Pain
出勤時間は20時からだった。
目が覚めたのは昼の14時33分。
部屋のデジタル時計がカタンという乾燥した音をたてて丁度今変わったところ。
潰れたラッキーストライクをテーブルから取って、去年の冬にただかっこいいっていう理由だけで買ったZippoで火を付ける。
1年使って錆びたボディをつかむと、手にほんのりだけれど、錆びた匂いが着く。
昨晩の帰り道、駅の前のコンビニでBLTサンドと、肌荒れ防止用の栄養美肌ドリンクを買った。
空腹を感じていた訳でもないけれど、いつも駅を降りると、目の前で目が痛くなるほど明るいあのコンビニへ立ち寄りたくなるのだ。
美肌ドリンクはちょっと高い。
サンドウィッチ1個なら235円だけど、美肌ドリンクを入れると合計679円。
買うものはいつも大体決まってる。
仕事帰りにコンビニへ寄って、同じ物を買って、こういうのもいわゆる「日課」というのだろうけど、改めてこうやって考えない限り、それは日常にあんまりにもしみ込んでいるから日課とも呼べないなんでもない時間。
人生ってそういうことの積み重ね。
世界の聖職者達はそういう下らないことの積み重ねの毎日を「修行」っていうけれど、私の修行は随分と楽な物だ。
不浄を積んではいても、徳は積んでいないけれど、試練というほどの試練は幸いまだない。
頭は悪くなかったから、テスト前の勉強をしなくとも中の上くらいの成績だったから、行きたい高校もなかったから、受験勉強っていう戦乱も味わうことなく、適当に1ランク下の高校を受験して一次面接のみでパス。
小中高と友達も少なくはなかったけど、友達と呼べる存在の線引きがわからず、今となっては多分友達はいない。
目が冷めると、煙草を吸うのと同時にいつもTVをつけて、何の意味もなくそれを眺める。
何一つ頭になんて入る事はないのに。
これも私の「日課」の内の1つ。
「最近の若者のあり方、子供の子育て事情について、今日はスタジオで徹底討論していただきます!」
何一つ頭になんて入る事はないけれど、とりあえず耳には入る。
これがTVを見るということ。
どんな育て方したってダメなときはダメだし、良く育つ子は買ってに育って行く。
ある一定の歳を超えたら、きっといくら親がどうこうしようが、子供っていうのは多分生まれもった人格っていうものがあって、母親の陽水の中で人生と人格のプロットが9割り方決まっているんだと思う。
あとの1割りは知らないけど、そこは多分本人に残された選択肢の部分。
子供っていうのは腸詰めと同じだ。
母親は肉屋、父親は養豚職員。
萎びた腸は子供、中に詰め込まれるのは5割りが食料で、のこり5割りは学とか常識とか、モラルとか、そういうの。
腸の形はあらかじめ決まっているから、だからなるようにしかならない。
そういうもんなのかも。
だから私も、ただなるようになったし、なるようにしかならなかったんだ。
昨晩の食べかけのBLTサンドが、黒い硝子のローテーブルの上で倒れていた。
私は最近、あんまり力を入れたような化粧はしない。
下地、ファンデーションと、アイホールに薄いブラウンのシャドーを塗って、目の形に沿ったアイラインをひき、目尻だけ少し長めに描く。
口紅は血色がよく見えるように、ピーチオレンジ系の色で、グロスは薄いピンクのグロス。
マスカラは塗らない。
髪は2ヶ月前にショートにしたので、寝癖を治して完成。
どうせ着替えるし脱ぐから、格好は適当で、なんとなく今日はおしゃれがしたいなって思う日意外は、大体Tシャツかパーカーにショートパンツ、タイツ、ショートブーツ。
コートはウールのPコート。
同業者の女の子はすごく力を入れたおしゃれをする子もいるけど、そういうのはなんだか古くさいクレープモスリンのコートやらワンピースを来たマネキンにしか見えない。
用意ができると必ず私は、埼京線の各駅で渋谷に向かう。
別に意味はないけれど、ただ途中快速との待ち合わせの駅で、人間がばらばらと各駅を裏切り快速に乗り換えするので、席がひろびろと空いているから。
少しだけ早めに着くように逆算をして家を出るから、大抵は30分前には渋谷につく。
ハチ公前に群がった外国人観光客を通り過ぎ、あの交差点の前に立つ。
どこから音が流れて来ているのかわからないけれど、とにかく騒音。
東京は嫌いだ。
どこでも手に入るような、似通ったてデザインのモノを、大々的に宣伝してブランドとして販売するだけで、ちょっと高く売れるのが東京。
東京の街はなんでも有るけれど、結局なにも無い。
「おはようございます、ルイちゃん。ちょっと急いでもらってもいいかな、ロビーに相川さん来ててさ。10分くらい前に来たからそんなには待ってないんだけどさ」
「わかった」
亮介の声は軽快で嫌だ。
コイツが軽快なのは客が来たからとかじゃない。
コイツはただのバイトだし、日頃客引きしてる訳でもないし、仮に客引きしていたとして、それができても特別なバックが入るわけではない。
多分コイツがこんなに軽快なトーンで話しかけて来るのは、私達みたいなのを少しでも楽しませようとしているような気がする。
それ自体は悪いことじゃないし嫌な機はしないけれど、ただコイツのこういう喋り方が嫌いなのだ。
雰囲気と喋り方があんまりにも違うから。
ロビーに待つ相川という男は、2ヶ月前の私が好きだった。
つまりはロングヘアーが好きだった。
ロングヘアーの童顔が好きだったんだ。
ショートヘアーにしてからは態度を急に変えた。
それでも健気に店に通う理由は、残された私の顔が好きだから。
単純明快で、この男のこういうところは好きだ。
ああ、馬鹿だなあ。。。
ただそう思うんだ。
行為が始まると、この可哀想な雄は、私の演技や我慢を鵜呑みにして、余裕も無いほどに、いつも私へ傷みを植え付ける。
絶対ショートヘアーへの当てつけ。
罵倒しながらも、コイツはやっぱり私の顔が好きだ。
更に可哀想なことに、コイツは早漏だから、だから余計に「快楽という名の傷み」を植え付ける。
そういうのって、好きじゃないんだ。
可哀想、可哀想、可哀想。
そう思わなければ、私、この演技に集中ができなくて、本当に、本当に痛くて、泣いてしまうことがある。
泣くと終了。だってこいつは満足してしまう。
赤いランプの下で、いつまでも私は泣いてしまうから、それが悔しくて
それ以上に何故か涙が止まらなくて。
肉体的な傷みで泣いているのか、どこが痛くて泣いているのか、
本当に何もわからなくなってしまうんだ。




