第五話 雪降る日
雪って少しだけなら心弾みますよね
家に帰り、買った本を早速開く。術式、必要魔力量、魔力の使い方が書かれており説明書を読んでいる気分になった。
でもこれを覚えるだけで自分でできることも増えるし、男を手伝う内容を増やすことができると魔導書とにらめっこを続ける。
それから数時間後、ある程度の理解ができ、実践してみるがなんの変化もない。というより魔力の使い方がいまいちわからないのだ。
行き止まりだ。ルゥトは大きくため息をつき、窓枠に頬杖をついて外を見てみるとたくさんの雪が降っていた。
わぁっと嬉しそうに頬を緩ませ外に飛び出ると、綺麗な雪が辺り一面に降り注いでいた。
「雪、キレイ」
スカートの暗い色を利用して雪の結晶をまじまじと見つめる。他の通行人たちは傘をさし忌々しげに雪を見る中、ただルゥトひとりだけが楽しそうにクルクルと遊んでいた。
道行く人にぶつからないよう、気をつけながら端の方で楽しくひとりで遊んでいると、急に強い力で引っ張られ、路地裏へと無理やり連れ込まれた。
◇◆◇
普段は取りもしない新聞をここ最近眺めてはため息を吐く。
タイトルにはでかでかと『空神族長急逝!御子息が族長に?!』と書かれており、安っぽいゴシップ誌かよと内心毒づく。
その他にも水神族長の体調が思わしくなく、側近である女が族長になるかもしれない事、その為に巫女が必要だが今は不在であることが書かれていた。
そしてその下には『次期空神族長の元側付きは現れるのか?!』と書かれていた。
「現れるわけねーだろ。」
そう呟きながらポイッと新聞紙を暖炉の薪にすると、一瞬で燃え尽きてしまう。
喉が渇いたのでいつもの手順通りに紅茶を作り、ベッドに腰掛けなんとなくで外を見てみると雪が降っており下降していた気分が更に下降する。
はぁっと再度でかいため息を吐くと、廊下でパタパタと走る音が聞こえた。その音は忙しなく店の方に向かうと表から外に出たのが窓からも見える。
ルゥトが楽しそうに雪にはしゃいでいるのが見え、ほんの少し心が軽くなる。
──そう、あの子を幸せにしないといけないんだ。
責任感にも似たそれを背負いながら、いつもの彼女を見ていた。が、今ではそれだけではない。しっかりと情は湧いているし、言い方は悪いが愛着もある。
離れるなんてことは想像もできなかった。
街の人たちは微笑まし気にルゥトを見守っていると、途中人が完全に途切れた瞬間があった。風邪を引くからと呼びに行こうと下に行き、外に出る。
そこには人ひとりおらず、世界に男だけになったかのように雪が降り積もるのみ。
「…ルゥト?」
男はポツリと呟くが、シンシンと降り積もる雪のせいでその声はかき消される。
大急ぎで近所の店を数軒回ってみたが、誰にも見ていないと言われ、大慌てで再び店の前に戻ると路地裏に人影が見えた。
目をよく凝らしてみると、以前店に来ていた小太りの男で、その奥に薄桃色の服が見えた。
全力でそちらにダッシュをし、男の側頭部に裏拳をかますとそのままルゥトを担いで店に戻る。店に入ったとほぼ同時に鍵をかけ息を荒げながらズルズルとその場にへたり込む。
「…大丈夫?」
「いや…俺より…お前が…。」
息が途切れ途切れになる。一応これでも鍛えていたはずなのに、この程度のことで息切れを起こすなんて。と内心自分を卑下する。
「私は何もないけど…。」
ルゥトは心配そうに男の顔を覗き込むとこめかみあたりに流れている汗を拭う。
大きく息を一つ吐き出し、男は淡々とルゥトに言い聞かせる。
「いいか。あれは拉致もしくは誘拐に当たる。要は犯罪だ。犯罪に巻き込まれたら助けを呼べ。」
「でも家の近くだったし…。」
「じゃぁ聞き方を変えよう。嫌じゃなかったか?」
「嫌だった。」
「離してほしかっただろ?」
「離してほしかった。」
「怖いと思わなかったか?」
「…怖かった。」
「なら助けを呼べ。大きな声を上げてわかるようにするんだ。俺が助けてやるから。」
グシっと鼻を啜る音がする。ルゥトはそのまま男に抱きつき、暫く泣いた。
数十分後、泣きやんだルゥトが顔を上げると目はパンパンに腫れており、鼻水もぐしょぐしょで鼻も赤くなっていた。
あまりの惨状に思わず男は笑ってしまい、ルゥトは少しむくれた。
「ここは寒いから部屋に戻ろう。暖炉もちゃんとつけている。」
男はそう言うとルゥトを抱き上げ階段を上がり部屋に入る。ポンチョを脱がせ、部屋着に着替えさせるとそのまま己も着替えるために一度浴室に向かう。
服を脱ぎ、改めてビショビショになってしまった服を見ると、悍ましい顔がくっきりと浮かんでおり男は思わずまた笑ってしまう。
服を洗濯用の籠に無造作に突っ込むと、ホットココアを2つ作り部屋に戻る。
ルゥトは窓枠に頬杖をつき外を飽きもせず眺めていた。
「よくずっと見ていられるな。」
そう声をかけると、外から目を離し男の方を見る。ほらっとココアを渡すとそれを両手で受け取り、再び外を眺め始める。
「雪が好きなの。」
「雪が?」
意外であった。この子のこれまでのことを考えるに、雪が降ると寒いから嫌いと言うかと思っていた。
「雪が降るとね、寒いの。」
「まぁそりゃそうだな。」
「道も凍るから危ないし、雪かきしないといけないし、濡れるし。」
「今のところいいところないじゃないか。」
男は不服そうにそうと言い放つが、ルゥトは嬉しそうに笑う。
「でもね、そのおかげで雪の日には村の人たちは私のところに来なかったの。
道が凍るとコケて怪我をする。雪かきは面倒でやりたくないから道ができない。濡れると風邪を引くから外を歩きたくない。
だからね、私、雪が大好きなの。」
雪がずっと私を守ってくれていたの。
まるで一世一代の告白を聞いている気分だった。ルゥトは雪から目を離し、男を見る。
「貴方もそう。嫌なこと、怖いことから守ってくれる。まるで雪のようね、貴方は。」
フフッと嬉しそうにハニカムと、疲れたのかほんの少し船を漕ぎ始める。
ルゥトはぐいっとココアを一気に飲み干すと、窓枠にカップを置いて男の膝の上にポフッと頭を乗せ、ぎゅうっと抱きつく。
「おやすみなさい、名前も知らないあなた。」
ルゥトはそう呟くと、寝息を立てて眠ってしまった。
「おやすみ、何も知らないルゥト。」
名前は誰にも言ったことがない。アパトにも騎士団の人たちにもそしてルゥトにも。
内情を己ともう一人の男しか知らないのはわかっているが、それでも知られるのが怖くて言えなかったのだ。この子や周りのためではなく、己とために言えないでいた。
「……またいつかな。」
子供特有の癖のない髪を一束取り、サラサラと遊ぶ。この平穏な時間が一生続けばいいのに。




