第40話 魔王城の牢
目を覚ますと、黒い石造りの室内にいた。
床に伏せっていたマコトは体を起こす。目の前には天井から床まで伸びた鉄の柵があった。なるほど、ここは牢屋のようだ。
柵の向こうには焦げ茶色のローブを着たダークメイジが一人いた。杖を持っており、牢屋に向かって魔力を流している。その足下には魔法灯が置かれており、辺りをほのかに明るく照らしていた。
マコトは前後左右を見回した。牢屋にはピンク色の結界が張り巡らされている。後方の天井から少し下には格子窓が一つある。
心の中で舌打ちをした。
魔法は使えない。
逃げ出すのは難しそうである。
それにしても、ここはどこだろう? マコトはうろ覚えの記憶を思い起こした。確か、自宅で起きるとノクティアがいなくて、町を探し回っても見つからなかった。家に戻り、その後、玄関をノックされて、出てみると……。
そうだ!
魔王ガディウスと名乗る巨躯の魔物に殴られたのだった。
そこから記憶が途切れている。
(僕は気を失ったのか?)
ふと足音がした。
ずしずしと響く音が大きくなってくる。ダークメイジが恭しく一礼をした。足音の主、ガディウスが現われてこちらを見下ろす。
紫色の巨躯を誇っており、黒のタキシードを着ている。角に翼、尻尾が生えていた。
彼の喋る声は地響きのような低いものである。
「勇者よ、気分はどうだ?」
「……最悪だね」
「そうか。それは良かった」
「良かっただと?」
「元気そうだからな。気分の悪い者はそのようにはきはきと喋らない」
マコトは立ち上がった。柵に近寄ることをせずに、魔王を睨みつける。
「僕を攫って、どうするつもりだ? 僕は勇者だが、命の価値など無いような男だぞ?」
「いや、あるのだ」
「……ある?」
「お前は我が娘、ノクティアの愛する人間だ。だから攫った。娘を試験するためにな」
「ノクティアが、お前の娘?」
「ああ」
……そう言えば、数日前メルメイユを襲った魔王軍も、そのようなことをつぶやいていたのを覚えている。
マコトは語気を強めた。
「どういうことだ? ノクティアはリンドブルム公爵家の娘のはずだぞ」
「なに、繁殖の一環でな」
「お前、ノクティアの母親を暴行して子供を宿らせたということか?」
「人間目線から見れば、そういうことになる」
「くそが!」
「あまり調子に乗らない方が良い。勇者マコト、お前は逃げられない。どうせ逃げられないのなら、痛い思いをしたくないだろう?」
「……試験とは何だ?」
「嘘だと思うかもしれないが」
ガディウスは疲れた顔を見せた。顔面にしわが滲み、老人のような影が差す。
「我は死にたいのだ」
「死にたい? だったら、勝手に死ねばいい」
「長く生きすぎた。もう疲れた。死にたい。だが、そのためには魔王の世代交代が必要だ。我は、娘に後を継いでもらいたいを思っておる」
「理由は?」
「強さ、だ」
「彼女は、貴方が思っているほど強くない」
「ふむ。だから試験をするのだ。最愛の男を誘拐し、これを助け出すだけの強さがあるかどうか、をな」
「……勝手な言い分だな」
「なに、人間ほどではない」
「残念だけれど、ノクティアは僕が攫われたことに気づいていないよ。だから、助けにも来ない」
「案ずるな、勇者よ。我はちゃんと痕跡を置いてきた。人間が調べれば気がつく痕跡をな」
話をしている内に、マコトは魔王に対する印象が変わっていくのを感じた。もっと恐ろしいものと思っていたが、案外話せば分かり合えるかもしれない。
マコトは表情を若干緩める。
「魔王ガディウスよ。世代交代の話だが、どうしてもノクティアでなければいけないのか?」
「いいや。ノクティアが弱ければ駄目だ。娘がお前を助けられなかった場合、また別のせがれを試すことになる」
「頼む! ノクティアを選ばないでくれ!」
「お前の頼みを我が聞くと思うか?」
「何でもする」
「では、人間を滅ぼせるか?」
マコトは弱った心で嘆息しかけた。
だけどぎりぎりのところで踏みとどまる。
――この牢屋さえ出ることが叶えば。
一瞬だけ目を伏せた。
そしてすぐに上げる。
「分かった。人間を滅ぼせば良いんだな?」
マコトは凜々しい顔つきで決意を示した。
そこで初めて、魔王は驚きを表情ににじませる。
「ほお、勇者のくせに人間を滅ぼすと申すか」
ふと、
また右手の方から、ひたひたと足音が聞こえてきた。黒のシャツに灰色のジャケットをまとっている。その左手には杖。
やってきた男はガディウスのそばで跪いた。
「陛下」
「クラディアスか」
「はっ、第一王女と接触して参りました」
「ほお、娘はどうだった?」
「戦闘の際、魔力を消失させる能力を確認。剣の腕は達人、災害級の強さを持っています」
「ふむ、やはり娘には後継ぎを任せねば……」
「陛下!」
「何だ?」
「後継ぎは、後継ぎは是非、俺にお継がせいただきたく、存じ上げます」
「……ふむ」
そこでガディウスは右手の指で顎髭をなぞる。マコトとクラディアスを見比べて、思いついたように命令した。
「クラディアス、今から、この牢屋にいる男、勇者と共に、リンドブルムを滅ぼしに行け」
「リンドブルムを?」
「ああ、これはお前に対する試験だ。できるな?」
「り、リンドブルムを滅亡させた暁には、後継ぎに選んでもらえるのでしょうか?」
「考える余地はあるだろう」
「……はっ!」
クラディアスが深々と頭を下げて、はっきりと返事をした。彼の表情が喜びに包まれているのを、マコトは見逃さなかった。
どうやら、マコトはクラディアスと行動を共にすることになりそうである。
大変なことになった。
――リンドブルムを滅ぼすだと?
王国はノクティアと出会った思い出の地だった。
マコトは両手のひらを硬く握りしめる。
(いざとなったら、僕の命を捨ててでも)
ノクティア、君は笑ってくれるかな?




