第八話 予見と予知と予感
翌日。
大会の不正理由は“空神族元側付きをおびき寄せる為”であった。相手を容赦なく痛ぶる事で出てくると思っていたのだ。
曰く、自分のせいで誰かが傷つくのを看過できない性格なのである。
女性は顔面をドロドロに溶かされ手足はあらぬ方向に曲がっていた。ギブアップと言っても攻撃は止むことなく続けられ、最終的には泣きじゃくりながら許しを請うていたという。
“フェアであるために一対一としたのにそれを破ったこと、相手には戦う意志はもうないのに痛ぶり続けたこと、戦いを知らない民にはあまりにも刺激が強すぎるものであった”
そう新聞の記事には書かれていた。事実、観客席からは悲鳴が絶えず中には失神する者までいたそうだ。
仕事前の一服中、男は新聞紙を読み終えると、目の前で美味しそうにホイップを乗せたチョコブラウニーを食べる少女を、バレないようにこっそり見る。
前々から、こちらには気づかないことに気づく節やまるで先読みをしているようなところはあった。
呼び止められたと思ったら頭上にあったコップが落ちて割れたり、
買い出し先をいつもと違う道で行き始めたと思ったら目の前で強盗が行われ、それを捕まえたり、
普段どこにいるのかわからないギンソウに迷うことなく会いに行ったりすることが出来た。
この子には何が見えて、何を知っていて、どう感じているのだろうか。
(災禍の子であることが関係あるのかな)
などと男は思案する。それをどう汲み取ったのか、ルゥトは申し訳なさそうに
「大武闘会、ごめんなさい」
「ん?どうしてだ?」
「それ…ずっとみてるから…。実は楽しみにしてたのかと思って…」
フォークをカチャリと置いて項垂れる。口の端にはホイップがついており、それをハンカチで拭うと何故かニコリと笑顔になる。本当に不思議な子だ。
「…聞いていいのかわからないが、ルゥトは…」
「おはようございまぁす」
ガチャリと、アパトが入ってくるとルゥトはそそくさと皿を片付け開店準備をしはじめる。
何かから逃げるかのように思え、男は首を傾げるとまだ着替えをしていないアパトがスルリと腕に腕を絡ませてくる。
「ねぇ、今日は…」
「あ、あぁ…ごめん。今日はルゥトと少し話したいことがあるんだ」
そう言ってやんわりと断るとアパトは驚いたように目をパチパチとさせる。
すると今度はニコリと微笑みながら「彼女が可愛いのね」というと男は
「はい。世界一可愛いと思ってます…」
照れながらそう言うと、アパトは再度口角を上げて更衣室へと向かった。
男も開店準備を始めようと皿を片付け始める。ルゥトは見たこともない花の花瓶の水を変えていた。
「この花は買ってきたのか?」
「イカリソウって言うんだって。知らない人がくれたのをイウロバさんが教えてくれたの」
「しっ…!」
思わず言葉を失う。
「知らない人にもらったっていうのはイウロバさんには言ったのか?」
「ううん。『綺麗な花ね、これはイカリソウって言うのよ』ってだけ教えてくれたの」
ルゥトはそう言うとキュッと水道を止める。それを玄関に飾ると花をじっと見つめていた。
「これをくれた人がね、待っててって言ってたの。でも、待つって何をかしら?」
何が見えて、何を知っていて、何を感じているのか。男にはこの子のことが本当にわからなかった。とにかく今日の夜はお説教だ。そう思いながら小さくため息をこぼす。
「じゃぁ開けるね。今日も一日お願いします」
そう言うとカランコロンと音を立てながら扉を開けた。
今日は割と暇な日であった。閑古鳥が鳴いているとまでは行かないが、店主が暇潰しに前に出てオーダーを取るくらいには暇であった。
イカリソウを見ては小さくため息を吐き、何から話をしようかと迷っていたのだ。
「元気がないわね」
頼まれたショートケーキと紅茶を提供していると、普段店主には話しかけないイウロバがそう問いかけてくる。
「えぇ…まぁ…」
そう言いながらチラリとイカリソウを見ると、イウロバはあぁ。と言いながら少し勘違いをした。
「可愛い妹さんにファンができたようなものですものね。それは少し寂しいものよね」
「…そういうことではなく……」
「あら違うの?」
カクカクシカジカ。今朝あったことを話してみる。そして妹ではなく戦争孤児のような存在であることも話してみると、イウロバは驚いたように目を見開いていた。
「…まずごめんなさいね。反応的にてっきり知り合いからもらったものなのかと……。」
「いえ、あの子は変に物知りなくせに危機感とかまったくない子なので。……人の見る目はあるんですけどね。」
男はそこまで言うと、随分と珍しく自信なさ気に項垂れる。
「…兄代わりとしてちゃんとできていますかね。俺。」
