第34話 夕焼けの誓い
黒のタキシードに彼が着替えました。
リュックサックにどうやら入れていたようです。
それを見たわたくしの胸がドキッとして、
彼が瞳が本気です。
本気で……言ってくれるみたいですわ。
わたくしも舞踏会用の白いドレスに着替えました。
鏡台前の椅子に座り、一生懸命化粧をします。長い青髪をクシでとかしました。香水をプッシュして、肩に塗ります。
久しぶりに履くヒールの高い靴。
二人で正装を終えて、並んで家を出ました。
マコトが差し出す右手のひら。
わたくしは握りしめます。
そのまましばらく無言で歩いて行きました。
井戸端会議をしているお母さんたち三人が、怪訝な視線を向けて来ます。
声をかけられて、
「あら、ノクティアちゃん! 今日はダンスパーティに行くのかい?」
「今日はそんなお祭りがあるの?」
「マコトさんはハンサムだねー」
「いえ、違いますわ」
わたくしが返事をして、お母さんたちのそばを通り過ぎました。暑い日です。わたくしはオデコに汗が浮かびました。それに、まだ血が足りないせいで意識が若干ふらつきます。
マコトは気づいたようで、
「大丈夫?」
「平気でございます」
「具合が悪くなったら、すぐに言ってね」
「承知しました」
それから、少しの間お互いが無言で歩きました。いつもと変わらず町は活気に満ちており、賑やかです。途中、魔法学校のそばを通り過ぎました。そこからほど近い、高台への緩やかな坂を登って行きます。
マコトは何も喋りません。
だけどそのお顔は少し苦しそうであり、葛藤を抱えているようです。
わたくしも無言であり、心の中で応援していました。
頑張れ。
頑張れ、勇者様。
やがて坂を登り切り、昨日一緒に座ったベンチに隣同士で腰掛けます。
空に花火はありません。
ですが、その代わりに鮮やかな夕焼けが広がっていました。
灼熱の円形が、もうすぐ山へと落ちていきます。
照らされる白い雲が光り輝いて、見事な景色でした。
まるで、わたくしたち祝福してくれているようで、
だけど夕日が落ちるまえに、
今日という日が終わる前に、
聞きたい言葉がありました。
ふっと風が吹き抜けました。
わたくしの青い髪がさらさらと揺れます。
マコトがこぼすようにつぶやきました。
「ずっと、君に言えなかったことがある」
「はい」
マコトの言葉を聞いた瞬間、涙腺が緩んで、
わたくしはハンカチを取り出して目を拭いました。
彼が顔を向けます。
わたくしも視線を合わせました。
逃げません。
全てを、
真っ向から受け入れます。
勇者様は少し弱ったような顔つきであり、
「ノクティア、聞いて欲しい」
「何でも、おっしゃってくださいませ」
「……僕は勇者だ。いつか先陣を切って、魔王軍と戦うことになる」
「はい」
「死ぬかもしれない」
「そんなことありません。勇者様は、お強いから」
「ありがとう。だけど、そうなったら、君を家に置いて、戦いにゆくことになる」
「わたくしも着いて行って、一緒に戦いますわ」
「ノクティア!」
勇者様が泣きそうな顔をして、わたくしの肩に両手を置きました。
わたくしの唇が弧を描きます。
「マコト一人で死なせません」
「ノクティア……」
彼が顔を俯かせます。
「はい」
「昨日から、ずっと考えていた」
「はい」
勇者様がまたお顔を上げて、
その顔はすっきりとした顔をしていました。
「僕と一緒に、来てくれるかい?」
「どこまでも、お供します」
「そうか」
勇者様の顔が凜々しくあり、懐かしむようにつぶやきます。
「君は、僕がこの世界に召喚された時のことを覚えているかい?」
「覚えていますとも」
「あの王城で君は言ったね。突然召喚されて、パニックに陥っている僕の前で膝を曲げて」
「貴方をお守りすると言いました」
「君は、ラインルエットからの僕の教育を頼まれていたんだろうね。そして、言葉も話せない僕に、君は世界の言葉を教えてくれた。学園で噂をする野次馬がいても、そばに寄り添ってくれた。生徒会で、楽しい日々を提供してくれた。気づいたら、もう手遅れで」
「はい」
「君を好きになっていた」
わたくしの目からしたたる一粒の涙。
つりあがる口の端。
上気する頬。
「やっと、言ってくれましたのね?」
「君が好きだ」
「わたくしも」
王都からの旅を思い出して、
感謝が胸に溢れます。
「マコトが好きです」
「ノクティア」
彼の唇がゆっくりと近づいてきます。
わたくしは目を閉じました。
今度こそ。
今度こそ、ですわ。
唇に温かい感触があり、
肩に置かれた彼の力強い手のひら。
わたくしは勇者様の背中を抱きしめました。
離しません。
たとえ、何があったとしても、
これからどんな困難が待ち受けていようとも。
マコト、
いつまでも、
わたくしたちは一緒ですのよ。
夜空の青と夕日の赤がせめぎ合う空の下。
わたくしたちは、長いキスをしました。
その夜。
家に帰ると、食事も忘れて、わたくしたちはベッドへ行きます。バケツに水を汲んで、タオルでみそぎをしました。
ベッドにマコトが座っており、
いま、わたくしは布団の中に隠れています。
恥ずかしいです。
裸姿のマコトがわたくしの隣に入りました。
彼が聞きます。
「ノクティア、初めてかい?」
「はい」
「僕もだよ」
「優しくしてくださいませ」
「善処する」
勇者が苦笑しつつ、布団を半分はがします。
露わになるわたくしの身体。
「綺麗だ」
恥ずかしいです。
マコトがそっと抱きしめてきて、
唇に唇を重ねました。
ああ、やっとマコトを楽にしてあげられる。
わたくしも幸せになれる。
ドキドキ。
ドキドキ。
だけどわたくしの頭がふらついて。
どうしてですの?
こんな時に、血液がまだ足りないようです。
わたくしは少し過呼吸になり、
マコトがびっくりしたように身体を離します。
「ご、ごめん!」
「大丈夫ですわ。勇者様、続きをお願いいたします」
「ダメだよ。ノクティア、また明日にしよう」
「……ごめんなさい」
わたくしはまた泣き出しそうになります。
そんなわたくしの髪を、勇者様が優しく撫でました。
その逞しい胸にすがりつきます。
「ごめんなさい」
「謝らなくていい。体調を万全にして、それからにしよう」
「優しいマコト」
胸に幸せが溢れて止まりませんでした。
その日はお互いが裸のまま、勇者様の胸の心臓の音を聞いて、すやすやと眠ります。
今夜のわたくしは、この世で一番の幸せもの。
いつまでもこの生活が続きますように。
勇者様と、いつまでも一緒にいられますように。
可愛いマコト。
わたくしを可愛いと思ってくれる存在。
(この幸せが、夢ではありませんように)




