第25話 花火の前に
遠くではシンバルの音がバーンを鳴り響き。
魔法町の商店街。
そこはいつもとは少し違う熱気を醸していました。行き交う人々の密度は高く、出店からは「はい、らっしゃいらっしゃい」と店主の威勢の良い声が響いています。町民はみんな笑顔でした。夏祭りという特別な一日を楽しもうとする活気がムンムンと伝わってくるようです。
食べ物の香りが運ばれてきて、お腹がくーっと鳴ります。焼ける肉とその油の匂い、甘いお菓子の匂い、ご当地名物のアヌメラの匂い、様々ありました。後で買って、食べてみたいですわ。
そこらかしこに備え付けられている魔法灯の光。赤、青、ピンク、オレンジ、紫。わざと明滅させている物もあり、とても綺麗です。
人々がダンスを踊っている光景がありました。ギターやアコーディオンのゆるやかな音色に合わせて、気持ちよさそうに手足を動かす町民たち。社交ダンスとはまた別のおもむきに気持ちが高ぶります。こう見えて、わたくしはダンスが好きな質なのです。
魔導人形も踊っていました。木造りの人型がテキパキと体を動かす光景は滑稽であり、どこか愛おしく、祭りのムードに拍車をかけています。前宙にバク宙まで披露してくれました。
マコトがわたくしの手を引いて、エスコートしてくれています。
「賑やかだな」
「ええ、とても」
「全体的に見て回ってみるか」
「分かりましたわ!」
上気した表情の勇者様。すらっと高い身長と、ハンサムな顔立ちが周りの注目を浴びていました。わたくしは誇らしく、とても良い気分になります。握っている手が熱いですわ。だけど、離したくありません。
汗がにじんでも離しませんわ。
すこく気恥ずかしい。
けれど
嬉しい。
胸の奥がじんじんとして、
わたくしの青い長髪がサラサラと揺れます。
通り過ぎる人々がわたくしたちを振り返りました。ミニスカートから伸びるわたくしの足を見て、頬を染める若い男性。マコトが得意げに微笑みを浮かべます。
わたくしは嬉しくなって、握る手に力を込めました。
商店街を一周してきて、見覚えのある道に戻ります。
マコトが提案しました。
「何か食べようか?」
「お腹が空きましたわ」
「何にする?」
「アヌメラがいいですの」
「分かった。それじゃあ、ノクティアはそこで待っていて」
勇者様が出店の奥のテーブル席を指さします。
「分かりましたわ」
わたくしは歩いて、空いていた椅子に腰かけました。
マコトが店の列に並びます。とろとろに煮込まれた肉料理。食欲をそそるその香りに、食べるのが今から楽しみでした。
やがて、黒髪の彼が二つの深皿を運んできます。わたくしのすぐ隣に腰掛けました。スプーンを持って、形の崩れたブロック肉を口に運びます。
うーんっ、とっても美味しい。
「はははっ、ノクティアは笑顔が可愛いな」
「からかわないでくださいまし。美味ですの」
「可愛いよ、ノクティア」
「えっ?」
ドキドキしました。
勇者様が真っ向から見つめています。
心を貫くような目線。
わたくしはそっぽを向いて、
「からかわないでくださいまし」
「本当だよ。心からそう思っている」
「褒めても何も出ませんのよ」
「褒めれば君の笑顔がこぼれる」
「もうっ」
わたくしはスプーンで肉をすくい、マコトの口元へと運びます。
「勇者様、はい、あーん」
「い、いいよ」
「あーん!」
「そ、それじゃ、えっと、あーん」
むしゃむしゃと咀嚼してくださいました。
弾ける少し照れた笑顔。
可愛いのです。
「美味しい?」
「超美味い」
「わたくしのこと、好き?」
「君を離さない」
「もうっ、ちゃんと言ってくださいまし!」
「ははっ」
二人でアヌメラを食べ終えて、客席を出ます。深皿とスプーンを返却しました。また、二人で手をつないで出発です。
ダーツのお店がありました。
わたくしはマコトの横顔を見て、
「勇者様、挑戦してみたら?」
「上手くできるかな?」
「中心を射貫いてくださいまし」
「ノクティアの中心を射貫きたいんだけどな」
「えっ?」
マコトは出店のカウンターに寄り、お金を支払います。ダーツの矢をもらって挑戦しました。狙いを定めて投げるのだけれど、中心からはそれてしまいます。わたくしは両手を握って応援しました。
「勇者様、頑張って」
「これは、中々難しいな」
「100点を射貫くのです」
「出来るかな、それっ!」
マコトの投げる矢が、的の右端に刺さります。残念、20点です。
出店のおとうさんがヒモのついた風船をくれました。
「はい、残念賞」
「ちっ、はずしたか」
「もう一回やる?」
「はい、もう一回お願いします」
マコトが何度もダーツに挑戦します。だけど矢は中心を射抜けずに、残念賞の風船だけが増えていきました。もう五つになります。わたくしはそのヒモを持ち、
「勇者様、もうあきらめましょう」
