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第12話 リンゴは減りました

「ただいまです!」


 《ひなぎく亭》の扉を開けた。


「帰ってきた!」

「お土産ちょうだい!」


 子どもたちが食堂の奥から駆けてきた。


「おかえりを聞いてません!」

「おかえり!」

「お土産ちょうだい!」

「お土産ちょうだい!」

「……おかえりが1回。お土産ちょうだいが3回」


 テレーゼは腰に手を当てた。


「……釈然としないです!」


 二人の後ろから、エルザが出てきた。両手で、一人ずつ肩を捕まえる。


「おかえり、テレーゼ」

「ただいまです、エルザ!」

「おかあさん、離してよう」

「お土産を催促しないならね」


 裏手から、フランツも顔を出した。


「荷車は外ですか?」

「はい!」

「では、裏へ回しておきます」

「ありがとうございます、フランツさん!」

「どういたしまして、テレーゼお嬢様」

「それ、やめてくださいって!」

「そう言われましても」


 フランツは頭を掻きながら背中を向けた。

 子どもたちがエルザの手をすり抜け、「売れ残り、見せて!」とその後を追って表へ駆けていく。


「売れ残りって言わないでください!」


 厨房から、マルタが前掛けで手を拭きながら出てきた。


「あら! おかえり、テレーゼ!」

「ただいまです!」

「孫たちは?」

「荷車のところです」


 テレーゼは帽子を脱いだ。ふう、と息が漏れる。頭が軽い。


「今回はどうだった?」

「聞いてください! すごかったんですよ!」

「その前に荷物置いてきな。あと、ちょうどリンゴもらったんだけど、食べる?」

「いりませぇん!」


 声が食堂に響いた。マルタが目を丸くする。


「リンゴ好きなのに、珍しいね」

「しばらくリンゴはいりません!」

「リンゴとケンカでもしたのかい」

「そこは聞かないでください!」

「聞いてって言ったのはあんただろ」

「そこ以外を聞いてください!」


 マルタが笑った。


 ◇


 荷物を置き、顔を洗い、少しだけ服を整えてから、テレーゼは工房へ向かった。


 扉の前まで来ると、音が聞こえた。


 カチ、カチ、カチ。


 テレーゼは少し笑って、扉を開けた。


「ただいまです!」


 ヨハンが顔を上げた。


「おかえり」


 いつもの工房、いつもの机、いつもの時計、いつもの椅子。

 テレーゼがそこへ座ると、ヨハンは作業へ戻った。

 時計の音が、また工房を満たしていく。


「で、何があったの」

「何がです?」

「リンゴ。マルタさんが笑いながら教えに来た」

「早いですね!?」

「なんでリンゴ嫌いになったの」

「嫌いではありません! 一時的に身体が警戒しているだけです!」

「リンゴに、何されたの」


 テレーゼは観念した。


「最初は三箱仕入れたんですよ!」

「リンゴを?」

「はい!」

「そんな予定だったっけ?」

「今年はすごい豊作だったんです!」


 ちゃんと売れたこと。

 これはいけると思ったこと。

 なのに、帳簿をつけたら赤字だったこと。


「なんでえ!? ってなりまして!」


 ヨハンの手が止まった。


「……売れたのに?」

「売れたのにです!」


 そこから先は、もう止まらなかった。

 積み方を変え、量を減らし、売る場所を変えて、赤字を減らしたこと。

 それでも残ったリンゴを、どうしたか。


「売れ残ったリンゴを食べれば、食費が減ると思ったんです!」


 ヨハンが顔を上げた。


「食べたの?」

「朝と、昼と、夜です」


 ヨハンが黙ってテレーゼを見る。


「……次の日の朝も」

「どうしてそんなことを」

「損失を減らしてたんです!」

「減った?」


 テレーゼは考えた。


「リンゴは減りました」

「損失は?」


 テレーゼは答えない。


「テレーゼ?」

「……リンゴは減りました!」

「そう」

「大事なことです!」

「そうかなぁ」


 ヨハンの手元で、また小さな歯車が回りはじめる。


 テレーゼは、北通りの甘い匂いの話から、ベルタに『いっぱいはいらない』と言われたところまで、ひと息にしゃべった。


「でも二箱なら欲しいって! それでルーカスさんを連れていったら、シナモンを!」


 ヨハンが眉を寄せた。


「俺のリンゴに!? って!」

「誰が」

「ルーカスさんが! でも六回食べてました!」

「何の話?」

「リンゴです!」

「分からない」

「最初から話しましょうか?」

「今のが最初からじゃないの?」

「もっと詳しく!」

「十分」


 ヨハンは小さく息を吐いて。

 唇の端が、ほんのわずか、持ち上がった。


「それでですね、ヨハン」

「まだあるの?」

「ありますよ!」


 ヨハンが、黙って続きを待つ。


「シナモン入りのリンゴが、売れてるんです! みんな、美味しいねって!」


 歯車を回していた指が、止まった。


「テレーゼが運んだリンゴが?」

「はい! それで、ちゃんと利益が出たんです。少しですけど!」


 ヨハンは、テレーゼの顔を見た。それから、また手元へ目を落とした。


「よかったね」

「はい!」

「じゃあ、そろそろリンゴと仲直りしないと」

「仲が悪いわけじゃありません!」


 テレーゼは笑った。


「それでですね、ヨハン」

「まだあるの?」

「ありますよ!」


 旅の話は、まだ、たくさんあった。


 カチ、カチ、カチ。

読んでくださって、本当にありがとうございます。


テレーゼの『第二旅』はこれで完結です。

次回からは、新しい旅がスタートします。


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これからも、テレーゼをどうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
第二旅、完結おめでとうございます\(^o^)/ リンゴに始まり、リンゴで締めくくられた第二旅でしたね! 売れ残ったリンゴを食べて損失を減らそうとした結果、リンゴに身体が警戒するようになってしまった…
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