再度ため息を吐くと、イウロバはニコリと微笑む。
「できているわよ。初めて会った時よりずっと元気になっているじゃない、あの子。それは誰にでもできることじゃないわよ」
イウロバはそう言うとショートケーキを切り分け優雅に食べる。まるでどこぞのお貴族様のようだ。
「犬や猫だって拾ったはいいけど、面倒を見切れずに結局捨てる人だっているのに、貴方はちゃんと責任を持って一緒にいるじゃない。
わからないことを教えてあげて、悩んでいるときは一緒に悩んであげて、辛いときには支えてあげて。案外それだけで家族って成立するものよ?」
イウロバはそこまで言い切ると、紅茶をクイッと飲む。
「…ありがとうございます。お陰で少し気が楽になりました。
今日の夜、時間を作って色々話してみたいと思います」
店主がそう言うと、イウロバはニコリと微笑むだけでこれ以上何も言うことはなかった。
閉店時間ギリギリになり、アパトを帰そうと店主が声をかけると「ほんの少しだけ話したいことがあるから待っている」と言われる。
店主は少しだけならと思い快諾し、近所にある公園で閉店次第向かうとだけ伝えておいた。
アパトは胸元のざっくり空いた黒の服に、膝丈より少し上のタイトなスカートという、少しセクシー目な服に着替えると、そのまま裏口から外に出る。鍵を郵便受けに入れ、気合いを入れて公園へと向かった。
店内にはまだ客がちらほら残っていたので、彼らが帰ったら自分も向かおうと思いながら、少しずつ片付けを始める。
「ねぇ、今日は買い出しはないの?」
ルゥトが少し楽しそうに話しかけてくる。
「今日は無い。客が帰り次第、少し店を開けるけど1人任せていいか?」
「えぇ、ついて行っちゃ駄目なの?」
ねぇねぇ。とエプロンの裾を引っ張りながらそう言うと、行きたいと駄々をこねだす。
「駄目だ。アパトさんと少し話しがあるからな。子供は大人しく待ってろ」
そう言うと、今まで駄々をこねていたのがピタリと止まる。(お?)と思うと「どうしてもあなたは行かないとだめなの?」 と問いかけられてしまい、返事に困ってしまう。
「もしかしたら仕事の相談かもしれないからな」
「そうじゃなかったら?」
「すぐに帰るよ」
ルゥトは「わかった…」と元気なさげにそう言うとおとなしく仕事に戻った。
最近少しずつ我儘が増えたなと思うが、これは信頼されている証拠だろうか。
それとも他に何かあるのかと少し思い悩むが、最後の客が捌けたことにより一旦その思考はやめることにした。
ルゥトは最後の仕事をグラスを拭くことと決めていた。何となく、もとから綺麗なものを綺麗にしてからその日を締めるのが好きだったのだ。
男もそれを理解してかはわからないが「あとはグラスを拭くだけだな」と毎回声をかけてくれる。
グラスを拭いていると男が「じゃぁ少し外すぞ」とエプロンを外しただけの状態で外に出ようとしたので思わず引き止める。
「外、少し冷えるわよ」
「すぐ帰ってくるから大丈夫」
「…少しくらいからライトがいるかも」
「すぐそこだから」
「……温かい飲み物を持っていったほうが…」
徐々に落ち込んでいっているのがわかる。ルゥトにも何故ここまで引き止めたいのか、嫌な予感がするのかがわからなかった。
男がいなくなるような、自分ではなくなるような焦燥感のようなものが体全体を蝕み、言い訳が頭の中をグルグルと回る。
(何かというと、この人が違う何かになってしまうような…)
自分に何かがあるのは慣れっこだが、目の前の男に何かがあるのは心の底から嫌だった。
「ルゥト」
ほんの少し低い声で話しかけられる。怒っているのがわかるが、それでも引き止めたかった。
「………」
もう言い訳は出てこなかった。
「…少し急いでいるんだ、早く帰ってくるって約束するからほら」
男はそう言うと小指を差し出す。
その意味がルゥトには伝わらず、ギュッと握りしめると、少し怒っていた雰囲気が一転して笑顔が返ってきた。
「じゃぁ、行ってくるな」
男はそう言うとスルリと指を離し裏口から外に向かう。カチャンと鍵を締める音が聞こえるとルゥトは途端に寂しく感じた。
「グラス拭くの後にしよっかな…」
そう呟きながらキュッとグラスを再び拭き始める。
(お留守番なんてよくあることなのにな)
そんなことを思っていると、再度カチャンと鍵が開く音がする。
帰ってくるにはあまりに早すぎるので、忘れ物かと裏口に向かうが誰も入ってくる気配はなかった。
「……忘れ物でもしたの?」
そう扉に話しかけてみるが返事はない。ルゥトは何かあったのかと思い、扉を開けてみようとドアノブに手をかけた瞬間、勢い良く扉が開き、何か強い衝撃によりそのまま気を失ってしまった。




