1.15 女騎士、絶体絶命
「ネルダ、大丈夫ですよ」
ラファエラ殿下が手をかざすと光を放ち、私の傷口を塞ぐ。
オークが振り下ろした大斧で負った左肩の痛みは、治癒魔術によってすぐに消えた。
「ありがとうございます、殿下。これで……戦えます」
私の言葉に、ラファエラ殿下は静かに頷いた。
だがその表情は硬い。
死が間近に迫り、不安で仕方がないのだ。
「絶対に生きてこの森から出ましょう」
獣のような体躯に、鈍く光る刃物のような歯、血走った目。
彼らが何を欲しているかは、想像に難くない。
「くそっ……何体いるんだ!」
近衛騎士の一人が嘆いた。
近衛騎士の本分は、あくまで対人戦闘だ。
専門外である魔獣と対峙しているせいで、剣を構える手は震えている。
オークの数は三百、いや四百体は集まっているかも知れない。
時間が経つほどに包囲は狭まり、我々の退路は狭まっている。
だがそれでもまだ死者は出ていない。
ラファエラ殿下は、王家に数百年ぶりに誕生した魔術師である。
殿下の比類なき治癒魔術によって、戦線はギリギリで維持されている。
しかし殿下の魔力が尽きれば、戦線は一気に崩壊する。
オークが好むのは若く、美しい女だ。
若さと美しさでは殿下に負けるが、私だって近衛騎士団や社交界では美人で名が通っている。
捕らえられたら凌辱され、孕まされるのは確実だ。
私は絶対にそんな末路を迎えたくない!
殿下を守れなかったという汚名を着せられても構わない。
生き恥をさらす人生になろうとも構わない。
私は、生き延びる。何としてでも。
私はアイテムボックスに手を伸ばし、森で拾った"切り札"を取り出す。
「トリュフの匂いを、オークは嫌っています。これを持って、殿下はお逃げください」
私は真っ赤な嘘をついた。
トリュフの匂いを嗅ぐと、オークは発情する。
実際、森で血眼のオークがトリュフを掘っている姿を見たことがある。
「しかし、ミランダ達を置いては……!」
殿下は驚いたように私を見つめた。
その視線は、私の中の何かを見透かしたようで、少しだけ背筋が凍る。
だが、動揺を見せてはならない。
私はあくまで忠義の騎士を演じなければ。
「王都はすぐそこです。援軍を呼んできてください。それが最も多く生き残る道なのです!」
私はもっともらしい言葉を並べて、殿下を遠ざけようとする。
だが殿下は迷っている。
逃げるべきか、残るべきか。
しかし無常にも、トリュフの匂いに釣られたオークたちが、私と殿下に群がる。
混乱の中で、私は逃げ出した。
あわよくば騎士の数人も助かるだろう。
そう思った矢先。
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
突如、上空から破裂音がした。
空を見上げた誰もが、目を見張った。
そこには、金色の光のような何かが、空から降ってくる姿があった。
「加勢しまーす!」
次の瞬間、金髪の小さな少年が、空からまっすぐに落下してきた。
幼い顔立ちだが、その目だけは鋭く、冴えている。
近衛騎士は王国の主だった魔術師について報告を受けているが、こんな少年は聞いた覚えがない。
少年は着地と同時にマスケット銃のようなものをオークに向けた。
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
立て続けに発砲音が鳴り響いた。
だがマスケット銃と違って、火薬と弾を込める動作をしていていない。
あれは何らかの魔術具なのだろう。
次の瞬間、最前列のオークが一気に倒れた。
「子供には危ない! 逃げろ!」
近衛騎士の男が叫ぶ。
だが少年には聞こえていないらしく、謎の魔術具は心臓の鼓動のように規則的な破裂音を放ち続け、オークは次々に倒れていく。
気がついたら数百体いたはずのオークが、全滅していた。
私のみならずラファエラ殿下や近衛騎士たちも、呆然と立ち尽くしていた。
「大丈夫ですか?」
少年は倒れている近衛騎士に駆け寄ると、両手から光を放った。
その光は騎士の患部を包み込み、騎士の傷口を塞いだ。
「おぉ、治った! かたじけない!」
少年は近衛騎士の謝辞を無視して、別の重傷者の治療を始める。
その姿を見てラファエラ殿下も冷静さを取り戻し、治療に加わった。
空から降ってきてオーク数百体をほぼ独力で全滅させ、おまけに治癒魔術まで用いる謎の少年。
私は恐怖のあまり無意識に後ずさった。




