第六話 災禍の子
ルゥトについて、書けたらなぁと
あれから数ヶ月が経ち、政の一つである族長会議が火神族にて行われた。約一ヶ月ほどかけてこの二年間の報告と今後ニ年間の指針を話し合うものだった。
四年ほど前、会議の指針を裏切り風神族が水神族に戦争を仕掛けたことがあったが、その制裁により向こう一年間どの一族も取引や観光、人的補充もしないということが結末となった。
かなりこたえたようで、その闘争心は今は鳴りを潜めているが、あくまで今だけの話であって今後どうなるかはわからない。
それに、二年前の空神族の行いをどう捉えるべきかという議題が上がっている。当時の族長は別の人物ではあったが、襲撃ともいえることに直接赴いたのは現在の族長だ。その動向に着目している者が多かった。
だが王都はそういった政とは疎遠であまり関心がなかった。
だからこそ男はこの街を選んだのだ。人を差別せず、治安も悪いわけでもなければ、関わりをやたらと持つわけではない。
身を隠すにはもってこいの場所であった。
ただ唯一の誤算は族長会議の一つの余興である大武闘会に、ルゥトが興味を持ったことだ。仕事が始まる前、両手で大武闘会のチラシを握りしめて持ってきたときには卒倒するかと思った。
だが血なまぐさいことに興味があるわけではなく、「魔法を使うところを直に見てみたい」とのことで胸をなでおろした。
「一応俺も使えるんだが?」
「そういうのじゃなくてもっとこう…ドーンッ!でシュバババ!でパアァ!ってやつが見たいの。」
容量は得ないが、派手な魔法を見てみたいらしい。たしかに、男の使う魔法は魔法石を用いた生活魔法なので、派手さは1ミリもない。
かといって厳密にはできないわけではないが、攻撃魔法をするわけにはいかない。
どうしたものかと遠くを見ながら頭をポリポリと掻く。チラリと下を見てみると、『連れて行って』とでかでかと書かれた目と視線が合う。
「…最終日か最初の日だけだぞ。」
「じゃぁ最終日!」
嬉しそうにキャッキャと両腕を上げながら喜ぶ姿を見て、どんな服を着ていこうか頭を悩ませた。
「じゃぁオープンするね!」
陽気な声でそう言いながらカチャリと鍵を開ける。
「ようこそ、喫茶ルナストーンへ。」
昼過ぎ、よく来る常連の中年ほどの女性がショートケーキとアールグレイを嗜みながら本を読む。
休憩に入ったルゥトは昼食のパスタを持ち、本のことを聞こうと女性の前の隣の席に座った。
「こんにちわ、ルゥトちゃん。今日はパスタの気分なのね。」
「はい!」
嬉しそうにニコニコしながら元気良く答えるルゥトに、ふふふと笑みを溢す。この女性は約一年間、ルゥトに字を教え続けた先生のような存在だ。
「イウロバさんはココの読み方わかる?」
そう言いながら見せたのは文字ではなく術式であった。
イウロバは魔法を多用するわけではないため、そこまでのことはわからなかった。
「ごめんなさいね、文字を教えることはできるのだけど、こういった魔法に関しては私少し疎いの。」
困ったように頬に手を添えながらそうルゥトに答えると、ルゥトは「そうですか…」とだけ答えておすすめの本などについて問いかけてみた。
「私が子どもたちによくおすすめするのは『神様の愛』ね。親の愛が書かれた本なのだけれど…。
……でも子供によっては好きじゃないって子もいるから合わない子には合わないのよね。」
「それはどんな本なの?」
ルゥトがそう問いかけると、イウロバは何もない空間…魔空間から一冊の本を取り出しそれをルゥトに手渡す。
表紙には父親と母親、そしてその間には子供が2人に抱かれていた。とても幸せそうな表紙であった。
「読んであげたいけど…。ごめんなさいね、私はこのあと外せない用事があるの。よかったらその本、上げるわ。」
「いいんですか?」
「えぇ。私は何回も読んだからもう内容覚えちゃったの。」
ニコリと優雅に微笑むと、「またね」と軽く手を振りながらテーブルをあとにした。ルゥトは軽く手を振り返すと借りた本をそのまま読み始めた。
イウロバがよく読んでいたというのは本当の事のようで、ページの端は少しボロボロになっていた。
少し大きめのサイズのため、両手で本を持ち読み始める。
神々がまだこの世に住んでいた頃、人と共存すべきか神だけで生きるべきかで戦争が起きていた。
