1.1 転生
「知らない、天井だ」
いや知らないどころじゃない。
この天井、やたらゴツゴツしている。
壁も同じようにゴツゴツで、まるで洞窟のような場所だ。
痛みと違和感のある体を起こし、周囲を見回す。
どうやら地面で寝ていたようだ。
「っ!」
銃で撃たれたはずの胸を見る。
「えっ……!?」
傷だらけだが、銃で撃たれた跡はない。
だが手が小さくなっている。
驚きと混乱のなか、己の体を見つめる。
子供のように小さくなり、全身が傷だらけだ……。
「異世界転生……?」
いやまさか。あまりにも非現実的だ。
ちなみに異世界転生モノの知識はそれなりに持っている。
ヒット作に関わっている複数の出版社が、株式上場を果たしている。
老舗出版社の赤字決算で株価が下がり、無実なのに槍玉に挙げられたりもしていたが……。
そんなわけで、投資家にとって必要な知識のひとつになって久しい。
「ぬあぁっ!」
頭痛が走るとともに、一気に記憶が流れ込んできた。
今はルネという男の子らしい。
前世で名乗っていた加藤瑠音という名前と、どういうわけか同じ名前だ。
ちなみにこの少年、かなり酷い境遇だ。
住んでいるゲマインシャフト村では、子供は一か所に集められ共同生活を送っている。
だが世話人の大人や、共同生活を送る他の子供から毎日のように暴行を受けていた。
ときどき実家に戻るものの、両親は弟ばかり可愛がる。
兄である俺は、ゴミのような扱いだ。
あるとき村の異状さを訴えると、激昂した両親に断崖絶壁から川に突き落とされてしまった。
どうにか岸に上がると、近くに洞窟があった。
雨風を凌ぐため、地面を這いつくばって洞窟の中に入る。
だが必死の努力も虚しく、一度は息絶えてしまったようだ。
それにしても、今世は虐待死するレベルで親ガチャに失敗している。
前世で流行っていた異世界転生は、王族や貴族に転生するものが多かった気がするのだが……。
親ガチャに失敗したら前半生が無駄になりかねないのに……。
がっかりしながら周囲を見渡すと、壁に画が書かれている。
この世界は邪神に乗っ取られたが、神々が邪神を討伐した。
新たに君臨することになった神は、邪神によって荒廃したこの世界に心を痛めた。
この世界を救うため、救世主をこの世界に降ろした、というような壁画だ。
壁画を見ているうちに、洞窟の一番奥まで辿り着いた。
壁から彫り出されたかのような巨大な女神の像があり、その前に櫃が置かれている。
そして櫃には、一枚の紙が置かれていた。
「これ使ってね♡」
この世界の文字ではない。
前世の日本語だ。
箱を開けると、ナイフ、鍋など最低限の日用品が入っている。
玄米だがコメもあった。
その下にある本を手に取る。
身体から何かが吸われた気がした次の瞬間、本がいきなり光り始めた。
『魔術入門』
革の表紙がひときわ強い光を放っている。
中身を開いてみる。
『この本を手にしたとき、才能のない人間には普通の本にしか見えません。しかしこの本を光らせた者には、魔術の才能がありまぁーす!』
と書いてある。いや本当にあるのかな……。
そして魔術を使えるのは、千人に一人しかいないらしい。
そのうち半分はコップ一杯分の水を出すとか、ろうそく程度の火を出すといった魔術を一日一回くらいしか発動できないとか。
ちなみにルネ少年は生前、魔術の才能に目覚めてはいない。
だが今は異世界から転生した。
俺が強力な魔術師であることを祈って、本に書かれた魔術を試してみることにした。
魔術の基本は体内や体外の魔力を感じることらしい。
そして魔術を使うには、魔力を溜めて念じるだけのようだ。
一般的に魔術師は体内の魔力を手から出して、使いたい魔術をイメージすれば発動するらしい。
俺は両手を前方にかざし、大きな声で叫んだ。
「ファイヤー!」
すると体の中のなにかが両手の手のひらに集まった。
そして両手から、一気に炎が燃え広がった。
「成功した……」
気をよくした俺は、他にもいろいろな魔術を試してみる。
『ファイヤーボール』『ロックバレット』『インベントリー』など本に書かれた魔術は一通り発動できた。
右手と左手で別々の魔術を使うことも可能だった。
そして治癒魔術を使い、虐待でボロボロになった体はみるみるうちに治っていった。
「イケるぞ……」
どうやら俺には、魔術の才能があるらしい。
この力があれば、きっと生きていける。
洞窟の外に出ると、俺の前途を暗示するかのように明るい日差しが差し込む。
だが俺の幸運は長く続かなかった。
「げっ!」
目の前にいきなり、アライグマに似た外見の魔物が姿を現したのだ。
魔物は牙をむき出しにして、俺に飛びかかってきた。




