第28話 破られた結界
弾けぬ花火に想いが散って、
わたくしは泣き出しそうな気分でした。
今日こそは勇者様と結ばれると思ったのに、
目論見は叶わずじまいです。
夏祭りに来ていた町民たちが、不穏な表情でささやきあっていました。
「さっきの音はなんだ?」
「もしかして、結界が破れちゃったの?」
「魔物が入ってくるのか?」
屋台では、主人たちが店を畳もうとしていました。その顔つきは不安に満ちています。
わたくしの左の腰に揺れる軍剣。もしかしたら、久しぶりにお前の出番かもしれません。
人々が我先にと、自宅への帰路を歩き出しました。道路は人混みで溢れています。わたくしとマコトはそれらの影を縫うようにして歩きました。先ほどの大きな音がした方角へと向かっていきます。
逃げるよりも、確かめたい気持ちの方が強かったのです。
やがて、町の東門へとたどり着きました。
知った男の背中がありました。くせっ毛の銀髪に銀縁の眼鏡の男、ラスティンです。右手には折りたたみのステッキを持っており、伸ばしていました。
……ピンク色の結界に、ヒビが入っていますわ。
わたくしたちは駆け寄ります。
「「ラスティン様!」」
結界の外には魔物の群れ。雷鳥竜、ダークメイジ、ゾンビ騎士、夜空と門前を埋め尽くすようにひしめいていました。結界に魔法と剣をぶつけて、破壊しようとしています。
ラスティンは前を向いたまま叫びました。
「ダメだ! お前たち、来るな!」
わたくしは路傍にカバンを置いて、左手の風船のひもを離しました。ぷかぷかと夜空へ泳いでいきます。そして剣を抜きました。
マコトも同じようにリュックサックを置いて、杖を取り出します。
ラスティンが顔だけ振り返り、
「馬鹿、逃げろと言っている!」
けれど、
破砕音。
ラスティンが驚いてバックステップを踏みました。
わたくしとマコトは顔を合わせて頷きます。
「マコト、迎撃ですわ」
「ラスティン様、お下がりください!」
なだれ込んで来るモンスターたち。ゾンビ騎士が先行し、雷鳥竜は空から来ます。後方からはダークメイジが魔法を唱えていました。
――数が多すぎですわ。
わたくしは門を守るように魔物を斬り払います。マコトが火属性魔法を唱えて、雷鳥竜を撃墜させていました。
ゾンビ騎士の後方にいるダークメイジがこちらに向けて一斉に魔法を放ちます。
その杖から、赤、青、茶色の光弾が飛来しました。
「甘くみないで欲しいですわ!」
地面を踏みしめて剣を振るいます。
バネのようにしなる体。
魔法を三つとも斬り裂きました。
音も無く砕ける光弾。
「やはりか!」
その光景に、一番驚いていたのは敵ではなく、ラスティン様でした。彼が早口で言葉を紡ぎます。
「……何とも理解しがたい。魔力を否定する存在。
いや違う、
魔力に対する最終兵器だ。
やはり観測が必要……」
何かぶつぶつとつぶやいています。
その間にも、マコトが呪文を唱えます。
「火の巫女踊りて捧げたもう、
紅蓮!」
赤い炎が空中を昇ります。
爆風。
「ギィエェエエッ!」
空中が赤く染まり、雷鳥竜が悲鳴を上げて次々に地面に落ちました。
――さすが勇者様だわ。
わたくしはゾンビ騎士と剣を交えて斬り伏せながら、ダークメイジの魔法を砕きます。
躍動する体。
舞うようなステップを踏みつつ、
敵を切り刻みました。
けれど、押されています。
……敵の数が多すぎますわ。
わたくしたちはだんだんと後退していました。
魔物が町に侵入します。
けれどどうしてか、わたくしを敵は狙っているようで。
ふと、ダークメイジの一人がつぶやきます。
「その特異能力、そなたは魔王様の娘?」
声の波紋はゾンビ騎士へと広がりました。
「王女?」
「王女なのか?」
何を言っているのかさっぱり分かりません。
魔王の娘のはずがありませんでした。
わたくしにはちゃんと、人間の両親がおります。
愛してはくれなかったけれど。
ラスティンが右手で眼鏡をくいと上げました。
状況を分析していたようで、声をかけます。
「マコト君。今の戦い方では分が悪いですね」
「では、どうすれば良いでしょうか?」
「二人とも、よく聞きたまえ。今から私が敵を誘導する。ノクティア君は、私のそばで防御を担当。マコト君は動かずに敵を撃退してくれ!」
わたくしは困惑しつつ叫びました。
「それ、大丈夫なのですか!?」
「分かりました!」
マコトが承諾の声を上げています。それならば、わたくしも指示通りに動くしかありません。けれど敵を引きつけるって、ラスティンは危なく無いのかしら?