優勢であったのは神だけで生きる派閥であった。
そんな中、神だけの派閥の一人と共存派の一人が恋に落ちた。二人はそのまま駆け落ちをすると、誰も知らない山奥でひっそりと暮らし始めた。
幸せな時間であった。二人で小さな小屋を作り、人々に黙っていてもらうために、少し生活を豊かにする方法を教えたり、食える野生の動植物を自分たちで賄っていた。
その知恵が現代の人間にも引き継がれていると言われている。
幸せに暮らしていた人の間に宝物ができた。その宝物はスクスクと大きく育ち、人間にして七歳になった頃悲劇が起きた。
神々が三人の場所を突き止めたのだ。人間はこれらの場所をあっさりと教えたのだ。
父親は母親と子供を逃がすために神々と戦った。だが悲しいことに母と子は逃げ切ることはできず、目の前で父親を殺されてしまった。
そして次に子を殺した。
それに激怒した母親はすべての神を殺し、地獄へと葬り去った後自らもその地獄に身を投げた。
ざっと要約するとこんなものであったが、一部納得のいかない点があった。
その部分について考えていると、ほっぺたをムニムニと突かれる。
「そんな難しい顔をしてどうしたぁ。」
パン屋のタロであった。楽しそうにウリウリとほっぺを突きながら読んでいる本のタイトルを見ると、「あぁ、これかぁ」と呟く。
「これ、巷では人気だけど俺は少し苦手なんだよなぁ。」
「なんで?」
「んー…言語化しにくいんだけどなんでそんなに逃げた人に執着するんだろうとか、子供を先に殺しちゃったんだろうとか…。
あと殺す必要があったんだろうかとか……。まぁ俺はそんなところだねぇ。
そんなことよりせっかく店主が作ってくれたパスタ、冷めちまうぞ?」
そう言いながらクイッとテーブルを指差すと冷めて少しパサパサになってしまったパスタが目に入った。申し訳ない気持ちになりながら本をテーブルの上に置き、続きをモサモサと食べ始める。
「俺的には普通に人間の歴史のほうがロマンがあって好きだな。もし歴史に興味があるならおすすめするから聞いてくれぃ。」
「じゃぁなぁ!」 というとタロはそのまま出ていってしまった。どうやら食べに来たわけではなく、配達に来てくれたようで、奥でパンを仕舞っている男が目に入った。
最後の一口を食べ終えるとイウロバが食べていた食器も一緒に洗い場へと持っていく。アパトはそれを無愛想に受け取ると、さっさと洗って仕舞った。
あと少し。そう思いながら入ってきた客を迎え入れた。
営業時間が過ぎ、男は晩御飯を作っている間ルゥトは再び本を読む。
ルゥトが気になっていたのはなぜ母親がすべての神を殺すことができたのかという点であった。
“問いかけてみる”
本当に一人で殺すことができていたのなら戦争なんてする必要もなければ、決着もすぐについていたであろう。その点が少し気になったが答えはすぐに見つけることができた。
駆け落ちをし、人間たちと共存をして知恵を与えた。そこまでは合っていた。
だが人間はあっさりと居場所を教えたのではなく、いくつかの里を壊滅された挙句拷問にかけられ自白の魔法…神名を奪い無理やり吐かせたのだ。
そして、子供を人質に取られたのだ。それを助けるために父は無理やり魔法や『権能』を用いて助けようとしたが、結果的に敵わず最後の悪あがきで『世界の塗替え』を行った結果、最初に殺された。
子供が次に殺されたのは単に、母親の歪む顔が神々からしたら面白かったのだ。これまで欺いてきた存在を苦しめられるのが良かったのだろう。
そして母親はなぜ神々を殺すことができたのか。物語りでは、共存できるか否かで派閥が別れているかのように書かれているが、実際の所は“神と悪魔”が戦争を起こしていた。
本当は母親が“神”であることと父親が“悪魔”であることも勿論関係してはいる。
だが此処には現代にもまだいるとされている神の一柱が関係していた。
「水子神…。」
水子の神様だ。何百もの子供を纏った神で、神出鬼没の厄介な存在であった。
どう生まれたのか、何を目的としているのかは現代では未だに解明されていない。が、それを知っている人物がいた。
頬杖をつき、人差し指をテーブルにカツカツと一定のリズムを刻みながら音を鳴らす。
水子神は水子の神でありながら仲裁の神でもあった。
