幸せな生活が、走馬灯のように脳裏を駆け巡ります。
ああ。
楽しかったな。
あの頃に戻りたい。
たったの二ヶ月と少しだったけれど。
幸せでした。
人生で、一番。
ゴーレムの両手がわたくしを押しつぶそうとした――その瞬間。
――友よ。
その声は、確かにわたくしの耳に届きました。
戦場が一瞬止まります。
「光刃、射貫いて炸裂せよ。
ライトエクスプロージョン」
光の大爆発。
ゴーレムの両手が吹き飛んで粉々になりました。
「嘘!」
そう叫んだのは空中にいるロザリー。
わたくしは目を瞠りました。
立ち上がり、後ろを振り向きます。
見覚えのある光属性の高位魔法でした。
空から、白い鳥に乗ったブロンドの女性がこちらに杖を向けています。馴染みのある可愛らしい顔立ち。その両目が精悍に輝いていました。
エミリッタ。
貴方なの?
どうして来たの?
彼女は飛来し、わたくしの隣に降りたちました。ピンク色のローブを風になびかせて、両手に杖を持ち、守護するように立ちはだかります。魔法で召喚していた鳥が飛び立って空へと帰っていきました。
ロザリーが気に入らなさそうに叫びます。
「誰だお前は!?」
エミリッタは毅然とした笑みを唇の端にたたえます。
「私の友達を傷つけるのは、
エミリッタの名において、
許しません」
「何ですって!?」
ボンテージの女が顔をひきつらせます。
ブロンドの王太子の婚約者は歌うように詠唱しました。
「光放ちて太陽の恵み。
愚かなる敵を打ち砕く聖なる光。
さあ、我の敵を滅ぼし給え。
願わくば脅威を救う一筋の木漏れ日となりて、
恐縮恐縮、申し上げる。
サンサレア」
瞬間、空から玉のような光が地面に落ちて、
大爆発。
魔王軍の群れが一気に燃え散って行きます。
まるでおとぎ話のような破壊力。
皇帝級魔法使い、エミリッタ。
凄いですわ。
数百体のモンスターたちが、一挙に灰燼と化しました。
「き、キエェェエエエエエエ!」
ロザリーが悲鳴を上げて、光に飲まれて砕け散ります。
魔物の誰かがつぶやきました。
「な、何だ今のは?」
魔王軍が恐怖に揺れています。
静寂が辺りを支配して、
光が消える頃、わたくしは隣にいる彼女に声をかけました。
「エミリッタ!」
「ノクティア様!」
金髪を揺らして、彼女が抱きついてきます。
学園の頃から変わらないノリに、わたくしはよしよしとその髪を撫でました。
「エミリッタ、貴方の服が汚れてしまいますわ」
「そんなこと、どうでも良いでございます」
「どうして来たの?」
「大好きですぅ」
わたくしは笑いがこみ上げて、クスクスと微笑をこぼします。
「エミリッタ、ここは戦場ですわ」
「そうでした!」
エミリッタが両手を解いて、それからまた杖を掲げました。
崩壊した魔王軍の残存兵を睨みつけて、彼女がわたくしに提案します。
「ノクティア様、ご事情は分かりませんが、魔王城へ用事があるのですよね?」
「はい。今、マコトが捕らえられています」
「勇者様が?」
「ええ」
「でしたら、先にお行きになって! 私も後で追いかけます」
「いいの?」
「はい!」
エミリッタがぷくっと頬に笑みを浮かべて、エクボをたたえます。
「ノクティア様、この戦いが終わったら、マコト様と結婚式ですね!」
「冗談はよして」
「あら、冗談なのですか?」
「それは……」
わたくしはここが戦いの場であることも忘れて、頬を赤らめました。
ふと、後ろからラスティンが歩いてきます。
「ノクティア君、行きたまえ」
エミリッタが同意して頷きます。
「ノクティア様、積もる話はまた後で!」
「お二人とも、ありがとう!」
わたくしは目に涙が浮かんで、鼻をすすります。
「本当に、ありがとう!」
「全ては友情のためなのです!」
「エミリッタ。これが終わったら、家でクッキー焼いてあげるから」
「当然のクッキーでございます」
「あははっ、それじゃあ、先に行くわ」
「行ってらっしゃい。ノクティア様」
エミリッタに背中を押されて、わたくしは歩き出しました。
恥ずかしくって、やがて走ります。
マコトを助けなければいけません。
魔王城への侵入の時が来ていました。
やっと。
やっとです。
マコトに会える。
――もう、止まりません。




