第39話 魔王来訪
マコトは夢を見ていた。
ノクティアと一緒に、海辺の砂浜を駆けっこしている。
二人とも裸であり、まるでパラダイスに来たような気分だった。
「わたくしを捕まえてごらんなさい」
恋人の揺れる胸と尻を追いかけて、興奮が最高潮に達する。
いついつまでも幸せであり、
快感と、
開放感があった。
彼女を両手で捕まえる。
「離さないよ」
彼女は顔いっぱいに媚びを浮かべて、懇願する。
「離さないでくださいまし」
マコトは彼女の体にキスの雨を降らせた。
……。
ふとまどろみから目を覚ます。
隣にいるはずの恋人の姿はない。
……夢だったのか。
恥ずかしい夢を見てしまった。
マコトは寝ぼけ眼をこすって、ふわぁとあくびを一つした。
「ノクティア、もう料理しているのか?」
家はシーンと静まっている。
人の気配が何も伝わって来ない。
……あれ?
マコトはいぶかしげに眉を寄せながら身を起こした。靴を履き、ベッドから離れてパジャマから普段着に着替える。
室内を出て、ダイニングキッチンへと向かった。その扉を開ける。けれど、いつもならそこにいるはずのノクティアがいない。料理の匂いも無い。
胸騒ぎがした。
マコトは恋人を探して家をくまなく歩き回る。
――いない。
玄関から外へ出て、庭に行ってみた。花壇には、赤、白、ピンクの花が植えられている。今はどうでも良い。
「ノクティア!」
口に出して大声を上げ、庭を歩き回る。
だけど、どこにも彼女の影も形もない。
マコトは慌てて走り出した。庭を出て、住宅街を走り回る。朝早くから仕事をしている町民が彼をうろんげな視線で眺めた。魔導図書塔にも行ってみた。だけどまだ、玄関が開いていなかった。そしてノクティアはいない。仕方無く、彼はとぼとぼと帰路につく。
(どういうことだ?)
顔色が悪くなり、悪い妄想が脳裏をよぎる。住宅街を歩いて家に戻る。玄関から中へ入った。ダイニングに行き、そこで気づく。テーブルの上にはノクティア用の合鍵があった。
マコトは近づき、その鍵を手に取る。
この鍵は一体、何を意味しているのだろうか?
判断がつかなかった。
昨日まで、彼と彼女は普段通り接していたはずである。
喧嘩も無かった。
おかしな点があるとすれば、ノクティアが具合を少し悪そうにしていたことだろうか?
――出て行くはずが無い。
さらに言えば、無言で出て行ったのであれば、それは異様な事態である。
おかしい。
まさか、魔物が来たのか?
それとも、ただ市場へ買い物に行っているだけなのだろうか?
鍵をテーブルの上に忘れて行っただけじゃないか?
そう言えば彼女のカバンは?
また家の中を探してみた。
彼女のカバンは無い。
どういう事なんだ!?
分からない。
気持ちの悪い考えがぐるぐると頭の中で渦を巻いた。
ふと、テーブル脇のゴミ箱にくしゃくしゃになった白い紙を見つけた。右手で掴んで、開いてみる。そこにはこう書かれていた。
マコト。
ノクティアの字で、彼の名前だけが記載されてある。
……。
恋人はこの家を出て行った。
などと、
とてもでは無いが受け入れられない。
昨日のビーフシチューも、
キスも、
愛の言葉も、
何もかもが鮮明であり、
嘘じゃなかった。
まるで強盗が恋人を盗んで行ったような。
とでも表せば良いのだろうか?
マコトはダイニングの椅子に座り、しばらくぼんやりとした。
現実味が無い。
辺りは時間が止まったかのように静まりかえっている。
ドンドン。
ふと、玄関がノックされた。
マコトは目を大きく見開いて立ち上がる。
何だ、帰ってきたじゃないか!
やっぱり、市場へ行っていたんだ。
だけど、合鍵を忘れて行くなんて、ノクティアはおっちょこちょいだな。
(僕をこんなに心配させて)
玄関に行き、扉を開く。
マコトの胸が跳ねた。
「ノクティア!」
「……」
そこにいたのは、顎髭を生やした紫色の肌の巨体。角が生えていて、黒い翼があり、黒い尻尾もある。口には鋭い歯が並んでいる。タキシードを着ていた。
マコトはドアノブを掴んだまま驚愕して、口を半開きにした。
紫の肌の魔物が喋る。
「我の名は、魔王ガディウス。勇者よ、お前を攫いに来た」
「……ど、どうして?」
「娘を試すためだ。そしてお前に拒否権は……」
ガディウスが右手の拳を握る。
一撃。
マコトのみぞおちにめり込む拳が、一瞬にして彼の意識を奪った。
「ぐはあっ!」
「無い」
ガディウスは彼の体を肩にかつぐ。
そして空を見上げた。
「さあ、ノクティアよ。試験開始だ。勇者を救いたくば、我を殺しに来ると良い」
ガディウスは空間転移する。