争いを好まず、山奥でひっそりと暮らすが膨大な魔力を感知すればそこに現れ、仲裁と銘打って人を殺す。
これがこの世界で戦争が起きにくい理由であった。
その神が母親に力を貸したのは「仲裁をするため」と「水子がいた」からである。
母親の腹には子供がいたのだ。それを殺し、神からの呪いと祝福、復讐などの様々なものを受けあの様な異形な神と成った。
神を殺せるのは神だけだから。
いいにおいが鼻腔をくすぐる。顔を上げると今まで見たことのない料理が並べられていた。焼かれた魚に茶色いスープのようなものの中には四角く白いものと緑の草が浮いている。
主食は米のようだが、その横には黄色い謎の物体がちょこんと鎮座していた。
「焼き魚、味噌汁、米には漬物、この茶色いのは肉じゃがだ。他にも色々あるんだが、とりあえず今回はこれだけ。」
そう言いながら目の前にコトリと肉じゃがとやらを置く。
ルゥトは食べたことのない料理とにらめっこをしながらフンフンと匂いを嗅ぐ。よく知らない良い匂いだ。
「発酵食品をよく使っているから体に良いんだ。‘納豆’っていうのがあるらしいんだけど、それは口に合う合わないが激しすぎるらしいから、また別の機会にチャレンジしてみよう。」
目の前の椅子に座ると、そのまま料理に手を付け始める。
まず先に行ったのは味噌汁。ズズッと音を鳴らしながら啜るとホウっと息を吐くのを見て、ルゥトも同じようにほんの少しスプーンで混ぜるとお皿を両手で持ち少し飲み込む。
「美味しい…。」
ポカポカする。と嬉しそうに言うと男は漬物に手を伸ばす。一つ取るとそれを米に乗せ米と共に食べた。
ルゥトはまた男と同じように漬物を一つ取り、米に乗せると一緒に恐る恐る口の中に入れる。
「ちょっとしょっぱい…。」
むむっと眉を寄せながらそう呟くと、目の前の男がふふふと愉快そうに笑う。肉じゃがのじゃがいもを小さく切り分け、それをルゥトの口元に差し出すとそれをパクリと食べた。
「甘じょっぱくて美味しい…!」
こちらはどうやらお気に召したようで、目をキラキラと輝かせながらそう言うと己のフォークを突き刺し口にし始めた。
「東方の食べ物でな、アパトさんの知り合いが買ってきてくれたそうだ。」
男はそう言うとご飯を食べ進める。ルゥトは少し目を伏せながらふーんというと、ご飯をかきこみ始めた。
一気に米を食べ、味噌汁をすすり残りの具を美味しくいただきくと「美味しかった」と言い、再び本を読み始める。
「あまり口に合わなかったか?」
「ううん、美味しかったよ。でも、今はこっちのほうが気になっちゃって。」
そう言いながら本を見せると「それか」と男は米を食べながら本を読むルゥトをじっとみる。
「…なに?」
「ご飯を蔑ろにして見るものなのかと思ってな。」
ルゥトは本をパタンと閉じると、テーブルの上にまだ置かれた魚、肉じゃが、漬物を見る。
「…口に合わなかったか?」
そう問いかけてみるが頭を横にゆるゆると振るだけであった。
「私の問題。ちょっとあまりよくない事を思い出しただけ。」
そう言うと、本をテーブルの上に置きその上に突っ伏す。ほんの少しため息をつくと腕で完全に顔を隠してしまった。
怪訝な顔をしながらルゥトを男は見るが、口に合わなかったのならまたいつか、違う調理法で作ってみようかと心の中で考えていた。
ご飯を食べ終わり、風呂に入ろうとすると「久しぶりに一緒に入るか?」 と男が聞いてきたので「結構よ」とピシャリと断る。
風呂に浸かり、右の二の腕を見てみるとアパトに抓られたことで変色しており、内出血しているのがわかる。そこに手を翳し、ほんの少し神気を込めると一瞬で怪我が消えた。
頭を洗い、体を洗い、顔を洗い、全てがピカピカになったところでタオルを取り出し全体を拭く。
洗面台の前に立ち、いつも持つように言われているペンダントを外すとそこには左右非対称の瞳を持った少女がいた。
少女は呪文を唱えるとググっとほんの少し大きくなり、ほのかに肉付きもよくなり年相応に見えた。
体を成長させる魔法。だがこの魔法とは相性が悪いらしく、持って一分ほどが限界であった。その後は息切れと動悸が激しく、普段使いなんて考えられなかった。
でもこれを取得できれば。ルゥトはそう思いながら風呂上がりに一人鍛錬を続けた。




