第44話 遠ざかる灯り
踏みならされて轍が出来た硬い地面。
荷馬車の車輪がトトントトンとリズミカルに音を立てていました。
メルメイユ町からファナン村行きの荷馬車が出ていて助かっています。わたくしたちは馬車の主人の行商のついでに乗せてもらっていました。もちろんお代金は支払っています。
馬車の荷台の壁に背中をつけて、わたくしは三角座りをしていました。ため息がこぼれます。マコトを早く助けたいのに、魔王城にたどり着くまでには十日がかかりそうでした。
生きていてくれればいいのですが。
天井と壁の隙間から空を覗くと、わたくしの気分をあざ笑うかのような快晴でした。ちぎれ雲が浮かんでおり、風に乗って流れています。暑いけれど、荷馬車が走っているおかげで風が吹き込んでいました。
対面に座って足を伸ばしているラスティンが、自分のカバンから銀紙に包まれたお菓子を取り出します。半分に割って銀紙をやぶり、チョコレートをこちらへ差し出しました。
「ノクティア君、食べるかい?」
「ごめんなさい。食欲がありませんの」
「そうかい。では、私一人で食べるとしよう」
ラスティンがお菓子の茶色い板をかじります。甘い味わいに笑みを浮かべました。
「ラスティン様は、何というかその、緊張感がありませんのね」
「あきらめていますからね」
銀髪にくせっ毛の彼が、眼鏡の縁をくいと上げました。
「あきらめている?」
「ああ、あまりにも無謀だから、ね。私とノクティア君の二人で魔王城に襲撃したところで、死が待っているだけです」
「では、どうしてわたくしに着いてくるのですか?」
「守るためです」
「守る?」
「ああ」
「……よく、分かりません」
「ノクティア君。この旅で君は気づくだろう。大軍の前に、自分がいかにちっぽけな存在に過ぎないかということを」
「わたくしにはマコトを助けられないと?」
「助けたい気持ちは理解している。しかし現実は甘くないということだ」
「……気分が悪いですわ」
「ノクティア君」
そこでラスティンは真剣な表情をしました。お優しい表情を浮かべて言葉を紡ぎます。
「君には別の選択肢もあるんだがね」
はっとして顔を上げます。
彼の静かな瞳がわたくしの胸を射貫きました。
わたくしはまた顔を落として、もじもじと身じろぎします。
「それはどういう意味でしょうか?」
「君に好意を寄せる男は、マコト君だけでは無い」
「ではラスティン様は、わたくしのことをどう思っていらっしゃいますの?」
「君は私にとっての、永遠の観測対象だ」
「趣味が悪いですわ」
「気持ちの悪い言葉だったかな?」
「そうではなくて、違います」
わたくしは首を振りました。
目を細めて、唇を噛みました。
「わたくしのようなどんくさい女に対して、かけるべき言葉ではないという意味です」
「私は君ほど素敵な女性を知らない」
ラスティンの熱っぽい視線。
わたくしは、ちょっとドキドキとして、
どうしてか罪悪感を覚えて、
顔を俯かせました。
「少し、休みます」
「ああ。そうした方が良い」
それからも荷馬車はトトン、トトンと音を立てて進みます。
時々、激しく揺れる荷台は、
まるで今のわたくしの心模様のようでした。
ラスティンとの生活に思いを馳せる思考が飛来して、
頭を揺すって振り払います。
……マコト。
わたくしは貴方を助けられるのでしょうか?




