1.16 トリュフを持った少女
「こちらはラファエラ王女殿下である!」
女騎士の力強い声が、森の静寂を鋭く切り裂いた。
その言葉はまるで剣のように場の空気を貫き、騎士たちの間に緊張の波紋を広げた。
周囲にはオークの死体が大量に転がっているというのに、ラウラ殿下は静かに裾をたくし寄せると、片足を後ろに引き、背筋を伸ばして優雅にお辞儀した。
滑らかなピンクのロングヘアがふわりと前へ流れ、襟元の布地とネックレスが重力に引かれる。
そこに秘められていた大きな谷間が、くっきりと姿を現し、呼吸で少し揺れている。
一瞬、俺の時は止まってしまった。
「冒険者のルネです」
俺もその場に合わせて、右手を胸元に添え、左手を斜めに出すような貴族風の所作でお辞儀を返した。
この世界の正式な作法にはまだ不慣れだが、前世で観た映画を思い出しながら、できる限りの礼節を尽くす。
「ルネ様がいらっしゃらなければ、私たちの命は……ここで尽きていたでしょう。本当に……感謝いたします」
「これだけの数のオークを討伐できる機会なんて、そうそうありません。こちらこそ御礼を申し上げます」
わざと軽い調子で笑いながら、さりげなく戦利品に対する権利を主張する。
すると、ラウラ殿下の口元がほんのわずかにほころんだ。控えめだが、確かに安堵の笑みだった。
だが、俺の胸中には戦闘中から拭えない疑問が渦巻いていた。
「ところで殿下、どうしてそのようなものをお持ちで?」
彼女が持っているのは布に包まれた小さな包みだ。
スパイシーな香りが、そこから微かに漂っている。
「これは……ミランダに渡されました。オークが嫌う匂いだと聞かされて……これを持って逃げるようにと……」
近衛騎士たちに動揺が広がる。
刺すような視線でミランダと呼ばれる女騎士を睨む。
「ミランダがトリュフを持たせただと? どういうことだ?」
「トリュフがオークを引きつけるなんて常識だろ」
「わざと……なのか……?」
俺は一歩前に出て、包みの匂いを嗅ぎながら静かに言った。
「僕の知る限り……トリュフの香りは、むしろオークを惹きつけるはずですが……」
数人の騎士が息を呑んだのが聞こえた。
前世の知識が、今この場で役立っている。
豚にトリュフを探させる際、前世では去勢された豚が使われたらしい。
トリュフの香りには、オス豚の性ホルモンに似た成分を含んでいるのがその理由だそうだ。
オークが豚に似た顔を持つ魔物であるならば、嗅覚が似ていても不思議ではない。
つまり、この香りはオークを遠ざけるどころか、むしろ呼び寄せてしまうものだった。
騎士たちは顔を見合わせ、何か言葉を飲み込むようにして沈黙した。
ミランダもまた、表情を固くしていたが、すぐには反応を返さなかった。
数拍の沈黙ののち、ミランダがゆっくりと口を開いた。
「……それが事実だとして、どうして私がそんなものを殿下に渡す必要がある?」
声は低く、感情を抑えていたが、その奥に怒りと動揺がにじんでいた。だが、その反論はあまりにも淡白で、苦し紛れのようにも感じられた。
「冒険者風情が……近衛騎士であるこの私に意見するとは……! 女だからって、子供にまで馬鹿にされる覚えはないっ!」
いや女とか子供とか、そんなの関係ないだろ。
「オークは戦利品としてそなたにくれてやる! 我々は先を急ぐ、無礼を許せ! 行くぞ!」
ネルダはラウラ殿下を半ば乱暴に馬車へ押し込み、自らも馬に飛び乗った。
残された騎士たちは、しばらくの間誰も動けずにいた。
だがやがて気まずそうに俺に頭を下げると、慌てて馬に乗り込み、その後を追っていった。
森には静寂が戻った。
あれは本当に無知による過ちだったのか。
それとも、暗殺か……。




