表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/55

第37話 守るための選択

 直方体の塔長室。奥には大きな執務机があり、その手前にはテーブルを挟んで白いソファが向き合うように置かれています。右奥には、以前に無かった灰色のロッカーがありました。



 ロッカーが不気味な存在感を(かも)しています。



 ……あれは何?



 部屋に入ると、ラスティンが難しい顔でソファに腰掛けていました。入室したわたくしを一瞥して、無理やりに作ったような笑顔を浮かべます。



「おはよう、ノクティア君。よく来てくれた」


「おはようございますわ。ラスティン様」


「座ってくれ」


「あ、はい」



 わたくしは移動し、ラスティンの向かいに腰を下ろしました。彼が魔導ポットで紅茶を作ってくださいます。



「メルメイユ町での暮らしはどうだね」


「はい。やっと慣れてきて、最近はじんわりと幸せを感じます」



 ラスティンのお顔がどうしてか少し曇りました。



 切なそうに細められる両目。



「……マコト君との共同生活が上手く行っているようだね」


「はい」


「職場はどうだ?」


「はい。友人も出来て、楽しくお仕事をさせていただいております。あ、でも、今日からはラスティン様の補佐官なので、慣れない仕事で迷惑をかけるかと思います。ですが、精一杯やらせていただきますわ」


「そうかそうか」



 くせっ毛の銀髪に眼鏡の彼は落ち着かなさそうに膝を揺らし、紅茶をすすります。



 どうしたのでしょう。



 彼は、



 ……何か、胸の内に告げなければいけないことでも抱えているような、



 そんな感じがいたします。



 ラスティンが立ち上がりました。



「ちょっと、今から君にやって欲しいことがある」


「え? あ、はい」



 わたくしもつられて腰を上げました。



 塔長は室内の奥へと歩き、灰色のロッカーに触れます。



「ノクティア君、こっちへ来て」


「はい」



 わたくしはロッカーに近づいていきます。



 彼がその扉を開けました。ガコンッと音が鳴ります。中には何も無く、人間一人が入れるサイズでした。



「ここに入って」


「入る? どうしてですか?」


「検査だ」


「検査?」


「うむ。必要なことだ。理由は後で話す。とにかく入ってくれたまえ」


「あ、そ、それじゃあ」



 ……どういうこと?



 疑問を思い浮かべつつ、わたくしはロッカーに入りました。ラスティンがゆっくりと扉を閉めます。暗闇に包まれました。そして二十秒ほど経った後、彼が扉を開けます。また、ガコンッと音が立ちました。



「出て良い」



 彼の右手には、センサーのような魔導具が握られています。そして、どうしてか満足げな笑みを口の端にたたえているラスティン。



 ――まるで実験が成功したかのような。



 何なの?



 わたくしはただただ困惑していました。



 またテーブルを挟んで白いソファにお互いが腰掛けます。



 ラスティンが静かに告げました。



「ノクティア君、驚かないで聞いて欲しい」


「はい」


「君の体には、魔王の血が流れている」


「……」



 それは、わたくしも心配していたことでした。



 先日の魔王軍襲撃の際、モンスターたちがつぶやいていたのを覚えているのです。



 わたくしが魔王の王女であると敵は言っていました。



「どうして、分かるのですか?」



 ラスティンはセンサーの魔導具をテーブルに起きます。



「見たまえ」



 その針を指さしました。



 赤く強く光っています。



「この赤い光は?」


「君から出る魔王の波動を検知している」


「そんな……」


「ノクティア君。私としても残念な思いだが、これからすごくショッキングな話をさせてもらう」


「え、ええ」



 ラスティンが語りました。この間の魔王軍襲撃は偶然ではない。普段一箇所に群れることの無いモンスターが統率されて襲って来た理由。それはわたくしから出る波動に敵が勘づいたから、ということでした。そしてあの日、魔王軍はわたくしの存在を確認してしまった。



 わたくしを(さら)うために、次は規模の大きな魔王軍が町に押し寄せて来かねません。そうなれば町の兵士、魔法使い、町民にたくさんの死者がでかねない。



 それを防ぐために、



 ラスティンは宣告します。



「ノクティア君。君には魔力絶縁体物質、ハウハニスで四方を囲まれた隔離室に入ってもらうことになる。そう、いま入ったロッカーと同じ素材部屋だ。先ほどの実験は成功。センサーの赤い光は消えた。つまり、隔離室に入れば、君の波動は遮断される。魔王軍も君を感知できなくなる。そして、町は襲われなくて済むということだ」