彼が唱えます。
「化け物の牙に恐怖せよ、
テラーヘイト」
ラスティンの持つステッキから赤い光が広がりました。
魔物たちの目が赤く染まり、彼に向けて直進します。
……すごい、挑発魔法だわ。
くせっ毛の銀髪は背中を向けて全力疾走していました。その場に円を描くように、ぐるぐると回ります。わたくしは後ろ向きに走り、ラスティンの背中へ飛び交う魔法を剣でブロックしました。
マコトが唱えます。
「夜風の行方はマグマの火口、
炎風」
また、爆風。
ラスティンを追いかけていたモンスターたちが一気に四散して倒れました。爆風を浴びて、体が半壊する魔物の群れ。凄い威力です。これが……勇者様の魔力。
それからわたくしたちは、効率的にモンスターを倒して行きました。方法が確定すれば後は早いものです。
「非常に効果的だ、これはいいぞ」
ラスティンが満足げにつぶやいています。
しばらくして、敵が片付きました。
町の門前に出来上がった魔物の死骸の山。
足の踏み場も無いとはこのことです。
わたくしたちは息を整えていました。マコトが近くに歩いてきて、わたくしの髪にぽんと手を置きます。あら、照れますわ。
「ノクティア、よくやった」
「勇者様も」
笑みがこぼれます。
ふとラスティンも近づいてきました。眼鏡の縁をくいと上げて、眉をひそめています。わたくしたちの前で立ち止まりました。
「君たちは非常に理解がしがたい存在です」
「ラスティン様、どうしたんですか?」
勇者様のきょとんとした表情。
「マコト君、ノクティア君、君たちは隣国を一度は追放された身だ。だと言うのに、他人のために危険を冒してまでどうして戦う?」
「それは、町を守るためです」
「町を守るため? 君たちが隠れていたところで、誰も文句を言わないだろう。それでも命を賭して戦う。理解しがたい。ああ、理解しがたいよ。理解の範疇を超えて、美しささえまとっているようだ。見入ってしまったよ。とても、とても興味深い存在だ」
ラスティンの目が知的探究心に光っていました。
わたくしはどうしてか背中にぞぞぞと鳥肌が立ちます。
これは、
……研究者の目だわ。
マコトが両手を軽く広げて、
「ラスティン様、とりあえず、この場を収めましょう」
「ん? ……あ、ああ。モンスターの死骸は衛兵に片付けさせましょう。私はこれから、壊れた結界を直します」
「結界を直す必要は無いでしょう?」
ゆったりとした高らかな声でした。
ふと、門の向こうで女性の影が浮かび上がります。
黒いボンテージを着た紫色の肌の人型が一人、歩いて来ています。
女は門の前で立ち止まり、
足元に転がる魔物の死骸をつまらなそうに見下ろしました。
露出の多い姿。黒い角に、同じ色の翼と尻尾が生えています。
唇には怪しい笑みが浮かんでいました。
まずいです。
――サキュバスだわ。
「さあ、貴方たちを眠りへと誘いましょう」




