第47話 勇者たちの不在
リンドブルムの南門は決壊寸前だった。
押し寄せている魔王軍が、門を破壊しようと攻撃を重ねている。けたたましい音が響いており、木造りの門が激しく揺れていた。
内側で、人間の司令官の一人が叫んだ。
「魔法使いの全員! 集結魔法を唱えろ」
「「はっ!」」
集まっている魔法使いの人数は100人を超えていた。魔法使いたちが合唱を歌うように呼吸を合わせて呪文をつぶやく。地面には緑色の魔法陣が広がり、風属性の魔法が行使されようとしていた。
門の外で戦っていたリンドブルムの兵士はすでに全滅していた。否、一人だけ生き残っている者がいる。異名を静刃と呼ばれる巨躯の兵士である。
敵兵士の中心で、彼は剣を振り上げて豪快に笑う。
「さあ、俺を殺して、名を上げてみよ!」
静刃は剣を二度薙ぐ。オーク兵二体の首が飛んで血しぶきが舞った。戦場に降り立った戦神のごとく、彼は命尽きるまで暴れ続ける。
しかしその背後では門が崩れかけていた。
その時、扉が一気に内側へと開いた。
ギィィバッタンと大きな音が鳴る。
何事だ!?
静刃は眉をひそめてそちらを見つめる。
瞬間だった。
魔法使いたちが声を合わせて、呪文の最後の一文を唱え上げる。
「風の矛よ、きらめいて平原を駆け抜けよ。
ウインドランス」
門から風の大槍が一直線に射出される。
押し寄せていたオーク兵たちの体が砕け散るように地面へと倒れた。もの凄い威力である。
上がる悲鳴。
……馬鹿な。
静刃は悲観した。門のわきにいたオーク兵たちが町へと侵入しようとする。人間の騎士が出て来て剣で応戦しているが、数に押し切られるのも時間の問題だった。
門の手前では人間の兵士たちが焦ったように息をきらせていた。
「おい! 集結魔法を撃ったのに、敵が来たぞ!」
「敵の数が多すぎるんだ!」
「こんな時に、勇者はどこにいるんだ!?」
「ノクティア様は!?」
「エミリッタ様は!?」
誰もが同じことを思っただろう。しかし、その三人は不在である。一体誰のせいでいなくなったのか? 噂を知らぬ者はいない。
誰かが叫んだ。
「もう一度集結魔法を!」
「ダメだ! いま撃てば味方にも当たる」
「そんなことを言っている場合じゃ無いでしょう!」
門前では、騎士たちがオーク兵に押し負けている。
一人、また一人と味方が死んでく。
リンドブルム町中へのモンスターの侵入をやがて許してしまっていた。
◆◆◆
リンドブルムの民家が炎上を始めたという知らせは、すぐにラインルエットたちの元へと届いた。
門は突破されており、高位の魔物も現われているらしい。
会議の円卓を囲んでいる面々は、絶望に顔を歪めていた。誰も言葉を発さない。ただただ、状況を悲観している。
ここに来て、ラインルエットの指示を誰も必要とはしなかった。
彼は両手を口元に当てて爪をかんだ。まるで赤ん坊である。
(ノクティア、エミリッタ、勇者。どこへ行ってしまったんだ!?)
彼の頭の中ではパニックが起きていた。
(どうすればいい?)
(どうすればいい?)
(どうすればいい?)
ふと、扉が開いて大柄の男が入って来た。
黒い鎧に身をつつみ、その体はモンスターの返り血で濡れている。ラインルエットの弟、第二王子アーティンだった。武将で知られる男である。第二王子でありながら、騎士団長も務めていた。
「どうした? 弟よ」
ラインルエットが振り返る。
アーティンは無言で兄の顔面を殴り飛ばした。
「げふっ!」
「この野郎! 兄上! いますぐノクティア様と、エミリッタ様と、勇者様を連れて来い! それができなければ、リンドブルムは崩壊だ!」
ラインルエットは頬を手で押さえて上半身を起こす。
「いきなり兄を殴るとはな」
「お前が捨てたせいだ! ノクティア様を!」
アーティンはラインルエットに馬乗りになり、その顔を両手の拳で殴りつけた。瞳からは悔しさの涙が溢れており、もの凄い剣幕である。
「ぐふ、げふっ、やめろっ、馬鹿っ!」
「兄上のせいで、お前のせいで、リンドブルムは崩壊だ!」
参謀と軍師がアーティンの肩に手を伸ばしかける。
しかし、すぐに引っ込めた。
ラインルエットが悪い。
それは誰もが思っているところだった。
やがてラインルエットの顔面が痣だらけになる。それでもアーティンは殴り続けた。兄が気絶するまで続けた。
リンドブルムが陥落するのはもう時間の問題である。
臣下たちは心の中で逃げる算段を考え始めていた。
あの時のノクティアの直感はやはり正しい。
――リンドブルムには、彼女を必要する時が訪れていた。