 ……そんな。



 わたくしは精神的にひどく具合が悪いです。



 胃の奥がぎゅっと縮むようでした。



 尋ねました。



「それは、一日中ということでしょうか?」



 ラスティンが顔を俯かせて、けれどすぐに顔を上げました。



「そうなる」


「仕事は、どうすれば良いのですか?」


「隔離室は、この塔長室の隣の倉庫をリフォームして作成するつもりだ。君には私の補佐官の仕事をしてもらうことになる」


「……あの、隔離室で、寝泊まりするってことですのよね?」


「ああ」



 ……。



 顔が一気に青ざめていきます。



 マコトの悲しそうな表情が脳裏をよぎって、



 わたくしは強く訴えました。



「そんなことはできません!」


「町の人間の命を危険にさらしても、かな?」


「それは……」



 わたくしは涙が出そうになって、こらえました。



 だけどもう顔には力が入らなくて、



 切ない声で聞きます。



「隔離室に入ったら、マコトとは、会えるのですか?」


「それについて、だがね。もしも、私がいま君に言った事実をマコト君に告げたら、彼はどう思うかな?」


「えっ?」


「勇者の彼のことだ。君を自由にするために、いますぐにでも魔王を倒しに向かおうとするのではないかね?」


「……はい」



 わたくしの声は消え入りそうなものでした。



 ラスティンは両手を膝に当てて、言葉を紡ぎます。



「現在、マコト君には軍がない。この間の戦いを見る限り、勇者としての実力もまだまだ未熟のようだ。そんな彼を戦いに向かわせるのは、心苦しくないかね? いや、そんな言葉は似つかわしくないだろう。つまり、無謀だ」


「はい」


「これは私の個人的な意見になる。マコト君には何も言ってはいけない。彼の命を守るためにね。その上で、ノクティア君、君は隔離室に入らなければいけない」


「……他に、方法は無いのでしょうか?」


「残念だが無い。今のところは」


「少し、考えさせてください」


「ああ。君は、今日は休暇を取ると良い。ゆっくりと考えて、決断して欲しい」


「もしも……」



 ……お断りしたら?



 そんな言葉が出かけて、



 口をつぐみます。



「ん?」


「何でもありません。町を守るためには、そうするしかないのですね?」


「ああ……」


「分かりましたわ」



 わたくしは立ち上がります。力なく歩いて、塔長室の扉へと向かいました。



「……失礼します」


「ああ」



 どうしてか、頬をつりあげるラスティン。



 その顔にはどこか安堵したような色が浮かんでいました。



 扉を開けて、通路に出ます。



 それから。



 通路を歩き、階段を下って、また通路を歩き、カウンター奥の休憩室に入りました。同僚たちが視線を向けてきましたが、特に何も声をかけません。わたくしは着替えをして、剣のベルトに腰に装着し、カバンを持って、また休憩室を出ます。



 ナリナの心配そうな声が響きました。



「ノクティアさん、早退するの!?」


「あ……はい。ちょっと、具合が悪くて」


「そっか。お大事にね」


「ありがとう」



 わたくしは玄関から魔導図書塔を後にします。



 ふらふらとした足取りで町を歩きました。



 夏の日ざしがじりじりと地面を焼いています。家々の庭に茂る木々。道路を行き交う人。それらがどこか輝いて見えるのはどうしてでしょうか?



 ……そうなのです。



 人は絶望すると、自然が輝いて見えるようですわ。



 町の中心地に向かいます。魔法灯広場で、ベンチに腰掛けました。



 隔離室に入りたくありません。



 けれど、ラスティンに言われたことを頭の中で反芻(はんすう)します。



 ――町の人間の命を、危険にさらしても、かな?



 せっかくマコトと幸せになれたのに。



 恋人同士になれたのに。



 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。



 わたくしには、幸福になれる権利が無いのかしら。



 そんな思いが胸をよぎって、気づけば熱い液体が頬をつたっていました。



「どうしたの!? ノクティアお姉ちゃん」



 気づけば、茶髪の少年、カイルが隣に腰掛けていて。



 わたくしは、涙を拭うこともせずに顔を上げます。



「カイル、どうしてここに?」


「今からノクティアお姉ちゃんに会いに図書館へ行くところだったんだよ。でも、広場にいるのを見つけたからさ! どうして泣いてるの?」


「何でも、ありませんわ」



 力の無い声。



 心配をかけたく無いはずなのに、



 かけてしまいます。



「どうしたんだよノクティアお姉ちゃん! もしかして、マコト兄ちゃんと喧嘩した!?」


「いえ、違いますの」


「じゃあ、何?」


「……」



 言えません。



 子供に語るような内容ではありませんでした。



 だけど。



 心から心配してくれているカイルの表情に、



 思い知らされます。



 ――壊してはいけません。



 この町の灯りを。



 わたくしはふらっと立ち上がります。



「ちょっと、お姉ちゃん、どこ行くの?」


「……カイル」


「何!?」


「……今度、うちの家で、パーティーをしましょうね」


「う、うん、それはいいけど。そんなことよりも、今のお姉ちゃんが心配だよ」


「実は」


「うん」


「朝から風邪気で」



 嘘でした。



 けれど、わたくしの声には力が戻っています。



 ――そうですわ。



 この少年を守らなければ。



 魔王軍に町を破壊などさせません。



「風邪!? マジかよお姉ちゃん。早く病院に行かなきゃ」


「ええ。今から行きますわ。カイルも、気をつけて帰りなさいね」


「う、うん。でも、大丈夫かよぉ。俺も病院へ一緒に着いていてやろうか?」


「ご心配には及びませんの。では、ごきげんよう」


「う、うん。分かったよ。お姉ちゃん、早く元気になるといいな!」


「ありがとう」



 広場の出口を目指して歩き出します。



 胸にこみ上げる決意。



 ――わたくし一人が隔離されれば、済む話のようです。



 運命のむごさに、怒りが湧きました。



 ……マコト。



 今何をしているの?



 貴方が悲しむお顔を想像して、



 わたくしはまた視界がぼやけます。



(貴方を守るためなら、


 わたくしはどうなっても良いのです)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