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第26話 熱と静

 マコトとはぐれてしまいました。



 自然と、ベルトの軍剣の鞘に右手が触れます。少しだけ安心しました。いまこの状況に戦闘のような脅威は無いのだけれど。



 夜空に上がる花火群。ドーン、ドーンと音を立てて咲く大きな火花。赤、黄色、ピンク色。とても見事な光景です。



 流れる人々の群れが落ち着いてきていました。周囲を見回しますが、やはり彼はいません。



 左手に持つ風船を揺らしながら、早歩きで進みました。もしかしたら、勇者様はもう高台の方へと行ったのかもしれません。



 ふと思い立ち、歩を止めます。



 焦る必要は無いでしょう。



 マコトなら大丈夫。



 今ごろわたくしを探してくれているに違いないのです。



 だとしたら、ここを動かないのが吉かもしれません。



 戻ってくるはず。



 だけど、



 胸がざわつきます。



 ふと、隣のダーツの出店で知った背中を見つけました。



 銀縁のメガネに黒のローブの仕事着。優しそうなお顔立ちに、目尻には笑いじわ。ダーツの矢をひょいひょいと投げて、中心の100点を射貫いています。



 わたくしは驚いて歩み寄りました。



「ラスティン様?」


「ん?」



 彼が振り返りました。そして表情を破顔させます。目尻に刻まれる笑み。わたくしはほっとして、右手で胸をなで下ろしました。



「ラスティン様、ここで何を?」


「いや、ははっ。お恥ずかしい。いま、仕事中でしてね。ちょっとダーツが気になったので、挑戦していたのですよ」


「そうなのですか」



 わたくしはふふっと微笑みをこぼします。



「君は? マコト君は一緒じゃないのかね?」


「実は、マコトと来ていたんですが、はぐれてしまって」


「そうか。それじゃあ私も探すのを協力しよう。ちょっと待っていてくれたまえ」



 ラスティンがまた的を向いて、最後の矢を投げます。やはり真ん中の赤丸に刺さりました。



 上手ですわ。



 店の主人がカランカラーンとベルを鳴らします。



「一等賞です! 景品をお選びください」


「そうだね。そこの、熊のぬいぐるみにしようか」


「はいどうも!」



 主人は粋の良い声を上げて、ラスティンにぬいぐるみを差し出します。彼は受け取り、わたくしに向き直りました。熊を差し出します。



「これは、君にプレゼントだ」


「あ、ごめんなさい、もらえませんの」



 マコトの存在が胸をよぎります。



 さすがに、別の男からぬいぐるみをもらう訳には参りません。



 ラスティンはすぐに察したようで、



「そうかい。では、職場の棚の上にでも飾るとしよう。それで、マコト君とはぐれてしまったということだったね?」


「はい」


「ならばここを動かない方が良い。彼はいま、探してくれているだろうからね。ベンチに座って待つことにしましょう」


「そうですわね」



 わたくしはすぐそばのベンチに行き、座ります。ラスティンは出店からフライドポテトを買ってきて、少し距離を空けて隣に腰掛けました。



「私はこれが好きでね」



 ほかほかのポテトをパクパクと食べています。



 わたくしは気になって尋ねました。



「ラスティン様は、ここでどんな仕事を?」


「町の結界の監視です。ただ、どうしてか分かりませんが今、結界が不安定で、外から圧力がかかっているのです」


「不安定な上に外から圧力? それでは魔物が入って来てしまうのでは?」


「大丈夫です。少なくとも今のところはね。君、フライドポテトは好きかな?」


「いえ、大丈夫です。いま、お腹いっぱいなので」


「そうかい」



 ラスティンが周囲に顔を振ります。マコトを探してくれているようで、だけどまだ見つかりません。



「ノクティア君、仕事で困っていることはないですか?」


「いいえ、みなさん良くしてくれているので、とっても楽しい毎日ですわ」


「そうかい。困ったことがあったら何でも言ってくださいね」


「ありがとうございます」



 それからもラスティンは仕事の話題を振ります。距離を詰めず、わたくしのプライベートには自分から立ち入りません。話題は途切れることがなく、時折、滑稽な失敗談さえ交えて。



 ……なんか。



 何か、楽ですわ。



 すごく。



 この人なら、



 相談しても平気かもしれない。



 気づけば、ぽろっとこぼしていました。



「実は、いまマコトのことで悩んでいるのです」


「マコト君のことで悩み?」


「はい」


「最初に聞いておきますが、貴方は私に話を聞いて欲しいだけですか? それとも、アドバイスが欲しいですか?」


「話を聞いて欲しいだけです」


「承りました。それは、どんな悩みですか?」


「彼が……告白してくれませんの」


「告白してくれない? それは変ですね。君たちは、プライベートを共有する仲のはずですが」


「勇者様にも、何か悩みがあるようで」


「悩みですか」


「はい。彼は、わたくしに想いを打ち明けられない理由があるようで、先ほどもお顔が揺らいで、キスをしてくれませんでした」


「なるほどね。マコト君は勇者だから、何か深い訳があるのかもしれないね」


「はい、きっと、わたくしには計り知れない悩みがあるのですわ」


「そうかな? 案外、口に出してしまえば、簡単なことだったりしてね」


「そうなのですか?」


「いや、分からないです。ただそれは、マコト君が腹を割って貴方に話さないと、何とも」


「彼は、この花火大会の後に、話してくれると言っていました」


「なら話は簡単ですね。君は今夜を待てば良い。彼ならきっと、話してくれると思いますよ」


「そうだと良いのですが」


「うん。マコト君を信じようじゃないですか」


「分かりましたわ」



 感謝の念が湧きました。



 ……凄く話しやすいですわ。



 気持ちが楽です。



 勇者様が熱だとしたら。



 ラスティン様は静。



 大人な感じがしました。



 男性によって、ここまで違いますのね。



 わたくしは口が回りだして、普段のマコトの様子を事細かに喋ります。ラスティンはタイミング良く相づちを打って、聞き手に専念してくださいました。小さな悩みに対しても、決して解決策を提示しない。ただ、お話を聞いてくれるだけ。



 どうしてでしょう。不思議とテンションが上がります。



「ラスティン様、その熊のぬいぐるみ、わたくしが職場に飾っておきますわ」


「いいのかい?」


「はい。貴方はカバンを持っていないようですし、これからもまだお仕事でしょう?」


「実はそうなんです。すまないね、頼めますか?」


「お安い御用ですわ」



 わたくしは可愛いぬいぐるみを渡されて、カバンにしまいます。



「ラスティン様は、もうご結婚はされて?」


「はは、いえ、私はまだ独身ですよ」


「きっと、未来の配偶者は幸せでしょうね」


「どうしてそう思うのですか?」


「いえ、何となく」


「ありがたい言葉です」



 その時でした。



「ノクティア!」



 マコトの声が響き、左目の下に泣きぼくろをたたえた男がこちらへと早足で歩いてきます。息づかいが荒くなっていました。



 周囲の人々がわたくしたちに好奇の視線を向けました。



 わたくしは立ち上がり、



「勇者様、どこへ行ってらしたの?」


「ノクティアこそ、探したぞ。どこを探してもいないんだからな」


「あら、わたくしはこの場所を動きませんでしたのよ?」


「そうなのかい? でも、中々見つからなかったよ」


「わたくしは心配でしたのよ?」



 ふと、ラスティンがベンチから腰を上げます。



「では、私はこれで失礼しましょうかね」


「ラスティン様?」



 マコトがびっくりしたような顔で声をかけます。



 ラスティンはわたくしの持つ風船をちらりと見て、それから歩き出しました。右手を上げて、その場を去って行きます。どこか哀愁がただよう後ろ姿。



 勇者が顔を向けました。



「どうして彼がここに?」


「偶然会いましたの」


「そうか、どんな話を?」


「マコトのお悩み相談をさせていただきましたわ」


「僕の話?」


「勇者様とわたくしが親密になるためのお話です」


「親密に?」



 彼が顔を赤くします。喜んだような表情。今まで走っていたのか汗をかいたようで、黒髪が少し湿っていました。



 それでも、わたくしは彼の腕に腕を絡めます。



「はい、勇者様。花火を見に行きますわよ!」


「そうだね」


「今夜はきっちりと、お話を聞かせてもらいますわ」


「お手柔らかに」


「激しく聞かせていただきます」



 そして、また二人で歩き出します。



 高台に向かって、坂を上がって行きました。



 ドーン、ドーンと夜空に咲く花はとても綺麗で、



 わたくしたちのハプニングを笑い飛ばすかのようで。


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