第45話 想いの夜、戦火の朝
パチパチとたき火が燃えています。
あれから何日が経ったでしょうか?
夜。道ばたで野宿をしていました。わたくしたちを運んでくれている荷馬車が近くに止まっています。たき火の周りには御者、そしてラスティンとわたくしがいました。男性方二人が、毛布にくるまり寝息を立てています。
……眠れませんわ。
わたくしはたき火の炎を見つめながら、その番をしていました。もう消してしまっても良いのですが、眠れる気が全くしません。なので、また新しい枝を差し込みます。
この炎はまるで勇者様の命のようですわ。
たき火が消えれば死んでしまうのかしら?
そんな妄想が脳裏に生まれて、わたくしの心は哀愁に包まれます。
「眠れませんか?」
ふとラスティンの声が響ました。
上半身を起こして、彼がこちらを眺めます。
「起きていたんですの?」
「ええ」
「眠っていて良いですわ。たき火はわたくしが見ておきますので」
「美しいな」
「……え?」
びっくりしました。
ラスティンは穏やかなお顔でまたつぶやきます。
「君は、マコト君のどこが好きなんですか?」
「それは」
わたくしは夜空の星に顔を上げて、それから返答します。
「可愛いところ」
「……そうか」
ラスティンが枝を手に取り、たき火にくべました。パチッと音が鳴ります。
それからまた地面に腰を下ろしました。
「私みたいな男はどう思う?」
「あら、ラスティン様は男性として、十分魅力的ですわ」
「どんなところが?」
「他人への理解のあるところでしょうか?」
「なるほどね」
銀髪にくせっ毛の彼が、切なそうに目を細めました。
「もしも、君と出会うのがもっと早ければ……」
「はい」
「何でも無い」
「そうですか」
闇の中、たき火の音だけが静かに響いていました。
ふと少し離れたところで獣のような鳴き声がして。
「え?」
「静かに、モンスターだ」
わたくしとラスティンが武器を持って立ち上がります。彼が置いていた眼鏡ケースを手に取り、開いて眼鏡をかけました。
馬がびっくりしたように立ち上がりました。落ち着かなさそうにぶるると鼻を鳴らしています。
わたくしたちは鳴き声の方向へと歩いて行きます。
デアウルフが四体。
暗闇を滑るように、こちらへと歩いてきていました。
ラスティンが嘆息します。
「……やはり、ノクティア君を狙っているのか」
「ラスティン様、わたくしが前衛を」
「頼めますか?」
「はい!」
走り出します。
「ばうっ!」
一体のデアウルフが飛びかかってきました。
わたくしは体をしならせて、
下から上へと剣を振り上げます。
一閃。
デアウルフの首をはね飛ばしました。
ラスティンが唱えます。
「水怒り、猛威とならん、
水弾」
ラスティンの放った水の刃がデアウルフの頭を弾き飛ばします。頭骨が割れたようで、地面に崩れて沈黙しました。
わたくしは走り、残りに二頭に肉薄します。
「来なさい!」
「ばうばうっ!」
一頭の巨大な口が眼前に迫りました。
わたくしは剣で防御します。
しかし、デアウルフがわたくしの刃に噛みついて離しません。
「このっ!」
わたくしは全身に力を込めます。
込めすぎたせいで、脳裏に怒りが湧きました。
馬鹿力をそのままに、デアウルフが噛みつく剣をその獣ごと、振り上げて地面に叩きつけました。
「きゃぅんっ!」
衝突音。
モンスターの口が裂けます。
わたくしは剣を抜き、その喉を一突き。
デアウルフの首から血が溢れて、そのまま痙攣して動かなくなりました。
「きゃぅぅん!」
最後の一頭がおびえた声を上げて逃げて行きます。
わたくしは少し荒れた息を整えて、それから肩を落としました。
どうやら、難を逃れたようですわ。
ラスティン様が近づいてきて、わたくしの肩に手を乗せます。
「たき火に戻りましょう」
「ええ」
わたくしはデアウルフの体毛に剣をこすりつけて、血のりを取ります。
それから、たき火の元へと戻りました。
そこには御者が起きていて、何事かとこちらを注視しています。
ラスティンが事情を説明して、また就寝となりました。
それにしても、厄介な旅ですわ。
◆◆◆
空には朝日が昇ろうとしている。
リンドブルムは騒然としていた。
王都の前に魔王軍が転移し、攻め込んで来ているのである。
王城の謁見の間の円卓には、ラインルエット、参謀、軍師、重臣、老臣が集まり、会議をしていた。
「エミリッタ様は、こんな時にどこへ!?」
老臣の一人が叫ぶ。
ラインルエットは困ったようにかぶりを振った。
「……分からない」
皇帝級魔法使いエミリッタ。
世界でただ一人の最強の魔法使い。
第一王子の婚約者である彼女は、先日から姿を消している。
どこへ行ったか? そんなことは分かっている。ノクティアの元へと行ったのだ。彼女は、婚約者にお忍びで、ノクティアの心配をしに出かけてしまった。
ラインルエットは参謀と軍師に尋ねた。
「騎士団で、魔王軍を押し戻せるか?」
「いま、王都の門前で戦闘が繰り広げられています」
「殿下、私に策がございます」
軍師が提案をほのめかした。
「言ってみろ」
「はっ、門の手前に魔法使いを集合させて、集結魔法を唱えるのです。そして門を開け、瞬間になだれ込んで来た敵軍勢を魔法で焼き払うのです」
「……それしか無いか」
第一王子は爪を噛んだ。落ち着かなさそうに貧乏揺すりをする。
「とにかく、ノクティアを早急に連れ戻せ! そこにエミリッタもいる! 連れ戻せ!」
最強の剣士であるノクティア。そしてエミリッタがいれば魔王軍の侵攻など、取るに足らない出来事だというのに。
分かっていて、彼はノクティアを手放してしまった。
エミリッタと結婚するために。
その行動の結果、窮地の場には二人ともいない。
くそう……くそう。
こんな時に王は病床に伏せっていた。
頼れる者は周りにいる部下たちのみである。
「皆の者、門の手前に都中の魔法使いを集結させよ。集結魔法を使う」
「「御意に」」
その場にいる全員が頷いた。
ノクティアよ。
(なぜ俺は追放してしまったのだ)
そしてエミリッタ。
今、どこにいるのだ?
早く、帰還してくれ。




