第48話 それでも、進む
日照りで焼けた荒野を一人で歩いていました。
最後の町を出発してから、もう二時間半ほどが経とうとしています。踏みしめる大地は石畳のように硬いものでした。ここはまるでドラゴンの住処のようであり。そんな妄想がふと胸をよぎりました。そしてそれは比喩ではありません。地図通りであればこの先はエヴルヘイムであり、魔王城が確かにあるのです。
カバンは持ってきていません。宿屋に置いてきました。
腰にはベルトに携えられた鞘と軍剣。
左手には水筒。
右手には地図。
恐怖はありました。
けれど、それだけです。
やがて見えてきます。
盛り上がった巨大な岩岩の間に、ひっそりと佇む灰色の大きな城。
びっくりしたことに、城の前にはモンスターの大群が整列しています。
――感知されていたようですわ。
魔物の群れの先頭にいるのは、いつか戦った覚えのあるサキュバスでした。
真紅の髪色にボンテージの服。
名前はロザリーです。
わたくしが立ち止まると、ロザリーがゆったりと歩いてきました。余裕綽々の足取りで、唇を舌でべろりとなめ回します。
「お嬢さん、まさか一人で来たのー? 馬鹿みたい」
「どうとでも言いなさい」
わたくしは地図と水筒を投げ捨てました。歯を噛み合わせて鞘から剣を抜き放ちます。
「一人でやるって言うの? この軍勢を見て、貴方勝てると思うの? 頭おかしくなったんじゃない?」
「覚悟は決めていますわ」
「覚悟? 覚悟であたいたちを殺せるのなら、軍は要らないわよ」
「黙りなさい。お喋りはここまでです」
わたくしは剣を構えて一直線に走り出しました。ロザリーに斬りかかろうとします。
彼女は翼を広げて、後方に浮き上がりました。
「へえ、本当にやるって言うんだ! じゃあ見物してあげるわよ。これって何て言うんだっけ? リンチ、じゃなくって。袋のネズミ、じゃなくって、巨人とカエルの戦いって言えば当てはまりそうだわ。あはっ」
「黙りなさい!」
わたくしはまた足を止めて、後方の上空へと下がっていくボンテージの女を睨みつけました。翼は小さいのに……やはり、魔法の力で飛んでいるようですわ。
「ほーら、みんな、やっちゃって! 踏んづけちゃってもいいわぁ!」
サキュバスが大軍に号令をかけました。
「「おおおおおおっ!」」
オタケビともつかない巨大なひしめき声を上げて、わたくしへと魔物がなだれ込んで来ます。
(死にませんわ)
――マコトに会うまでは。
わたくしは剣を振り上げて走ります。
ゾンビ兵の首を、
一閃。
オークの肩を、
袈裟斬りにして。
風のように駆け抜けました。
相手の兵は千を超えています。
けれど少ないと思いました。
城の中には、この何倍もの兵士が隠れているはずだわ。
もっと強い精鋭級のモンスターです。
ここで倒れる訳にはいきません。
相手の剣を受け止めて、
わたくしは逆回転してその腹を一刀両断。
「おおおっ!」
後ろからやってきたホーンブルに、
足払いを決めて、その喉に剣を突き刺します。
はぁ、はぁ。
首筋に垂れる汗。
良い感じです。
体が温まってきましたわ。
空中ではサキュバスが両手を叩いて喝采をくれました。
「やるじゃないかお嬢さん! じゃあ、こういうのはどうだい! みんな、魔法を使ってやりな!」
遠くにいるモンスターのメイジたちが一斉に呪文を唱えます。
まずいです!
わたくしは魔法を斬れると言っても、四方からの射撃にはさすがに手が回りません。
「「炎壁!」」
「「水圧弾!」」
「「風刃!」」
「「岩蜂起!」」
わたくしは剣を振り回して一回転、全て切り裂こうとするのですが、
轟音。
「あああぁぁあっ!」
真下の地面が勢いよく隆起し、わたくしは空中にはね飛ばされました。
肋骨が折れるような衝撃。
「ぐはっ……」
喉から血がせり上げて、口にサビの味が広がりました。
(……マコト)
……痛い。
けれど、
負けません。
きりもみする体をなんとかコントロールして、空中で一回転しました。地面に足からしゃがんで着地します。けれど、衝撃ですごく足が痛い。
「「うほっ!」」
オーク兵の二人が前後からわたくしを挟み撃ちにしようとしました。
わたくしは飛び上がって空中で横回転。
二人の首を切り飛ばします。
「「ぐぼおおぉぉおおっ!」」
断末魔が響いて、
鮮血がわたくしの白い服を赤く染めて行きます。
まるで修羅のように、わたくしは笑いました。
「死にたい者からかかってきなさい」
「「うおおおおっ」」
勇敢に攻め込んでくるモンスターたち。
それからも、戦いが続きました。
魔物が肉塊に代わり、
血しぶきが舞って、
わたくしの体力がどんどん消耗していきます。
もう、100体も倒したかしら?
だとしたら、残りはあと900体以上です。
立ち止まる訳にはいきません。
さあ。
(かかってきなさい)
ふと、右斜め後方から轟音を響かせる魔法弾が近づいて来ました。
嘘!
わたくしはすぐに振り向き、弾を切り裂こうとします。
剣と弾がぶつかり合いました。
すぐには裂けず、剣と魔法弾の押し合いになり。
この威力、連携魔法だわ!
ふと遠くを見ると、ダークメイジの三人が息を合わせて呪文を唱えています。
また撃つ気なのね!
刹那。
わたくしの背後から振りかぶられる、鈍色に光る斧。
振り向くと、ホーンブルが武器を振り下ろそうとしています。
しまっ……。
殺されてしまう。
(マコト)
その時です。
わたくしを助けるように、水の爆風が起こりました。
粉塵が上がります。
わたくしは一瞬目を閉じて、後ろへと飛びすさります。
押し合っていた連携魔法の弾は力を無くして消えていました。
何が起こったの!?
急いで走りだし、粉塵から外へ出ました。
地面に立っていたのは、
銀髪のくせっ毛に眼鏡の男。
黒のローブに手入れの繰り返された光沢を持つ杖。
「ラスティン様!」
「うなれ雨風、今宵は嵐となりて。
加速!」
ラスティン様がわたくしに加速の魔法をくれました。
体が緑色の光を帯びます。
「どうして?」
ラスティンはニヤッと笑いました。
「部下の命を守るのは、上司の役目です」
「こんなところに来たら、貴方は死んでしまいます!」
「死なんよ」
「わたくしは、わたくしは、貴方を……」
「選ばれないことは分かっている。
それでも、
私は来た」
ラスティンが杖を構えます。
モンスターたちが怯えて立ち止まりました。ぐるると吠え声を上げます。
ラスティンは力強く宣言しました。
「さあ、マコト君を助けに行こうじゃないか!」
「いいのですか?」
「ふっ、これも仕事だ」
キザったらしく微笑む頼りがいのある上司。
わたくしは温かい感情が胸に溢れて止まりませんでした。
「い、行きます!」
わたくしは剣を構えて、また魔物の群れに突入します。
「雨は川を暴走させよ! やがて洪水とならん。
大水!」
大きな水しぶきが一直線に放たれて、モンスターたちが一斉に倒れて行きます。
すごいわっ!
……ラスティンは強い。
わたくしは加速した足取りで敵を蹴り上げ、そのまま斜めに回転斬りを放ちます。
裂けるモンスターのピンク色の肉体。
さあ、次は誰かしら?
わたくしはラスティンの元を離れず、防衛するように魔物を片っ端から斬り裂いてゆきます。
その間にもラスティンが詠唱を終え、魔法を放ちました。
長い戦い第二の幕開けです。
(マコト)
(マコトッ)
ラスティン様も来てくれたよ。
もうすぐ、
もうすぐ行くからね。
待っていて。