「もう一回だ。もう一回やれば、射抜けると思うんだ」
「マコト、何事も退き際が肝心ですわよ」
「ちっ、仕方無いか、悔しいな」
ちょっと格好悪いです。
だけど、そんなところも愛おしくて。
「マコト、ナイスファイトですわ」
「ごめん、一等賞を取れなかったよ」
「そんなこともあります」
「そうだね」
わたくしたちはダーツのお店を出ました。商店街には人が増えてきている感じがします。マコトはわたくしの手を引き寄せて、守るように歩いてくれました。そのことが凄く嬉しくて。
それからも、様々な出店を回り、ゲームに挑戦しました。
少し疲れて、ベンチに座り休憩です。
隣同士で、二人でジュースを飲んでいました。
彼がつぶやきます。
「ノクティア。生活には、もう慣れたかい?」
「慣れませんわ」
「まだ慣れていないの?」
「だって、勇者様が一緒の布団で寝てくれませんもの」
「えっ!?」
こちらに顔を向ける黒髪のお顔。
わたくしは顔を真っ赤にして、
今日という今日は逃がしません。
それはわたくしの幸せのためであり、
マコトを楽にしてあげるためでもあるのです。
「勇者様、図書館でのお仕事はどうですか?」
「あ、ああ。滞りないよ。友達も出来たし、ラスティン様は良くしてくれるし。結界確認のために、今夜も彼は働いているみたいだ」
「偉い人ですわね、ラスティン様は」
「ああ、尊敬できる」
「それで、マコトはどんな仕事をしているんですか?」
「研究が主だよ。僕は開発担当で、いま、新しい魔法を生み出そうとしている」
「それはどんな魔法ですか?」
「回復魔法さ。今まで、誰もが成せなかったその魔法を、もう少しで開発できそうなんだ」
「すごい! 勇者様ならきっとできます」
「ああ。絶対に成功させてみせる。そしたら、ノクティアが怪我をしても、治してあげられるよ」
「あら、頼もしいですわ」
「ふふふ、見ていろよ」
「そう言えば!」
「ん?」
わたくしは先ほど、ラスティンに告げられたことを話します。
「実はわたくし、昇進が決まったのです」
「本当かい? 司書リーダーになるの?」
「いえ、ラスティン様の補佐官ですわ」
「そうなのか?」
マコトのびっくりしたような表情。
彼の顔に笑みが灯ります。
その顔つきは心から喜んでくれていました。
「凄いじゃないか! ノクティア、おめでとう!」
「ありがとうございます」
「君の仕事が認められたんだよ」
「そうだと良いのですが」
「謙遜すること無いって、僕は鼻が高いよ」
「マコトにそう言っていただけると、心から嬉しいですわ」
見つめ合うわたくしたち。
顔の距離が近いです。
わたくしは彼の手に両手を置いて、
握りしめて、
ドキドキ。
ドキドキ。
彼は驚いたような顔をしました。
その唇が近づいてきます。
やっとですのね。
わたくしは唇を閉じて、
目も閉じました。
彼の手がわたくしの肩を抱きます。
ドキドキ。
ドキドキ。
……?
早くして。
けれど、
どうしてなの?
唇に触れる感触はいつまでも無くて、
抗議するように目を開くと、
マコトは顔を落としていました。
……。
唇を軽く噛みます。
負けません。
こんなことも想定済みです。
わたくしの唇が弧を描きました。
「マコト」
「なんだい?」
「お話くださいませ」
「何のこと?」
わたくしは勇者様の手を握り直します。
「勇者様の力になりたい」
「うん」
「わたくしは、理解者ですわ」
「うん」
「マコト、何か、ご事情があるのですね」
「ああ……すまない」
「お話くださいませ。そして、一緒に考えて、乗り越えていきましょうよ」
「いいのかい?」
「はい」
「話せば、君の心に負担をかけることになる」
「気にしません」
「ちょっと待ってくれ。心の準備が……」
「いくらでもお待ちいたします。ごゆっくりと、ご自分のペースで喋ってくださいませ」
「ありがとう。君は、こんなにも優しかったんだね」
「あら、いま気づきましたか?」
「いや、前から知っていた」
ドーンッ。
ふと、夜空に華麗な花が咲きます。わたくしたちは空に顔を向けました。
「ノクティア、花火を見に行こう」
「待ってください。お話がまだです」
彼が決然と言い放ちます。
「花火の後で」
「はい」
「全てを言う」
「本当ですか?」
「ああ」
「分かりました」
わたくしたちはベンチから立ち上がります。町の高台に向かって歩き始めました。左手に持っている風船がふわふわと揺れています。人々の波は丘に向かって、一斉に流れていました。
ふと、町民の子供が転ぶ気配がして、
わたくしは駆け寄りました。
「痛った!」
「もう、大丈夫なの?」
母親が子供の手を取って立ち上がらせます。
わたくしはほっとして、後ろを振り返りました。
……。
あれ?
マコトがいません。




